最終話 そして・・・
「昴君~!寝てるの?朝ご飯の時間だよ」
二人が寝ている部屋のドアを叩く。
廊下は朝日で溢れている。床からの照り返しが気持ちよくて眩しすぎる清々しい朝。
でも、今は7時15分。
今日の朝ご飯は、旅館での最後の食事だから、どうしても食べたい。
だから、起こしにきてるのに、2人にしては珍しくまだ起きてないらしい。
「ラルス!ご飯だよ。ご・は・ん!」
がちゃっとドアが開く。
「あ~・・・おはよう。佐伯」
だるそうだ。起きたばかりらしい。
「おはよう!朝ご飯食べ行こっ!」
「えっ?もう、そんな時間なの?」
昴君は部屋の時計に視線を向ける。
「うわっ。7時過ぎてるんだ。ラルスも起こしてくるよ」
ちょっとだけ見えた部屋は綺麗に片付いていた。大きな鞄が3つあるだけで、他はもともと部屋に備え付けられてるものだけだ。
5分ぐらいして昴君が出できた。
「ごめんね。ラルスと一緒に武器とかの整理していたから、起きれなかったみたい」
・・・そうだった。私は寝たけど、2人は武器の手入れとかしてたんだった。
「じゃあ、まだ寝ててもいいよ?1人で食べるの慣れてるから」
親が死んで以来、そういうのは慣れっこだ。ちょっと我慢すればいいだけだから。
昴君は、にっこりと笑った。
「俺も食べるよ。口にする最後の手料理かもしれないから」
「俺も~」
ラルスが欠伸をしながら部屋から出てくる。
「俺にとっては、地球で食べる最後の手料理になるから、いっぱい食べるよ」
「そうだね。私もいっぱい食べよっ!」
「佐伯さん・・・太るよ?」
「いいの。こういう特別なのは別腹なの。だから、早く食堂に行こうよ」
私たちは昼前に旅館を出て、富士の樹海へ向かう。もちろん起動スイッチを壊すために。
けど、まだグルスとピリスって奴がいる。
その2体との戦闘は避けられない。でも、私は、ラルスが負けるとは考えていない。
ラルスの背中は昴君が守るから。それに力不足だけど私だっているし。
だから負けるはずがない。
だって、信じてるから。
昨日はラルスを信じられなかった。
でも、昴君が私を助けてくれた。
もう迷わない。
優輝君のためにまっすぐ歩いていける。
そして、お昼前。
「お世話になりました」
昴君がおじさんに頭を下げるのを見て、私も慌てて、それに倣う。
「まぁこんなぼろ旅館じゃ、お世話ってほどのこと出来ないけどね」
そんな言葉に、気づいたら反論していた。
「そ、そんなことないですよ! ご飯はおいしかったし、部屋から見える湖の景色も最高でした。木の香りには懐かしさがあるっていうか。それに、おじさんには心配をかけてしまって。お世話かけました!」
昴君には黙ってたけど、グルスに会った昨日の夜のこと。帰りの遅い私をおじさんは旅館の前で待っていてくれた。
おじさんは、そのときに話してくれた。
生きていたら君と同い年の娘がいる。だから、あまり遅い時間まで外出はしないでほしい。血の繫がりが無いけど心配する、って。
そんな想いも込めて頭をさげると、おじさんは鼻の頭を掻きながら恥ずかしがった。
「お譲ちゃんにそう言ってもらえると嬉しいね。それに、あれだ。君らは、なんだかんだで今夏の我が旅館にとって、かなりの長期滞在者だ。お得意様ってやつだよ。 そこでだ。おじさんからの餞別がある」
おじさんは、手元から布に包まれた四角いものを3つ取り出した。いい匂いがする。
「昼飯だ。良かったら、食べてくれ。たいしたものは作れなかったけどな」
胸にこみ上げてくるものがある。涙腺が緩むのを堪えてながら受け取る。
「じゃあ、おじさん。そろそろ行きます。本当にお世話になりました」
昴君とラルスは、鞄を背負った。ラルスはさらに肩にもう一つかける。
そして、私は何回目になるか分からないお礼を伝えて、旅館の出口へ向かう。
背中におじさんの言葉が響く。
「また来てくれよなっ!3人でさ。毎年、待ってるからよ!」
その言葉に動けなくなってしまった。昴君も動けずに答えられないでいる。
・・・また来れるのかな?
そんな中で、ラルスが振り返る。
「ええ。また3人で。必ず」
・・・ラルス?
「ああ。待ってるよ」
おじさんの声を背に受け、外に出た。
「どうして、また来るなんて言ったんだ?」
昴君が聞く。けど、私も聞きたかった。あそこで、ラルスが答えるなんて意外だった。
「えっ?だって、また来れるよ。今度こそ3人でさ。昴と佐伯さんと・・・」
ラルスは自分を指さした。
「優輝でさ」
その言葉に、なぜか由貴を失った時と同じような感覚に襲われる。
そのときには、もう・・・
ラルスは、地球にいないってことだよね?
人気の全く無いバス停で降りた。
『樹海前』
バス停は、半端ないほど錆びれていた。根拠のない恐怖に、昴君の影に隠れてしまう。
「な、なんか怖いね・・・」
話には聞いてたけど、自分の目で実際に見ると表現できない感じに捕らわれる。
「だね。俺もけっこう怖いよ。マジな話、自殺した人の骨とかけっこうあるらしいよ」
うわっ。なんて恐怖。
でも、強くなるって決めたから。
・・・これも強くなるに入るはずだよね。
頑張れ、私。怖がるな、私。これはただの森、ただの森。木が集まってるだけ・・・
無理。やっぱ怖いものは怖い。気を紛らわすために話題を変える。
「バ、バスの運転手さんも疑いの眼差しだったね。大きな鞄持って樹海に何しに来たんだろう?みたいな」
「死体でも捨てるために来たって疑われるのは避けたいね。これから樹海に入るってのに、警察に追われるのはごめんだよ」
死体って・・・駄目だ。こんな場所じゃどう頑張っても、そっち系の話になっちゃう。
「昴。樹海に入る前に昼ご飯にしよう。おじさんの餞別、食べよ」
そこに、救いの手が差し伸べられた。
ナイス!ラルス、いい仕事!心の底から同意して、昴君に訴える。
「そうだよ!ラルスの言うとおりだよ。ちょうど昼だから、ご飯にしよっ!」
昴君は、腕時計に視線を下ろす。
「12時30分か。確かにいい時間だけど、ここじゃ目立つから少し森に入ろう。
佐伯。樹海に入ってから迷わないように一定感覚で地面に旗立てるの忘れないで。俺は木の方に印つけるから」
「う、うん。任せといて」
背中の鞄には、缶ジュース程度の高さの旗が詰め込めるだけ詰め込んである。ラルスが持ってる2個の鞄には武器と救急セットと携帯食料、昴君は武器だけの鞄を持っている。
そして、私も含めて、この暑い中を長袖の服を着ている。さらに昴君とラルスは、その下に防弾チョッキ、全身にはありったけのナイフを装備していて、私も長袖の上着の内側に左右3本ずつナイフを装備している。
「じゃあ行こう。ラルス。敵の反応は?」
「いや。まだ近くには来てないみたい。でも、グルスの方は反応が掴めないよ。俺と同じで人間の体がジャミング効果みたいになってるから。近くにいるかも知れないし、遠くにいるかもしれない。それでも行く?」
「行こう。ここにいても仕方ない。このままここにいて不審者にでも思われたら、行動ができなくなるからね。それに、こんなところじゃ戦えないよ。 ちょうど今は人もいないから、誰にも見られてないうちに行こう」
平然とした覚悟で、樹海に足を踏み入れた。
昴と佐伯さんには、感謝している。
2人がいなかったら、ここまで来れなかった。お金の心配もあるし、知識だけでは人間として振舞うことも出来るようにはならなかっただろう。2人と行動してきたおかげだ。
後は起動スイッチを壊して、小浜優輝との接続を解除するだけだけど・・・
ここで深刻な問題が発生することになる。
こればかりは言えない。言えるはずがない。信じてほしいと言ったくせに、これを伝えてしまえば、嘘をついたことになってしまう。
いや、事実としては、既に嘘をついて騙している。でも、騙していてもあの2人には優輝は助かると信じていて欲しい。それが身勝手なのは分かってるけど、この問題は自分ではどうしようもないから。
解除の方法が分からない。
解除したくても解除できない。隊長みたいにいきなり解除されてしまうんだろうか?それで小浜優輝が帰ってくるなら嬉しいことだ。
でも、グルスと戦うまでは解除を避けたい。グルスに勝てなくなってしまう。ダイヤ状態では2人を護れない。だから、グルスと戦うときは優輝の限界以上の力を借りたい。
それに別荘のクルスとの長期戦闘でコツを掴んだおかげで、体に負荷がかかり過ぎない程度で限界に近い力を使えるようになった。
けど、ピクスとグルスに同時攻撃されると厳しい。できれば、1体ずつきてほしい。
どんっと足に何かがぶつかる。
「あうっ!」
視線をおろすと佐伯さんが転がっていて、その近くの地面には旗が突きさしてあった。
「旗立ててるのに~。ぶつかんないでよ」
どうやら旗を立てるために立ち止まったところへ、俺がぶつかったらしい。
「ごめんね。そういや昼ご飯はまだ?」
佐伯さんは指で場所を示す。
「あそこ。ちょっと広くなってるから」
そこには昴が先に行って、丹念に周囲を調べている。ピクスは俺が反応を見つけられるから、グルスが近くにいないか確認しているんだろう。俺と佐伯さんが、もう一本旗を立てて近づくと、昴が手招きをする。
「ここならけっこう広いから、OKだね」
佐伯さんが弁当を手渡してくる。
「私も腹ぺこ。早く食べようよ」
包みを開けると、嬉しさがこみ上げてきた。
「あっ!から揚げ!地球の食べ物でも、これはけっこう好きだよ。ファスではこんな味の食べ物なんて無いからね」
口に放って、目を閉じて味だけに集中する。やっぱりうまい。これが地球で食べる最後のから揚げなのは、どうしようもなく寂しい。
弁当に目を戻すと、異変が起きていた。
「あれっ?増えてる?」
「私のあげるよ。好きなんでしょ?」
5個に増えてるってことは、佐伯さんはから揚げ全部をくれたことになる。
「本当に!?でも、食べなくていいの?」
「だって・・・から揚げを食べれるのって、今日が最後なんでしょ?」
卵をつつきながら、ぽつりと呟いた。
「佐伯さん・・・」
気を使ってくれるのが嬉しい。たとえ、それが小浜優輝のためであっても、そこに俺への優しさを少しでも感じることができたから。
「ありがとう。じゃあ、お言葉に甘えて食べさせてもらうね」
箸でから揚げを掴んだところにさらに3個のから揚げが舞い込んできた。
「俺のも食っとけよ」
「・・・ありがとう。昴」
そのから揚げを食べる。おいしすぎる。この味は、死ぬまで忘れない。
「礼を言うのは俺のほうだよ」
昴が弁当を地面に置いた。
「昴?」
「そりゃあ、お前が優輝を殺したかもしれない。でもさ、優輝が死にかけたきっかけをつくったのは俺でもあるんだ。一学期の最後に優輝の背中を追えなかった俺の弱さが優輝を死なせかけてしまった。そして、お前に責任を押し付けたんだ。でも、考えてみれば、お前が優輝を助けることはない。なのに、前例のない接続なんてことまでして、優輝を助けようとしてくれた。それだけじゃない。俺が自分の弱さに向きあえるチャンスをくれたんだ。感謝している。ありがとう。ラルス」
予想外の言葉に、どう反応していいか分からないでいると、佐伯さんも弁当を置いた。
「私もね。感謝してる。私は優輝君の背中に追いつけなかった。そのせいで失いかけたから。 でも、昴君の言うように、ラルスは優輝君を助けようとしてくれたんだもん。恨んでるなんて言って、ごめんね。でさ、昴君と相談したんだけど・・・接続が解けないなら、このまま優輝君として地球で生活してもいいんだよ?」
「えっ?」
「佐伯と相談したんだ。隊長さんが殺されたときの話を聞いときにね。ラルス・・・お前、自分の意思で接続解除できないんだろう?」
俺は驚いてしまった。
「なんで、それを知ってるの!2人に話した覚えないのに・・・」
昴は佐伯さんと目配せをした。
「予想はしてたんだ。でも、今のリアクションを見る限りじゃ、事実か」
「・・・ごめん。いつ話そうか迷ってたんだ。話してしまうと、2人を騙してることがばれちゃう。せっかく信じてもらったのに、悲しませてしまうと思ったから」
佐伯さんが服の袖を引っ張ってくる。
「隊長さんが接続していた人は解除されたら死んでた、ってグルスが言ってたの。だから、無理をして接続が解除されてしまったら、きっと優輝君もそうなってしまう。そうなるぐらいなら、ラルスさえ良ければ優輝君として生きてもいいんだよ」
「優輝の妹ぐらいなら説得できるさ。お兄ちゃんが帰ってきたんだから。言い訳なんて、いくらでもできるし」
・・・2人と出会えて良かった。俺を許してくれようとしてる。
