第6話



 レーヴはその後、〝ネオ・ヴァンガード〟を支えるように歩きながら元来た道を帰っていく。

 

 自力で動けないAAFを専用の装備も無しに牽引(?)していくのは面倒だったが、時間は掛かったものの無事帰ることが出来た。

 

 途中でミーリに連絡しておいたおかげか、迎えには、ミーリだけでなく、社長や副社長、レナード捜査官なども来ていた。

 

 ミーリからは遅かったのを心配され抱きつかれたが、任務に成功したことは伝えていたので終始笑顔だった。

 

 社長に本来のAIがレーヴの簡易AIと合体したことを話すとひどく驚かれたが、何よりも新機体とAIの両方が無事なことを喜ばれ、AIの件については後日話し合うことになり、この場は依頼の達成ということで片付いた。

 

 副社長も問題はないのか社長に同意するように頷いていた。

 

 スヴェンは後処理のためかこの場には来れなかったようだが、社長がスヴェンも喜んでいたと伝えてくれた。

 

 レナードからは小言と後日事情聴取に呼ぶからな、というだめ押しをもらっただけで、そのまま去って行った。事件が一応解決した以上、警察としての仕事は終わったということだろう。

 

 こうして、模擬戦の依頼から始まった一連の事件はこうして片付いたのだった。

















 シェプファー社 研究棟


 その夜、一つの黒い影が、コンソールへと駆け寄りコードを入力していく、そして最後の画面でエンターキーを押したところ表示される〝ERROR〟の文字。


「!?!?」

 

 人影がたいそう驚いた瞬間――

 

 バッバッバッバッと部屋の明かりがともった。


「やっぱりアナタだった。無理して社長にここにいさせてくださいとお願いした甲斐がありました」

 

 部屋の入り口に立っているのはレーヴだ。腕を組み壁に背を預ける形でたっていた。

 

 人影が反応しないのを見たレーヴはさらに言葉を続ける。


「パーティーに便乗して、AIを盗もうとする。そのためにわざわざ犯人の機体まで搬入しておくとは、いささか、分かり易すぎますね……副社長殿?」

 

 レーヴに副社長と呼ばれた影は、ビクリと身体を振るわせたかと思うと、おそるおそると言った感じでこちらに向き直った。

 

 その姿はまさしくこの会社の副社長だった。


「何を言っているのかな? 私はここにデータの確認に来ただけだよ」

 

 副社長は社員ではなかったからどうとでもごまかせると判断したのか、はぐらかすような、いい加減な態度で強気に出ている。


「いやいや目的は知っているんですよ、アナタが欲しいのはこれでしょう?」

 

 レーヴの後ろから出てきたのは小柄な影。


「どうも」

 

 それはAIだった。すでに外で活動するための機械の身体に入っており、副社長に一礼する。


「っ!」

 

 AIが現れたことにより、副社長の顔が一瞬強ばった。


「あなたが誤算だったのは犯人達が奪った彼女の身体に肝心の彼女自身――つまり、AIが入っていなかったことだ。あれは社長が今朝の研究員の報告を聞いて、急遽予定に追加したもの。AIの紹介はこの身体の状態で行うと聞かされていたアナタは犯人達にこの身体ごとAIを盗むように命じていたはず」

 

 さらに、とレーヴは続ける。


「犯人達の動きが的確すぎた。内部に機体ごと潜り込むのは協力者がいないとどう考えても無理だ。それもそこそこの権力を持っていないと」


「それだけでは私がやったとは言い切れないだろう? その条件ならば社長や秘書のスヴェン君に……ああ、君の武装を用意した整備長にもできなくはないね?」


「まあ、確かにそうですね。でもお偉方の集まるパーティー警備はちゃんとしなければなりませんよね?」


「そうだが、それがなにか?」


「副社長アナタ今回の警備計画のトップっておっしゃっていませんでした? 私の目の前で……社長に端末を見せながらそう言っていましたものね」

 

 そこで、またしても副社長の顔つきが変わる。


「警備を担当した人……ああ、怪我を免れた貴重な方ですよ、に話を聞いたのですが、社内にあった見慣れないコンテナなどもすべてキチンと報告したそうです――副社長に。ということは、すべて正式な物として登録されていたわけです。さすがにアナタの名前で運び込まれてはいませんでしたが、ちょっと確認すれば分かるレベルの運び込まれていた見慣れないコンテナを確認もしない? 会社としては大事なパーティーなのに?」

 

 あり得ないでしょう。まあ、アナタの態度も決めての一つでしたが。

 

 とレーヴは話を締めくくった。

 

 レーヴが最初に副社長に疑いを持ったのは、社長に執拗なまでに〝フェスティマ共和国〟の介入を勧めていた点だ。副社長ともあろう人がそんなことをすればこの会社がどうなるかはすぐに想像がつくはずなのにやけに勧めていた。


 あのときは、強奪犯による焦りかと思ったが、その後、レーヴの機体が無事で犯人を追えるとなったとき、その顔が僅かながらに歪んだのを見逃さなかった。

 社長やスヴェンがそういった表情をすることはなく、整備長もレーヴが犯人を追うための準備を的確にしていたことから、犯人の協力者である可能性は限りなく低い。

 

 そんなレーヴの推理を黙って聞いていた副社長はわなわなと身体を振るわせると……


「あーはっはっはっは! たかが、あんな社長の雇った奴に看破されるとは……私も油断したものだ」

 

 さきほどまでの態度とは一転、大声を上げて笑い出すと自ら犯行を認めた。


「あなたの目的は?」


「それを聞いてどうするのかね?」


「いえ、何種類か想像はつくのですが決め手にかけるので」

 

