外伝3 鷹目石と橄欖石 ~ホーク/ぺリド~

 誰かの、叫ぶ声が聞こえる。

 しかし、それは彼の母国語でも、生活する中使う言葉でもなかったため、言葉の意味は解らず、ただ、少年は茫然と、徐々に近づく水の壁の前に立ち尽くす。

 その壁に呑まれ、濁った水の中で意識を失い、そして……。


 気づいたときには、「世界」を、越えていた。


 ◆◇◆


 カーン、カーンと、打ち付けられるような金属音が周囲に響きわたる。ギュィィィンといった甲高い音や、バチバチと爆ぜる火花の音、また、ごったがえす人の声で、あたりは騒然としていた。

 ぺリドは茫然と立ち尽くす。手に持つは、いつもの長柄剣でも大太刀でもなく、先ほど手渡された、奇妙な道具……。

「……どうして、こうなった」

 大きなため息を吐き、ぺリドは呟く。甲高い声に後ろを振り返ると、上官であるシトリアーナ=ゾンネンゲルプが、「あーッ! もうッ!」と、頭をかかえている姿が見えた。

 盗賊団捕縛の命を受け、アジトを壊滅させたのはつい先日の事。翌日、残党の襲撃を受けるものの、余裕で相手をはり倒し、しばき回したはいいものの……。

「こら! そこ! ボケっとしてないで、とっとと手を動かせッ!」

 金髪の男がぺリドに怒鳴った。年齢は自分と同じくらいか。メガネの奥の青い瞳が、怒りの色に染まって見える。

 ぺリドは残党討伐の際、勢いあまって周囲の建物を破壊。その、主な被害者が異世界人アベリオンの研究室だった。

 故に、騎士隊に技術者たちの怒りの苦情が殺到。皇帝の耳にも入り、「責任を持って建物や物品の修復にはげめ」との命令が下り、現在に至る。

 奇妙奇天烈なその建物は、アリストリアル帝国に古くからある建物とは様相が違い、金属製の大きな煙突や、よくわからない『物体』が、所狭しと室内に置かれている。

 下手につつくと怒られるが、かといって、ぼさっと突っ立ってても怒られた。

 何をしても怒られるこの手詰まり感にしびれを切らし、ぺリドは先ほどの男に声をかける。

「なんだ?」

 相変わらず不機嫌そうに、男は答えた。

「指示をくれ。何を、したらいい?」

「自分で考えろ」

 そっけなく答える男の肩をつかみ、もう一度、ぺリドは言った。

「考えて動いたら、怒られた。そもそもオレたちは、こんな道具は見たことがない」

 的確に指示をもらえないと、こちらもお手上げだ……と、ぺリドは大袈裟に両手を上げた。

 男はムッと眉間にしわを寄せつつも、口元に手を当てる。

「一番ぶっ壊してくれた脳筋のクセに、一理あることを……」

 脳筋……まさかの言葉に、一瞬ぺリドの言葉が詰まった。

「わかった。明日までに修理計画案と作業工程表を作っておこう。時間が惜しいのは確かだが、お前の言う通り、やみくもに動いても逆に時を浪費する」

「計画案? 工程表……?」

 話がわからん……と言った様相のぺリドに、男は見上げて怒鳴る。

「今日はもう、帰ってくれと言っているんだ!」

 わからんヤツだな! と、突然鼻を弾かれ、ぺリドはその場にうずくまった。

 ホーク・ジュールとぺリド=ラジスティア……ともに、一七歳の夏の出来事である。


 ◆◇◆


 翌日、朝早くから呼び出された騎士隊一同は、研究者と一緒に、一定間隔に並ばされた。

「なんだ。これは」

「ウチはジャパニーズ・スタイルだ。勤務開始はラジオ体操からと決まっている。……ラジオはないが」

「じゃ……じゃぱにぃず? らじお……?」

 なんだそれは。と、眉にしわを寄せるぺリドを無視し、ホークは「いっちに、さん、し……」と、声を出し、体を動かしはじめた。

 ぽかんとホークを見つめるぺリドに、イラッとしたのか、ホークは目を細めて睨む。

「……とりあえず、動きを真似ろ。寝ぼけた頭を起こす為の行為、と思えばいい」

 わかったような、わからないような……微妙な顔をするぺリドだったが、再びホークに睨まれ、黙って体を動かした。

 体操を終えると、ホークと一人の男が、並ぶ一同の前に立つ。

 初老の男の言葉はぺリドにはわからなかったが、その後、ホークがアリストリアルの共通語で話し、また、男が話す……といったことを繰り返すことから、どうやら男の言葉を、ホークが訳している……ということが、なんとなくわかった。