「ありがとう。でも、気持ちだけで嬉しいよ。俺はちゃんと小浜優輝を君たちに還す。 たとえ俺が死ぬことになっても絶対に接続を解除するよ。 北条昴のために。佐伯萌のために。そして、小浜優輝のために。昴も佐伯さんも優輝として生きてもいいって言ってくれるけど、それは出来ない。俺が、それを認められない。君らに後ろめたい気持ちをもったまま生きられないよ。だから、その気持ちだけを受け取るよ」
感謝の気持ちを込めて、2人に頭を下げる。
「私、ラルスに会えてよかった」
「俺もだ。感謝している」
その言葉を心に刻み付けた。俺は、お涙頂戴な雰囲気を変えようと、弁当に手をつける。
「さあ!おじさんの弁当食べて、スイッチを壊しいこう!別れの言葉はそれからさ!」
束の間の団欒が訪れた。佐伯さんなんて、頭を揺らしながら鼻歌なんかを始めるほどだ。
「♪フッフ~フフ~フッフ~♪・・・あれっ?おかしいな?」
「どうしたの?」
「うん。あそこで一緒に旗立てたよね?」
佐伯さんが指さした地面には、旗が・・・
「ない?」
「ラルス!!」
昴の緊張した声が森に響く。その大声に佐伯さんが身を竦める。
俺は、その声より早くナイフを構えて、旗の方向、俺達が歩いてきた方向を警戒しながら、佐伯さんを庇う様に前に出ていた。
「生体反応はないよ!」
地球での最後の団欒は破られた。
「じゃあ・・・グルスってやつか?」
昴がボウガンに矢を装填して、俺とは逆側を警戒しながら聞いてきた。
「ありえる・・・昴。佐伯さんを護ってくれ。俺は、旗があった場所を見てくる」
「いや。3人でゆっくり行こう。ピクスが来てるかもしれない。ラルスは、反応を消せる特殊能力を持ってる奴は、地球には来てないって言ったけど、用心しよう。それに、俺だけで佐伯を護りながら2体同時に襲われたら、対応しきれない。1人のラルスだって、背中から狙われるだろうし」
昴はいい戦士になりそうだ。それとも人類はもともと資質があるのだろうか。
「分かった。でも、指示は俺が出すから。昴は後ろを警戒して。俺は旗のほうを担当するから。佐伯さんは俺達の間で左右を警戒。それと2人とも頭上も警戒して。些細でも異変があったら声で報告。場合によっては報告しないで攻撃してもいいから」
2人が頷く。足音も立てないようにゆっくりと旗があったところへ移動していく。
風に吹かれる木の葉の音が耳障りだ。そのせいで、木の葉なのか敵の接近なのか判断しづらい。途中で、昴がボウガンで3回草むらを撃ったけど、反応は無かった。
そして、旗を挿してあった地面に着く。
「やっぱりここに挿したのは間違いないよ。縦にまっすぐ穴開いてる。警戒しつつ、旗を探してみて」
何も見逃すまいと、神経を集中させる。
「あっ!草むらの中にあるよ!」
佐伯さんが取りに行こうと駆け出す。
「佐伯さん!俺が取るから、その間、前方と左の警戒を頼む。昴は後方に加えて右をお願い。頭上警戒も忘れないで」
草むらに入って、注意深く旗を手に取って、その状態を確認する。
何も変わっていない。挿したままの旗だ。
でも、どうしてここにある?穴からの距離は・・・10m~15m。これだけの距離を飛ぶ強い風は、ここに来るまで吹いていない。
ということは、何者かに引っこ抜かれて投げ捨てられた可能性が高い。
つまり、グルスが来てる可能性が高い。
がさがさっ、とかなり離れたところで草が揺れるような音。
「ラルス!戻って来い!」
急いで戻ると同時に感心した。佐伯さんが俺のボウガンを使って草むらだけを警戒している昴の分まで全方位警戒をしているから。
佐伯さんは、強くなりたいって言っていたけど、弱くない。弱くなんかない。
「昴!なにがいる!?」
「姿は見てない。ただ、風が無いときに揺れたんだ・・・撃つか?」
「そうだね。少なくとも俺達の味方じゃない。妥当な判断だね」
昴の指に力が入り、矢が・・・
「にゃー」
・・・にゃーだって?
「にゃあ?」
昴が、間が抜けた声と同時に、構えたボウガンをさげる。佐伯さんも周囲警戒を忘れ、草むらを見ながら不思議そうに首を傾げた。
「猫・・・だよね?」
それでも俺は警戒を解かない。
「鳴き声だけならね」
場に緊張が走る。昴はボウガンを構えなおして、佐伯さんは周囲警戒に戻る。
がさがさっと揺れが近づいてきて、もうすぐその姿を現そうとする。
ナイフを肘から取り出し身構える。昴も構えたまま動かない。
やがて、音の主がその姿を現した。佐伯さんが微笑みながら駆け寄る。
「あっ!やっぱり猫。こいつが旗を掘り起こして動かしたんだよ。ただ遊んで・・・」
やばい。近寄っちゃ駄目だ。佐伯さんを止めようと動き出すより早く、行動を起こした者がいた。
びしゅっ!びしゅっ!びしゅっ!
乾いた音が立て続けに3回起こる。
姿を現した猫は、一度も鳴くことなく倒れて、ぴくぴくっと動くだけの存在になった。
一瞬でほぼ即死にさせたのは、撃った者の確かな腕を物語っている。頭に1本。胴体に2本。動いている猫という的に全段命中だ。
佐伯さんが矢の刺さった猫から目を背ける。
「いやあぁぁぁぁぁっ!昴君!?」
昴に詰め寄って、その両腕を掴んで体を激しく揺さぶる。
「なんで?なんで撃ったの!?」
昴は佐伯さんを振り払って、ボウガンに新たな矢を装填して、胸の高さから下ろさない。
「・・・敵かもしれない」
「敵って・・・この猫が!?」
「冷静に考えてみてよ。なんで、樹海も深くなってきた場所に猫がいるの?
おかしいよね。ピクスって奴が特殊能力で猫に変化してるのか、操れるのかもよ?」
「違うよ!ただの猫だよ!撃たれたのに、何も起こらないよ!それに敵だとしたら、なんで1本だけ抜いたの?あっち見てよ!」
指さした先には、今まで刺してきた旗が、目に入る範囲内で全部刺さっている。
「敵だったら、私達が樹海から脱出できないように全部抜くよね?」
「それは結果論だよ。それじゃ聞くけどさ。駆け寄ろうとした佐伯は、猫に攻撃されて、下手したら死んでた。と、したら?」
佐伯さんが息をのんだ。
「そ・・・それは・・・」
悲しいけど、ここは昴が正しい。この樹海には、いや世界中でも俺達の味方はいない。仲間は、俺と佐伯さんと昴の3人だけ。
今いる場所と敵が迫っている状況を考えれば、猫を撃ったのは正しい判断だ。
「佐伯さん。猫の死は悲しい。でも、ここは昴が正しいよ。実感がないかもしれないけど、俺達は地球を救うために来ている。 遊びでもなんでもなく、俺達3人が最初で最後の地球を救うチャンスなんだ。それを邪魔する要素は取り除かなければならない。 昴がやったことを許さなくてもいいよ。でも、理解はしてほしい。それに、昴がなにも感じないで猫を殺したと思ってるの?」
「・・・どういうこと?」
「小浜優輝から聞いたはずだよ。子供の頃の昴と優輝がお化け屋敷で立てこもった話」
「あっ。猫が飼えないから・・・」
「うん。昴はあれ以来、猫を見ると、食べ物とかあげてるんだ。だから、昴の気持ちを理解してほしい」
佐伯さんが俯いた。けど、なんとなく手に力が入っているように見える。
「私・・・まだ駄目みたい。強くなるって決めたのに、何も変わってないよ。全然何も。
ラルスのように戦う力も、昴君のように揺らがない意志も、そんなの私にはない」
俺は何も言えなかった。その代わりに昴が警戒を続けたまま話し出した。
「佐伯はそのままでいいよ。佐伯の強くなるって言うのが、俺みたいに考えることとかなら変わらないでいい。だって、そんな強さを手に入れても、優輝は喜ばないから」
「優輝君が喜ばない?」
「優輝は佐伯がそんな強さを持つことを望んでないよ。
死んだ猫に対して泣ける。優輝はそんな優しさを持っている佐伯が好きなんだ」
「優輝君が、私を好き?でも、お化け屋敷で、ラルスは・・・」
佐伯さんより、俺のほうが驚いている。
「昴。優輝の記憶には佐伯を好きって判断できる根拠がないんだけど。昴は、何を根拠にそう思うの?」
2人とも警戒を忘れてしまっている。
そんな昴と佐伯さんの代わりに、話ながら全方位警戒を始める。
「俺も根拠なんてないよ。ただ、佐伯と話すときのあいつは楽しそうだったからね。俺と話す以外であんな顔するなんて無かった。 それに、優輝のことだから、自分の気持ちを認めたくなかったんだろうね。あいつは変なとこで意地っ張りだから。そんな感じさ。あとは、親友としてのカンかな」
・・・親友として、か。やっぱり、小浜優輝は、この2人のもとに還さないといけない。
覚悟していたのに、なぜか寂しくなった。
猫は触るのも危険だからって、土を被せるだけになった。私は、地球を救うためって自分を納得させて、泣かずにいられた。
それから昴君とラルスに前後を護られるかたちで歩き、襲撃を警戒しながら移動した。
でも、猫以降の異変は無いまま、木々の隙間の光が薄れ始めた。
夜が近づいてきている。
ライトでの移動も限界になってきたので、テントを2つ張りだす。そして、その間にロープを吊って、携帯ライトを下向きに下げる。
ちょっとした屋外リビングの完成。そこで携帯食料とペットボトルの飲料で夕食にする。
レジャーシートを敷いて腰を下ろすと、一気に疲れが噴き出してきた。襲撃に怯えながら警戒してきたのが、心身ともにかなりのダメージを与えてるらしい。
疲れて食べたくない私とは対照的に、ラルスが同じパッケージを何個も取っていく。
「チョコ味チョコ味。甘くて好き。でも、ベジタブルは嫌いだよ。なんか苦い」
「チョコ食べていいよ。ベジタブルは私が食べるから」
「へへっ。ありがとね」
昴君はナッツが入ってるスティックを手に取り、パッケージを破って口に放っている。
「ラルス。起動スイッチの場所まで、あとどれくらいかかるんだ?」
「そうだね・・・警戒しながら進んでるから、明日の夜になると思うよ」
「どういうとこかは知らないのか?」
「うん。場所しか分かんないんだ。ラジオだと思ってくれると理解しやすいよ。隊長から教えてもらった波長を発すると、起動スイッチから同じ波長が返ってくる。それで場所が掴めるんだ。 ラジオの電波を合わせると、放送が聞こえるようにね。でも、ラジオ局がどういうところか行ってみないと知りようがないじゃん。それと同じさ。行ってみないと起動スイッチがどんなところにあるか分かんないんだ」
どんなところか分かんないか。敵も2体残ってるんだから、危険がなければいいな。
昴君が、早く食べ終わって話し出す。
「まだピクスは来てないんだよな?」
「うん。ピクスの生体反応は感じないからまだ近くにはいないよ。ただ、相変わらず、グルスがどこにいるかは掴めないけどね。
けど、それはグルスも同じさ。あいつは俺の場所を掴めない。だから、ピクスと行動してるはずだ。ピクスなら優輝から流れ出ている俺の微かな生体反応を掴めるから。だから、来るとしたら同時に来るね」
「じゃあ、今のうちに寝ておかないか?いつ敵の襲撃があるか分からない。だから、寝れるうちに寝といたほうがいいと思うんだ。いつまでも緊張してたんじゃ、心も体も駄目になっちゃうよ。人間、寝ないでいると集中力も反応力もかなり低下するものだからね。きっと、今も襲撃警戒の緊張でかなり低下してる状態にある。自分らでは低下してないつもりでもね」
その申し出を嬉しく思った。正直もう限界になってきていて、今も気を抜くと寝てしまいそうになる。
「そうしようか。でも、見張りは必要だよ。それは、俺がやる。寝なくても平気さ。それに俺しかピクスの生体反応は掴めないし。
でも、この暗闇での全方位警戒は辛いものがある。だからもう1人、俺とは反対方向の警戒をやってもらいたい。だから、佐伯さんと昴が交代で頼むよ」
昴君は立ち上がって、私のテントの入り口を開けた。
「先に寝てくれ」
反射的に胸の前で両手を振って断る。
「私が、先に見張りをやるよ。 敵が来たら、戦力になるのは昴君じゃん。体力を回復させて、万全に近い状態にしないとラルスの手助けできないよ。だから昴君が先に寝てよ。ねっ?」
昴君は、溜息とともに座ってる私の前にしゃがみ込む。
「我慢しないでいいって。 佐伯、今にも死にそうな顔してるよ。それに、食料も水も全然取ってないよね。疲れてて食べる気力も無いんでしょ? だから、先に寝て。これは命令だよ」
「・・・わかった。ありがとう」
「おやすみ。佐伯さん。安心して寝てね。俺達が、しっかり見張ってるからさ」
「うん。ありがとう。おやすみ」
吹き始めた風のせいで、テントがこすれる音が響く。
でも、安心して寝れそうだ。
だって、ラルスは確かに無表情だったけど、私には笑って見えたから。
さっきから吹き始めた風のせいで、ライトが揺れて、俺達の影も揺れている。
