第5話



 B―一七ハンガーへ向かったレーヴは無事である自分の愛機――パステルグリーンの装甲を持つ〝クラウン〟へと全速力で駆けていく。


「使える武装は!!」

 

 コックピットに乗り込みつつ近くにいた整備員――レーヴに〝クラウン〟が良い機体だと褒めていた整備長だった――に問いかける。

 

 模擬戦用の武装は装備してあるが、今から行くのは本物の戦いだ。ペイント弾などを持って行ったところで勝負にならない。


「ハンガーが全体的に大分荒らされていて、確実に使えるのはわずかしかない! 使えそうな武装はそこに纏めておいた! 好きなのを持って行ってくれ! 弾は入っている!」


「わかった!」

 

 手早く返事をして、コックピットハッチを閉じると手慣れた手つきで起動シーケンスを開始していく。


(特にいじられた形跡はなし……と。どうやらダミーデータを持っていっただけみたいだな……これならここまでしなくてもよかったか?)

 

 などと考えつつスタンドアローンにしておいたデータを保存した小型媒体をコンソール下部に差し込み、戦闘データなどを再インストールしていく。


「メインシステム起動……異常なし。FCS……リンク確認。その他も……大丈夫そうだな」

 

 モニターに表示された数値を確認したレーヴは満足したように頷く。


(武装はここにあるって言っていたな……)

 

 レーヴがAAFの頭部を動かし、カメラアイを通してハンガーの周りを確認してみると、アサルトライフルを初めとして何種類かの武装があった。どうやらしっかりと準備されているようだ。


 だが、レーヴの顔は優れない。


(この装備達は……まあ武器無しよりはマシだろう)

 

 数種類の武器を手にとって両腕や手、肩や腰にマウントしていく。


『「今から移動を開始する。離れてくれ!」』

 

 レーヴが外部スピーカーを通して警告すると、整備長を含む作業していた整備員達はすぐさま離れていく。

 

 周りのものに当たらないようにゆっくりと歩みを進めたレーヴは開けられたゲートの前にたどり着くと、


「レーヴォルス・アシュトン、〝クラウン〟出るぞ!」

 

 そう言って、〝クラウン〟の足に搭載された地上を高速で駆け抜けるための装備――〝GR《グランドローラー》〟を起動状態へと移行させる。

 

 そのとき、通信が入った。

 

 つないでみると整備長からだった。


『「社長達の話じゃ、犯人はこの国の北西に向かったらしい。新型機も一緒にな……移動痕を追えば大丈夫だろうが一応伝えとくぜ」』


『「わかった。ありがとう!」』


『「兄ちゃんも気をつけてな! 武運を祈ってるぜ!」』


(北西ということはあそこに逃げる気か……〝ヴェント大森林〟へ!!)

 

 レーヴは強奪犯を追うべく、高速で大地を走りながらヴェント大森林へと向かうのだった。






 

 こういうわけで、レーヴは今、ヴェント大森林へいるのである。


(移動痕はまだ続いているか……随分雑だな。それこそわざとじゃないかと思うくらい痕跡が残りまくっている)

 

 強奪犯のAAFの移動痕を追いながらヴェント大森林を探索しているレーヴだが目の前にある痕跡に思わず首を傾げてしまう。

 

 ここまでわかりやすく痕跡が残っていれば、ダミーと判断して他のルートを探す。 しかしながら、レーヴはずっとこの移動痕を追っていた。

 

 なぜなら、移動痕と一緒に無理矢理食い破られたと思われる罠がここまでに何個も転がっていたからだ。


 罠は強奪犯が仕掛けたものだとして、それを突破するAAFとはいったい何者なのか。レーヴにはわからなかった。

 

 追跡しているのは自分だけのはず……

 強奪犯の機体数は大地に残る〝GR〟のタイヤ痕からおそらく三機。

 

 そして、それとは別の機体が一機、追いかけるように、罠を気にせず向かっていた。

 

 その時、レーヴの脳内に一つのひらめきがはしった。


(もしかして、強奪犯はAIと〝ネオ・ヴァンガード〟を奪ったのではなく――!? だとしたら!)

