その2

 数日後、わたしはさっそくお京と一緒に一ノ宮に繰り出した。

「前にさ、どこかで浴衣見なかった?」

 いつものように改札口のスクリーン前で待ち合わせをし、百貨店を目指す。

「見たと思うけど……買うの?」

「だって、今度そこの神社のお祭りに行くんでしょ? だったら、浴衣じゃないと」

 この夏休み、お京とお祭りに行く約束をしているのは本当。一ノ宮には大きな神社があって、そこで行われるお祭りを見にいくことになっている。尤も、弓月くんと駅前の夏祭りに行くのが先になりそうだけど。お京には悪いが、友情より愛情なのだ。

「確かに」

 お京も、夏祭り=浴衣、の構図に文句はないらしい。

「キリカの浴衣姿かぁ。……見たい!」

 人のが見たいかじゃなくて、自分で着たいかどうかで決めてほしいものだ。

「あ、でも、値段が……」

「そんなに高かったっけ?」

 わたしの記憶では高校生でも手が出せそうな値段だった気が。おそらくそもそものターゲットがわたしたちのような十代なのだろうと思う。デザインもいいよねと、お京とふたり、マネキンの前で騒いだ覚えがある。

「いちおー四桁? 今日はそれなりに持ってきてるけど……」

 と、お京はチラチラこちらを見てくる。

 一ノ宮で遊ぼうというのだから軍資金は持ってきているし、浴衣も夏祭りを堪能するためには必要な出費だとわかっているが、痛いものは痛い、といったところか。

「はいはい。お昼おごっちゃるから」

「さっすがキリカ。そうこなくっちゃ」

 まったく、と、わたしは聞えよがしなため息を吐くが、お京は意に介した様子はない。見た目は小動物っぽいくせに、この図太さはどこからくるのやら。

「あ、でもでも――」

「え、なに? まだ何かあるの?」

 思わずジト目。これ以上グダグダ言ったり注文をつけてくるようなら、ひとりで浴衣を買ってしまおう。重ねて言うが、友情より愛情なのだ。

「あたし、補習があるんだよねぇ。思い出したら落ち込んできた……」

「ああ、あったあった。水泳だっけ?」

 なんと、お京。実は泳げないのだ。それで彼女と同様、泳げない一年女子が何人か、夏休み中に水泳の補習を受けることになっているのだった。

「いいじゃない。泳げるようになってきなさいな」

「なるわけないじゃない。一回の補習で泳げるようになるんだったら、とっくになってるわよ……」

 それもそうか。一理ある。

「そのへん先生もわかってんじゃない? たぶん泳げるまで帰さない、なんて言わないわよ。まぁ、時間中、何本か溺れながらでも向こう端までいかせるだろうけど」

 基本、水泳の補習なんてかたちだけだ。

「それが苦痛なんだってばぁ」

 お京は悲痛な悲鳴を上げる。このへんはもてるものにはわからない悩みなのだろうな。

「よくそれでプールに行こうなんて言い出したわね」

「だって、遊びでプールに行くんだから、真面目に泳がなくない? それにいざとなったらキリカに抱きつくし?」

「いや、あんた、なに当たり前みたいに言ってんのよ……」

 さらっととんでもないことを言う。溺れてる人間に抱きつかれたら、いくら泳げてもこっちまで溺れてしまう。そうなったら突き放そう。友情より命だ。……なんかわたしの中で友情がどんどん軽くなっていくな。

「それでキリカの胸を触ったり、あまつさえポロリしたりしても不可抗力をいうものよね!」

「……」

 よし、突き放すか。

「キリカぁ、一緒に補習受けようよぉ」

「なんでよ!?」

 当然だけど、お京が頼りにするくらいだから、わたしは泳げる。補習を受ける必要はないし、意味もなく参加したところで何の嫌味かと顰蹙を買うだけだ。

「いいなぁ。キリカは勉強も運動もできて」

「そーでもないんだけどな……」

 思わず明後日の方向を見てつぶやくが、お京には聞こえなかったらしい。

 お京の言う通り、わたしは勉強も運動もそれなりにできる。でも、唯一なぜか自転車だけは乗れなかったりする。機会を見て乗る練習しようとは思っていて、つい先日、学園都市で配られているコミュニティ誌の懸賞に応募した。商品は自転車。当たったら練習しようと思う。

「ま、見にいくくらいならしてあげるわよ」

 学校のすぐそばに住んでることだし。

「さっすがキリカ」

「そして、溺れるあんたを指さして笑ってやるわ」

「あたしの感激を返せ!」

 叫ぶお京は涙目だった。

 まぁ、見にいってあげようとは本当に思っている。補習なんていうただでさえ憂鬱なイベント、仲のいい友達でもいないとやってられないだろう。無事終わったらファミレスで労ってあげるとしよう。

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