背中から足音。佐伯の様子を見に行ったラルスが戻ってきた。
「寝てる?」
「ぐっすり。かなり疲れてたみたいだね」
佐伯はかなり疲れていた。目に見えるほど疲れていたのに、弱音一つも吐かなかった。
佐伯は強くなりたいって言ってたけど、今でも強い。優輝のためでなんであれ、こんな状況に置かれた女の子は、普通ついて来れない。佐伯自身が気づいてないだけで、精神的に強い子なのは間違いない。親がいない状況が、その精神を創り出したんだろう。
「ラルス。佐伯をどう思う?」
「強い子だよ。優輝のためにここまで来れたんだもん。だから、小浜優輝は君らの元に絶対還すよ。絶対に」
「ああ。信じてる」
風は正面から吹いている。少し声を大きくしないと葉がこすれる音で届かないほどだ。
「ラルスはファスに帰るのか?」
「・・・たぶん帰っても生きていけない。1人で帰っても、仲間殺しの罪はいずればれるさ。地球を救おうとしたこともね」
その答えを予想してた俺は提案をする。
「もし接続が解けて、優輝が生きていたら、ラルスも地球で暮らさないか?」
ラルスが無表情で驚いたように俺を見る。
「人道に反した提案だけど、死体ならいくらでもあるから。グルスって奴みたいに、死んだ人間に接続することも出来るんだろ?」
風がかなり強くなってきている。
「それはやりたくない」
・・・出来るけどしないってことか。
俺はラルスに友達に近いものを感じてきている。だからこその提案だけど、本人が嫌なら仕方ない。
水が飲みたくてペットボトルに手を伸ばす。
佐伯には、ああいうふうに言ったけど、俺の体力もかなりきつい。そのせいかペットボトルを掴み損ねて転がしてしまう。
強い風にペットボトルがテントのほうに加速していく。少し走って、しゃがんで取る。
「・・・んっ?なんだ?」
2つのテントの間にあるゴミがおかしい。
風でゴミが舞い飛ぶのは当たり前だけど、飛んだゴミが綺麗に真っ直ぐ並んでいる。
こんなことはありえない。風は様々な方向から吹いてくるはずだ。しかも、ここは森。風は乱立している木々に阻まれて、いろいろな方向に吹き、ゴミはそれに乗って予想できない場所に飛んでいくはず。
つまり、この風は・・・
「ラルス!この風おかしいぞ!!」
叫びながら、佐伯のテントに向かう。
「佐伯!起きろ!」
「・・・なに?」
もぞもぞと動く気配。寝起きの悪さなんて気にしてる場合じゃない。
「あっ・・・見張り交代?」
「来たぞ」
佐伯が目を見開く。
「えっ!?ダイヤが来たの!?」
「風がおかしいんだ。この風は、一定方向から操作されて吹いてる気がする。とりあえず、ラルスのとこへ行こう」
佐伯を庇うように先にテントから出ると、さっきより、さらに風が強くなっていた。俺達が歩いてきた方向から、吹き続けている。
そんな中をラルスが駆け寄ってくる。
「2人ともテントの中へ!とりあえず、佐伯さんのテントへ荷物を運び込むんだ」
運び終えるとテントを閉めて、風の影響を無くす。ラルスが、ごめんと前置きした。
「生体反応がないから、まだ周辺には来てないって判断してたけど、こんな乱暴な手段でくるなんて。感知外から広範囲に大雑把に仕掛けてきた。ピクスの特殊能力、風を操れる能力。威力は相乗効果的に増大していく。今が、まさに増大している状態だよ。俺達は既にピクスの攻撃を受けている。 早く対処しないと、そのうちテントが吹き飛んで、俺達も飛んでくる物体にぶつかって死ぬか、風に吹き飛ばされてお陀仏さ」
「なら、こっちから近づいて殺そう。このままじゃ身動きが取れなくなってしまう」
ラルスは首を振った。
「俺は無理だよ。俺が近づくと生体反応でばれてしまうから。 ピクスは逃げながら、俺達に強力になっていく風を吹き付けるとこが出来るんだ」
「そんな・・・じゃあ、ここで黙って吹き飛ばされろってか?」
「方法はあるよ・・・」
わずかに俯きながら口を開いた。
「昴が行くんだ。君は生体反応を出してないから、ピクスに見つからないように接近できる」
「それは、俺だけで戦えってことか?」
「そうだよ。これしかない。しかも、グルスもいるかもしれない」
一人でピクスと戦うことになる。それならまだいい。最悪、2体同時に戦うことになる。そして、ラルスの援護は期待できない。
死。今まで考えたことなかった。敵と戦うときは、ラルスの援護をしていれば良かった。
でも、今回は俺が主力。人間の限界を引き出せない普通の人間が戦うことになる。
俺が行かなきゃ、いずれ3人とも死ぬ。俺が行っても、相手が2体なら、俺が死んで後を追うようにラルスと佐伯も死ぬ。
八方ふさがりだ。どうすれば・・・
「昴は、キラルにとどめさしたじゃん。それに能力を使っていたクルスと戦えた。 だから、昴ならピクスも倒せるよ。しかも、特殊能力は万能じゃない。弱点は必ずある」
励ましてくれてるのは嬉しい。
でも絶望的だ。1人でどう戦えばいい?
とんとんっと後ろから肩を叩かれた。
「なに1人で思いつめた顔してるの?」
振り返ると、驚きよりも呆気にとられた。
「もちろん私も行くよ。2人のほうが勝率高いでしょ?」
ラルスのボウガンを重そうに持ちながら、笑顔で自信満々に、そう宣言された。
役に立てる!って、そう思った。
今までは明らかに足手まといだったけど、ラルスが戦えないなら、私が行かなきゃ。
戦うのは怖い。キラルとの戦いでは足が竦んで動けなかった。
でも、優輝君を助けたっていう自信が欲しい。もう一度優輝君と笑って話すために。
そして、強くなりたいから。
昴君は、優輝君はそれを望んでいないって言ってたけど、私は嫌だ。弱い私で優輝君と再会したくない。自分が求める自分になって、胸をはって生きていきたい。大袈裟かもしれないけど、そう思う。
だから、私も戦う。
「でも、佐藤に接続してるグルスもいるかも。いや、いると思って行動するほうがいい。
佐伯に撃てるか?中身は違うけど、親友の佐藤由貴をそのボウガンで撃てるのか?」
「昴君がラルスを殺そうとした気持ち、今なら分かるよ。私は、由貴を必ず助ける」
私は昴君から目を逸らさない。昴君は、私の決意を試してるんだ。それに逸らせてしまったら、私の決意が口先だけって、自分に言ってるようなものだ。だから、昴君が口を開くのを、目を逸らさずに待った。
「・・・分かった。一緒に行こう。でも、自分から飛び込むような真似はしないで、俺の援護に徹して欲しい。それを約束できるなら連れて行くよ」
「約束する。昴君の言うとおりに動くよ」
後ろで、ラルスがごそごそしているのに気づいて、振り向くと上着を脱いでいた。
「佐伯さん。着けていったほうがいいよ。これ、けっこう使えるからね」
「佐伯には重いんじゃないかな?」
「ううん。平気。上着の下につけてくね」
受けとったチョッキをつけると、ずしっとした感触が肩に食い込んできた。
・・・お、重い。
こんなの着てたら、私より遥かに疲れてるはずなのに、そんな顔見せもしなかった。
でも、私だって負けない。
「昴君、行こう。早くしないと、風で動けなくなっちゃう」
昴君は頷くと、鞄からロープを取り出した。
「ラルス。このロープで俺と佐伯を繋いでくれ。これだけ風が強いと、女の子の体格じゃ飛ばされちゃうからね」
ラルスは私と昴君の腰をロープで縛る。
「二人とも気をつけて! ピクスは他の奴らと同じように光ってるから、この闇の中ではかなり目立つよ!それと、グルスにはくれぐれも細心の注意を!風が止んだら、俺もすぐ追いかけるから!」
大声を出すため、口で大きく息をしている。
「ピクスの特殊能力の弱点は一定方向にしか使えないってこと! つまり、側面と後ろはがら空き!そういう意味では今までの敵の誰よりも弱いんだ!」
昴君は不敵な笑みを浮かべた。
「任せとけ!」
テントに入ってくる風がかなり強い。ロープで繋がれてるから慌てて追いかける。
「うわっ・・・!」
台風のニュースキャスターなんて比較にならない。ただ真っ直ぐに強く吹いてくる風は生まれて初めてだけど、想像を絶するものだ。
立っている足に力を入れ、体を前に傾けて、後ろに倒れないようにする。
「佐伯!やっぱり、ラルスと一緒にいろ!この風はきつい!」
それを無視して、歩き出す。
・・・私だってやれるんだから!
答えなかった私の前に昴君が出てくる。
「俺の後ろを正確に歩いてこいよ!」
風に阻まれて、声は届かないと思って、代わりに前を歩く背中を軽く叩いた。
昴君が前に出てくれたおかげで、歩くのが楽になったけれど、前に出た昴君は、体力を削られるばかりだ。昴君に追いつき服を引っ張ることで振り返らせて、耳元で叫ぶ。
「木の多い方から行こうよ!風が少しでも弱い方から!」
昴君は、了解の意味で親指を立てた。それからは木を盾にしてゆっくりと進む。
風はさらに強くなっている。このままでは周りの木々さえも倒しそうな勢いだ。
「急ごう!このままじゃやばいぞ!」
でも、昴君の歩調は早くならない。
・・・大丈夫かな。自分では気づいてないみたいだけど、昴君はかなり消耗している。
見張りで寝てないし、ずっと私の盾になって、飛んでくる物に対しても注意を払ってる。
精神的にも肉体的にも限界が近いはず。
早くピクスを見つけないと状況は悪くなる一方だ。けど、気持ちばかり焦っても見つけられるわけがない。
その時、かなり離れた木と木の間に光が見えた。
昴君の服を引っ張って、振り向いたところで、光を指さす。
木が密集しているところへ行き、腰を下ろした。昴君が何か言ってるけど、風で全然聞こえない。近づいて耳を傾ける。
「俺が、あいつの後ろに回りこんで、できるだけ近づいてから、核を射抜く! もうちょっと行ったら、このロープを切るから!佐伯は、そこで待機!」
とりあえず頷いた。私は足手まといなんかじゃない。それを証明してみせる。
立ち上がって光へ向かう。しばらくして昴君が腕を横にして、遮断機みたいして立ち止まり、左肘からナイフを取り出した。ここでロープを切るんだろう。私も立ち止まって、ロープが切られるのを待つ。そして昴君が指で地面を指差す。ここにいろってことね。私が頷くと、迂回するために光を中心にして円を描くように右側へと移動し始めた。
私は昴君を見送り、その姿が見えなくなってから、挟み撃ちのために逆方向へ迂回する。
昴君は動くなって言ったけど、私だって優輝君を助けるために何かしたい。
助けるために、戦いを見ていました。
助けるために、戦いました。
私は後者がいい。それに、昴君とラルスがやられたら、私も地球も終わりだ。
なら、私だって戦ってみせる。
そのためにも昴君が敵と遭遇する前に近づかなきゃ挟み撃ちの意味がない。
追いつくために歩調を速める。昴君のおかげで、体力は削られていない。今の昴君のペースなら、私にだって追いつけるはずだ。
横から吹いてくる強い風に、体を傾けて耐えながら歩き続ける。
ふっと風が止んだ。
「わっ!?」
横に体を傾けてたせいで勢いよく倒れて、右半身を強くうってしまった。
「っ・・・なんで風が?」
昴君、もう倒したの?
光の方向を見るけど、まだ光っている。
そこで気づく。右側では台風みたいな風が吹いていることに。私がいる場所にも風は吹いてるけど、日常の風だ。
風が境界線を引いたように区別されている。
前を見てみると、強い風に木は揺れてはいない。後ろを見てみると斜めに広がるように強い風が吹いている。でも、私の左側は強い風が吹いていなかった。
・・・あ!これって扇!?
ピクスの特殊能力は一定方向に吹く以外に弱点があるんだ。ピクスを原点として、扇状に風が広がっている。そして、ピクスに近づいて狭くなった幅の外側に出たから、その影響を受けなくなった。
つまり、ピクスは近距離戦闘には不利。いくら強い風でも幅が狭ければ当たらない。近づけば近づくだけ、私達が有利になる。
とにかく急がないと。昴君も同じように特殊能力の外側に出てるはず。もうピクスの近くでチャンスを待ってるかもしれない。
ピクスの側面へと走る。後ろまで回りきってしまっては、挟み撃ちの意味が無い。
ピクスにある程度まで近づいてから、足音を立てないように歩き、最後のほうは生まれて初めての匍匐前進をした。服が汚れるのは気にならなかった。
ピクスの姿が、はっきりと確認できる。その明るさで周りの様子が良く見えるほどで、距離はもう10メートルも無い。
あとは、目の前の茂みとその前にある横一列に並ぶ大きな3本の木しか遮蔽物が無い。
ピクスは、風をラルスに向かって吹きつけ続けている。まだ気づかれてはいない。
どうしよう。ここから撃って当たるかな?
