「つまりなんだ。お前の話をまとめると、オレは一度心臓をもぎ取られて殺されたが、それを自らの心臓を差し出すことで蘇らせ、いまこうして生きていられる。自分はオレの命の恩人である、と。そう言いたいわけだな?」

 

 脱衣所でのコントめいた会話から一転。仕切り直すために場をリビングへと移し、由紀と少女はお互いに見合いながらテーブルの椅子に腰かけていた。


「そうだ。ニンゲンの持つ医療技術、魔術知識を持ってしても、あそこまで破壊された肉体の蘇生行為は不可能困難であろう。だが、我が心臓は魔狼の心臓。世の理をねじ伏せられる力を持ってすれば、この程度の奇跡など造作もない。感謝し、崇め奉るがいい」

 

 偉そうな喋りと態度は依然と継続させながら、少女は自慢げに説明を行う。

恰好は裸のままではなく、由紀の提供したフードつきのトレーナーとジャージを着ている。他の変化といえば頭髪から水分が消えたことで、ふわっとした質感を取り戻しているぐらいだろう。


「……ところでこの上着は暖かくて実に良いな。肌触りも中々に良い。我の着ていた服とは天と地ほどの差ではないか」

「当たり前だろ。アレは服じゃなくて、布だ」

 

 あんな胸と股間を隠す目的すら満足に果たせない、

 ボロボロのシャツとパンツを見たら、さすがに服を貸し出さないわけにはいかない。それくらいに酷い服だったのだ。よくあれで外を歩けたものだ。呆れた目を向けると、少女が恥じるように顔を伏せた。


「わ、我とて好きでそうだったわけではない。入手の手段がその、なくてだな……ああいや違うぞ、こんな情けない理由ではない! そう、我は魔狼、人間の作りし服など本来は必要ではないが、さすがに局部は隠さねばという倫理観によって仕方なくだな!!」

「そうか」


一呼吸入れて、次の句を続ける。


「それでどこまでが作り話なんだ? 魔狼のところか? 国にも知られてない魔術 師の秘密集団がいて、そこに追われている身であるところか?」

「ぜ、ん、ぶ、だ!! 全部真実だ! フェンリルで、そういう機関があって、更に貴様は一度殺されて我に助けられて生きている! ウソ偽りのない、現実に起こったことだ!」

 

 腹立たしさを露わにばんばんとテーブルを叩き、

 作り話と一蹴された内容の正当性を少女は声高く主張する。


「あまりに突拍子がなさ過ぎる。いくらお前に耳と尻尾があっても……」


 凄い勢いで少女が椅子から跳ね退いて、尻尾と耳を手で守る。


「触らないから。もう触らないから」

「ほ、本当か? 本当に触らないのだな?」

「お前が調子に乗った物分りの悪いことをペラしない限り、オレは相手の意見を尊重する」


 基本的には無害であるが、礼儀知らずには武力行使ならぬモフり行使は辞さない。そう表明すると、また泣き出しそうな顔しながら、静かに席へと座り直した。


「フェンリルなのに……名前を出せば十人中十人に恐れられる我が、魔術も異能のないただのニンゲンに、何故こうもいいようにされねばならぬ……」


 そして腕を枕に、顔を伏せてしまった。


 フェンリル。その名前はゲームや漫画でも使われるほど、大きな名前だ。

 北欧神話で最高神と崇められるオーディンを殺害、太陽をも飲み込んだ化け物狼だと、少女が名乗った通りに聞く。確かに彼女と狼には獣の耳と尻尾といった共通点があるが、中身がちぐはぐだ。