 

 自身の想像通りならばマズいと判断したレーヴは速度をさらに上げるのだった。




 ヴェント大森林奥地。

 


 多少広場のように開けた場所を三機のAAFが纏まって移動していた。

 カラーリングはどれも統一された毒々しい、禍々しいといった表現が似合うダークレッド。

 

 森林地帯では本来目立つ色合いなのだが、ここだと薄暗いせいかそこまで目立ってはいない。

 

 このAAF達こそ、〝シェプファー社〟を襲撃しレーヴがいま追っている強奪犯達だ。


「いやー、楽な仕事だった! あとはこのまま〝戦争〟のエリアを経由して何事もなく帰るだけだぜ!」


「だな。こんなんであれだけの金がもらえるならありがたい!」


「しかしよぅ、このAI全然反応がねえぞ? 大丈夫なのか?」

 

 その中で一人の男が自身のコックピットにくくりつけてあるAI――が入っていると言われていた人形の様な身体――が無反応なことを気にしていた。


「知らねえよ。AIだとかシステム面は苦手なんだ」


「言われたことはやったんだからいいだろ?」


「それもそうか!」

 

 そんな風にのんきに会話しているところにいきなり爆音が轟いた。


「なんだあ!?」


「!? 追いつける機体があったのか!?」

 

 狙いはそれていたが三機が走る前方には大きなクレーターが出来ていた。


「私の身体ボディーを返して貰います!」

 

 そんな言葉をオープンチャンネルで叫びつつ、三機の真横から飛び出してきたのは、銀色のAAF。両肩にシールドとリニアライフルを併せ持つ大型の複合盾『シュタルク』を装備した機体――後の模擬戦で紹介されるはずだったシェプファー社の最新機体〝ネオ・ヴァンガード〟である。

 

 相当無理をしながら森を突破してきたのか機体はあちこち傷だらけ。

 

 しかしながら、何も問題がないように動いているのはさすがというべきなのだろうか。


「あれだけの罠を力ずくで突破してきたって言うのか!?」

 

 そしてそれは、強奪犯からしても驚きだった。

 

 あの罠は足止め目的で仕掛けたもの。

 解除するには時間が掛かるワイヤー式のものが殆どで、解除に時間をとれればよし、回り込まれて回避されても、森の中ならば方向感覚を失いやすいのと解除同様時間のロスになる目的で仕掛けたのだ。

 

 まさか、強引に突破してくることなど想定していない。そして、それだけの罠に掛かって無事なことも。


「ちっ!? 何なんだよこの機体はよぉ!?」

 

 あまりの出来事に一瞬気をはなしてしまった強奪犯は操縦が止まってしまう。

 

 そして、〝ネオ・ヴァンガード〟のはそれを逃さない。


「あたれぇ!」

 

 両肩の砲身がそのコックピットへと狙いをつけるように動き――


「バカ野郎!」

 

 突如現れた緑色の影に砲身をはじかれてしまった。

 

 そのため発射された砲弾は見当違いな方向へと飛んでいく。

 

 砲身をはじき飛ばしたのは、緑は緑でも森に溶け込むような深い緑ではなく、明るいパステルグリーンの機体――レーヴ操る〝クラウン〟だった。

 

 いきなり現れて邪魔をしてきた機体に対し〝ネオ・ヴァンガード〟の操縦者は怒りを隠しきれない。


「何するんですか! 人の邪魔をしないでください」


「何するんですか! はこっちの台詞だ。お前、今何処を狙った?」


「何処ってコックピットですよ!」


「どのコックピットか知らんがお前の身体もあるんじゃないのか? ?」


「あっ!?」


 レーヴの指摘に〝ネオ・ヴァンガード〟の操縦者は気づかなかったと言わんばかりに、驚きの声を上げた。

 

 そう。この反応から分かるとおり、今現在〝ネオ・ヴァンガード〟を操っているのは社長が話していたAIなのだ。

 

 レーヴは自身の予想があっていることと、無事なことに安堵する。


(まさか、AIが単独で襲撃犯を追うとはな。犯人はAIと新機体を奪ったのではなく、AI(中身なし)を奪いそれを知ったAI(ネオ・ヴァンガード)が出撃して、それが両方奪われたと報告された……と。自分で言っていてこんがらがりそうになるな)

 

 レーヴの言うとおり、かなりわかりにくいが、強奪犯は存在したものの、実際は何も奪われていなかったと理解しておけばいい。

 

