第4話




 

 レーヴが〝クラウン〟と共に迎え入れられた先はAAF専用のハンガーだった。

 

 その場にいた研究員に促されるように、レーヴは〝クラウン〟へと搭乗し、半起動状態で待機させる。


『「準備は出来ているでしょうか?」』


「大丈夫です」

 

 レーヴが返事をすると、通信の向こう側で満足したような声が一瞬漏れ聞こえ、模擬戦についての説明が始まった。


「模擬戦内容については社長から聞かれていると思いますが再度確認させていただきます。質問等あれば、説明の途中にお願いします」


「わかりました」


「こほん、では――」

 

 軽く咳払いをすると話し始めた。

 

 内容は以前レーヴが社長から聞いたものと同じだ。アリーナで〝シェプファー社〟の新型機と一対一で模擬戦を行う。試合時間は最長でも三〇分程度。

 勝敗は状況を判断して行うが、おそらく明確につけることはない。とのことだった。

 

 どれも問題は無かったのでレーヴは特に質問もなく黙って聞いていた。


「武装の方は弊社で用意したものを使用していただきます。弾はペイント弾、近接武器は切断力を落とした弱カーボン、光学兵装の場合は遠近どちらも出力を最低限まで落とした、模擬レーザーモードでロックしています」

 

 これに関しても問題ない。模擬戦で実弾を使うことの方が問題だ。

 AAFに搭載されている模擬戦用のシステムは命中した部位によって、破損などを明確に判定してくれるため、実践同様関節が動かなくなるなど再現できる。


 問題点を強いていうのならば、衝撃が模擬弾ではほとんど来ないことぐらいだが、普通に考えて機体のデモンストレーションを実弾でする企業はいないだろう。


「では、質問はないようですので、本題に入ります。こちらで用意した武装とレーヴさんのFCSとの相性やズレなどを修正してください。どれを使うかレーヴさん次第ですが、一通りのチェックをお願いします」


「わかりました」

 

 用意されていたのはすべて〝シェプファー社〟製の武装だ。当然といえば当然だろうか。

 

 AAFのFCSはメーカー等によって細かな差異はあれど基本的に変化はない。

 ただ、AAFの使う武装によってチューニングをしている場合が多い。レーヴのAAFも本来自分が使用する武装に合わせているため、慣れない武装を使う場合調整する必要がある。

 

 厳密にはそのままでも使えるのだが、着弾予測地点と若干のズレが生じると言えばいいのだろうか。

 

 〝シェプファー社〟製の武装は、レーヴは使用したことがなかったので、クラウンに武装を握らせるとFCSのチェックを行っていく。

 

 アサルトライフルから始まり、ハンドガン、バズーカ、ロケットランチャー――……といった実弾兵装から、レーザーライフル、ビームライフル、ビームマシンガン、レーザーキャノン――……といった光学兵装まで用意されてあった武装のすべてを試していく。

 

 あくまでロックオン――FCSとの接続を確認し、誤差を調整するだけなのでハンガーでも出来る作業だ。


「ふう、調整はこんなところですか?」


「はい、問題ないようですね」

 

 ひとしきり調整し終わったレーヴがため息をはく。研究員もモニターした結果に満足いったのか頷いていた。


「これで、レーヴさんの作業は終わりになります。あとはパーティ会場の方へどうぞ」


「ありがとう」

 

 そう言ってコックピットから降りたレーヴはハンガーからパーティ会場へと向かうため外に出ようとする。

 

 すると、一人の大柄な整備員らしき男に話しかけられた。


「お? 兄ちゃんが今日の模擬戦をするのかい?」


「はい。ええと、貴方は?」

 

 服装からして整備員なのはレーヴでも予想がつくが、立場や話しかけてきた理由がわからなかった。


「おお、こりゃすまねえ。俺はここの整備長でな、兄ちゃんが使う武装の整備と点検をしていたんだ。どんなAAFが来るのかと思って、年甲斐もなくわくわくしちまってな」

 

 男は豪快に笑いながら鼻の下をこする。


「中々、バランスのいい良い機体だな。中量機の割には厚い装甲だが上手く重心計算されている。本当に良い機体だ」

 

 この男は〝クラウン〟のことを二回も良い機体だと言った。

 

 自分の愛機を褒められればレーヴも悪い気はしない。社長が雇ったからなどの掛け値無しに褒めているのはその顔を見ればわかる。


「ありがとうございます。貴方が整備してあった武装も使い心地は良かったですよ。おかげさまでFCSチェックは簡単に終わりました」

 

