エピローグ



 AI強奪事件が終わり、警察(レナード捜査官)によるアツい事情聴取も終わって早数日、レーヴは普段通り〝リアレンティオ〟の私室で何かを考え込むようにぼーっとしていた。


「レーヴさん。何か気になることでもあるんですか?」


(あの最後に倒した奴が握っていたビームライフルに刻んであったエンブレム――あれは……)


 レーヴが考えていたのは襲撃犯の操る武装についてあったエンブレムのことである。上手く隠蔽されていたが、最後に蹴り飛ばすとき視界に入ったのを見逃さなかった。


「ああ、いや……。何でもない」

 

 レーヴ的にはこれで誤魔化したつもりなのかもしれないが、思わせぶりとも取れる言動はこのときばかりはマズかった。

 

 そんな対応をされれば気になっても仕方がない。

 

 案の定、「教えてください!」の一言共にグイッと身を乗り出すような感じで、ミーリがレーヴに対して身体ごと顔を近づける。


「おい、ちょっと離れろ……!」

 

 詰め寄るミーリは気付いていないようだが、今のレーヴとミーリの距離はかなり近い。

 

 後、少しで唇が触れてしまう――そんな想像がレーヴの頭にうかんだとき、タイミング良く来客者を告げるベルが鳴り響いた。


「ああ、誰か来たみたいだな!」

 

 レーヴにはこのベルの音は救いの鐘のように聞こえた。

 これ幸いとばかりにレーヴはミーリを押し返して玄関のドアに向かって駆けだしていく。


「もう! 後で教えてもらいますからね!」

 

 そんなレーヴの後ろでミーリは声を大きくして頬をふくらませていた。





「はい。どちらさま……」

 

 ベルに対する返事をしながら、玄関のドアを開けたレーヴはそこまで言った所で一瞬、硬直した。


「なんでお前が!?」


「お前はひどいです。マスター」

 

 そう、玄関を開けた先にいたのはレーヴのことを『マスター』と呼ぶ一人の人間――いや、メイド服を着た少女が少し拗ねたような顔で立っていた。


「今日からお世話になりますね、マスター。それともご主人様と呼んだ方がよろしいでしょうか?」


「いきなり来て何を言っているんだ!?」


「いえ、そう呼んだ方が男性は喜ぶとデータにありましたので」


「どこの情報かな? それ?」

 

 絶対、ゴシップ誌かなんかの情報だとレーヴは推測する。


「レーヴさん。お客様じゃなかったんですか?」

 

 そして、何ともまあタイミングの悪いことに、一向にレーヴが戻ってこないことを気にしたミーリがレーヴの元にやってきてしまった。


「どなたですか?」

 

 ミーリは、AIは知っているが、あのとき身体については目撃していなかったため気づかない。とは言っても、動いている上にメイド服を着ていればあのときの身体を見ていたとしても気づいたかどうかは怪しいところだ。


「はい、こちらに預けられることになりました。細かいことはこちらの書類をご確認なさってください。マスターのお名前を伺ってもよろしいでしょうか?」


「え? レーヴォルス・アシュトンだけど……というかお前知っていなかったか?」

 

 あまりに唐突だったため素直に自分の名前を答えてしまうレーヴ。なぜ今更聞いてくるのかは理解できなかったが、次の一言でなんとなくわかってしまった。


「マスター登録固定……〝レーヴォルス・アシュトン〟。では、以後私のことはイリス……。イリス・アシュトンとお呼びください」

 

 なぜか、よく分からない流れでレーヴと同じ名字を名乗るイリス。それにいち早く反応したのはミーリだった。


「なんで、レーヴさんと一緒の名字を名乗っているんですか!」


「別に良いじゃないですか。そんなことは私の勝手です」


「駄目です! 認められません!」


「なぜ、貴方に認められなければ成らないのですか!」


「二人ともあまり喧嘩しないで、ほら仲良く……」



「「レーヴ(さん)は黙っていてください!」」



「ええ……」

 

 何でここだけ被るんだよ……と、レーヴは思ったが口に出さないことにした。

 

 レーヴのその考えは正しかったといえるだろう。

 言った場合間違いなく拗れていた。

 

 だからといって、いわなくてもそこまで状況に変わりはないが。

 

 レーヴが黙っている間にも二人の言い争いは苛烈になっていく。

 

 ミーリは拒否しているが、イリスは〝リアレンティオ〟で暮らす気満々だ。

 レーヴがイリスから手渡された手元の書類に目を落とすと、どうやらあの事件を解決した報酬はこのAIと身体で決まってしまったらしい。

 

 社長としても新型試作AIをレーヴに渡すのは悩んだようだが、合体しているという事実と、それに加えて強奪事件を解決した事実からそう決断したらしい。

 

 当初の予定では現金の予定だったが、渡す予定だった金額よりも額的には大きいらしい。

 

 ちなみに、後日レーヴが聞かされた話によると副社長の件に関しては後にスヴェンから知らされたらしいが、隠すことに決まったようだ。ますます〝フェスティマ共和国〟に頭が上がらなくなるだろうが、会社も潰れず、自身も処理されなかったのだから上々といえるのではないだろうか。

 

 こういう風に社長が報酬として話を纏めてしまった以上、今からミーリが拒否しても金と交換してくれるとも思えない。

 

 そもそも、レーヴのAAFの中に入っていた簡易AIと同化して、今はこうして外に出ているということは、レーヴの〝クラウン〟のシステム防御が下がっているということだ。

 

 このままでは戦闘行為などは問題なくとも、何かがあった場合、ウィルスなどにやられる危険性も出てきてしまった。

 

 つまり、ミーリの意見に関わらずイリスと名乗った彼女(AI)がレーヴの元へとくるのは確定しているということになる。

 

 レーヴはそれをミーリに伝えるのは申し訳ないと思いつつも、言い争う二人を眺めながら、これから騒がしくなりそうだと苦笑するのだった。

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