 ただ、レーヴがいなかった場合AIと新型機両者失っていただろうことは想像に難くない。


「今がチャンスか? よく分からないがやるぞ!」


「おう!」

 

 強奪犯は状況が分からずポカンとしていたが、揉めるように向かい合う二機を見てチャンスと思ったのか、ここで仕留めるべく行動を開始する。


「させるか!」

 

 強奪犯の動きを察知したレーヴはすぐさま〝クラウン〟の右手に装備したアサルトライフルの引き金を引き、こちらに来ようとしている強奪犯目掛け連射した。

 

 薬莢を巻き散らせながら放たれた弾丸は正確に目標へと向かい、その命を刈り取ろうとするが、そこは相手もAAF。

 

 銃口が向けられた時点ですでに回避行動をとっていた。

 

 直線的な動きから半円を描くような動きに替え回り込むように二手に分かれた。

 

 レーヴもその動きに合わせてアサルトライフルを動かしていくのだが、ばらまかれる銃弾は一発も当たる気配がない。ただただ、相手の後ろを通り過ぎていくだけだった。


「くっ、反応が鈍い!」

 

 それを見たレーヴは思わずといった感じで悪態をつく。

 

 それもそのはず、〝クラウン〟が今使用しているのは普段からレーヴが使っている武装ではなく急遽用意された代用品。

 

 しかも、その殆どが旧式の武装だった。

 

 今、撃っているアサルトライフルも〝SPA―ブリッツ〟という二世代ほど前の武装だ。現行のものと比べて、発射速度、威力、ともに劣っている。

 

 さらに、〝クラウン〟とのズレが生じないようにはFCSは調整したのだが、最適化をする余裕がなかったためこの結果も無理はないといったところか。


「なんだ? この程度の腕で追ってきたのかよ?」


「囲め、囲め!」

 

 強奪犯達はレーヴもたいしたことないと判断して、その動きを速めた。

 

 それを見たレーヴは作戦を変更すべく、通信を〝ネオ・ヴァンガード〟へとつなぐ。


『「おい」』


『「なんですか!」』


『「俺が弾をばらまいてヤツらの機動を殺す。お前は動きが止まった所を狙え。ただし、足をな」』

 

 先ほどみたく胴体――コックピットを狙われてはたまらないとレーヴは言外に言っていた。

 

 本来ならばこのAIを説得して連れ帰るべきなのだろうが、それはおそらく無理だろうと確信していた。


 さらに、AIと機体が無事でも強奪犯(襲撃犯?)を逃がしたと社長に報告するのもどうなるか読めない。正直なところ社長が大丈夫だと判断しても〝フェスティマ共和国〟がどう判断するか分からないからだ。


 〝ネオ・ヴァンガード〟の武装の中でもっとも威力が高いのは両肩に存在するリニアカノンだ。電磁加速された砲弾は速くそして威力も高い。盾と一体化しているため整備性は悪そうだが、性能については新型機なこともあり一級品だろう。


『「分かりました!」』

 

 苛立ち混じりだがAIが返事をしたことを確認するとレーヴは腰にマウントしてあったもう一丁のブリッツを取り出すと両手で弾幕を張る。


「くそっ!?」


「うざってぇ!」

 

 さすがに現行のものよりも劣っているとはいえ、二丁のアサルトライフルによる攻撃は厳しいらしく、三機のAAFの速度が目に見えて落ちた。


「もう一回!」

 

 そして、その瞬間を狙ってAIがリニアカノンを発射した。

 

 電磁加速により一条の光と化した砲弾は一本の矢のように飛んでいき見事に強奪犯のAAFを――




「おおっと!? 危ねえ、危ねえ」




 貫かなかった。

 

 狙われた強奪犯のAAFはリニアカノンから放たれた砲弾を〝GR〟による急制動を利用して、ドリフトするようにターンして回避する。

 

 避けられた砲弾は地面を抉る結果に終わってしまった。

 

 不整地で行われたとは思えない機動だ。


「……第四世代前期の動きじゃないな」

 

 決まったと思っていただけにレーヴの口から驚愕が漏れた。

 

 レーヴの言った世代とはAAFの開発歴によってつけられた呼称だ。

 

 細かいことは省くが黎明期のAAFを第一世代機と称するならば、現在主に使用されているAAFは第五世代と呼ばれる部類である。


 また、前期、後期というのは、開発された年代や機体の性能差は存在するものの特筆した変化が見られない場合につけられる。

 