「昨日指摘を受け、修理計画案と作業工程表を作ってみた」

 ホークがそう言うと、大きな紙に書かれた表を、複数の男たちが壁に掲示した。

「とりあえず我々と騎士隊を混合で八班に分けることとする。これから四半刻三十分の間に、騎士隊の諸君は、基本的に「手先が器用か否か」で二つに分け、そこから均等に人数を割り振ってそれぞれ四班を作っていただければいい」

 班が決まり次第、追って指示をする……と、ホークが言うと、一同はバラバラと散らばり、まもなく班分けの話し合いがはじまった。


 ◆◇◆


「……なんで、お前がここにいる」

 脳筋枠じゃなかったのか……と、ホークのきつい一言にぺリドはため息を吐く。

「その、脳筋っての、やめてくれないかな……」

 確かに、学があるとは自分でも思ってはいない。べリアルの方が圧倒的に頭がよかったし、勉強は得意じゃない。

 だが、手先は割と器用な方だ。武具の手入れはもちろん自分でやるし、暇を見つけては、武具用の細工物の飾りを作ることが、帝都に来てからの密かな趣味でもある。

 不本意そうな顔を向けるホークに、ぺリドは苦笑いを浮かべて、指示をあおいだ。

「……オレたちは待機。作業は午後からだ」

「なんだって?」

 ホークの意外な言葉に、ぺリドは眉をひそめて問う。しかし、ホークは彼の鼻を再び弾いた。

「しっかり休んどけ。遊ぶなよ。たまたま後半に回されただけで、待っているのは、前半後半合わせて二十四時間のぶっ通しハードワークだからな……」

「……はぁ? 二十四?」

「あぁ、スマン。お前らの使ってる時間で、十二刻だ。要するに、当分の間、オレたちは昼夜逆転の六刻勤務生活って事になる」

 なんだそれは! 日の出とともに働きはじめ、日没前に終業するのが「当たり前」の認識の中、ぺリドにその発想は無かった。

「だからハードワークだと言っているだろう?」

 ちなみにタイトニス帝からの許可は昨日のうちからもらってるから、上官に苦情報告云々は無駄だからな。と、ホークはトドメの一言。

「理解したなら、とっとと休め。諸悪の根源」


 ◆◇◆


「諸悪の根源か……そりゃ、手厳しいわね」

 作業開始から三日後、上官のシトリアーナが苦笑を浮かべながらぺリドに相づちを打った。彼女はぺリドとは違う勤務形態……早朝勤務開始の夕方終業のため、朝か夕方の半刻一時間しか彼女と会うタイミングがない。

「でもまぁ、彼らの気持ちも、わからなくもないわね……」

 技術者たちがピリピリしていた理由も、今ならわかる。彼らは面と向かってはっきり言う事はないが、ここ数日で判明した事実。

 ぺリドが壊したのは主に建物だったが、崩壊した瓦礫で、完成間近の皇帝陛下への「献上品」と、それを作るために「新たに開発した道具」をまとめて丸ごと押しつぶしてしまったらしい。

 善意と好意から制作されていたその献上品は、予備パーツはもちろん、道具も数が少なく、また、『異世界人アベリオン』と『現地民カーネリアン』の相互理解の少なさから、技術者たちの中には、「皇帝による自作自演破壊説」等が噴出し、一触即発の割とマズい状況になりつつあった……とのこと。

 皇帝が随分と技術者側の出す条件を飲み、甘やかしている……と、ぺリドも当初から思っていたのだが、そういう事なら理解できる。……というか、壊した当事者的には、本当に双方に対して申し訳ない気分でいっぱいになった。

 騎士団に申し渡された業務は、主に二つ。体力班による不眠不休の瓦礫の撤去と建物の修繕、もう一つの班は、発掘された献上品と道具の、部品回収および洗浄。

 組み立てる作業はさすがに無理だが、回収したものを「使える」か「使えない」かの判断を仰ぐ直前にまで持っていく……というのが、ぺリドやシトリアーナに求められた作業だった。