 子供用の三輪車も自転車であるというような、そんな可笑しさがある。


「となるとポチ、ハチ、タマ……どれがいいか」

「……何の話だ?」

「いや、お前の新しい名前を考えていてな」

「待て。本当に待て。理解が追いつかないのだが」

「だってフェンリルなんて、名前負けし過ぎて逆に名前が腐るレベルじゃないか」

「は、はあ!? 何を言っている! これ以上ないくらいに相応しい名であろうが!」

「背丈も威厳もないのが悪い、わかったかシロ」

「由来は髪だろ、髪の色だろう。白いからシロ、みたいな雑な名づけ方だろう!?」


 正解だと拍手をしてやると、きーっと悔しそうに歯噛みして机を拳で連打するので、手でモフる仕草を見せつける。するとぴたりと手が止まり、口のチャックまでもが閉じた。


「……そういうところが、名前負けしてるんだよ」

「むう?」


 首を傾げる辺り、本気でわかっていないらしい。


「お前はフェンリルって呼ばれるくらいに、凄い力の持ち主、なんだろう?」


「うむ。もちろんだ。脆弱な人の身では決して敵わぬほどの強者であるぞ」


 何を当然のことをと、少女がしれっとした顔で言う。


「ならその脆弱な人間にからかわれたら、力で訴えて黙らせるとは考えないのか?

自分の遥か下にいるヤツにお前は今、コケにされてるんだぞ?」


 自身の嫌な場所を触られても、誇りある名前を馬鹿にされても、少女は一切の暴力は振るわなかった。静止を行動ではなく言葉で表すことしかしなかった。

 本当にフェンリルに相応しい力があるのなら、直接的ではなくとも間接的な威嚇くらいはして当然ではないのか。あるいは今までの話が嘘っぱちで、そんな力がないから、やりたくてもできないのか。


 だが、次の言葉で自身が愚かであったと由紀は知る。


「戯けが。そんなものが、暴力を行使する理由になるものか」


 辟易とした瞳と、小さなため息。それが彼女の本気を裏付けていた。


「確かに貴様は我の神経を逆撫でる言動ばかりだが、敵意はない。悪意はあっても殺意がない。じゃれついているのと同じだ。そこに力を用いて要求を飲ませればいいという発想は、唾棄すべき下衆の考えだ」

 

 その下衆と同じカテゴリーであると分類された屈辱に、少女が怒りを漲らせる。


「目には目を、歯には歯を。それ以外では力は振るわん。――貴様は我の在り方を侮辱した」


「……そうだな。すまなかった。オレはお前を見間違えた」


 謝罪の言葉は自然と出た。由紀は深く頭を下げる。愚かなのは自分だ。

 相手を計るためにとはいえ、わざと茶々を入れたことに対して深く反省をする。


「我を見くびったことに対しては業腹だが、素直に非を認める姿勢に免じて許してやろう。無知蒙昧なニンゲンにしては中々に好印象だ」

「……若干引っかかる物言いだが、まあいい。あとお前の話、信じようと思う」

 

 筋が通った。信じれなかったが、嘘とも思えなかった心が今ので決まった。一旦は夢での出来事と封をしたが、あの時に感じた死の苦痛は鮮明に覚えている。幻ではなく本当に起こったことだと言われたほうが、すとんと納得がいくほどにリアルだったのだ。


 その苦痛を体験しても尚、生きているということは少女の言う通り、自分の体に魔狼の心臓とやらが代わりとして埋め込まれ、命を繋ぎとめているということなのだろう。


 常識、その外にある魔狼と呼ばれる少女の心臓が、自分を生かしている不気味さ。


 背筋に冷たい物を感じて、ぶるりと由紀の肩が小さく震え出すが、抑え込む。今は自分の身に何が起きたのか、何に巻き込まれたのかを明確にするのが先決だ。


「それを踏まえて質問がある。答えてもらえるか、シロ」


 置いてあったステンレスポットとグラスを二つ手に取り、シロと自分用に注いで配る。渡されたグラスに注がれた麦茶の匂いをすんすんと嗅いでから、唇を湿らせる程度に口を付け、こくりと小さな喉を鳴らす。