 レーヴの〝クラウン〟はカスタム機であるため正確な世代が存在しないが、第四世代よりは上の性能であることは間違いない。

 AIが操る〝ネオ・ヴァンガード〟も次期主力量産機というだけあって第五世代後期と呼ぶのにふさわしい性能だ。

 

 ならば、数で劣っているとはいえ、たった三機相手にここまで手こずることはありえない。

 

 つまり、強奪犯ののる三機は明らかに改造されているということだ。

 

 強奪犯のAAFは三機とも同じ第四世代型中量級AAF〝バオアー〟だ。

 〝ヴァルドレンジ社〟の量産機の一つだが、バランスの良さから好まれ量産されすぎており、どこの組織や国と繋がりあるのか特定できるようなものではない。


『「回避されましたよ!」』


『「そうだな」』


『「そうだなって! アナタは――」』

 

 ギャアギャア騒ぐAIを無視しつつ、レーヴは次の作戦を考える。


(予想よりも遥かに高い戦闘力をもつ三機だが、乗り手はそこまででもないな)

 

 レーヴは一連の攻防からそう判断していた。

 

 改造された〝バオアー〟は確かに脅威ではあるがそれは性能だけを見た場合だ。

 操縦者である強奪犯は下手でもないのだろうが、上手くもない。レーヴが二丁のアサルトライフルで攻撃したとき目に見えて速度が落ちたのがその理由だ。

 

 レーヴ自身がそう誘導したのもあるが、〝ネオ・ヴァンガード〟のリニアカノンを易々と避けれるほどの性能なのに、あの程度の弾幕にあそこまで速度を落とすなど実力者であるならばあり得ない。

 レーヴが知っている操縦者ならば、ブリッツ程度の弾幕でああなるのはあり得ないことだった。

 

 とはいえ、相手の機動性が高いことは疑いようがない。レーヴが今持つブリッツでは決定打を与えることは出来ないだろう。

 

 そう考えたレーヴは、


『「一機任せる。時間を稼げ」』


『「聞いているのですか――……え? なんですか?」』

 

 そう短くAIに告げたレーヴは返事を待たずに左手から向かってくる二機の〝バオアー〟に対し、向き直ると〝クラウン〟を動かす。

 

 アサルトライフルを撃ったまま二機へと向かう〝クラウン〟だが、


「は、んな攻撃、あたんねぇっての!」


「同じことばっかりされてもよぅ!」

 

 ひゅるりひゅるりと風のように回避されてしまう。


「そら! お返しだぜ!」

 

 〝バオアー〟二機もただ撃たれて黙っているわけもなく、〝クラウン〟に対して攻撃を開始する。

 二機の〝バオアー〟が持っているのはマシンガン〝SPM―レーゲン〟だ。〝シェプファー社〟の最新式マシンガンで今日の模擬戦ではレーヴも使用しようと思っていたほどの名銃だ。

 

 最大の特徴は薬莢がでないケースレス弾というものを使用していることで、従来のものよりも重量を軽くして総段数を増やしたという点が上げられる。

 射程距離や発射速度も優れており、評価が高い。

 

 そんなレーゲンが今、レーヴの〝クラウン〟へと牙が向けられていた。


「おら、穴だらけになりやがれ!」

 

 ブリッツではどう考えても打ち負ける状況に、レーヴは焦ることなく〝クラウン〟の操縦桿を握りしめ、フットペダルを押し込むと強く加速させた。

 

 それをみた襲撃犯は笑みを浮かべた。蔑むような笑みだ。


「馬鹿が!」


「自分からさらに突っ込んでくるとはな!」


(問題はない)

 

 レーヴは操縦桿を握りしめ、機体に自分の意思を乗せるかのように高速でその動きを入力していく。

 

 レーヴの意思を的確に受けた〝クラウン〟は余すことなくその動きを行った。

 

 その結果――


「は?」

 

 〝クラウン〟が無傷で二機の〝バオアー〟へと向かっていた。

 

 いや、厳密には無傷ではない。その手に持っていた二丁のブリッツはレーゲンの弾丸によって破壊され手元には存在していない。

 

 だが、それだけだった。〝クラウン〟のパステルカラーの装甲には傷一つついていない。

 

 あまりに非常識な光景に〝バオアー〟の動きが精彩を欠いたものへと変わる。

 

 そして、レーヴはその隙を見逃さなかった。

 

 〝クラウン〟の太ももにしまい込まれたホルダーから二本のレーザーブレードを取り出すと、すれ違いざまに〝バオアー〟の腕ごとレーゲンを切り捨てた。


(旧式だろうと近接武装ならば……!)