 これはレーヴの本心だ。〝シェプファー社〟製の武装は初めて使ったが、FCSの射撃予測システムとのズレが殆どなく、あれだけ多い武装がある割には早く終わった。

 銃身のバランスや発射制御のシステムがしっかりと整備されていなければああはならない。


「そりゃ、嬉しいね――おおっと、あまり引き留めるのも悪いな。兄ちゃんは確かこの後パーティーにも参加するんだろ?」


「はい」


「パーティー会場は行けばわかると思うが、ここと隣接している会場の大ホールだ。兄ちゃんがあの機体でうちの新型機――〝ネオ・ヴァンガード〟と戦うの楽しみにしてるぜ」

 

 整備員長はそう言ってレーヴの前から去って行った。


「ネオ・ヴァンガード……ね」

 

 レーヴは整備員長が言った新機体の名前を呟いた。〝ネオ〟とつくからには新しくなったということだ。

 

 そして、〝ヴァンガード〟とは〝シェプファー社〟の主力量産機の名前。これだけでもなんとなく新機体の予想は立てられる。

 

 〝ヴァンガード〟は重装甲を売りにした防御・防衛に長けたAAFだ。ヘビーフレームを用いているため機動力はそこまでではないが、その堅牢な防御力は胴体にバズーカが直撃してもパイロットを守ったという話すら聞く。

 

 ただ拠点防衛等では役に立つものの防御力を上げた弊害か積載武装にやや難があるせいで、火力がヘビーフレームにしてはあまりないのと、ライトフレーム・ミドルフレームに逃げに徹されると追いつくのがかなり厳しいという弱点があったはず。

 

 そういった情報から考えると中量機――ミドルフレームであるレーヴのAAF〝クラウン〟と戦うのは不利なように思えるのだが……。

 

 まさか、社長を初めとして〝シェプファー社〟の社員全員がそんなことを考えていないわけがないだろうとレーヴは首を横に振る。


(あまり思考を狭めない方がいいな。〝ヴァンガード〟の改良型であるのは間違いない訳だから、弱点を補っているか、長所をさらに伸ばしているかの二択のはずだ。あとは、その両方のパターンで絞り込んで対応策を……)

 

 歩きながら思考を続けるレーヴだったが、


「……さん! ……さん!」

 

 誰かから呼び止められる声にふと意識を戻す。


「レーヴさん!」


「うん? ミーリ? どうしてハンガー《ここ》に?」

 

 レーヴの目の前にいたのはミーリだった。

 でも、おかしい。ミーリは先にパーティー会場に行っていたはず。


「何言っているんですか? パーティー会場にまで入ってきてずっと悩んでいる様だったので話しかけたんですよ? もう少しでパーティーも始まるっていうのにどうしたんですか?」

 

 どうやら、ハンガーからずっと考え込んだままパーティー会場まで来てしまったらしい。場所を間違えずに来られたということは、完全に意識がどっかにいっていたわけではなさそうだが、レーヴの悪い癖が出てしまったようだった。

 

 ついでに、ミーリの周りに男がいるということはない。スヴェンが約束を守ったのか、始めから近づいてこなかったのかはわからないが。


「ちょっとこの後の模擬戦のことを考えていたらそのまま来ちゃったみたいで……」


「もう、考えたりしているといつも熱中しちゃうんですから……。今朝も気をつけてくださいと言ったじゃないですか」


「あはは、ごめんね」

 

 ミーリに思いっきりジト目で見られたレーヴは今朝の焼き直しのような誤魔化す笑みで謝罪する。ミーリもさすがに人の目(それもお偉方がいる)があるパーティー会場でレーヴを怒る気はないようで、今の一件だけで済ませるようだ。


「それにしても、やっぱり大きいですね」


「そうだね」

 

 ミーリが会場内を見渡して感想を述べるとレーヴもそれに同意した。

 

 パーティー会場は〝シェプファー社〟の頂上階付近の超巨大ホール。二階分すべてをぶち抜いて作られた特設ホールはAAFが何機かあっさりと収まってしまうほどの大きさだった。

 

 敷き詰められた赤絨毯といい、つるされている豪華なシャンデリアといい、会場の飾り付けも見事というほかなかった。

 

 レーヴやミーリがそんな風に話をしているといつの間にかパーティーの開始時刻となった。

 

 会場正面の壇上に社長が現れ、おきまりとも言える各種挨拶をしていく。

 

 主に〝本日は~〟から始まるあれである。

 

 ミーリもレーヴも社長の挨拶や役員の紹介はさほど興味が無いので、聞き流していた。





 パーティーはつつがなく進行していた。

 