撃ったのは、実戦で1回と練習でやったぐらい。しかも5メートル先の空き缶に10本中2本しか命中しなかった。
昴君を待って、出来る限り近づいてから撃とう。ボウガンに矢が装填されてるか確認しようとしたときだった。
木の葉の擦れあう音が近づいてきている。
見つかった!?ピクスを見ると、体が回転してるためか、光具合が刻々と変わっている。
飛び出て攻撃したほうが・・・!
目の前でピクスが欠けて、よろめいた。すぐ、その体に何かが突き刺ささると、さらにふらついた。刺さったのは矢だ。
・・・昴君!
ピクスが回転して、攻撃対象を変えたのは昴君に攻撃されたからだ。なんて腕の良さだろう。ピクスの背後は森が薄くなっているから、あまり近づけば接近がばれてしまう。と、すれば私と同じぐらいの距離か、それ以上離れている場所からの攻撃。しかも、木と木の隙間を縫うように命中させているんだ。
・・・私も援護しなきゃ!
でも、風がそこまで迫っている。まずはこれを耐えなくてならない。
ざぁぁぁぁぁぁぁぁっ!
と、風が全身に吹き付ける。浮かびそうになる体をなんとか地面に抑える。2秒ぐらいだった。接近したぶん、範囲は狭かった。
ピクスにはさらに4本、合計5本の矢が刺さっている。でも、核には当たっていない。
茂みから昴君が確認できた。奇襲が失敗して、近づいて命中率を上げてから、攻撃を始めたみたいだ。そして、さらに3本撃った後で森の中に隠れようと下がり始めた。この風ではボウガンの矢は届かない。最悪、押し返された矢は自分に当たることもありえる。
そして、風は昴君へと近づいていく。
・・・今だ!
ボウガンを構えて茂みから飛び出す。
隠れようとしていた昴君が、私に気づいて飛び出してくる。ピクスは反応しきれてないようで、そのままボウガンを、ダイヤに押し付けられる距離まで近づくことができた。これなら外さない。勝利を確信して、矢を放つ。
えっ・・・?
ピクスが視界から消えて、矢が地面に突き刺さり、頭上からの光が影を作り出す。
外した!?
「佐伯!なんで来た!?」
昴君が横に駆け寄ってくる。
「なんでって・・・」
そこで、はっ!とした。森が静かになっている。周りを強い風が吹いてなかった。
「佐伯の攻撃を避けるために能力を止めたみたいだ。おかげで俺がここに来れたんだよ。でも、なんで来た!危ないだろう!」
「だって・・・」
昴君は何か言いたそうに口を開いたけど、空を見上げた。
「とりあえず、今はあいつだ。 佐伯のおかげで強い風は無くなった。あれだけの風を作り出すには時間がかかる。だから、もうあいつは倒せる相手になったわけだ。でも、まだ危ないから佐伯は隠れてて」
私の返事を待たず、昴君はボウガンを構えて撃つ。私が撃っても当たらない、と木の陰に隠れて、様子を見守ることにした。
昴君が押し始めている。飛んでくる体当たりを避け、振り向きざまに矢を放つ。
だんだんとピクスの動きが鈍くなってきた。
昴君の勝ちだ。
そう思った瞬間だった。
昴君が、吹き飛んだのは。
ピクスが、ほんの少し輝きを増した瞬間、昴君の体が文字通り『く』の字を描き、かかとで地面少し滑って転がりながら倒れた。
・・・なんで?いきなりなにが・・・?
混乱する私にピクスが近づいてくる。人の歩く速さ程度の早さだ。逆にそれが怖い。
「このっ・・・!」
混乱より危険が上回って、なんとか狙いをつけて矢を撃つ。けど、かすりもしない。
矢を再装填しながら、ピクスから視線を外さずに森の中へ後退する。
ピクスの輝きが増す、ぼふっと響く音がお腹に響く。すぐに背中に強烈な痛みを感じて、意識が遠のいた・・・
「・・・いたっ!っつ~~~・・・」
意識が戻ったときに襲われたのは、お腹のずきずきした痛みだった。
私・・・ピクスを撃って、それで・・・
「うっ!?」
吐き気を感じて、木の根元で吐けるだけ吐いた。痛みは残ったけど、吐き気は消えた。
・・・とにかく早く昴君と合流しないと!
手放してしまったボウガンを探して周りを見渡すと、5メートルぐらい先に落ちていた。
あそこから飛ばされたことになる。ボウガンを手に取るためにしゃがんだとき、後ろから光が照らし出した。
「・・・しつこいなっ!もう!」
振り返って撃つ。当たらないのは承知の上で、牽制のつもりだった。もちろん当たることもなく、2撃目を撃つ暇もなく、昴君がいるほうに走り出す。
と、後方で光が増した。
・・・さっきと同じ!とっさに木の陰に隠れる。すぐ横を風の塊が通り過ぎた。地面に当たり、砂埃を巻き上げる。
やっぱり特殊能力はまだ使えるらしい。力を溜めて撃ってるって感じ。能力は健在だ。
全力で走って、昴君が倒れた場所へたどり着いた。でも、そこに昴君の姿はなく、ボウガンだけが落ちていた。
「昴君!?昴君!」
周囲を見回すが見つからない。
「昴君っ!いないの!?」
「静かに!上だよ。上」
反射的に顔を上げると、昴君が木の枝に座って自分の口に人差し指を当てていた。
「あの攻撃は効いたね。予想もしてなかったよ。佐伯は何もされなかった?」
「私も喰らった。吐いちゃったよ」
「ごめんね。俺が油断してなきゃ気を失わないで、追いかけられたんだけどね。でも、あいつを倒さなければならない。そこで佐伯に頼みがある」
「頼みって?」
「おとりになってくれ。攻撃はしなくていいから、注意をひきつけてくれ。その隙をついて上から真っ二つにしてやる。危険はあるけど、やってくれるか?」
「もちろん。任せてよ」
なんか興奮している。戦うってどういうことか知らなかったけど、今ならなんでもできるような気になる。それが日常生活ではいけないことなのは分かるけど、こういう状況なら望ましい人間の機能だと思った。
「でも、冷静に頼むよ」
私の変化を感じとったのか注意してきた。
「平気。心配いらないよ」
昴君は両手にナイフを構えて、いつでも跳びかかれるように幹の上で屈みこむ。森の中に目を戻す。ピクスはあれ以上のスピードが出ないのか、まだ森の中にいるようで、木の葉の間から光が見え隠れする。でも、すぐそこまで来てる。あと木が5本か6本か・・・
「昴君。来るよ」
すぐに、ピクスが現れる。昴君の真下に誘い出すために、同じ速さで後退する。
言葉が通じるか分かんないけど、挑発する。
「風はもう効かないからね。発動前にそんなにきらきら光っていたら、自分から『撃ちますよ~』って言ってるようなもんじゃん。そんなお馬鹿さんには地球は奪えないね」
挑発が通じたみたいに、ピクスが空中で止まる。昴君のほぼ真下。
そこで、ピクスが光りだした。
頭上から微かに葉の擦れる音。
私は思いっきり横へ飛ぶ。
そこに予想してた風はこなかった。
安心した私に舌打ちが届く。
「外したっ!!」
反射的に上着の内側からナイフを引き抜き、茂みから飛び出す。
それでもピクスは体の半分が無くなっていた。削がれた半分は昴君の足元に転がっていて、まだ淡い光を宿している。
浮いてはいるけど、体半分が削れて明滅を繰り返している姿は、どう見ても弱っている。
昴君は右手のナイフを逆手に構え、ピクスに駆け寄る。
と、目の前で昴君が体を折り曲げる。
でも、さっきみたいに威力は強くない。昴君は倒れず、その場で堪えて体勢を立て直す。
けど、その間にピクスは逃げようと逆方向へ飛んでいく。
「逃がすか!佐伯はここにいろ!」
「ううん!私も一緒にい・・・」
異変が起きた。
比較的近い距離にある木が、音を立てながら倒れる。
潰されかけたピクスの動きが止まる。
倒れた木の根の近くに人影が現れた。
「・・・残念だわ。敵前逃亡は死刑ものよ。あなたが一人で戦いたいって進言したから、認めてあげて、手を出さないでいたのに。でも、逃げるなら、ここで殺してあげる。優秀な能力使いをなくすのは惜しいけど、ファスに帰っても敵前逃亡は死刑だから、私の手で楽に逝かせてあげるわ。さようなら・・・ピクス」
無造作に掴んだ太い木の幹で、ピクスが真横から串刺しにされ、幹は墓標のように地面に突き刺さり、地面にはピクスの破片が飛び散った。
「・・・何が起きたんだ?」
昴君は放心状態みたいに呟く。
でも、私は知っている。
近づいてくる足音に昂君とほぼ同時に視線を向ける。
「佐藤だと?・・・グルスか!」
「久しぶりね。萌。って、会ったばかりね。そして、昴君。こんばんは。ピクスとの戦いぶりは見事だったわ」
小声で昴君に耳打ちする。
「ボウガンとってこないと」
言葉の意味に気づいてくれて、動き出そうとしたけど、それはできなかった。由貴が刺さった幹を抜いて、それを持ったまま空中で一回転して、私達の背後へ跳躍したから。
そして、木の幹を肩で叩いて威嚇してくる。
ありえない。女の子が、いや、人間があんな大きい木を片手で持てるなんて・・・ラルスと同等か、もしかしたら・・・
「悪いけど、私はそこまでお人好しじゃないわ。萌がボウガン持ってるんだから、2つもいらないでしょう?ピクスを倒せたんだから、貴方達は強い。それに私は素手で戦うわ。フェアにいきましょうよ。フェアに」
昴君が、私を庇うように半歩前に出る。私も負けないとばかりに昴君の前に出る。
「佐伯?」
「由貴は私が助ける。そう言ったよね?」
しばらくお互い何言わず、やがて昴君が口を開いた。
「親友が殺しあうのは見たくない。2回も優輝君を死なすんだ。覚えてるよね?」
「私がお化け屋敷で言ったこと・・・」
「佐伯は佐藤由貴を2度も死なすの?1度目はグルスに。2度目は佐伯。お前に、だ」
胸が締めつけられる。
由貴を助けるって決心が揺らぐのは、昴君の言うように中身は違えど由貴を殺すという罪の意識があったからだろう。きっと、由貴を刺した記憶は一生死ぬまでつきまとう。
親友を傷つけた感触は忘れられない。
「だから、ここは俺だけでやるよ」
「ごめん・・・ありがとう」
昴君に由貴を殺させてしまう。そして助けてくれる。その思いを込めた。
でも、昴君の手は震えている。
「俺がグルスと戦っている間にラルスのところまで逃げろ。俺じゃ、こいつには勝てない。佐伯まで死ぬことはない」
「・・・何言ってるの?勝てないって?」
「あいつはラルスと同じだ。人間の限界を超える力が出せる。あいつに勝てるのはラルスだけなんだ。だから、俺が足止めする。その隙に逃げるんだ。いいな!」
私は昴君を死なせたくない。優輝君が悲しむから。だから、ここに戻ってくる。
「逃げないよ!ラルスを呼んでくるから、それまで死なないで!」
森に轟音が響いた。視線を向けると、グルスの周囲の木が薙ぎ倒されていた。
「そろそろいいかしら?こんなに待ったんだから、別れの言葉も終わったでしょ?」
・・・こんなのに勝てるわけない!