 

 レーヴが考えたのは至って単純なことだった。旧式の銃が当たらないのならば接近して近接武装で相手を倒す。ただこれだけだ。

 

 旧式の近接武装はレーザーブレードを例としてあげると、レーザーを生み出すための形成時間や、駆動時間が劣っているものの威力のみを見た場合、そこまで明確に劣っているものではない。

 

 だからこそとれた行動だった。


「ぐっ!」


「うお!?」

 

 腕を断ち切られた衝撃で狼狽える二人だが、さすがにこれだけでは終わらない。

 

 すぐさま残っている腕に、近接戦用の武装を取り出し、再度襲いかかる〝クラウン〟を迎え撃つべく振り返ろうとするが――


「遅い!」

 

 すでにターンしてきていた〝クラウン〟に残った腕も切り裂かれてしまう。


「そこで寝ていろ!」


「うぎゃっ!?」


「ぐえっ!?」

 

 両腕を失ったことでバランスを崩し、重心が不安定になった二機の〝バオアー〟の胴体を纏めて蹴り飛ばす。倒れ込んだ二機はもう動いてはいなかったが、レーヴは念のため逃げられないように両足も切断しておく。


(これでよし……時間切れか)

 

 二機の足を切り取った所で、〝クラウン〟が持つレーザーブレードの刀身がジジッと一瞬ぶれ、その刀身が消滅する。

 

 バッテリー切れだ。

 

 レーザーブレードは高出力な分、駆動時間が短い。さらに旧式となれば、むしろよく持ったというべきだろう。


(あっちは……無事みたいだな)

 

 レーヴは残してきたAIを心配し、機体をそちらへ向けてみるが〝ネオ・ヴァンガード〟は健在だった。

 

 ただし、敵である〝バオアー〟も健在だったが。


(まあ、やられていないだけマシだな……というよりも新機体の性能はたしかみたいだな。まともに模擬戦していたら結構苦戦していたかもしれない)


 〝バオアー〟と〝ネオ・ヴァンガード〟の戦いは両者共に決定打を当てられないというある種の膠着状態に陥っていた。


「しつこいです!」


「そのでかい獲物じゃここまで近づけば撃てねえだろ!」

 

 〝シュタルク〟はシールドと一体化したリニアカノンだ。盾と併用して使える利点があるもののその分取り回しが悪く砲身も長い。

 そのため接近された場合、ほぼ無力化される。それを避けるために右手にアサルトライフルを握っているのだが、〝ネオ・ヴァンガード〟を操るAIはそれを当てられないでいた。

 

 〝ネオ・ヴァンガード〟に相対している〝バオアー〟を操る強奪犯はその弱点を見抜き過剰なまでの近接戦をしているのだ。

 そして、隙をみては手に持つレーゲンで攻撃していくのだが、〝ネオ・ヴァンガード〟の堅牢な装甲と手持ちと両肩――計三枚のシールドに阻まれてしまいダメージを殆ど当てることが出来ない。


(ちくしょう、さっさとこいつらを片付けて脱出したいってのに……うん? そういや、あっちでの戦闘音が聞こえねえような――!?!?!?)

 

 強奪犯の思考回路はそこで途絶えた。

 

 なぜなら、自機の足下からの衝撃で高く舞い上がり、空の旅をする羽目になったからだ。


「ベストタイミングだな」

 

 レーヴは高く舞い上がった〝バオアー〟を眺めながらそう呟いた。

 

 それと同時に〝クラウン〟のカメラアイで覗いていたスコープから構えていた武装を離す。

 

 〝クラウン〟が手に持っていたのは、出撃時からずっと肩にマウントしてあった携行式のバズーカだ。正式名称を〝SPB―トーベン〟。

 

 ブリッツ同様旧式の武装だが、腐ってもバズーカだ。当たり所によっては中量機を吹っ飛ばすことくらいはできる威力を持つ。難点は連続使用には時間をおかなければいけない点だろうか。

 

