第二章

第1話



〝リアレンティオ〟二階。仕事部屋。

 

 そこにはパラリ、と紙をめくる音だけが響いていた。

 

 柔らかな太陽光が室内を照らす午後一時。遅めの昼食を食べ終わったレーヴォルス・アシュトン――レーヴは食後のコーヒーとともに新聞を読んでいた。

 

 〝グランヴェルン通信社〟――この国の新聞会社としてはここ一つしかない。評価としては中の上くらいの出版社だろうか。ただ過激なことを書かないかわりに、〝四大国〟のバイアスもかかっていないため情報を収集するのには適しているためレーヴは好んでいる。


「……うん?」

 

 仕事のない日はいつもこんな感じで過ごしているレーヴだったが、気になるニュースを見つけて思わず声が出てしまった。


「レーヴさん、いきなり大きな声を出してどうしたんですか?」

 

 キィとドアを開けて部屋に入ってきたのは、この家の持ち主であるミーリ・ルーベンスだった。


 どうやら、部屋の外にまで聞こえていたらしい。

 

 レーヴとしてはそこまで大きな声を出したつもりはなかったのだが、ミーリが反応するほどだと考えれば、自分が思っていたよりも大きな声を出していたのだろう。


「ごめん、迷惑だった?」


「いえ、迷惑というほどではないんですけど、部屋の前を通ったら何か悩むような声が聞こえてきたので何かあったのかなと?」

 

 ミーリの顔には怒っていたり、不快だったりといった感情はなかった。そこにあるのは純粋な疑問だ。

 

 どうやら、レーヴの心配しすぎらしい。


「それならよかった。少しきになる記事を見つけてね」

 

 ほら、ここ。とレーヴは広げてある新聞の一角を指さす。


「どこですか?」

 

 そう言いながらミーリはレーヴの隣へと回り込む。


(うっ!?) 

 

 そのとき、ふわっと舞い上がった髪から、不意にレーヴの鼻孔をくすぐる良い香りが漂ってくる。

 多少ドギマギしたレーヴだったが、ミーリに気づかれないように心を落ち着かせる。どうやら気づかれなかったらしい。


 ミーリの視線はすでに新聞の記事へと向けられていた。


 そのままミーリは書かれている見出しを読んでいく


「またも輸送隊壊滅! 姿無き犯人。その行方は!? ですか。これって最近騒がれている輸送隊襲撃のニュースですよね? たしか、今月六度目でしたっけ?」


「そう。そこは知っていたんだけど、姿無きっていう部分は初めて見たからさ」

 

 輸送隊とは名前の通り〝四大国〟との取引品――食料や各種製品――を輸送する部隊のことだ。〝グランヴェルン〟から輸出するものもあれば輸入するものもあり、その頻度はかなり多く、宝石類なども貴重品を運ぶ輸送隊もいる。

 

 危険性はないのかというと、殆どないというのが答えになる。

 

 輸送隊が基本的に通るのは〝四製通り〟からそのまま〝四大国〟まで伸びて、整備された道だ。〝四大国〟の部隊もたまに巡回しており安全性は高い。

 

 さらに輸送に当たっては作業用のAAFが使われているため、必然的に護衛もAAFとなる。護衛は輸送隊が雇った傭兵や個人の部隊(私兵)と様々だ。

 

 だからこそ、輸送隊を襲うようなものはそうそういない。輸送隊を襲えば、そこの部隊が〝四大国〟の上層部と直接的な繋がりがなくても、〝四大国〟に喧嘩を売ったことにかわりないからだ。ついでに言うのなら、護衛を倒して積み荷を奪う行為自体も中々にリスクがあるだろう。

 

 そのため、このニュースは〝グランヴェルン〟で話題になっているのだ。もしかしたら〝四大国〟の方でも話題になっているかもしれない。


「少し前にラジオの方でもやっていましたね。何でも輸送隊の護衛についていたAAFはすべてコックピット部分のみが切り裂かれていたって言っていましたけど」


「ラジオでもやってたんだ。新聞にもそう書いてあるよ」


「変わった事件ですよね」


「そうだね」

 