「昴君!一緒に逃げよう!こんな奴相手に足止めなんて無理だよ!」
「いいから行け!二人で逃げても追いつかれるだけだ!」
グルスが準備運動みたいに首や手首を回す。
「さてと・・・特殊部隊を殺したその力!見せてもらいましょう!」
昴君がナイフを捨て、背中から新しいのを2本取り出し両手に持つ。長い。50cmはある。もはや剣だ。
「行け!早く行くん・・・!」
がっ!という声なのか音なのか、それさえも分からないものを残して、昴君が視界から消えた。そして、遅れて強い風がやってきて通り過ぎた。空中に残ったナイフが地面に落ちるより早く、後ろからごほごほっと咳き込む声が聞こえた。
きんきんっ!と足元に落ちたナイフがぶつかり合う音で何が起きたか理解できた。
後ろを振りかえると、拳を突き出した体勢のグルスが目に入った。
「弱いわね。これが特殊部隊を殺したの?たったの一撃でこんなになっちゃうのに。人類との接続の親和性が良いのかもしれないわね」
グルスを無視して、昴君へ駆け寄る。
意識がない。けど、手首を確認して安心した。脈はあるから死んではいない。気絶しているだけだ。今は、そう願うしかない。
「まぁいいわ。終わりにしましょう。萌。由貴に殺されるなら、まだ気が楽でしょ?」
その言葉に頭に血がのぼった。
「あんたが由貴の名を語らないで!」
手に持っているボウガンの矢を放った。
「惜しいわね。あとちょっと!」
上着からナイフを取り出し、投げつける。
「これも惜しい!あとちょっと!」
右肘から新しいのを構えて切りつけにいく。
その全てが紙一重でかわされる。いや、わざとそうして、からかって遊んでいるんだ。
それでも諦めずに切り付けに向かう。やがて息も上がってきて、足がもつれてきた。
「・・・飽きたわ。さよならよ。大丈夫。ピクスみたいに楽に死なせてあげるから」
なんか吹っ切れた。ナイフを捨て、そこで座り込む。
まだ昴君とラルスがいる。まだ終わってはいない。そう思うと自然と笑みがこぼれた。
「何がおかしいの?」
「別に。教える義務はないわね。さぁ殺すなら早く殺してよ」
「分かってるわ。楽に。一瞬でね」
その手には昴君のナイフが握られていた。
目を閉じて、心の中で別れを告げる。
両親や昴君にクラスメイト。塾の先生や小学校の恩師。思いつく限りの人たちに、今までのお礼。そして、ラルス。夢を見せてくれてありがとう。最後に優輝君に・・・
ぼすっ・・・
妙な音に目を開けてしまう。目の前にはグルスはいなかった。
「間に合ったぁぁぁぁぁぁ!」
ラルスが、背中を向けて立っていた。くるっと私に振り返る。
「怪我は!?ごめんね!もっと早く着きたかったんだけど、途中でピクスの反応が消えちゃったから、時間がかかっちゃった」
「ラルス!?なんでここに・・・?」
「言ったはずだよ。風が止んだら、追いかけるって。それは、戦況が変化したのを意味するからね。ただ、その変化が敵に有利か、こっちに有利か分からないから、俺はどちらにしても援護に向かうつもりだったんだ」
なんか騙された気分。同時に怒りも覚える。
「なら、最初からそう言ってよ!死ぬとこだったんだよ!この世とお別れだからって、皆にお別れの言葉言ってんだから。なんか馬鹿みたいじゃん!」
「ホントにごめん!でも、最初から言ってたら、俺が助けに来るって期待しちゃうから、戦い方も不自然になって、ばれちゃうじゃん。それより、佐伯さん。その別れの言葉に俺への、ラルスへの言葉も言ってくれた?」
何を聞くんだか・・・でも、答えてあげよう。なんだかんだで助けてくれたわけだし。
「言ったよ。それがどうかしたの?」
「俺にとっては大事なこと。嬉しいよ。俺も佐伯さん
と友達なんだなって」
「当たり前でしょ。今さらそんなこと聞かないでよ。恥ずかしくなるじゃない。もう」
「ごめん。でも、ホントに嬉しい」
と、後ろから服の擦れる音。
「あいたたたたた・・・」
「昴君!大丈夫?」
意識を取り戻したようだ。
「いや・・・けっこうきいた。防弾チョッキなかったら、マジで危なかった」
「平気か?」
「ラルス!?なんでここに?」
「私が説明するね。聞いてよ、昴君。ラルスったら・・・」
「二人とも待った。今はあいつが先だよ」
顎で示した先には、かなり離れた木の前にグルスが立っていた。私達との間にある草や茂みが潰されて道が出来ている。
たぶん、グルスはラルスに思いっきり吹き飛ばされて、木にぶつかって止まったんだ。かなりの衝撃を受けたに違いない。
そう思うと複雑な気持ちになる。体自体は由貴。それが傷つけられるのは、どうしても心に引っかかるものがある。
でも、死んだ由貴が使われてるぐらいなら、グルスを殺して解放したい。
黒いシルエットが揺れて、ゆっくりとこっちに歩いてくる。それに反応したようにラルスがグルスに向かって歩き出した。
「2人はここで待ってて。グルスは、俺でしか戦えないから」
「・・・俺も行くよ」
「私も行く。由貴を助けないと」
ラルスは一度立ち止まり、また歩き出した。
昴君がそれに続く。途中でナイフを取り出して右手に構えるけど、微かに震えていた。
私は一番最後尾につく。気休めと分かっていながらボウガンを確認するが、自分の手が震えてるのが伝わってくるだけだった。
ナイフであろうとボウガンであろうと、相手がグルスでは気休め程度にしかならないことぐらい、体が理解しているんだ。
そして、昴君も私と同じ気持ちのはず。いや、私以上のはず。私と違って、グルスの攻撃をその身に受けたんだから。
死への恐怖。
まだ短い人生の中で一番身近に死がある。歩いているこの瞬間にも死は襲ってくる。
昴君に攻撃した瞬間に、グルスは私を殺せた。今こうして歩いてられるのは、幸運でしかない。次は容赦なく殺される。
ラルスが加わって3対1。グルスも同じ条件のラルス相手では余裕はない。横で鬱陶しく動き回る私達を先に標的にするだろう。
この道は、私と昴君の死へと繋がる道。
ラルスが立ち止まる。
「グルス副隊長。久しぶりです」
「それ、嫌がらせかしら?今は隊長よ」
お互いの距離は10歩ぐらい。今にも殺される恐怖にどうしても震えが収まらない。
「今からでも遅くはないわ。起動スイッチの場所を教えてくれないかしら?そうすれば裏切りの罪と仲間殺しの罪はもみ消してあげる。それなら、ファスにも帰れるわよ」
私は心配になってラルスを見てしまう。
まさか、グルスの提案を聞き入れるなんてことは・・・
「残念ですが、副隊長には教えるわけにはいきません。自分は、地球を、佐伯さんを、昴を、優輝を助けます」
その言葉が心に染みる。ラルスはナイフを取り出した。昴君が取ったのと同じやつ。
「・・・それに、お前は隊長を殺した!俺の上司であり親友であったカサルを! お前だけは絶対に殺す!」
けど、グルスは冷静なままだ。
「何を熱くなってるのかしら? これは地球との戦争。私達は、上層部から与えられた任務を遂行するのが義務よ。その中で適切な判断を下せなくなった者を処理するのは、規則で決められているわ」
「規則か・・・お前に俺の気持ちは理解できないよ。理解して欲しくもない。隊長の仇はお前を殺してとってみせる」
グルスが肩を竦める。
「仇討ちねぇ。人間にそういう概念があるのは分かるけど、私には理解できない。 私たちにそんな概念はない。ということは、あなたもカサル隊長と同じなのね。戦場において適切な判断が下せなくなっている・・・ 殺すしかないようね。残念だわ。これで特務部隊も私だけになっちゃうわけね・・・なんか寂しいわ」
「ふざけるな!」
熱くなっているラルスとは対照的に冷静なグルスが私と昴君を指さす。
「私は別に戦ってもいいけど・・・萌と昴君がいるじゃん。この状況で戦っていいの? まず、その二人を先に殺すわよ。周りをうろちょろされるとうざったいからね」
私はびくっと反応してしまった。
「副隊長殿。2人に手を出したら、スイッチの場所知れなくなりますよ。それに人質にとろうなんてのも無駄です。俺相手によそ見してる余裕はありませんから。2人に手を出した瞬間に真っ二つにしますよ」
「お~。怖い怖い。怖いわ~」
グルスは木の上に飛びうつる。
「真っ二つにされたくないから、ここは引かせてもらうわ。 それに、ここで殺したら、スイッチの場所が分からないままになっちゃうからね。だから、あなた達がスイッチに辿り着くまでは手は出さないわ。それまでは、ね」
そして、森の中へ消えていった。
「待て!」
ラルスが駆け出そうとする。
私はグルスが消えたことで、張りつめていた緊張が霧散するように消えていった。膝が崩れ落ちて、意識が遠のくのが分かる。
「ラルス!佐伯が・・・」
遠のく意識に、昴君の声が響いた。
森の中に響くのは俺達だけの足音だけだった。
「ラルス。もうそろそろなんだな?」
真昼に差し掛かっているけど、暑い日刺しは木々に遮られて幾分か和らいでいる。
「うん。あと1時間くらい」
グルスに襲われてから、2日が経過した。
あの後、気を失った佐伯を背負って、テントがあった場所まで戻った。もっともテントは吹き飛ばされてしまっていたけど。
そして飛び散ったものを出来るだけ集めて、ラルスが先頭に立ち、警戒しながらここまで来たために1日余計にかかってしまった。
「グルスは起動スイッチがある場所の直前で姿を現すはずだよ。俺が相手をするから、昴と佐伯さんは起動スイッチを壊してくれ」
「分かった。佐伯もいいね?」
佐伯は俺より少し後ろを歩いている。
「うん。ラルス・・・負けないよね?」
「負けない」
ラルスは、前を向いたまま力強く宣言した。
「私、信じてるから」
佐伯の言葉に思わず笑みがこぼれた。
信じる・・・か。
俺達にはそれしかできない。本当にそれしかできない。
その場にいても足手まといになるだけ。ただの人間が勝てるわけがないことを、グルスとの戦いで思い知らされた。人間の限界を超えた力が、あんなに強いとは予想外だった。
ラルスが優輝に負担がないようにして戦っていたのが、グルスを見ればよく理解できる。
グルスには、もともと人類を助けようなんて気はないし、限界以上の力を出し続けても関係の無いことだ。その体が壊れても、グルスはダイヤモンドに戻るだけだから。
そう考えるとグルスが有利だ。
ラルスは優輝に配慮して戦うはずだ。俺としても優輝を壊さないで、勝ってほしい。それが欲張りな注文なのは理解している。
それでも、ラルスに勝ってほしい。
「ラルス。俺も信じてるからな」
だから、思うだけでなく口にした。そうすれば現実になりそうだから。
ラルスは俺の言葉に力強く頷いてくれた。
それからは誰も口を開かず、黙々と歩く。
やがて木の数が減ってきて、学校の机ぐらいの大きさの岩が目立つようになってきた。
森の奥には、岩が小さな山みたいにそそり立っていて、その岩の上にも木が生えているようで、空が確認できない。
「行き止まり?」
佐伯が不思議そうに呟く。
「いや違うよ。あそこだね」
ラルスが指さす先にあるのは岩壁。
「あそこって・・・岩壁じゃん?」
ラルスが手頃な石で何度か岩壁の下の部分を叩く。一際、強く叩くと、がらがらっと壁が崩れ落ちて、人の背半分くらいの縦穴が開いた。
すぐ見つかるような場所にあると考えていたから驚いた。でも、人目につかないところになければ、樹海とはいえ、誰かに起動させられてしまうかもしれない。と、なると目立たないようにするのが当然だ。
「なるほど。洞窟か?」
俺の問いに、ラルスは頷くことで答えた。
「この中にスイッチか。行こう。佐伯」
「うん。でも、ラルスは?」
「ここでグルスを撃退するよ。距離をおいて俺達の行動を見てるはずだから。2人がここに入っていくのを確認したら、姿を現すよ。 だから、佐伯さんのボウガンを貸しといて。グルス相手にナイフだけじゃ厳しいからね」
佐伯は、ラルスにボウガンを手渡・・・さない。その手を離さない。
「約束して。負けないって。そしたら、渡すから」
ラルスは佐伯の頭を撫でた。
「約束する。負けないよ。俺を信じて」
佐伯が手を離すと、ラルスが俺に向き直る。
「昴。佐伯さんを連れて、起動スイッチを壊しに洞窟へ。優輝の体は壊さな・・・来たな」
ラルスがボウガンを構えると、場の雰囲気が変わった。一緒に戦ってきたから、何が起きるのか理解できる。
「そこなのね。案内ありがとう」
森の中から女の声が響いて、木の陰からグルスが姿を現した。
「さてと・・・ラルス。そこ、どいてくれるかしら?私は、任務を果たすわ」
ラルスが俺達を洞窟へと押し込む。中の空気は冷たく、少し高い天井になっていた。
「早く行って!ここは俺が食い止める!必ず後から追いかけるから!」
頷き、佐伯の手を引き、洞窟の奥へと進む。
「昴君!ラルスが・・・」
佐伯が振り返りながら訴えかけてくる。
でも、戻るわけにはいかない。スイッチを壊さなければならない。
「行こう!スイッチを壊すんだ!」
佐伯は時折振り返っていたが、覚悟を決めたように歩く速度を速めた。
やがて、曲がり角にきた。左に曲がるその先は、入り口からの光が届かず暗闇だ。
「佐伯。鞄からライトをとってくれ」
受け取ったライトでその道を照らし出すと、右側に円を描くように曲がっていて、高さこそかなりあるが、幅は一人通るのがやっとで、足元もでこぼこしていた。たぶん、ダイヤ用に造られた道なんだろう。
「狭いな。足元、気をつけて」
その道を辿っていくと、ぐるぐると回転しているように創られているような気がした。
「なんか蚊取り線香みたいだね」
場違いだけど、俺もそう思う。きっと、その中心部に起動スイッチがある。それからは分かれ道一本もなく、ただぐるぐると回転しながら進んでいく。後ろから控えめな溜息。
「目が回るね。なんか気持ち悪い」
「もう少しだよ。なんとなくだけど回転の中心に近づいてると思うから」
そのままぐるぐると進んでいくと、洞窟の奥から音が届いてきた。
後ろから腕の裾を引っ張られる。
「これって水が流れる音だよね?」
「だな。でも、こんな場所で?」
「・・・もしかして、何かいるの?」
佐伯の一言で、緊張が高まる。
何かある、ではなく、何かいる、と言った。敵がいる、と言っているのと同じだ。
「ライトを頼む。後ろから照らしてくれ」
ライトを渡し、ボウガンに矢を装填してから、取りやすい左肘のナイフを確認する。
狭い洞窟内ではボウガンを振り回して狙いをつけるのは難しい。牽制で一回だけ使って、後はナイフで近距戦となるだろう。
それからは一言も喋らず、お互いの息遣いが実際に聞こえるほど静かに進んだ。
やがて、水音で息遣いも聞こえなくなるほどになってきた。蛇口を思いっきり捻った水道水のようだ。すぐそこに水源がある。それにそろそろ中心のはずだ。
佐伯が照らしていた前の岩壁が唐突に消えた。一瞬で広場だと分かる場所。
「ライト!」
佐伯は俺の言葉を素早く理解して、ライトを広範囲モードに合わせて、素早く天井から地面までを隙間なく照らしてくれた。けど、広場を見た瞬間、目を奪われてしまった。
広場はプラネタリウムみたいな球体になっていた。両側の壁の隙間から湧き出た水が流れ出て、今まで歩いてきた道を橋のようにして、右側と左側に湖を創られている。
「わ~っ!きれい・・・」
佐伯がライトで広場を照らしながら、俺の後から入ってきた。
「範囲を狭くして、湖を照らしてくれ」
範囲を狭くすることで光量をあげ、深さを測るためだ。すぐに佐伯が来て、湖を照らす。
その湖は透明度が高く、深くはなかった。2メートルぐらいだろうか。底には壁と同じ岩があるだけだけで、逆側の湖も同じだった。
佐伯からライトを借りて、天井と側面の壁をゆっくりと端から端まで照らす。
が、どこにもない。ここが行き止まりのはず。どこにある?洞窟に入れば目立つ場所にあると考えていたから、少し焦ってきた。
「どうしたの?」
佐伯にライトを手渡した。
「ここに起動スイッチがあるはずなんだ。歩いてきた距離から考えて、ここが中心に間違いない。分かれ道も無かったからね」
「あっ。忘れてた・・・スイッチ。広場の綺麗さを見てたら・・・ごめん」
気が少し楽になった。あまりにも張りつめた状態では見つかるものも見つからない。
「いいって。それより慎重に探そう。ここにあるのは間違いないんだ」
と言っても、ライトは1つしかないから、捜索範囲は限られる。2人で注意深く探すけど見つからない。道が橋となっている向こう側は、行き止まりだ。となるとやっぱり湖か。それとも歩いてきた道に分かれ道があった?