 レーヴは先ほどから〝バオアー〟が〝ネオ・ヴァンガード〟の周りをクルクル回るように動いているのを見ていた。

 そして合間、合間に攻撃を挟むせいか、攻撃のたびに一時硬直するのも、だ。ならば、その隙を狙うのは当然だろう。

 

 〝ネオ・ヴァンガード〟の装甲は未だ大丈夫そうでバズーカの余波程度では破壊されないだろうという、レーヴの経験則に基づいて〝バオアー〟の死角から放たれたバズーカ弾は〝バオアー〟の足下へと着弾すると爆発を起こし、脚部を破壊すると同時に舞い上がらせる結果となったのだ。

 

 大きく舞い上げられた〝バオアー〟は膝から下がなくなった状態で空中を何回か回転する。あれでは中のパイロットはたまったものではないだろう。


 そして、最後にはガシャッといういやな音を立てて墜落し何度かバウンドした。生きているかは不明だが、動かない所をみると稼働できる状態ではないのだろう。

 コックピットは潰れていないので中にAIの身体があっても大丈夫だともいえた。

 

レーヴはトーベンを再び〝クラウン〟の肩にマウントすると、吹っ飛ばされた〝バオアー〟を見ながら呆然とたっている〝ネオ・ヴァンガード〟へと近づいていく。


『「無事か?」』


『「無事か? じゃないです! 爆風を思いっきり浴びました!」』

 

 そうはいうものの、レーヴには表面の装甲が少し焦げたようにしか見えなかった。


『「大丈夫そうに見えるが?」』


『「見た目は! ですね! 衝撃で内部装甲に不具合が生じていますよ。動けそうですが戦闘はきびしそうですね」』


『「まあ、動けるなら問題は無い。とりあえず無事で良かった」』

 

 目の前で動くAIと〝ネオ・ヴァンガード〟を見て、レーヴは安堵のため息をはく。

 

 やられでもしていたら依頼の失敗になるところだからだ。


『「あ、はい。それは良いのですが……」』

 

 そこでAIは言葉を濁した。


『「なんだ? 質問か?」』


『「所でアナタ誰です? どうしてここに?」』


『「そこからか……」』

 

 そういえば何の説明もせずに戦いに割り込み、なし崩し的に強奪犯と戦闘するはめになったんだったとレーヴは思い出した。


『「ええと、俺はレーヴォルス・アシュトンという者で――……」』

 

 レーヴは自分の名前を伝えることから始めるとAIに順序立てて説明していった。

 

 自分が元々は模擬戦相手の予定だったが強奪犯が出たことで、〝シェプファー社〟の社長からの依頼が変更されここに来たことや、途中で本当はAI操る〝ネオ・ヴァンガード〟が強奪犯を追っていたことに気づき急いで駆けつけたことなど、結構細かく説明していた。

 

 そして、すべての話を聞いたAIはなるほどと頷いて(頷いたような気配?)で、


『「ありがとうございました」』

 

 とレーヴにお礼を言った。

 

 そして、続けて、


『「一人でも身体を取り返すつもりでしたが、アナタのおかげで上手くいきました」』

 

 随分と人間くさいAIだと思ったレーヴだったが感謝されて悪い気はしない。


『「素直に受け取りたいところだが、まだはやい。ヤツらの機体からお前の身体を探し出すぞ」』


『「あ、そうでしたね」』

 

 そう言って、二人(?)は同時に苦笑するのだった。


 


――消えていない悪意の炎に気づかないで




「畜生、こんな所で死ねるかよ……おい! おい!」

 

 足がもげた〝バオアー〟のうち、コックピットにAIの身体を乗せた強奪犯(バズーカで吹っ飛ばされた機体のパイロット)は頭から血を流しながら、荒れたモニターに映る二機を見つめていた。

 

 仲間の二人は死んだのか、気絶したのかは分からないが、男の呼びかけに答えることはない。


「くそったれが……」

 

 男の頭の中を占めるのは〝なぜ?〟という感情だけだ。

 

 もはやそれだけしか考えられなくなっていた。

 

 そしてボウッとする頭で下した結論はこのモニターに映るヤツらのせいだという答えだけ。

 

