第13話

 十数年後。俺はとりあえず滑丘町の町長になった。

 元の町長を追い出す形となったが、まぁあの町長は大して役に立っていなかったし構わないだろうとは思う。倉本さんさえいてくれればそれで良い。倉本さんがいてくれたから滑丘町はなめおかレッド消失という危機を乗り越えられたのだ。多謝である。彼へ国民栄誉賞を捧げるために内閣総理大臣を目指したい。

 人生とは何があるかわからないもので、俺は蓮華と結婚した。あのキラーマシーンが自分の妻だという事実に恐ろしくなってくるが、あれで成人後から若干マシになってきた感はあるのだ。成人後とは、遅すぎるのではないか。まぁあいつを野放しにしておいたら世の中に申し訳ないのでこれで良かったのだと思う。なお、糸子はインドで暮らしています。

 町長になって以降、ベタではあるが住みやすい町作りを心がけている。バリアフリー、マジ大事。定期的に駅前でダンス大会を開催し、志奈溝町との親睦も深めている。かつてと違って裏はない。あちらの町長はカバの背中に乗っていた少女なのだ。お互い、全て心得ている。

 カバにとって居心地の良い町というのが正直よくわからないのだが、まぁ、正解のあるものでもなし。のんびりやっていこうとは思っている。その内、インドから戻った糸子に町長の座を奪われないようにだけは気を付けなければならないが。

 椅子に座って茶を啜る。なめおかレッドほどではないが蓮華の入れる茶はなかなか旨かった。

 窓の外を眺めると、今日はよく日が照っており、久々の散歩日和である。

 とはいえ、こんな日ほど事件がよく起こる。かんかん照りの日に武史が森で熊と出会いぶん殴られたのも記憶に新しい。あれでよく生きていたものだ。糸子が「ダンスのおかげ」とかほざいていたのに狂気を感じた。

 さて、というわけだから午後の会議は荒れそうな予感がするし、体力を温存しておくのが良いだろう。そう思い俺は瞳を閉じる。

『城戸くん城戸くん』

 …………。

 俺の名が呼ばれたな。どうも蓮華の声でも倉本さんの声でもなさそうだが、

「……んんっ!?」

 というか今の、カバのテレパシーじゃないのか! 突然すぎるだろう!

「どういうことだ! 戻ってきたのかカバ! どこにいる!」

 窓の外を眺めてみても、あのだらしない巨体は見当たらない。一体どこからテレパシーを発しているのか。下か、はたまた上にいるのか。などと思考をしているうちにもファッキンカバからは次のテレパシーが届く。

『あんな、前の十倍くらいに育ってもうたんやけど、かまへんかな?』

 ふんそのくらい許してやる俺は寛大だ……と、言おうとしたが、ちょっと待て、十倍? 以前で確かビルくらいのサイズではあった。つまりその十倍となると――。

 ふいに携帯電話が震えた。武史からだ。あいつは市役所の職員として働いている。昼間から平気で飲み約束の電話をかけてくるから困る。どうせ今回も同じだ、飲みの約束だろう。

「どうした、忙しいんだ馬鹿。あとにしろ」

『ちょ、待てよ! やべえんだって城戸くん! やべえやべえやべえんす!』

「お前はもう少し年相応の落ち着きを身に付けろ。何も伝わらん」

「やべえやべえんす!」

「くどいな殺すぞ。やばさの原因を離せ」

 俺が言うと、ようやく武史は叫んだ。

『なんか、沖に東京ドームくらいのサイズのカバがいるんだけど!』

 その後の経緯は推して知るべし。

 俺は十数年ぶりにカバの汗を飲み、おそらくは汗の美味とは関係のない理由で感涙した。

 あと失禁した。

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カバの汗はおいしい 怪獣とびすけ @tonizaburou

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