 レーヴのあっけからんとした態度に副社長は『ほう』と眉根を寄せる。


「では、答えは秘密といこう」


「残念、では答えは後で聞かせてもらいましょうか。アナタを捕まえた後で、ね」


「それは無理な話だな。ここで君とそのAIを消してしまえば良いだけの話だ!」

 

 副社長は自らの懐から拳銃を抜き出すと安全装置を解除して、レーヴ達のほうへと銃口を向ける。


「AIが壊れたら困るんじゃないですか?」


「ふん、そのAIはキミが所有者になっているのだろう。そんな使えない物はいらん。それに、壊れたところで基幹部分が少しでも残っていれば十分だ。プログラムのほうは大まかだろうがサルベージもできる。なに、元々手土産程度のものだ」

 

 得意げに語る副社長は勝ち誇ったように笑う。

 

 なぜなら、レーヴが武器の類いをもっていなかったからだ。


「私を怪しんだにも関わらず武器も持たずに来たのが運の尽きだったな。馬鹿な依頼を受けたと悔やみながら死に給え!」

 

 その時、レーヴが笑った。


「だ、そうですよ?」


「……なるほど」

 

 レーヴの呼びかけに答えるように副社長の背後から声が聞こえた。

 

 そのことに驚いた副社長は拳銃ごと驚き振り向く。


「なっ!? 貴様は――!?」

 

 が、首筋に一閃。そのまま意識を刈り取られ副社長は冷たい床に沈む。

 

 そして、その影から出てきたのは――


「やっぱり、スヴェンさんだった」

 

 スヴェン・レイフォード社長秘書だった。


「いつからお気づきに?」


「最初からかな?」


「最初?」


「あったときからですよ。スヴェンさんどう見ても、ただの社長秘書じゃないと思いましたよ」

 

 そう。レーヴはスヴェンの立ち振る舞いを見た時点で気づいていた。


「どこで気づいたのか聞かせてもらってもよろしいですか?」

 

 スヴェンの質問にレーヴは一つ頷くと話し始めた。


「スヴェンさんはまず足音を出さないように歩いていた。一応、一般人っぽい歩き方をしようとしていたみたいだけど、普通の一般人はあんなに周囲に気を配っていない。社長が一緒にいるときだけなら、護衛も兼ねた秘書なのかもと思ったけど、あそこまでいくとただの染みついた習慣。あまり筋肉がついていない様に見えて常にぶれない重心……というか鍛えられた体幹――その他にも色々とヒントになりそうなものはあったけど聞きますか?」


「いえ、結構です。私もまだまだ甘かったですか」


「いや、たまたま私が気づいただけですから……〝フェスティマ共和国〟の諜報員さん?」

 

 そう言ってレーヴは笑った。

 

 それに対してスヴェンは何も言わない。発言がないということはそれを認めたということだ。


「黙っていていただけますよね?」


「それはもちろん。私も〝四大国〟に目を付けられたくありませんので」

 

 スヴェンの凄みを携えた確認にレーヴは是非もなく頷く。

 ただ、と一つ付け加える。


「副社長がどういった目的で行ったのか教えては貰えませんか?」

 

 気になるのでと付け加えた。

 

 スヴェンはため息を一つはくと話し始めた。

 

 曰く、彼(副社長)は〝シェプファー社〟以外の企業に移るつもりだった。とはいえ、そう簡単に移れるわけもなく、その企業が〝フェスティマ共和国〟とは別の〝四大国〟と懇意にしている企業であることをとって、今回の計画で会社と〝フェスティマ共和国〟にダメージを与えた功績と手土産としてAIを提供する予定だったようだ。

 

 なぜ、こんな計画を思いついたのかはスヴェンも把握しておらず、理解も出来ないようだが、大まかにいうとこれで間違いないらしい。


 そこまで聞いたレーヴは、もらったプレゼントが対して好きでもないものだったときような表情で、視線を落とした。


「予想以上にくだらない落ちでしたね」


「どんなのを想像していたんですか?」

 

 スヴェンはそこまで落ち込むレーヴを見ていると逆に聞きたくなった。


「一番ひどいのだと破滅願望ですかね」


「破滅願望?」


「そう、社長か会社への復讐です! 自分の身すらどうなってもいいから、会社をとにかく潰したいという狂気にみちた行動だと面白かったんですけど」

 

 それには遠く及ばない小物的な行動でしたけど。

 レーヴは残念そうに首を振る。


「それは、また……というか面白がられても困るのですが」

 

 スヴェンはレーヴをジト目で見つめる。

 確かにそういった人間がいないこともないだろうが、〝シェプファー社〟と関わりの深い〝フェスティマ共和国〟からすれば、そんな面倒なことになるのは勘弁してもらいたかった。

 今回の件でさえ自分が調査に派遣される事態にはなっているのだ。スヴェンからすればそう思うのも無理はない。


「ですね……これで事件は本当に全部片付いたようなので帰りますね。ミーリも心配していると思うので」

 

 そう言って、レーヴは研究室から出て行く。

 AIである彼女も一緒にだ。とは言っても、現在AIの身体は〝シェプファー社〟に帰属しているので、AIの保管用に用意された個室に向かったのだろう。途中まではレーヴの行く方向と同じだった。

 

 気絶した副社長が転がる部屋でスヴェンは立ち去っていくレーヴの背中が消え去るのを見て、一人呟いた。


「……レーヴォルト・アシュトン、何者なのだろうな」

 

 その声は闇夜に紛れるように消えていった。

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