挿話 「きらいじゃないでしょ?」と友人は言った
終礼が終わり、不協和音みたいなさよならの合唱とともに、学校での一日が終わった。
帰りに駅前のスーパーに寄らないと――と、わたしは高校生らしくないことを考える。基本的には週末に弓月くんと一緒に買いものに行ってどさっと買ってくるのだけど、やっぱり間で足りないものも出てくる。だから、週に何回かは帰りにスーパーに寄ることになるのだ。
後はほかに予定が入るか、だけど。
「キリカー」
わたしの名を呼びながら机の間を縫ってくるのはクラスでいちばんの友達、桜井京子――お京だった。
「コンピュータ室行こう、コンピュータ室」
だそうだ。
私立水の森高校には、放課後に開放されているコンピュータ室があって、自由にパソコンを使わせてもらえる。
ただし、利用は悲しいほど少ない。
学校らしい厳しいフィルタリングがされている上、個別のIDでログインするから閲覧履歴が学校側にわかるというのが主な理由だ。
そして何より、いまどきの高校生にはケータイがある。わざわざそんな制限の多い学校のパソコンを使わなくても、そっちを使えばいい。利点があるとすれば、お金がかからないことと大勢でわいわい見られることくらいだろう。
こんなところだけど、わたしたちは時々使わせてもらっている。一ノ宮の高架下の情報サイトを見たり、ティーンズ向けブランドのアイテムの入荷状況を調べたり。ここで調べて一ノ宮へ直行したこともある。実に健全だ。
案の定、コンピュータ室は誰もいなくて、わたしたちが最初だった。出入り口から遠い、窓際の席の端末を使うことにする。モニタの正面にはお京が陣取り、わたしは隣りのイスを引っ張ってきてそこに座った。
「キリカに見せたいのがあるのよねー」
彼女は上機嫌でそう言い、すでに暗記してしまっているIDとパスワードを慣れた調子で打ち込んでいく。
やがてパソコンが起ち上がり、デスクトップにあるブラウザのアイコンをダブルクリック。さらにアドレスバーに家から持ってきたらしいメモを見ながらURLを入力した。
「お、引っかからなかった」
「引っかからなかったって、いったい何を見るつもりなのよ」
まぁ、察するにフィルタリングに引っかかるかもしれないものなのだろうけど。
生徒の間では学校が閲覧状況や履歴を逐一チェックしているのだと思われているが、お京がこうやって『フィルタリングには引っかからないけど、見つかったら怒られそうなサイト』でチキンレースをしてくれているおかげで、けっこうチェックはいいかげんだということが最近わかってきた。
今日は何を見るつもりなのやら。
「えっと、なになに……セクシー ――」
わたしは途中で音読するのをやめた。
そこにはセクシーランジェリーとコスプレ衣装のオンライン通販とあったのだ。この場合のコスプレとは、アニメやゲームのキャラクタの衣装を着ることではなく、本来の意味でのコスチュームプレイだ。
「学校でこういうのを見る? 普通」
わたしは呆れて頭を抱えた。対するお京は「フィルタリングされてないんだからいいんじゃない?」とのこと。そういう解釈でいいのだろうか。
「お京、こういうの好きよね」
「キリカだってきらいじゃないでしょ?」
「まぁね」
というか、むしろ好きなほう。おおいに興味がある。
そんなわけで健全な女子高生ふたりは喰い入るようにモニタを見るのだった。
「清楚なJKルック?」
こういうのってちゃんと表記したらまずいのだろうか。
「出た、小悪魔系ナース!」
「こんなガーター見せまくりのナースがいてたまるかー」
「ていうか、ぶっちゃけミニの白ワンピだよね?」
これはこれでかわいいかも。
「こっちのこれは胸のところあきあきで、大きくないと似合なそう。わたしもせめてキリカくらい欲しいなぁ」
そう言いながら肘でつつくんじゃない、残念