 簡単そうに見えて、これが意外と大変だったりする。

 潰れて変形したものならまだマシ。動力部分等暴走の末爆発四散したパーツも多く、また、最初から細かい部品の多いこと多いこと……。

 目詰まりした小指の爪サイズの螺子の隙間の砂粒と闘う三日間を思い出し、ぺリドはうんざりと溜息を吐いた。

「まぁ、本日の業務はお疲れ様でした」

 ポンっと、姉のような上官は、ぺリドの頭を撫でた。もっとも、「私はこれから疲れてくるわけだけど」と笑いながら付け足す。

「嫌味ですか」

「いいえ。連帯責任ではあるけれど、誰も貴方の事を咎めたり、責めちゃいないわ」

「やっぱり嫌味じゃないですか!」

 むくれる弟分に、シトリアーナは声を出して笑った。

 と、何やら食事スペースの奥で、人だかりができていることに二人は気づく。

 なんだなんだとぺリドが人の壁をかき分けて近づくと、青い顔のホークが倒れていた。


 ◆◇◆


「お。気づいたか?」

 飛び起きたホークは、ぺリドの事など見えてい無いようで、窓の外を確認。太陽の位置から既に昼近い時間だと把握し、悲鳴を上げた。

「お前、オレにはちゃんと休めって言っときながら、ほとんど寝てなかったんだって?」

「うるさい!」

 まぁ待てよ……と、ぺリドはホークの腕をつかみ、ベッドに押し倒して押さえつけた。ホークも背が高く、割と体格の良い方だが、本職の騎士であるぺリドには、体力で負ける。

 じたばたと抵抗するが、ホークは身動きが取れない。

「まぁ、落ち着け。……ホント、悪かった」

「はぁ?」

 突然謝られ、意味が解らないと、ホークはぺリドを睨んだ。

「いや、ここの偉い人に聞いた。今回の献上品、お前の作品なんだって?」

 ぺリドは当初、ホークの事を自分たちと同じ『現地民カーネリアン』だと思っていた。それほど、彼の言葉は正確であり、発音や言い回し等、違和感はほとんどない。

 彼が『異世界人アベリオン』であることを知り、次に思ったのは、今回の騒動で雇われた通訳。それにしては主観的な感情をぶつけてくる、妙な奴だ……と、ぺリドは思った。

 壊された当事者なら、壊した当事者である自分に怒っても、文句は言えない。

 ……というか、詫びの言葉しか、出てこない。

「……悪かった。すみませんでした。お前が倒れたら、何をどうしたらいいか、わからん。だから、休んでくれ」

「……」

 ぺリドはホークに、何度も謝る。そんな彼に、「もういい」と、ホークは呆れたように、ため息を吐いた。

「そりゃ、壊されて腹は立ったが、壊れてしまったモノはしょうがない。謝られて直るのなら、そりゃ一日中ひれ伏してもらうが……そんなことされても、事態は解決しないだろう?」

 実に腹が立つことに、お前の言う事は、いちいち最もだ。と、ホークは毛布をかぶる。

「……あれは、オレの「夢」なんだ。『此処』に来る前に見てた……」

 自動車技士だった父親に、負けないものを造りたい……。彼の言う固有名詞が何を示しているのか、ぺリドには見当がつかなかったが、彼が強い思いで挑んでいたことが、ひしひしと伝わる。

 ホークはフンッと鼻をならし、ビシッとぺリドの鼻に、人差し指を突き出した。

「詫びの気持ちがあるのなら、きちんと最後まで手伝ってくれ」

 そんなわけで、とっとと帰って寝ろ! 口の悪い異世界人アベリオンにムッとしつつも、ぺリドは苦笑を浮かべて、部屋を後にする。

 数歩進んだところで、ふと立ち止まり、再びそっと、足音を忍ばせて部屋をのぞき込む。

 目をつぶり、静かに寝息をたてているホークを確認すると、再び苦笑を浮かべ、今度こそ、自身の部屋へ戻っていった。


 ◆◇◆


 それから半期一カ月ほど騎士隊の手を借り修復、二期四か月の遅れをもって、献上品は無事完成し、皇帝へ献上された。

 その献上品は後に『機龍』と呼ばれるようになり、アリストリアル帝国国内で、広く普及することとなる。

 機龍の産みの親とされるホーク・ジュールは、終生アリストリアル皇家へ仕え、機龍以外の様々な便利な道具を世に広めた。

 彼は後に、親交のあったシャニー公国大公ぺリドラディウス=ラジスティアへも、数台の機龍を献上したと記録が残されている。

 そして、そのたびに、彼の弟子であり、ぺリド大公の義理の娘であるルーシェヴィアが、師に負けじと対抗、結果、倍の数で増えていった……とのこと。

 世が平和だった証……とも、言える逸話である。

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シャニー・オペレッタ 南雲遊火 @asoka4460

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