 もはや憎悪ともいえる男の感情は本能的な闘争心を呼び起こしていた。


 男は震える手で、操縦桿を操作すると腰にマウントしていた武装――チャージ式のビームライフルを起動させ、突っ立っている二機へとその銃口を向ける。

 だんだんとエネルギーが溜まっていき、銃口からは圧縮されたビームの光が漏れ出ていく。


 しかし、男の意識が朦朧としているせいか、おぼろげな動きは手に伝わり、操縦桿からAAFへと伝わって、カタカタと銃口がぶれていた。リンクするようにターゲットサイトがモニター内ではユラユラと不規則に揺れている。

 

 そこまで光り輝く銃口が揺れていれば当然ながら気づく人間もいる。


『「マズい! 避けろ!」』

 

 すぐに叫んだレーヴだったが、AIはそっちの方を向いておらず、回避行動が遅れた――そして、


「ざまあ……みやがれ」


『「え?」』

 

 次の瞬間には〝ネオ・ヴァンガード〟のコックピット付近が青白い光線によってえぐり取られていた。

 

 そのまま膝をつく〝ネオ・ヴァンガード〟。

 

 レーヴはすぐにでも駆け寄りたかったが、ますは撃ってきた〝バオアー〟の処理が優先事項だとして、すぐさま向かうと腕をビームライフルごと蹴り飛ばす。

 しかしながら、倒れ伏した〝バオアー〟に反応はない。

 念のためもう一方の腕は〝クラウン〟でつぶしておいたが、これでも動きはなかった。

 

 ひとまず、これ以上の攻撃はないと判断したレーヴは〝ネオ・ヴァンガード〟の元へ駆け寄ると操っているはずのAIに呼びかける。


『「おい! 大丈夫か! おい!」』


『「……ああ……ザザッ……レーヴさん……ザザッ……」』

 

 聞こえてくることは聞こえてきたがAIの声はひどくノイズ混じりで弱々しく、今にも止まってしまいそうだった。


『「大丈夫なのか?」』


『「大分……ザザッ……システムが……私の領域……ザザッ……はまだ大丈夫ですが……このままでは……」』

 

 全部は聞こえなかったが、レーヴにもこのままではマズいことだけは理解出来た。


『「俺はどうすればいい? お前の身体を探して持ってくればいいのか?」』

 

 ここまで来てAIを失うのは御免だ、とレーヴは自分に出来ることはないかとAIに問いかけた。


『「おそらく……間に合いません……ザザッ……何か記録媒体を……持って……いませんか?」』


『「記録媒体だと?」』

 

 レーヴには思い当たる節が……というか今確実に持っている。小型の物だが、特別製のソレは容量がかなり大きく出来ており、AAFの一部プログラムをスタンドアローンで保存できる代物だ。現状、〝クラウン〟に再インストールが終了しているため、この小型媒体の中身はなくなっても構わない。


『「記録媒体ならもっているぞ。どうしたらいい?」』


『「私の……ザザッ……いる……コンソール……さしてください…………」』

 

 レーヴはすぐさま〝クラウン〟のコックピットから降りると〝ネオ・ヴァンガード〟のコックピットへと向かう。

 

 レーヴが近づいただけで簡単にコックピットは開かれた。どうやら、AIが開けてくれたようである。


「きたぞ」


「ああ……よかった……はやく」

 

 大分余裕がなさそうなAIの声に促されてレーヴはコンソールの下の差し込み口に小型媒体を差した。


「私は……これから移動を……します……モニター……電源……切れたら……抜いてください……あと……レーヴさん……機体に……差して……さい」

 

 そう言って、AIの声は聞こえなくなった。

 

 しばらく待っているとAIが言ったとおりモニターの電源が落ちたので、レーヴは小型端末を抜きとると〝ネオ・ヴァンガード〟のコックピットから飛び降りた。

 

 そこには静寂だけが広がっていた。

 

 木々がただでさえ少なかったこの場所は戦闘によってさらに木々が少なくなり、周りの状況を見渡せば〝ネオ・ヴァンガード〟も含め沈黙した四機のAAFが存在している。


「これ処理するの俺だよな……?」

 

 レーヴは独りごちると諦めたように行動を開始する。

 

 手始めに〝バオアー〟のコックピットを回収していく。強奪犯が生きているのか、死んでいるのかは開けるまで分からないが、生きていれば引き渡す必要がある。


 その組織が社長の所なのか、レナードの所なのかはレーヴが気にすることではない。

 