悩んでる俺の横で、佐伯が湖にライトを当て、う~んと唸ってから、首を傾げた。
「ねぇ、昴君。この水、あっちに流れてるように見えるんだけど」
指さしたのは、道が壁にぶつかって行き止まりになっている場所だった。
「えっ?でも行き止まりだよな?」
「でも、なんか・・・ちょっと見ててね」
佐伯は鞄から携帯食料を2つ取り出して、中身は鞄に戻して、そのパックを左右の湖に一個ずつ浮かべる。
それらはゆっくりと流れて、やがて行き止まりの道の淵に沿うように漂うだけになった。
「やっぱり。あっちに流れてるよ」
佐伯は、行き止まりまで歩いていき、ライトをいろんな角度で岩壁に当て始めた。どうやら、その周辺を調べ始めるらしい。
俺は来た道を戻るべきか考えていた。最初の曲がり角の逆側に道があったのかもしれないから。直角に合わされた2枚ガラスは、目の錯覚を引き起こすことが出来る。それと似たような原理がここでも起きたのかも・・・
「昴君!ちょっと来て!」
その声に、なにか見つけたのを確信した。
「なにか見つけた?」
「うん。ここなんだけど」
ライトで照らし出されたのは、行き止まりの壁と地面が接してる部分だった。
「ここがどうかした?」
「よく見て。水が流れこんでいるの」
光で満たされた部分には、ほぼ真っ直ぐに黒い線があって、溢れた水が少しずつ流れていっている。高さは5mmもない。けど、そこへ確実に水が流れている。
「ほんとだ。ってことは、この隙間から向こうが水路になってるのか」
佐伯が、岩壁を軽く叩く動作をする。
「ラルスがやったのと同じことが出来るかもしれないよ?もしかしたら、ここもそうなんじゃないかなって思って」
「・・・そうか。入口と同じ仕組みか。やってみよう。後ろに下がってて」
後ろに下がったのを確認して、ボウガンの取っ手で岩壁を思いっきり叩く。
予想に反して簡単に砕ける感触。
何度目かで勢い余って壁に体がぶつかってしまい、あっさりと穴が開いた。思ってたより薄い壁らしい。おそらくダイヤの体当たりで、破壊できるだけの強度しかないようだ。
「すごいっ!穴開いたよ!」
「まだ危ないから、下がってて」
破砕作業を続けるうちに、水路の全貌が明らかになってきた。さらに地下へと延びている道があるようで、砕けるだけ砕くと今までと同じ大きさの通路が出来た。
「ライト。お願い」
後ろから照らされた光で浮かび上がった道は下り坂で、岩や石が重なって階段状になっていて傾斜は急で30度ぐらい。それに、溢れた水で滑りやすくなっている。
「どんな感じの道があるの?」
「下り坂だよ。でも、急で滑りやすいから、気をつけて」
「・・・この先にあるのかな?」
「あってほしいな。そろそろラルスも心配だ。まだ追いついてこないから。でも、だからこそ俺達は行こう」
異変は、進んで間もなくだった。
「きゃっ!」「うわっ!」
突然のことに2人とも叫んでしまう。
それは岩壁に埋もれるようにして現れた。
「な、なんだ?・・・機械みたいな化石か?」
硬質のゴリラとしか例えられない。でも、骨は化石になるけど肉体は化石になるのか?氷漬けのマンモスなら肉体は残ってるけど。
試しに軽く叩いてみると、かき~んっと予想外の乾いた音がした。化石は、こんな音はしない。これは、明らかに金属。こんな洞窟に鉄みたいな金属が埋まってるのか?
でも、ありえないことではない。この道は、おそらく水が長い年月をかけて創りだしたんだろう。もともと道はあったけど、水の流れによる摩擦が岩を階段状に削り取って広くした。それなら、石でも岩でもない非水溶性の物質は流れずに、その場に残る。つまり、金属が重なってゴリラみたいに見えただけだ。
佐伯がぐいぐいと腕を引っ張ってくる。
「昴君・・・あ、あれ・・・」
もう絶句するしかなかった。
「な、なんだよ・・・これ・・・」
ライトが照らし出した先には、ゴリラの化石みたいのが埋まっている。
それも複数。光の範囲だけで8体はある。左右の岩壁に、謁見の間にいる兵士のように4体ずつ、それも隙間なく並んでいる。
「これ、化石じゃなくて・・・」
「・・・ああ。そうだな」
これは、隕石で送り込まれた作業用機械。
隕石に含まれる金属部分以外は、水で流され、金属だけが残る。幾年の月日が過ぎればその全貌が明らかになるだろう。
けど、それを見ることはない。こいつらが地中を突き進めば地球崩壊だし、それにスイッチを壊せば、この洞窟は葬られるだろうし、グルスが来れば俺達は殺される。
佐伯が震え始めて、一向に止まる気配がない。落ち着かせなければならない。
「作業用機械だね。でも、こいつらはかなり地上に近いところにあるから、起動させたダイヤを護る親衛隊って感じじゃないかな。
それにスイッチ押さなきゃ動かないんだから心配ないよ」
話の趣旨がずれたのに気づいたようだ。
でも、まだ震えている。これじゃ先に進めない。濡れた地面に足をとられて滑ってしまい怪我するのは、時間の問題だ。
だから、佐伯に平静を取り戻させないと。
「佐伯はこういうごついのに護られたいかな。それとも、優輝のほうが嬉しいかな?」
佐伯の顔が一気に真っ赤になる。
「なっ!ななななっ!?こんなときに!早くスイッチ壊さないといけないのに!」
「いや、佐伯が怖がってるみたいだからさ。落ち着かせないと先に進めないじゃん」
少し怒り気味に、俺の横を通り過ぎて早足で歩き出す。途端に俺の周りが暗くなる。
逆に、俺が慌てて追いかける。
「ちょっと待って!ライト持ってるのに先行かれたら、俺が真っ暗じゃんか!」
「私は別に怖がってなんかいないもん!ただ、びっくりしただけです!」
ずかずかと歩く姿はもう震えていない。良かった。落ち着いたみたいだ。
「ごめんごめん。でも、ライト持ってるのに先行かれたら、ほんとに困っちゃうよ。だから、後ろから照らしてくれ」
佐伯に照らされた機械は、今にも動き出しそうで気味が悪い。正直、俺も怖い。動き出されて襲われたらって考えると身が竦む。
と、不意に前方が暗くなってきた。ライトをふって様子を確かめてるように光が揺れる。
「あれっ?電池が切れてきたみたい」
「こんなときに面倒な・・・鞄に予備の電池があるから交換しよう」
立ち止まったままで探してもらう。地面が濡れているから座るわけにもいかない。背中に鞄をあさられる感触が伝わる。
その瞬間、いきなり真っ暗になってしまって、舌打ちをしてしまった。
「電池はあった?」
「まだ。暗すぎるから時間かかるかも」
あと、どのくらいでスイッチに辿り着くんだろう?そう思って、真っ暗な進行方向を見ると、そこに洞窟内ではありえないものがあった。
今までライトの光のほうが強くて気づかなかったようだ。今度こそ何かある。
「あっ!あった。たぶん、これだよ。感触が電池だもん」
俺は電池を入れ替えようとしているであろう佐伯を止める。
「待って。ライトつけないで。俺も見つけたものがある。下にあるの何だと思う?」
「・・・下にあるのって言われても。こう真っ暗じゃ何も見えないよ?」
「いいから。下の方を見てくれないかな」
佐伯が肩越しに顔を出すのが感じられた。
「えっ?・・・あれって、光?」
そう。光だ。まだかなり距離があるけど、遥か下に米粒程度の光が存在している。
「俺的には、あれが起動スイッチかその場所だと思うんだけど」
「これでよしっと・・・点いた!じゃあ、あそこまで行けば、全て終わりってこと?」
「あそこで終わりにしたいよ。なんだかんだでだいぶ地下まで下りてきたから。このまま行くと、本当に地球の中心まで行きそうな勢いだもんね」
実際、どれだけ下りたか把握できてない。地上に戻ることも考えるとそろそろ限界だ。
とんっ、と軽く背中を押された。
「ラルスが心配だよ。なんでまだ来ないんだろうって思う。けど、今は、あそこまで降りよう。私たちに出来ることはそれぐらいしかないじゃん」
佐伯の言うとおりだ。その言葉にしっかり頷き返して歩き始める。やがて、その光もかなり大きくはっきりとしてきた。同時に不安が膨れ上がってくる。佐伯も一言も喋らない。こういうときの悪い予感はよく当たる。
最悪の事態だ。
普通の光だと思っていた光は、この距離からでも見分けがつくほど様々な色を発している。それは俺や佐伯にとって、ラルスに出会って以来、馴染みになった光り方だ。
一度、立ち止まる。
「佐伯。ライトを消してくれ。もう、下からの光で充分歩けるから」
後ろからの光が消えて、淡い七色が周囲を照らし出す。幻想的な輝きだ。
「敵は全部倒したんじゃなかったの?」
それには答えず命令のつもりで言う。
「あの光がダイヤだと決まったわけじゃない。起動スイッチだって、そういう光を発するのかもしれない。でも、敵だったら俺が相手をする。佐伯は、その間に鞄の中にある道具を使って、スイッチを壊してくれ。佐伯まで一緒に戦って、万が一にも殺されてしまったら、スイッチを壊せるのはラルスしかいなくなってしまう。 ラルスを信じてないわけじゃないけど、地球のために、優輝を救うために、確実に破壊しなくてはいけない。だから、佐伯が最後の希望だ。頼む」
鞄を渡すと、こくりと頷いてくれた。
「広間の様子が確認できるまで、俺の後ろから、絶対に前に出ないで」
「・・・昴君も負けないよね?」
「当たり前じゃんか。俺はラルスと一緒に戦ったんだよ。キラルを殺して、ピクスに致命傷を与えたのを、佐伯だって見ていたよね。だから、信じててくれ。そうしてくれていれば、ラルスにも、俺にも・・・優輝にもまた会えるから」
「・・・うん。信じてる」
佐伯は微笑んでくれた。
そして、歩きながら心の中で誓う。
もう一度笑いあうために、絶対に負けない、と。生きて帰る、と。
「じゃあ・・・行ってくる」
「・・・気をつけてね」
一気に階段状の岩を駆け下りて、そのままの勢いで光溢れる広場に突入する。
周囲の様子を確認しようとして、それが無意味だと悟った。
広場の中心にダイヤ。スイッチはない。
でも、左側の壁に地下への道がある。あそこの先に、起動スイッチがあることを信じて、佐伯に託すしかない。
「飛び込んで、左だ!」
すぐに背後から走ってくる音が響く。佐伯が襲われないように、中央で浮いているダイヤの動きに注意する。
そこで重要なことに気づいて怖くなった。
特殊能力が未知の敵と初めて戦うことに。
今までのダイヤは、ラルスがその特殊能力を教えてくれていたから、対処をして戦って倒せてきた。
けど、今回はそうじゃない。
何も知らない。知っているのは、ファスの軍人だということだけ。
ボウガンを持つ手に、じめっとした汗が出てくるのを感じる。そこに佐伯が走りこんできて、俺の後ろで止まってしまう。
全てを託した佐伯が飛び込んできたことで、覚悟が決まった。
能力なんて・・・知ったことか!