 などと世間話を話していると、


「お客様ですよ」

 

 イリスがやってきていた。それを聞いたレーヴは広げていた新聞をすぐにたたむ。依頼者が来ているのならば、新聞を広げたまま出迎えるのは失礼だろう。


「ふむ。ここが〝リアレンティオ〟か……。思っていたよりは小さいな」

 

 キョロキョロと室内を見渡しながらイリスの後に入ってきたのは、一人の女性だった。背は女性にしては高くレーヴと同じくらいで、キリッとした顔立ちは女性の怜悧さをうかがわせる。


(あれは……確か和服とか言ったか? 東方の首長連合国ではよく着られているという話だったはず)

 

 女性の服は〝グランヴェルン〟ではあまり見られないものだった。

 

 女性の綺麗さを引き立てるための意匠と実用的な造りはよく知らないレーヴから見ても見事な物で、麗人と呼ぶにふさわしいほど似合っていた。

 

 レーヴがそんな風に彼女を見ていると、彼女もまたレーヴをスウッと目を細めて確認するように見つめていた。


「ええと……どうかされましたか? イリスの話では依頼があるようでしたが……」


「中々、出来そうだな。うわさは本当と言うところか」

 

 レーヴの言葉には反応せず一人で納得したように彼女は頷いた。


「あの~?」


「ああ、すまない。一人で考え込むのは性分でな、許して欲しい」


「はい、大丈夫ですけど」

 

 内心で変な依頼者だなと思いつつも、レーヴはそれを表には出さずに頷いた。


「うむ、ならば良かった。私がここ〝リアレンティオ〟に依頼をしたいハヅキ・ミオと……いや、こちら風に言うならばミオ・ハヅキか?」


「はあ、どちらでも構いませんが……ってハヅキ?」


「レ、レーヴさん。ハヅキってもしかして!?」


「その想像はおそらくあっていますよミーリ。私のデータベースにも載っています」

 

 彼女――ミオの名前を聞いて驚くレーヴ達。

 

 だが、それは仕方が無いことだと言えた。

 

 それもそのはず、彼女は〝氏族〟という首長連合国における最高権力者の一族であるハヅキ姓を持っているからだ。


「首長連合国の氏族の方がどうしてこんな場所――ッに?」

 

 こんな場所といった直後、レーヴはミーリからコッソリ足を踏まれるはめになったが、なんとか表情に出さずに耐えた。レーヴとしても自分が住んでいる場所を悪く言うのはどうかと思ったのだが、国のトップに近い彼女からすれば、〝大通り〟にない郊外の探偵事務所などどう考えても〝こんな場所〟でしかないだろう。


「最初にそこの娘が言わなかったか?」

 

 ミオはそう言ってイリスの方を向くと、


「依頼だとな?」

 

 ニコリと見るものを魅了するような笑みを浮かべたのだった。

 

 ただ、その目は笑っていなかったが。

 

 間違いなく厄介な依頼の始まりだった。








 首長連合国はその名の通り、いくつかの国が纏まって出来た国だ。

 

 そして、〝グランヴェルン〟の〝東部通り《イークリーセ》〟からつながる先にある〝四大国〟の一つでもある。

 

 そんな氏族の一つである彼女が持ってきた依頼は、先ほどまでミーリとレーヴが話していた輸送隊襲撃事件についてであった。


「この事件の調査を依頼したい。こういった件は得意だと伺っている」

 

 自信満々に口火を切ったのはミオだ。


「はあ……」

 

 一方で覇気の無い感じで戸惑っているのはレーヴだ。今までのどの依頼だとしても新聞に載るような事件は引き受けたことがないと記憶している。

 

 しかもAAFがらみの事件となれば先日の〝シェプファー社〟の事件くらいだ。

 どこから得意という話になったのだろうか。


「キミは見事に強奪犯を捕まえたばかりか、事件を計画していた副社長すら暴いて捕まえたそうではないか?」

 

 戸惑うレーヴの耳元に急接近したミオは艶っぽい唇のリップ音を響かせながら、そう言った。

 

 ピクリとレーヴの眉が上がる。

 

