3巻刊行記念ショートストーリィ
その1
それは夏休みのはじめ、弓月くんと一緒に学園都市の駅前のショッピングセンターに買いものに行ったときのこと。
スーパーで買いものを終えた帰り、何げなく目をやった掲示板に夏祭り開催のお知らせが貼ってあった。
「夏祭りだって。弓月くん、行ってみようか」
「かまいませんが、そんなに立派なものじゃありませんよ」
白けた調子で答える弓月くんは、我れ関せずとばかりに掲示板には目もくれず歩いていく。足を止めていたわたしも、彼の後を追った。
「そうなの?」
「所詮はそこの広場でできる程度のものですから」
そのままショッピングセンターの外に出ると、そこでわたしは立ち止まり、タイル敷きの駅前広場を振り返った。……確かに夏祭りをするには少々手狭かもしれない。
「それでもいいから行こう!」
「君がいいならいいですよ」
「やたっ」
再び足を前へ踏み出す。
「となると、やっぱり浴衣だよね? ミニ浴衣とかどうかな?」
「歳を考えなさい、歳を」
「むー」
十六ならまだミニ浴衣できゃいきゃいやってもいいと思うんだけど。あ、でも、やっぱりせっかくの浴衣だし、淑やかに、且つ、色っぽくいくのが正統派というものかな。
「だいたい、浴衣を持ってるんですか?」
「持ってにゃい……」
着道楽のわたしも、さすがに浴衣までは持ってきていない。というか、そもそも持っていない。もっと正確に言えば、小学生のときに着た覚えがあるけど、そんなのはもう残ってないだろうし、残っていたとしても着れない。
「ん? そう言えば、一ノ宮で安くていい感じのを見た気が?」
近いうちにもう一度見にいってみよう。
「知ってる? 浴衣って胸が大きいと似合わないらしいよ?」
聞いておいてわたしは、チラッチラッ、と弓月くんの反応を窺う。
「さらしでも巻いといたらどうですか。口から内臓が飛び出るくらいキツく」
しかし、彼はそう答えるのみだった。
顔を前方に固定したままなのは、こちらを向くとうっかり胸を見てしまいそうになるからだろう。遠慮せずに見ればいいのに。もちろん今は外だからブラはつけているけど、実に夏らしい軽装だ。
「でも、君。茶髪ですよね?」
「え、なに? 弓月くんって黒髪至上主義?」
きれいって言ったくせに。浴衣にはやっぱり黒髪だとぬかすか。
「いえ、単に髪が茶色だと浴衣にあわないんじゃないかと思っただけですよ」
「あ、そうゆうこと。デパートで見たとき、金髪の外人っぽいマネキンが着てたし、大丈夫じゃない? 髪も、こう、アップにしてさ――」
わたしは買いもの袋を持っていない、あいているほうの手で髪をかき上げてみせる。
「……」
だけど、弓月くんは無言。
そんなに茶っちゃい髪には浴衣は似合わないイメージがあるのだろうか?
こうなったら目にもの見せてやる。
浴衣にあうように髪をきれいに結い上げて、色っぽい首筋を見せれば、弓月くんだってどきっとするにちがいない。思わず後ろから抱きしめて、首筋から耳まで責めてきたりして!
「何をニヤニヤしてるんですか。気持ち悪いですよ」
「う、ううん。何でもない」
気持ち悪いとはしつれーなっ。
ま、いっか。今に見てろ、弓月くんめ。体のラインがきれいに見えるように工夫して、浴衣を隙なく着こなしてみせるんだから。わたしには露出度に頼ったアピールだけじゃなく、そういう色気もあることを思い知らせてやる。
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