「立ち止まるな!行け!行くんだ!」
その声に、重い鞄を引きずるようにして、道に飛び込んでいく。
と、それまで動かなかったダイヤが、佐伯を追うように動き出した。
目の前にいるのに無視されたような軽いむかつきを感じて、ダイヤに対して矢を放つ。
それと同時にダイヤに駆け寄る。
矢は避けられたが、その間に駆け寄れた分だけ、ボウガン本体で殴れるだけの射程に入った。左から右になぎ払う要領で思いっきり吹き飛ばす。
壁に叩きつけられたダイヤは、欠けながらも光を増した。特殊能力が発動される瞬間だ。
佐伯が入っていった道を背にして立つ。
・・・頼んだよ。佐伯。
道に入り込んできていたダイヤの輝きが消えたから振り返ってみると、昴君が立ち塞がってくれていた。
それを見て、すぐに重い鞄を肩にかけなおして、歩く速度を速めた。
あいかわらず足元には湖の水が流れ込んでいて滑るため、なかなか走れない。
急がなきゃ。この先にあるはずだから。スイッチを早く壊して昴君を助けに戻らないと。
左右には途中から姿を現したゴリラみたいな作業用機械が岩に埋もながらも彫像のように規則的に並んでいる。
機械とはいえ、これだけあると気持ち悪い。
それでも、我慢して歩き続けると、昴君が戦っている広間からの七色の光が薄くなってきた。やがて、私の手に握られているライトだけが頼りになった。
そして、それはしばらく歩いた時だった。
向かう先に、また輝きが存在しているのを見つけた。
膝から崩れ落ちそうになる。
あの輝き方は敵。昴君が戦っているダイヤで、最後じゃなかったんだ。
しばらく動けずにいると、頭上の上から微かな声が響いた。それもかなり悲鳴に近い。
今度は、全身が強張るのを自覚できる。
あの声は昴君以外にありえない。まさか昴君がやられた?いや、でも昴君に限って、そんなことありえない。あってはならない。
とにかく助けに戻らないと!
昴君を助けるために駆け上がろうとする。
でも、それは出来なかった。
『佐伯が最後の希望だ。頼む』
私にスイッチを壊すのを任せてくれた。ここで戻ってしまったら、1人で戦うことを選択した昴君の意志を無駄にするだけじゃない。戻った私まで殺されてしまったら、地球を救えるのはラルスしかいない。そのラルスもまだ追いついてきてないなら、スイッチを確実に壊せるのは、私しかいない。
・・・だから、私が行かないと!
やがて、光り輝く広間が見えてきた。足元に流れていた水は、いつの間にか消えていた。
鞄を下ろし、有効だと思う武器を探す。ナイフとボウガン以外を使ったことないから、どんな武器を選んでいいのか分からない。
結局、テニスラケットぐらいの大きさのハンマーを手に取った。重さに負けて振り回すには不向きだけど、ボウガンがない以上、私の力ではこれぐらいでしかダイヤの外殻と核にダメージを与えられそうな武器がない。
鞄を足元に置き、部屋に飛び込むタイミングを計る光の反射は全く動いていないから敵は同じ場所にいて、壁の照り返しは左右対称だから、私とは直線上にいることになる。
敵は広間の中央。でも、ここまで判断できても、出来ることは一つ。昴君と違って、戦闘経験が少ない私には、奇襲しかない。飛び込んだ勢いと全体重を乗せた最初の一撃を当てて粉々に壊す。それに全てを賭ける。
何度もハンマーを持ち直し、ベストな持ち場所を探す。ここだ、というとこを見つけて、心の中でタイミングを図る。
1・・・2・・・3!
広間へ踏み込むと、光が爆発したような閃光に目を閉じてしまう。そして、目を閉じていても実感できるほどの違和感が体を包む。空間が変わったような、プールに飛び込んだような、とにかく何かに包まれたような感覚。
閉じている目が光に慣れたことを感じて、ゆっくりと開ける。
「すごい・・・」
文字通り光の中にいた。その輝きは、ダイヤの光。ゆっくりと漂うように広間を回転している。
その光の中心に一際強く輝きながら、さらに速い回転をしている球体のダイヤ。
もちろん核もある。しかも核も外殻もかなり大きい。ピクスの10倍はありそうだ。
それでも、壊さなければならない。私は、起動スイッチを壊すんだから。立ち止まるわけにはいかない。邪魔するものは、何であれ排除してみせる。
全身の力でンマーを振り上げる。
重い感触とともにダイヤの表面が削れて、ハンマーが勢い余って地面にぶつかる。私自身も体勢を崩してしまったけど、すぐに立て直した。
ダイヤはまだ浮かんでいる。
それに周りもまだ光ったまま。本当に光に包まれている。足元も光っているからか、浮いているような感覚に襲われる。この広場に飛び込んだ瞬間の包まれるような違和感を思い出し、嫌な予感がして後ろを振り返る。
飛び込んできた入り口は、光に飲み込まれて消え失せていた。ハンマーで叩いてみても、光る壁の一部と化していて無意味だった。
これがこのダイヤの特殊能力なんだ。敵を自分の空間に封じ込めておいて、有利な状況下で攻撃するような力なんだろう。
けど、このダイヤは、一向に攻撃してくる気配がないし、特殊能力発動が発動するような光の拡大もない。
なんにしても、今がチャンスなのには変わりない。両手でハンマーを振り上げて、全力で叩きつけると、がきがきっと外殻が削れる。落ちた外殻は音も立てずに地面の光に溶けるようにして消えていった。
それでも攻撃してこない。周囲の光にも変化もない。同じ速さでゆっくりと回っている。
その様子に一つの仮説がたった。
・・・もしかして、このダイヤが起動スイッチ?
大きすぎる外観。今までの敵と違う特殊能力のような光。攻撃を受けてるのに反撃してこない。そして、消えしまった出入り口。
これは、何を意味するのだろう?
つまり、この特殊能力みたいなのは、スイッチを押したダイヤを護るシステム。
起動させたダイヤを護るためのシステムなら、起動者を攻撃することはない。入り口が消えたのだって、外部からの侵入者を防ぐためだ。この巨大ダイヤに命令すれば道は開くんだろうけど、私にはそれができない。
つまり、壊すしかない。
後は何も考えずに、ただひたすらハンマーで叩きまくる。
息も上がってきた頃だった。
叩いていた外殻がいきなり崩れ落ちた。耐え切れなくなったのか光を失って地面に吸い込まれて消えた。
渾身の力で裸同然の核を叩く。
叩かれた核は、ごんっ、と鈍い音を響かせて、明滅を繰り返しながら、ゆっくりと地面に落ちていく。
同時に、ダイヤの明滅と呼び合うようにして、壁の光も明滅している。その明滅の間に、岩で構成された本来の広間の姿が見えた。
広間が本来の姿に戻ろうとしている。
後ろを確認すると、出口が元に戻っていた。
ハンマーを投げ捨て広間から飛び出し、鞄に置いてあるライトを取って、電源を入れる。
その寸前に、がこっと音が聞こえ、広間が暗くなった。ダイヤが落ちたみたいだ。
恐る恐る暗くなった広間を照らす。
良かった。ただの広間だ。
あの大きなダイヤはもう完全に消え去っていて、湖があった広間みたいに隠し通路はない。なぜなら、壁一面に機械の下半身が埋まる格好で横たわっているから。どう考えても行き止まり。これ以上、地下への道はない。
やっぱり、あの巨大ダイヤは起動スイッチだったんだ。
・・・これで、地球を救えた?
どうにも実感が湧かない。
でも、成し遂げたことが大きすぎると、こんなものなのかもしれない。
あとは優輝君が戻ってくれば、今までと同じ学校生活を昴君と一緒に・・・
昴君!?
忘れかけていた昴君の叫び声。あれは雄叫びなんかじゃない。痛みに伴うもの。
昴君の元に戻るために駆け出す。
がたがたっ・・・
えっ?広間から音?
・・・ごとっ・・・
空耳じゃない。何か落ちたような・・・でも、ダイヤはもう・・・
とにかく間違いなく広間で物音。怖くても確認しなければならない。
覚悟を決めて、ライトを向ける。
「ひゃっ!?」
広間に自分の声が反響する。
一番奥の作業用機械の頭だと思われる部分が、ころころと転がっている。
な、なんで?・・・機械が?
一歩後ずさると、頭のとれた機械の左右の機械が震えだした。反射的に右側にライトを当てると、岩から飛び出ている上半身ががくがくと震え、次の瞬間には、ごとっと音をたて頭部が転がる。左側も同じだった。
本能的な恐怖に、階段状の坂を駆け上る。
ごぉぉぉぉぉぉんん・・・!
駆け上がった瞬間に背中から轟音。
その音に振り返った先にあったのは、広間が崩れ落ちた光景だった。
あそこにいたら、押し潰されて死んでいた。
ライトの光で、広間の手前に置いてある鞄が浮かび上がった。まだ敵がいるかもしれないのに、武器が無いんじゃ戦いようがない。
駆け上がった道を同じ勢いで駆け下りる。
と、崩れ落ちた広間に一番近い機械が震えだした。その場所は鞄の真横。
恐怖に足が止まってしまう。
ごとっと頭が落ちる。次の瞬間、機械の上半身が倒れて、鞄を押し潰してしまい、天井や壁の岩も一緒に落ちてきて道を塞いだ。
すぐに、反対側の機械の頭が落ちる。次の瞬間には機械の上半身が倒れ、続けて崩れ落ちてきた岩に道を塞ぐ。
今度こそ昴君の元へ駆け上がる。
鞄は諦めるしかない。空いてる右手で、上着の内側のナイフを確認する。あと4本。敵がいたら、これだけで戦うしかない。
後ろからは断続的に岩の落ちる音が迫ってくる。その度にライトを向け確認すると、道が塞がれている。
・・・なんで機械が壊れるのか?
起動スイッチを壊したからなのかもしれない。たぶん、そうだ。それ以外に理由がない。
けど、何より、はっきりしてることがある。
この洞窟は、今にも崩壊するということ。すぐに逃げないと、私も昴君も死んでしまう。
ライトが広い天井を照らし出した。
昴君が戦ってる場所だ。七色の光が消えているってことは、敵を倒せたんだ。
でも、昴君の声がない。ライトの光が見えたんだから、何か言ってきてもいいのに。
「昴君!どこっ!?」
「くっ・・・佐伯か?」
良かった。生きてた。
でも。息が荒くて苦しそう。それに、焦げ臭い。なんか・・・肉を焼いたような臭い。
ライトの光がボウガンを照らし出された。
ボウガンの取っ手がある左へとライトを動かす。ボウガンを握っている腕があった。その先に昴君がいる。
そっちへとライトを動かす。
突然、腕が地面になった。
腕の先にあるべきはずの肩がない。そしてその先も。あるのは地面だけ。
「昴・・・君?」
腕の付け根には血溜まりが出来ている。
頭が真っ白になり言葉がでない。ライトを持つ手が震え、その光も震えてしまう。
「右だよ・・・」
言われたように右へ光を移動させると、昴君が壁に背を預けて座っていた。左肩の付け根を押さえていて、顔には汗が伝っている。
そんな昴君を見て、やっと声が出た。
「昴君!平気っ!?」
でも、駆け寄るだけしか出来なかった。傍で、おろおろするしかできない。
「今回ばかりは平気じゃない・・・でも、左腕で良かったよ」
だけど、左腕の付け根が黒く焦げていた。
「止血するためとはいえ、焼くことになるなんて・・・気絶しなかったのが不思議だよ」
足元に転がるガスバーナーを虚ろな瞳で見つめながら力なく笑うけど、すぐに痛みからの引き攣った表情に変わる。ものすごい汗だ。顔色も悪い。
この状態で動けというのは残酷かもしれないけど、後ろからは崩落音が近づいている。とにかく早く逃げないと。
「昴君、早くここから出よう。大丈夫。起動スイッチは壊したから。でも、その影響で洞窟が崩壊してるの。だから、早く逃げよう。外にはラルスがいる。その傷だってどうにかしてくれるよ」
「・・・ああ」
昴君は左腕を切り落とす大怪我をしてるにも関わらず、確かな足取りで上っていく。
広間に残っている千切れた左腕には、目もくれない。どう言葉をかけていいか分からず、思ったままを言葉にする。
「あの、その・・・左腕は・・・」
私越しに左腕を見つめる。その目は何かを決めたようでもあり、諦めたようでもあった。
「・・・いいんだ。行こう」
私も意味も無く広間を振り返った。
そして、昴君の前を照らして、その後に続いて歩く。
湖の広間に辿り着く少し前に、一際大きな崩落音が響いた。
「仇はとりました。カサル隊長・・・」
足元には、グルスの破片と佐藤由貴の死体が転がっている。
それに優輝の右腕も。
接続を集中させても右腕は繋げられず止血することまでしかできなかった。
優輝の体を壊してしまった。約束を護れなかった・・・どう謝ればいいんだろう?