 視界の端には、少しムッとしているミーリと仕方ないですね、とでも言いたげなイリスが映っているが、気にしている暇はない。


「どこからそのお話を?」


「さあ? どこで聞いたんだったか……この歳で覚えていないのはマズいかな? はははっ!」

 

 ミオはさっぱりわからんと笑ったが、レーヴからしてみれば笑えなかった。

 

 あの一件は強奪犯の仕業のみということで処理されており、副社長の件は隠蔽されたはずなのだ。つまりそのことを知っているのは、本来社長を初めとした〝シェプファー社〟の一部とスヴェンのような〝フェスティマ共和国〟の一部だけのはず。


 人の口に戸は立てられぬと言っても、他の〝四大国〟である〝首長国連合〟がそのことを知るにしては速すぎるといってもいい。

 

 そして、その話をいまここで振ってくるということは、自分たちの情報収集能力をちらつかせているということになるだろう。


(断れば何をしてくることやら……)

 

 この間の社長以上の面倒ごとの予感にため息を吐きたくなったレーヴだが、さすがに依頼者として存在するミオがいるため耐えた。


「依頼の内容を細かく教えてください」


「おや? 受けてくれるのかい?」


「始めから受ける気はありましたよ。ただ、条件や内容は詰めなければならないので、安易に頷くことは避けているんです」


「なるほど、それは大事だな! ならば、好きに質問をしてもらって構わない。私がそれを補足していく形で話を詰めていこう。もちろん条件や報酬、確認事項等があれその都度、言ってくれ」

 

 豪快に頷いたミオを見てレーヴも一つ頷いた。


「輸送隊襲撃事件というとニュースにもなっているこれのことでいいんですよね?」

 

 折りたたまれていた新聞を再度広げ、先ほど読んでいた記事をミオへと見せる。

 

 ミオは見せられた新聞をざっと読むと多少不快そうに鼻をならす。


「そうだ。そしてどうやら、ここには書いていないが襲撃された輸送部隊は半分が我が国の輸送隊だ」


「本当ですか!?」

 

 その情報はレーヴも知らなかったため、驚いた。

 

 それと同時にこれは首長連合国を狙っているのか? と考え始める。


「うむ。忌々しいことだがな。襲われた場所はそれぞれ別の場所だったのだが、我が国の輸送隊が三度襲われている。これを無差別と捉えるかは微妙な所だが、我が国としては見過ごす訳にもいかない」

 

 輸送隊が襲われたのはいずれの場所も〝グランヴェルン〟から〝四大国〟へ向かう途中――発生場所は北で二箇所、東で一箇所、南で一箇所、西で二箇所とほぼ均等に被害に遭っている。ニュースに書かれていたのはここまでだった。範囲がばらけていることから特定の〝四大国〟を狙ったものではないとレーヴは考えていたが、ミオの話が本当ならば確かに微妙なラインだといえるだろう。

 

 六回のうち三回〝首長連合国〟の輸送隊が襲われている。

 

 これをどう見るかは人それぞれだが、国としては見過ごす訳にはいかないと言ったミオの発言も納得できるレベルだ。

 

 〝四大国〟はいずれの国もお互いを警戒しているが、貿易をしていないわけではない。直接ではなく〝グランヴェルン〟を間に通してだが、ちゃんと関わりを持っているのだ。

 

 今回、ミオがいう輸送隊は〝首長連合国〟と関わりの深い会社のものだったのだろう。そうでなければ氏族がわざわざ動くわけがない。


「では、輸送隊は移動途中に襲撃され、コックピット部分を切り裂かれて壊滅していたというのは本当ですか?」

 

 レーヴは新聞で読んだ中でもっとも気になっていた部分を質問する。


「そこはニュースにも載っているとおり本当だ。我々の派遣した技師団も破壊されたAAFを調査して同じ結論を下した。私もここに来る前、一機だけ見てきたが間違いなく切り裂かれてやられていたな。溶けていなかったところを見ると実体剣の武装だとは思うが、これはあくまで個人の予想だ。あてにしないでくれ」


「なるほど」

 