「やっぱり定番はメイドさんかな」
「『おかえりなさいませ、ご主人様』?」
「おお、シチュエーション重視!?」
なんのこっちゃ。
「ところでさ――」
と、お京がアイテムの画像をクリックしていた手を止め、内緒話でもするように顔を寄せてくる。未だにわたしたちふたりだけなのだから、そんなことをする必要もない気がするけど。
「弓月さんとはどうなの?」
「どうって?」
「どこまで進んだのかなぁって」
そういうことか。
「キスは? した?」
「それは、した……」
「おおぅ。じゃ、えっちは?」
「え、えっ――」
ちって、お京……。
「そ、それはまだ、だけど……」
さすがにこれは答えがどうであれ顔が熱くなる。
「そっかそっか。それも健全健全」
そして、お京はわたしの回答にどうこう言ったりはしなかった。
それも健全って、ほかにどういう健全があるのだろう。いや、言わなくてもわかるけど。
「じゃあさ」
「……」
まだあるのか。
お京は、一度はモニタに向き直ってマウスを握りかけたが、思い出したようにまた身を寄せてきた。
「スキンシップしながらいちゃいちゃは」
「そ、それは、ちょっとある、かな……」
夏のことはまだ記憶に新しい。あれは衝撃的だった。
「どんなどんな? 後ろから抱きすくめられて耳を噛んでもらうとか?」
「そんなことはしてもらってないけど、もっと別のこと」
弓月くんにそんなことされたら、しばらく立てなくなる自信があるわ。
「おやぁ、いったいどんなことしてもらったのかなぁ。キリカったらぇろっちぃ!」
「うるさいなぁ、もぅ」
聞いたのはそっちのくせに。
笑いながらパソコンに戻るお京の背中に、わたしはどんと肩をぶつけた。
「あ、これどうかな? クリスマスも近いし」
「んー、どれ?」
何やらまた見つけたらしいので、わたしも画面に注目した。
そこに映っていたのは赤白クリスマスカラーのミニワンピだった。つまるところミニスカサンタ。
「でも、これすっごいきわどくない?」
丈が短くて、ちょっと動いたら見えそう。
「だからいいっていうか、そこは折り込みずみっていうか。そうなると下をどうするか考えないとだけど、大丈夫、キリカならいつもので十分」
「きゃっ」
いきなりお京が空いている左手でスカートを捲り上げたので、わたしは思わず短く悲鳴を上げた。でも、彼女の目は相変わらずモニタに向けられたままで、ぜんぜんこっちを見てない。怒りの持っていき場に困ったわたしは、頬を膨らませながらスカートの裾を直した。
「クリスマスの夜にキリカがこれ着てたら、たとえ弓月さんでもイチコロね」
「初めてでそんなノリノリってどうなのよ……」
これで喰いついてきたら、それはそれで弓月くんを見直すけど。
真面目な話、弓月くんはお父さんに信頼されていて、彼もそれをわかっているから、『お父さんの望む』『高校生らしいつき合い方』を戒めているように思う。そこをからかってみるのも面白いのだけど、ほどほどにしておかないと。
と、わたしが考えごとをしていると、
「そっかそっか」
お京が笑った顔のままで、画面を見ながらうなずいた。また何か面白そうなアイテムでも見つけたのだろうか。
「キリカ、ちゃんと弓月さんのところに戻れたんだね。学祭の後、いろいろあったみたいで心配してたんだけど、うん、よかった!」
「……」
わたしはクラスでいちばんの友人の肩に、こつんと自分のおでこをくっつけた。
「……ごめん。心配かけたね。でも、もう大丈夫だから」
……。
……。
……。
「ところでキリカ、このURLのメモ、いる?」
「いる」
即答した。
帰ったら部屋のパソコンでゆっくりチェック。あと、ミニスカサンタと小悪魔系ナースはおさえておこうと思う。
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