ハロウィンSS Vr.2017

「Happy Halloween!」

 わたしは後ろの部屋で着替えると、勢いよく飛び出した。

 ここは弓月くんが譲り受けたお店。

 彼は今日もカウンタの向こうで、コーヒーの試作に余念がない。高校三年に上がった弓月くんは毎日こうしているか、実家近くのカフェでバイトをしているかのどちらかだ。

「何をしてるんですか、君は」

 そう言った弓月くんは呆れ口調。

 そして、わたしは魔女の恰好。

「ハロウィンと言えばコスプレじゃない?」

「本来はちがうと思います」

 すかさず素っ気ない答えが返ってくる。

「そう?」

 ま、細かいことは気にしない。

「そして、コスプレとはコスチュームプレイの略です」

「そこは間違っていませんね。君が言うとどことなく不健全なものを感じますが」

「考えすぎじゃない?」

 これでもコスチュームプレイが何たるかを正しく理解しているつもりだし、わたしなりの哲学がある。

「そんなわけで、魔女の恰好をしてみました」

「見ればわかりますよ」

「お京が言うには、魔女なら裸にマントらしいんだけど……」

 いったいどこからそんな発想が出てくるのだろう? 2世紀くらい前のアニメ? 2世紀前にアニメはないか。

「それはもうコスプレとは言いませんね」

「だよねー」

 なんかもう、それだとぇろいのの直球すぎて、遊びの要素がない。コスチュームプレイはそういう遊びの要素を楽しむものであって、決して直球を投げて近道をするものではないのだ。そんなのはセクシーランジェリーに任せておけばいい。

「というわけで、Trick or Treat! お菓子をくれなきゃ噛みつくぞ。かじー!」

「魔女は噛みつかないでしょう」

「そうなの?」

 てっきり噛みついて変身するものだとばかり。……ん? それは魔女じゃなくて魔界人だったかな?

「ま、いいや。気を取り直して――Trick or Treat! お菓子の代わりにわたしを噛むのでもオッケー。耳とか首筋とか」

「コーヒーは出せてもお菓子は出せませんよ、僕は」

 弓月くんはきれいに無視。

「カフェである以上、お茶請けのようなものが必要だと思いますが……君、作れましたっけ?」

 無視はむっとくるけど、まぁ、いつものこと。コスチュームプレイは大事だけど、将来の話はもっと大事。わたしはハロウィンカラーの魔女の格好のまま、カウンタのハイチェアに腰を下ろした。

 カウンタの向こうからコーヒーが差し出される。

「作れないこともないけど、人に出せるほどじゃないかな。わたしの得意分野は、どちらかというと料理のほうだから」

「となると、その手の業者に頼むことになりますね」

 確かに喫茶店に行けばショーケースにケーキが並んでいるし、シアトル系コーヒーショップのレジ横にはスイートポテトやワッフルが置かれている。間違いなく必要だ。

「いろいろ決まってきた?」

 少しずつこのお店の未来の姿が見えてきた。わたしは嬉しくなって、自然、笑みがこぼれる。

「まだまだですよ」

 でも、厳しい顔で、弓月くん。

 いろいろ決まってきたのも確かだけど、まだまだなのも本当なのだろう。浮かれているわたしとちがって、弓月くんは常に現実を見据えている。

 だからこそ、わたしはあえて夢を見る。

「常連のお客さんとハロウィンパーティとか、どうかな?」

「いいんじゃないですか」

「でしょでしょ」

 夢はふくらむばかりだ。

「佐伯さん、将来のこともいいですが、今のことは大丈夫なんですか」

「今?」

「二学期の中間テスト、どうだったんですか? また成績を落としたら怒られますよ」

「う……」

 どこまでも現実を突きつけてくる弓月くん。

 実は一学期、ここに入り浸っていて、弓月くんの言う通り成績を落としたのだった。

「今回は大丈夫、かな?」

 まだぜんぶは答案が返ってきていないから断言はできないけど、手応えを信じるなら前より悪くなっているということはないはずだ。

「だったらいいですけど。来年の今ごろには大学受験がはじまっていますからね」

「……」

 そんなにふくらむわたしの夢を萎ませたいのだろうか。わたしは思わず頬をふくらませた。

 弓月くんは、そして、うちのお父さんもお母さんも、わたしには大学に行けという。わたしとしてはいろいろ異論はあるのだけど、ここで揉めても仕方がないので素直に言うことを聞くつもりでいる。

 でも、このお店を手伝うことを考えて、受験はこの近くの公立大学一本に絞っている。

 それで落ちたらどうするかって? それならそれでお店の手伝いに専念できるからオッケー、というのは親の心子知らずだろうか。

 でも、まぁ、それくらい気楽でもいいと思う。

 弓月くんが現実を見て、わたしが夢を見る。わたしたちは一心同体なのだから、それでちょうどバランスがとれるというものだ。

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