 事細かに説明したミオの内容にレーヴが返事をすると部屋の中がシンと静まりかえった。


(氏族であるミオが嘘を言うはずもない……か。奇妙な事件だな)

 

 どう答えたものか悩むレーヴ。

 

 その時、ミーリが声をだす。


「でも、そんなこと出来るんですか?」

 

 私、あんまりAAFに詳しくないですけど、と付け加えたミーリだがその疑問は実に的を射ていた。それは今まさにレーヴが悩んでいることだったからだ。


(そこなんだよな。何機かのAAFが纏まって行動する輸送隊が、コックピット部分のみ――胴体だけを切り裂かれて、壊滅する状況なんてどう考えても不自然だ。現にAAFに詳しくないミーリでさえも不思議に思っている)

 

 レーヴもミーリの疑問と全く同じ意見だった。

 

 AAFには標準装備としてレーダーがついており、相手のAAFの接近を感知できる。輸送隊ともなれば、襲撃を警戒して別途大型のレーダーを装備した機体もあっただろう。にも関わらず、全員が切り裂かれて――接近されるまで気づかなかった。

 

 果たしてそんな状況はあり得るのだろうか。


「強力な電磁波のようなものが使われたといったことは?」

 

 レーヴは残る可能性を潰すべくミオに再び質問する。

 

 電磁波でレーダーを駄目にしてしまえば、接近戦を挑むのはたやすい。だが、それは相手に『今から、襲撃します』と伝えるようなものなので、これまた全機、無抵抗で切り裂かれるとは思えない。

 

 ミオはその質問も予想していたかのように首を振って否定する。


「それもなかった。破壊されたAAFから精査したデータは我が国のものだけだが、こちらで把握している限り、他の国の輸送隊もそういったことはなかったようだ」

 

 どうやって他の国のAAFを調査したのかは色々ありそうなので聞かないことにして、その可能性もないとすれば残る可能性はただ一つ。

 

 偵察もしくは索敵警戒用AAFのレーダーが感知できないほどの機体――すなわちステルス機しかない。

 

 その時、レーヴの脳内に一つだけ思いついたことがあった。


(まさか、ヤツらか……? いや、ヤツらならこんな無駄なことはしないだろう)

 

 だが、レーヴはそんな自分の意見をすぐさま否定した。

 

 可能性として一瞬考えたものの、それはあり得ないといってもいいからだ。


(そもそもAAFで完全なステルスなんて作れるのか?)

 

 どの企業も研究しているだろうが、完成したという話はついぞ聞かない。

 

 秘匿していたとしても、テストで〝戦争〟にでも駆り出していれば噂くらいは流れてもおかしくはない。

 

 精々がAAFの反応を隠す特殊な布がある程度だろう。

 

 そして、それを使ってステルスのようなことが出来なくもない。

 

 AAFの熱源反応を隠すために耐熱防護シートを景色と同化させる色合いにした上でかぶせ、動力を切っておけば、敵がどれほど近づいてきても機械的に感知されることはないだろう。

 

 ただ、カメラアイなどで目視すれば違和感を覚えるだろうし、襲うつもりで動力炉を稼働させれば、耐熱シートなど意味の無いレベルでレーダーに反応が映ってしまう。

 

 それに、その状況で先制攻撃が成功したとして輸送隊や護衛のAAFが全機切り裂かれてやられてしまうだろうか?

 

 レーヴにはそのビジョンが見えなかった。


「どうだ? この事件の不可解さがわかったか?」

 

 タイミングを見計らったかのようにミオが声を掛ける。


「はい」

 

 新聞で見た時点である程度は把握していたつもりだったがミオの情報を足して改めて纏めると不可解さが際立っていた。


「よし、ならばこの依頼を任せるぞ。報酬は前金でこれくらいを想定している。では、ここからさらに話し合いで詰めていくとしようか」

 

 先日の〝シェプファー社〟の社長が渡してきた札束よりもはるかに分厚い札束を取り出したミオはそう言ってレーヴに蠱惑的な笑みを見せるのだった。

 

 なお、その背後には札束を見て、『きゃー、すごいです!』 とでも叫びそうなミーリが存在していた。

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機動探偵 海星めりい @raiki

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