それでも、俺が勝てたのは、人間に接続してる期間が長かったことにあると思う。
グルスは最初から人間の限界以上の力を発揮して攻めてきた。そのために苦戦は免れなかったけど、グルスの動きが遅くなるのに時間はかからなかった。
対して、この体で戦闘を経験してきた俺は、人間の体に負担がかかり過ぎないように力を発揮することが可能だ。もちろん佐伯さんと昴に約束したように優輝の体を壊さないために、グルスより力を発揮せずに戦った。
それが俺に勝利をもたらした。
隊長と同じことがグルスに起こった。限界以上の力を出し続けたためなのか、接続が解除された。
その時点で、俺の勝利は決定した。
能力発動前のダイヤ形態であれば負けることは無い。それでも、優輝の体を傷つけないで勝つことは出来ずに、右腕を切られてしまった。
「さすが副隊長だね」
すぐに洞窟へ走る。
まずは2人に追いつかないと。俺の呼びかけに反応しているから、起動スイッチはまだ壊されていない。
と、背後から太陽より強い光り。
溢れんばかりの七色の光り。
走り出した俺の前を遮るように光る物体が3つ降りてきた。その威圧感に恐怖を覚え、体が意志に反して震えだす。
「馬鹿な・・・!」
軍の上層部が地球に!?なんで・・・?どうして・・・ちくしょう・・・!
それでも、絶望的な戦いのために優輝へ負荷をかけることを選択した。人間の力を借りれば、なんとかできるかもしれない。それでも相手にできるのは、左端の隊員だけで、結果的には昴たちがスイッチに辿り着くまでの時間稼ぎにしかならない。
左端のダイヤは、2体の護衛だろう。もっとも、残りの2体に護衛なんて必要ない。
この護衛は、第5特務部隊副隊長。確か、名はグンス。違う部隊だから、正確には覚えてないけど、優秀な軍人との評価が高い。
右端のダイヤは、北部前線隊長のハース。母星での戦争における実質的な指揮者。俺達は、このハースの下で戦ってきた。
そして中央。このダイヤに、勝てる者など存在しない。統括軍団長のカミル。軍を動かす最高指導者。軍はカミルの一声で動く。特殊能力は少なくとも4つ。地球での特異体質者とでも言うべきか。前線で戦う軍人には、軍神と崇められている。
そんな存在達が地球に来た。
それでも戦わなければならない。佐伯さんを、昴を、地球を救うために。
中央のダイヤの輝きが少しだけ速くなる。
『君は、第3特務部隊のラルスでいいだろうか?』
カサルからの通信。
『とにかく君には伝えなければならないことがある。聞かなければならないこともな。だが、君は戦場において適切な判断が出来なくなっているようだな。ここは我々に任せてもらおう。今はゆっくりとその体を休ませるがいい。その前に何か言い残しておくことはあるだろうか?』
軍団長カミルが、輝きを増していく。
覚悟を決めて、やるしかない。能力を発動されたら、勝ち目がなくなる。
両足のリミッターを解除して、カミルへと駆ける。軋む骨を無視する。
その瞬間、カミルの前に、グンスとハースが出てきて、その2体も輝きを増していく。
3対1。いくら人間の能力を借りても、勝ち目は無い。
それでも・・・昴。佐伯さん。
君達だけでも・・・
「うおぉぉぉぉぉぉぉ!」
左足でカミルを吹き飛ばそうとした瞬間。
目の前が七色の光で埋め尽くされた。
千切れた左腕の傷口が焼けるように痛い。
左腕は洞窟に置いていくことにした。たとえ持ってきても、くっつかないだろう。
何より、自分への戒めのために。
この傷がある限り、1学期の終わりに優輝を失ったのは、自分の甘さだということを忘れずにいられる。
ラルスが優輝を還してくれた後も、その甘さでまた優輝を失ってしまうかもしれない。
だから、自分のために左腕はこのままにしておく。たとえ、この思いが一時的な感傷によるものであっても、後悔はしない。
もう、優輝を失いたくない。
「昴君。頑張って。もう少しだよ」
佐伯の言葉に導かれるように、円状の洞窟が明るくなってきた。
「・・・出口か」
喋るのも辛い。でも、致死量までの血は出てないはずだ。焼いている時間が想像よりも長すぎて、今まで経験したことのない痛みを味わった。あの痛みは一生忘れることはない。映画で見たことあるのを真似しただけの止血だったけど、傷が熱を持って痛む。
佐伯の肩を借りながら、1歩1歩進む。
洞窟の奥からは崩壊音が響いている。とにかく早く洞窟から出なければならない。
進むたびに光が強くなってくる。それに風も感じられるようになってきている。
そして、数分もしないうちに外へ出れた。
頭上からの光が眩しい。
熱をもった左腕が風に包まれて心地いい。洞窟に入る前と変わらない光と風・・・
昼ってことは、洞窟に1日中いたということになる。ラルスは、1日経ったのに、追いついてこなかった。大丈夫なんだろうか・・・
ラルスを探して見回した森に、2つの異変を見つけた。
ダイヤの欠片と1人の人間が転がっている。
その人間は、佐藤由貴。ということは、あれはグルスの破片。
とりあえず、ラルスは勝ったんだ。良かった。でも、どこに・・・ん?
佐藤由貴の横に、小枝が不自然に重なったり折れているのを発見した。
佐伯が俺を地面に座らせ、左横を駆けて行く。
左手で佐伯を止めようとして、少し遅れて右手で佐伯の腕を掴む。
「由貴!?昴君、あそこに由貴が・・・ラルスは!?ラルス!」
佐伯の声は、風に吹かれる木々の音にかき消されるように響いただけだった。
「ラルス!どこ!?昴君が大変なの!」
ラルスの姿は見当たらない。
もう一度佐藤由貴を見る。どうも不自然だ。その両手が祈りを捧げるように胸の上で組まれて・・・あれっ?あの枝・・・そうか。
佐藤由貴の横に、小枝が不自然に重なったり折れているのを、佐伯は気づいてないようだ。
小枝が文字を成していることに。
『スバル』『サエキサン』
片仮名でそう書いてある。枝が風で吹かれても、文字なんて創れない。しかも、俺と佐伯の名を。こんなのは偶然で出来るものじゃない。
「佐伯。佐藤由貴のところまで連れて行ってくれ。ラルスがここにいない理由が分かるから」
佐伯は、しばらく佐藤由貴を見つめ、俺と同じことに気づいたらしい。
肩を貸してくれながら、ゆっくりと近づく。
佐藤由貴の体が光りだした。
「な、なに?」
佐伯が戸惑いの声をあげる。
ぶーんっと昔のTVをつけたときのような音をたて、佐藤由貴の上に映像が浮かび上がる。
「・・・ラルス?」
震える佐伯の声。そして、浮かびあがったのは優輝の姿。でも、姿が透けていて、俺とは対照的に右腕が欠けている。
そのラルスが頭を下げた。
『これは一度見たら消えてしまうから最後まで見てほしいんだ。この映像を見ているということは、起動スイッチの護衛ダイヤを倒して、スイッチも壊して戻ってこれたんだね。 起動スイッチは、俺達の10倍はありそうなダイヤだよ。それは壊せたなら、地球は救われた。 そして、護衛のダイヤは、20億年もの間、起動スイッチを護ってたんだ。俺も知らなかったことなんだ。本当にごめん。 でも、君達なら勝てるって信じているから。だから、2人が無事であることを信じて、佐藤由貴を媒介にして記録を残すよ。時間がなくて、あまり詳しいことは伝えられないけど、最後まで聞いてほしい』
俺達は息をのんだ。
『昴。佐伯さん。まず君達には謝らなくてはならない。それでも、真実を伝えたい。俺達がここまできたのは無意味だったのかもしれない・・・何もしなくても地球は救われたんだ。俺がグルスに勝った後にファス軍上層部がここにやって来た。地球より大きくて、まだ生命体がいない星を見つけたから、そっちの星へ移住。地球からは撤退する、って。軍団長は俺達を迎えに来たんだ。俺は軍団長に今までのことを全部報告した。地球人に接続してる理由。隊長が殺されたこと。地球を救うためにグルス達を殺したこと。この体の親友である地球人が助けてくれていること。俺はファスに帰ってから軍法会議にかけられることになった。いかなる理由があれ仲間殺しは罪に変わりないから。その罪は重い。たぶん死をもって償うことになる。だから、もう地球にはいない。2人がこれを見ている頃は、迎えのダイヤと一緒に隕石に乗って宇宙を飛んでる。そして、2人が一番気にしてることだと思うけど・・・小浜優輝だ。
軍団長は約束してくれたよ。この地球人はファスの医療で地球に帰す、と。大丈夫。軍団長は、絶対に約束を護るから。だから、昴と佐伯さんには、小浜優輝の帰りを信じて待っていてほしい。俺は・・・悔しいけど、もう君らには会えない。小浜優輝を地球に送り届けるのは俺じゃなくて、君らが知らないダイヤだ・・・ごめん。そろそろ行くみたいだ。もう時間がないから、最後に俺の個人的なことを言いたい。昴、佐伯さん、そして小浜優輝をこんな状況に陥らせた俺にこんなことを言う資格はないけど・・・ 君たちに逢えて楽しかった。ここまで一緒に来てくれてありがとう。隊長を殺されて、1人きりになってしまった俺を助けてくれると言ってくれたとき・・・たとえ、それが小浜優輝を取り戻すためであっても、嬉しかった。そして、富士山の旅館で過ごした日々は、俺が死ぬまで一生心に刻まれたままだ。小浜優輝をこんな目に合わしている俺を恨むな、怒るなってのは出来ないことかもしれないけど・・・俺は2人を友達だと思ってる。遠く離れた星の友達。 何の上下関係もなく普通に接することが出来る存在は、カサル以外にはいなかったから。だから、こんなかたちで別れたくなかった。せめてお別れをきちんと伝えたかった。でも、もう行かないと・・・ ここまで助けてくれて、ありがとう。本当に感謝してるよ。北条昴。俺が生きていて、もし小浜優輝が死んでしまうようなことがあれば、君に殺されに地球に戻ってくる。命がけでここに戻ってくるから、その時は容赦なく殺してくれ。佐伯萌。友達って言ってくれて本当に嬉しかった。君が好きで、君を好きな小浜優輝は必ず帰ってくる。いつ帰ってくるかは分からない。1年か2年かそれ以上か・・・でも、信じて待っててほしい。 あっ。そうそう。樹海で貰ったから揚げはおいしかった。本当においしかった。絶対に忘れないから。じゃあ・・・さよなら』
手を振ったラルスを最後に映像は消えた。
後ろですすり泣く声がしている。
「恨んでなんていないのに・・・感謝してるぐらいなのに。優輝君を助けてくれたのに・・・それなのに、普通にお別れも出来ないなんて、そんなの・・・寂しすぎるよ」
「・・・馬鹿野郎が!」
確かに地球は救われた。俺達が戦わなくても救われたらしいけど、そんなこと関係ない。
ファスの特殊部隊が地球に来た時点で、優輝を失うのは避けられないことだった。
けど、ラルスは助けようとしてくれた。
そして、ラルスは、俺に自分の弱さを認識させてくれた。
それに、優輝は戻ってくるかもしれない。いや、戻ってくるんだ。
だから、ラルスには感謝している。
なのに、ラルスは自分を責め続けて、星に帰ったら殺されるかもしれない。
そんなの酷すぎる。
でも、俺達に出来ることは、もうない。ラルスが手の届かない場所に行ってしまった今は、無事を祈ることしか出来ない。
けど、まだ出来ることはあるはずだ。何かあるはずだ。
だから・・・
戻ってくる優輝のために強くなる。
ラルスがファスに戻って、命をかけて成すことを無駄にするわけにはいかない。
強くなることが、ラルスへの・・・遠い星へ帰った友への精一杯の恩返し。
「佐伯。帰ろう。俺達の町へ。優輝が帰ってくる場所へ。ラルスのために。そして、優輝のために」
「・・・うん。帰ろう。私達の町へ」
空を見上げる。
夏の日差しは、去年と同じように俺達に降り注いでいる。何も変わらずに。
だから、優輝。
お前もここに帰って来い。
俺達が過ごす変わらない日々に。
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