「貴様と我はもはや運命共同体、故に構わぬが……そのシロという名前はやめろと」


 またもや気になる単語が少女の、シロの口から零れ落ちたが、置いておく。


「だがなんだ、追われている身なんだろう? 名前くらい変えてもいいんじゃないか?」


 名前を露出させて発見される、なんて間抜けもいいところだ。


「……一理あるな。顔は知られているから効果は薄いとはいえど、悪くはない提案ではあるが、ソレはないだろう。人に繋がれた犬の名など、狼に対する我への侮辱だぞ!」


「いやいや、元々が威厳たっぷりなのだからこそ、チープにするんだよ。対極にあるほうがカモフラージュには最適だろう?」


「……うむ?」


「字面も悪くないし、シロっていうのは白い、つまり穢れがないって意味に繋がる。そういう意味では、綺麗な名前だと思うんだが」

「なるほど……悪くない気も……うむ、シロ、シロか……語感も悪くは……」


 何度か口の中でシロと、響きを確かめるように呟いてから、何回か頷く。


「よかろう。では我は今日からシロと名乗ることにする。貴様もそれで頼むぞ」

「わかった」


 応えつつ、心の中で『本当に通ってしまうだなんて』と呟く。

 素直というか、なんというか。既に本人が納得してしまったので異議は唱えないが、誇りある狼が犬っぽい名前でいいのか、という疑問が津波のように押し寄せては引いていく。


 こほんと、咳払いをして切り替える。


「知りたいのは三つだ。一つは魔狼の、つまりシロの心臓を得て、オレは生きながらえたわけだが……その自分の心臓を失ったシロは、どうして生きていることができるのか?」


 人差し指を、続けざまに中指、薬指と立てていく。


「二つ目。さっきから出てる魔術という単語の意味。三つ目はお前が追われている理由だ」

「……その三つだけで、いいのか?」

「それ以外に何がある?」

「何があるって……ああもう、答えるといったからには、そちらから済ませるとするか。心臓と魔術、この両方からいくぞ。その方が説明しやすい」


 まず始めにと、シロが由紀から渡されたグラスを手に取り、床に叩きつけて粉々に砕く。


「人の身には魔力というチカラが宿っており、魔術とはそれを効率よく行使し、世界を誤魔化すための手段だ」

「誤魔化す……?」


 無残にも割られたグラスの破片が、フローリングに散り散りとなる。中に残っていた水が跳ね返り、いたるところに水たまりを作っていた。

その行為が今から説明するのに必要なものだと信じて、由紀はシロを見る。


「紙に火をつければ燃える。土に水を垂らせば染みる。これは貴様ら魔術を知らぬ人間の常識だ。世界の理、こうでなければおかしいという科学の証明した物理の法則」

 

 シロが由紀から床へ、ガラスの破片と水で汚された部分へと目を向ける。


「その法則を魔力という代価を用いて、魔術という手段で誤魔化し、自身の持つエゴを具現化させる」


 視線の先にあるガラスの一粒が震えだす。その震えは近くの一粒に伝染し、ネズミ算式で増えて全体へと感染して、一か所へと集まり出す。タネも仕掛けもない手品が、目の前で繰り広げられていることに由紀は生唾を飲んだ。


 集まったガラスはまるで時間を巻き戻すかのように、砕ける前の姿へと復元する。最終的には重力に逆らい、誰の手も借りることなく床から浮き上がってテーブルへと戻った。


「グラスが壊れたという事実を誤魔化して、直れというエゴを反映させれば元通り――」


 そしてワンテンポ遅れてから、床に残された水が染み込むように消えていき、中身のない直りたてのグラスの底から沸きあがる。


「――こうだ」

「……まるで手品だな」


 率直な感想を零れ落とした瞬間、風船の割れるような音を聞いて後ろを振り返ってみると、クッションが爆ぜて綿が宙へと舞い上がっていた。


「無論、こういう暴力的な使い方もできる。魂の宿る命があるかないかで、操作、干渉できる幅は変わってくるがな」

「手品だと言われたのが不愉快だったのは謝るが、直しておいてくれ」

「……つまらぬ。前に見せた人間はもっとこう、反応が面白かったというのに」


 顔に現れにくい体質なだけで、十分に驚いているのだが。またもグラス同様に直っていく、いや、戻っていくクッションを眺めながらため息をつく。


「こんなことができる人間が、世の中にはいるのか?」

「何を言っておる。ごまんといるぞ」


 いることについての否定ではなく、いないと思っていた自分の考えに対する否定に、朝から何度目になるかわからないため息を漏らした。刃物や拳銃など比にならないほどの力を使えるヤツが、シロ曰くごまんといる。


