エピローグ あれから・・・
「萌ちゃん、もうあがっていいよ。午後から講義でしょ」
「ありがとうございます。じゃあ、お言葉に甘えてあがらせてもらいますね」
店長から声をかけられ、バイト先から電車に乗りキャンパスに向かう。
講義が始まる一時間くらい前には、友人の美樹と食堂で待ち合わせすることにしている。
電車から降りると日差しが降り注いだ。
この一ヶ月の間、暑い日々が続く。
今年は今までにないほどの猛暑になる、と天気予報が言っていた。
そして、あの夏から、二度目の夏が訪れようとしている。
食堂は涼みにくる学生で賑わっていた。
「あ~もうっ!終わんないよ!美樹、どんくらいまでやった?」
学食のテーブルの上にペンを投げる。すると、正面に座っている美樹も同じようにペンを転がす。
「やばいよ。まだ半分。このレポート、明日までなのに~。萌はどこまでやったの?」
「私も半分ぐらい。時間足りないよ」
肩の凝りを感じて、天井に突き出すように背伸びをすると、ぶ~んぶ~んと音がした。
「萌~。携帯」
美樹の呼びかけに視線を天井からテーブルに戻すと、携帯の画面に、電話がかかってきたことが表示されている。
あの夏を一緒に乗り越えた友の名。戦友でもある人からの電話。
うるさい学食の外に出て、電話にでる。
『久しぶりだね。昼のニュース見た?』
昴君だ。
理系の大学に進学してからは忙しいらしく、私から電話することは滅多にない。この電話も半年ぶりぐらい。
それでも、今日は電話したかった。レポートが終わったら電話するつもりだった。理由は、昴君の言うようにTVのニュース。
「うん。あれって、2年ぶりの来星って言うの?来日とは違うし。でも、天体観測機関はまた見失ったらしいね。何やってんだ!って、ニュースで言われまくってたじゃん。
あっ。左腕につけた義手はどんな感じ?」
『だいぶ慣れてきたよ。ただ細かい実験とかでは不利だけどね』
昴君は両親からの勧めで義手をつけることにした。でも、本当の理由はほかにある。
帰ってきた優輝が責任を感じると嫌だからって、昴君は言った。
「実験かぁ。私は貿易学科だから実験とかないけど、レポートが多くて大変だよ。今も友達と共同でやってるとこだし」
そっか。じゃあ邪魔はできないね。また電話するよ』
「・・・優輝君とラルスかな?」
『俺はそう信じてるよ』
疑いも迷いの欠片もないその返事に、なんか励まされた。
「そうだね。私も信じてる」
電話を切って、席に戻ると、美樹がにやにやと笑いかけてくる。
「男?」
「男だけど、高校からの親友だよ」
同じ学部で同じサークルの美樹は、機会があればこういうことばかり聞いてくる。
「ふ~ん。じゃあ、萌の好きな人ってその人なんだ? だから、この前も高田君からの告白を断ったんでしょ?」
「いいからいいから。この話は終了!
私、4時限目に講義が入ってるから、あんま時間ないよ。さっさと仕上げちゃおう!」
少しペンを走らすと、また口を開いてきた。
「ねぇ、萌。あんた大学祭のミスコンに出場する気マジでないの?」
思わず顔をしかめてしまった。
「またその話?そういうの興味ないから!絶対に出ないよ!」
そんなのに出たら面倒なことになる。
大学に入ってから、男友達が増えたのは嫌じゃないけど、告白された時が辛かった。断ると、どうしても胸が痛んでしまう。
「もったいないなぁ。あんたなら、けっこう上位まで行くと思うんだけど。萌の人気けっこう高いから、優勝だって夢じゃないのに。そうしたら副賞のペア旅行券は萌には必要ないから、自然と私の物になって・・・」
「・・・なにか文句あるの?」
「えっ?ないないっ!ないです!そんなのあるわないじゃん!あははははははっ!さぁ、レポート仕上げちゃおう!」
私の怒りを察したのか、それからは静かにレポートに専念してくれた。
4時限目は一般教養。
この国際関係の講義は、内容も試験も難しいと評判で、知り合いが誰もいないから、一人で受けている。
そして、こういう講義では、必ず左斜め前の席は空けるようにしている。
それは、私と優輝君との距離だから。
あの夏が終わって、2学期が始まった暑かったあの日・・・
優輝君と由貴の席に花が供えられた。
私は皆の前で初めてわがままを言った。
学期明け恒例になっている席替えで、私と優輝君と由貴の席は移動させないでほしい。
クラス中がざわめいた。
そして、椅子を引きずる音を立てながら、教室にさらなる波紋が広がった。
俺の席も替えないでほしい。
昴君だ。
クラスは、大いに混乱した。
大人しくて自分を出さない佐伯萌。
いつもクラスを考えている北条昴。
そんな2人の初めてのわがまま。
結局、クラスメイトは聞き入れてくれて、高校生活が終わるまで、席替えそのものをやらなかった。きっと、私たちの気持ちを考えてくれたんだろう。
がたっ、と左斜め前の席が動いて、誰かが座った。
私は、その人に気づかれないように右へ席をずれる。
左斜め前は空けておかなくてはならない。
そこを空けておけば高校のように、おはようって言いながら、優輝君が座りそうだから。
けど、その人は右へずれた私を追いかけるように一つ横にずれてきた。
誰にも聞こえない大きさで溜息をついてしまった。面倒なことになるから、教科書に眼を向けて、その人の顔は見ないようにする。
大学では、たまにこういう人がいる。これがナンパだというのは、美樹から教えられた。
私は高校のときと同じで、相変わらず異性関係に疎いままだから、ナンパだと言われるまで分からなかった。
でも、左斜め前は優輝君がいる場所。
なにか用ですか?って言って、用が済んだら、退いてもらわないと。
顔を上げようとした瞬間、机の上に紙に包まれたものが置かれた。
驚く。
私の店の包み紙。大学生になったと同時に、商店街のクレープ屋でバイトを始めた。
理由は単純。
そこにいれば優輝君に会えそうだから。
2年間も続けたおかげで、かなり腕も上がって、店長からも店を任せてもいいなんて言われるようになった。
その店のクレープが目の前に置かれた。
・・・まさか、ストーカーってやつ?
そんなちょっと怖い考えは、相手の顔を見た瞬間に消え失せた。
「おはよう。佐伯さん」
「あっ・・・」
その瞬間、涙が溢れた。講堂にいる人の目なんて気にならない。
・・・もう我慢しなくていいよね?
だって、彼は生きているから。
帰っていた。生きているから。泣いてもいいよね?
そして、この2年間、何もなかったように高校の時と変わらぬ挨拶を交わしてくれた。
・・・昴君はもう知ってるのかな?ラルスも一緒なのかな?富士山の旅館にも行かないと。おじさん、元気かな?また一緒にクレープ食べて・・・
いろんな考えが浮かんだけど、今は、ただ慌てながらも笑顔でいる彼の存在が嬉しい。
もう絶対に手放さない。
これからの日々を大切にしよう。ラルスが還してくれた日々を生きていこう。
「おはよう。優輝君」
ラルスの贈り物 すばる @subarist
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