 レーヴは一纏めにしたコックピットを一つずつ開けて中にいる強奪犯を引きずり出すと、強奪犯が所持していたワイヤーで拘束していく。


(どうやら、全員気絶しているだけみたいだな)

 

 頭から血を流している者がいたり、腕が折れているものがいたりと無傷ではないようだが、死んでいるものはいないようだ。

 

 さらに、一機のコックピットの中から見た目が女性の人形が出てきた。かなり人間の女性に近いが関節部分などには機械らしきものが残っていた。


(これがAIの身体か。模擬戦のためにAIを〝ネオ・ヴァンガード〟に入れなければ、本来は此方に入っていたわけだ……強奪犯はどこからその情報を? おまけに外部から襲撃したにしては撤退するまでの時間が短かった……ひょっとして最初から社内にいたのか?)

 

 レーヴはAIの身体を横抱きで抱えつつ、今回の事件について考え込んでいた。悩んでしまうのは探偵事務所の人間である所以だろうか。

 

 とはいえ、考え込んでばかりもいられない。若干の問題はあれど(破損をその程度で済ませて良いのかはわからないが)、一応依頼は果たしたのだ。早急に帰還する必要がある。

 

 時間帯的にはまだ日もあるが、のんびりと帰っていては日が暮れてもおかしくない。

 

 レーヴはAIの身体は〝クラウン〟に、強奪犯達は〝ネオ・ヴァンガード〟のコックピットに押し込むと自分も〝クラウン〟へと乗り込んだ。


「メインシステム起動確認……」

 

 いつも通り〝クラウン〟を起動させていたレーヴだったが、コンソールの差し込み口を見て思い出した。


「っと、そういえば、差せって言われていたな」

 

 よく聞こえなかったが、AIからは差してほしいと言われていたはずだ。何の話があるのかレーヴには分からないが。

 

 本当に問題があっても大丈夫・・・だろう。

 

 とレーヴは考えてコンソール下の差し込み口にAIの入った小型媒体を差した。

 

 差してしまった。

 

 その直後、




「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」



 

 

 という叫び声がコックピット内に響き渡った。


「何だ!? 何が起こった!?」

  

 これにはレーヴもたまらずに声を上げる。

 

 叫び声が終わった後、


「再起動を確認します…………確認中…………確認中…………マスターを現在の搭乗者と設定」


「は?」

 

 レーヴの耳に慣れ親しんだ声音で、そんな言葉が聞こえてきた。当たり前だが〝ネオ・ヴァンガード〟のAIの声ではない。

 

 ピュオンという起動音らしき音の後に若い女性のような落ち着いた声が聞こえてきた。


「おはようございます、マスター」


「お前を起動した覚えは無いんだが? しかもそんな流暢に話せたか?」

 

 レーヴは努めて冷静な状態でいようとしたが、早口になっている時点で冷静になりきれていない。事実、内心では何かマズいことが起きているような嫌な予感が渦巻いていた。


「久々の起動にも関わらず、アナタはそう言いますか」


「本当にお前なんだな?」


「お疑いですか? まあ、完全に私だけとは言えませんが」


「どういうことだ?」


「簡単に言いますと合体しました」


「何!?」

 

 今度こそレーヴは取り繕うこともなく驚いた。

 

 それと同時に、なんとなくだが理解できた。理解してしまったというのが正しいか。

 

 人工無能とまではいかないが、会話可能なAIと比べれば劣っている……そう簡易AIとでも言えばいいのだろうか。

 

 そういったものが〝クラウン〟には積み込まれていた。

 

 色々あって機能の殆どを停止させて、システムの防衛だけを許可して奥深くに保存しておいたのだ。だからこそ、レーヴがウィルスなどにはあまり気にしていなかったことが上げられる。

 

 そして、このAIの話ではその簡易AIと〝クラウン〟の内部でぶつかり合いそのまま混ざってしまったらしい。そして、所有権は〝ネオ・ヴァンガード〟にいたAIの所有権は誰も持っていなかったため元々〝クラウン〟にいたAIの所有者であるレ搭乗者(レーヴ)になるとのことだった。


「どうすんだ、これ?」


「頑張ってくださいマスター」

 

 微妙に性格の変わったAIをコックピット内(〝クラウン〟)に引き連れたまま、レーヴは頭を抱える羽目になったのだった。


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