 世の中は思っていた以上に危険で満ちているようだ。


「怖いか? 小便ちびりそうになったか、ん? ん?」

「少しそう思ったが、お前の顔を見たらさっぱりと消えた」


 テンプレートにしたくなるくらいにムカつくシロのドヤ顔を、じろりと睨み返す。希望通りの反応を得られず、面白くないといった風に口をシロは尖らせながら、話を魔術から心臓へと進めていく。


「心臓についてなのだが、これもさほど難しい魔術ではない。理を覆す魔力を生み出し、貯蔵されるのが心臓だ。それを貴様に渡して、内包される魔力で死亡した事実を誤魔化し続けている」

「……続けているってことは、今も魔術を使い続けている、そういうことか?」

「グラスは壊れて直しても、常識の範疇にある姿だから世界が気づかないだけだが、生物は違う。死んだら生き返ることはない」


 先ほど言っていた、魂の有無で干渉できる幅ということだろう。


「魔狼の心臓はそれ自体が異常で、更に人間の体に収まる、死を覆すという三重の異常を誤魔化し続けることで、貴様は生き続けている。世界は世界の定めた常識外の異常に気づけば、すぐさま修正しようとし、できなければ消去する。そういうシステムなのだ。最も、かけられた魔術が解ければ、世界が動く前に心臓が貴様を食い尽くすだろうがな」

「食い尽くすって……」

「文字通りだ。貴様の心臓に埋まっているのは、魔狼の心臓なのだぞ?」


 唖然とする由紀を一瞥し、シロが一拍呼吸を挟む。


「だが貴様は折角のその心臓が生み出す魔力を活用できない。ウソをつくことができない。そして我は心臓がないから、自分の望むウソをつくための燃料がない」

 

 すぐさまピンとくる。


「――共有。どういうカラクリの魔術でなされてるかはわからないが、シロはオレの死んだのに生きている異常を。シロは心臓のない体を。お互い魔狼の心臓から生まれる魔力で誤魔化すことで寄りかかりながら、今を過ごすことができている……と?」

「正解だ。頭の巡り良くて説明の手間が省ける」

「……しかしそれだと、心臓をあえてオレに渡す意味はないように聞こえるが」


 魔術で生かされている、これは理解できた。

 しかしそうすると、今度は心臓を移動する目的が分からなくなる。


「繋がりのない相手への内部干渉は、基本的には不可能だ。無理を押し通すためには、強靭なパイプを作る必要があった」


 それを叶えられるが、魔狼の心臓。


「もちろん制限はある。距離だ。我と離れ過ぎると、我も貴様も繋がりが解けてしまう。凡そ半径二十五メートルといったところか、それ以上は離れるな」


 つまりそれは、この先ずっとシロとの共同生活が強いられるというのに他ならないが、生きられるというリターンに比べればどんなリスクも安くなる。


「ちなみにオレを生かすための魔術だが、どれだけ凄いことなんだ?」

「一般的なレベルの魔術師が万人いても同じ真似はできないくらい、とでも言っておこう」

「……スケールに酔いそうだ」


 平然と言うところもそうだがまあ、これで魔術を持ってしても死者の蘇生が簡単ではないこと、そしてシロがどれだけの存在かが理解できた。


「それだけの力を貴様に使い、尚且つ魔力の生成炉を渡した代償として、我の機能は大分下がってしまっているが。今は多く見積もっても全力のぜの字もないといったところか」


 ぐーぱーと体の動きを確かめるように、シロが手を握っては開く。


「そして最後の質問に進むわけだが……勘付いておるのだろう?」

「ああ。そんなことができる奴の首に、縄付けないほど人間は図太くない」


 この国の基準にして言わせてもらえば、拳銃やナイフの滞納を認めていない我ら人間が、魔術という技術を保持していたとしても、自由に歩かせていい存在とは考えないはずだ。


 捕まえて、管理しようとするのが当然の流れだろう。


 それが個人で収まっているのか、団体ほどあるかはわからないが、シロの口ぶりからして存在はするらしい。


「……貴様も同意見か?」

「オレはお前を信じる」


 不安を瞳に宿し、探るように尋ねるシロを真正面から返す。


「力で事を成す気はない、そう示したお前をオレは信じている。だから、オレを生き返らせた理由を問う気はない」


 由紀は言った。質問の数は三つだと。魔術、魔力、心臓。その中には『シロが宗方由紀を助けた』理由は含まれていない。入れ忘れたわけではない。


 言いにくい理由があると、匂いのようなものを感じのだ。


「いいのか、貴様はそれで」

 

 そして今も、語ろうとはしない。

 事情の問題か、心の問題かはわからないが、構わない。


「シロの好きにしろ。命の恩人が嫌がるなら、オレは待つ」

 

 知りたい気持ちがないわけじゃない。

 だがそれは、シロを問い詰めるほど強いものではない。未知の世界に触れたことで心境の変化はあるも、自分の根っこの気質はそのままであり続けたい。


 気の進まないことを強要させるのは、人としてなしだ。


「……やはり戯けだな、貴様は」


 馬鹿にするようなセリフだが、気恥ずかしそうな笑みを浮かべながらでは、照れ隠しの意図が見え見えである。尻尾がゆらゆらと、気分良さそうに揺れているところなど、微笑ましい限りだ。

 可愛いところもあるものだと、本人を前にして思っていると、ふと気づく。


「そういえば、こっちの名乗りがまだだったな。オレは……」

「いらん。フェンリルたる我に名前を名乗るなど、百年は早いわ。格の違いを知りも理解もできていないニンゲンなんぞ『貴様』で十分だ」

「……そうか」


 訂正。やはりこいつは可愛くない。


 見下しながら、バカにしながら、コケにしながら。

 どう表現してもぴったりなくらいに憎たらしい表情の前では、怒る気も失せてしまう。一々真に受けていては、これから長い付き合いなると予測される自称フェンリルとは上手くはやっていけないだろう。


 本当に世界が一転するような出来事と鉢合わせたことに、

 未来への不安が今更ながら絡みついてくる。


「それでも……」


 背もたれに寄りかかり、シロから目線を上へと外す。


「悪い展開ではない、かな」


 この家での一人暮らしはきつかったところだ。

 住人が増える、それについてはもろ手を上げて喜びたい。


「何の話だ?」

「こっちの話だ」


 シロには関係のない独り言だと、

 手を振ったときに壁掛け時計が鐘の音を一度鳴り、由紀の背筋を氷つかせた。

 がたんと勢いよく椅子から立ち上がり、時刻を見て、登校する時刻の十分前を示す二つの針の位置に絶望する。


「急に立ち上がってどうした。顔色も悪いが」

「あ、いや、学校の時間が……」


 言いかけて止まる。学生の自分が学校に行く。これは正しい姿だ。

 だが昨日と今日で事情が違う。由紀はシロから離れられない。どこかに行くなら、人とは異なる耳と尻尾を持ったシロと出かけなければ死んでしまう。更に学校は説明するまでもなく、部外者の立ち入りは禁止だ。


「どうしたものか……。完全に頭から抜けていたな」


 予想外のことに声が揺れる。

 耳と尻尾、これは最悪だが力技で隠したり誤魔化したりできるとしても、学校にシロを連れていけるとは思えない。これでは登校など不可能だ。


「ふむ、語らずとも時刻を見て項垂れる貴様の心情は推察できる。外に出たいのだが、我が枷になってできない、といったところであろう?」


 正解だと、首肯するとシロは人差し指をぴんと立てて、ニヤリと笑う。


「ならば安心するがよい。フェンリルと称された我に、その程度の障害など無意味だ」


「なんとかできるのか?」


 見せられた希望の光に、縋り付くような気分で聞き返す由紀にシロが言った。


「あまり低く見るなよ、ニンゲン。我に不可能などないことを教えてやろう」

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