 社長などの挨拶の後、会場内のあちこちで歓談が始まった。そういった話し合いを重視しているためか形式も立食形式のパーティーである。

 でている食事も様々だが、やはり〝フェスティマ共和国〟の料理が多い様に見受けられた。

 

 レーヴとミーリについてはあらかじめ知らされているのか、会場内にいる誰も近づきはしない。企業の社長等の権力者ならともかく、一探偵事務所の人間と懇意になる必要性はないだろう。場違いのような目線で見られることがないだけ十分であると言えた。

 

 もっとも、レーヴもミーリもそんなことを気にした様子はない。


「これ、おいしいですよ、レーヴさん!」


「いや、おいしいのはわかるけど、何でスイーツから食べてるの?」

 

 レーヴはケーキを食べるミーリに困惑していた。

 

 確かに自分で好きなものをとるので、どれを食べてもいいのだが時間帯も考えると普通、主食から食べるだろう。周りを見てもそういった考えの人が多い――というかそれしかいない。


 歓談するために持っているのは軽いもののようだが、やはりケーキを食べている人はいない。


「だって! 〝グランヴェルン〟に住んでいても滅多に買えない超高級スイーツ店〝フェルマータ〟のケーキですよ。食べなきゃ損です。それに前にレーヴさんから〝甘いものは別腹〟って聞きました」


「そ、そうだね」

 

 小声ながらもミーリの乙女理論全開な剣幕に押されレーヴは頷くしかなかった。おまけに、余計な言葉を教えたかもという若干の後悔も残した。

 

 〝フェルマータ〟という店はあまりスイーツに詳しくないレーヴでさえも知っているような高級店だ。雑誌などにも取り上げられており、価格は安くないにも関わらず並んでいることもあるという。

 

 ミーリやレーヴのような一般人からすれば一つ買うのにも大奮発しなければならないような額であろうケーキが並んでいるのだ。ミーリのテンションがあがるのもまた当然といえた。

 

 そんなことがありつつもパーティー開始から三〇分ほどだろうか、社長が秘書であるスヴェンを連れてレーヴ達の元へとやってきていた。


「やあ、レーヴ君。楽しんでいるかい?」

 

 何のようだろうかと訝しみつつも、レーヴは社長へと挨拶を返す。


「社長、招待していただいて、ありがとうございます。ええ、もちろん楽しんでいますよ」

 

 ほら、この通りと幸せそうにスイーツに舌鼓を打っているミーリを見る。

 それにつられて社長とスヴェンもミーリへと視線が向く。


「はう~、おいしいです……んっ!? あわわ!? 社長さんありがとうございます!」

 

 いきなり注目を浴びたミーリは顔を赤くして恥ずかしがると、咥えていたフォークを皿へと置き、社長にお礼を言った。


「はっはっはっは! 楽しんでいるのなら結構、結構。お嬢さんも気にせず食べなさい」

 

 そんなミーリのことを、孫娘を見るお爺ちゃんのような優しげな目で見つめると社長はレーヴの方へと向き直った。

 

 すでに、その顔は経営者らしい鋭い顔つきになっていた。


「さて、レーヴ君、君の機体の調子はどうかな?」


「問題ありません。武装の方も素晴らしいものでした。きっと良い試合が出来ると思います」


(おそらく、データのコピーが終わったかロックがやぶれないから探りに来たといったところか?)

 

 レーヴはこのタイミングで社長がきた目的を瞬時に予想する。すでにここに〝クラウン〟預けてから、一~二時間ほどはたっていることから考えてその予想にそれほど間違いは無いだろう。


「ふむ、それは結構なことだ。私も楽しみにしている。だが、君に内緒にしていたことがあってね。それを伝えに来た」


「内緒……ですか? それをこの場で伝えてもよろしいので?」

 

 レーヴは首をかしげながら社長に尋ねるが社長が気にした様子はない。秘書であるスヴェンも動かないことからおそらく本当に問題ないのだろう。


「構わんよ。実はな今度の新型機にはAIを搭載する予定なのだ」


「……AIですか」


「その通りだ! 模擬戦に積むのは先行試作型の高性能AI。本来、今回は紹介だけで、模擬戦の機体に積む予定はなかったのだがね、正式稼働がいけそうだという報告を今朝聞いて、使うことに決めたのだ。さらに、機体に入っていないときは現実でも稼働できるよう身体がつくってあるのだ。もっとも、本格的に量産する場合はコストの関係上色々ダウングレードすることになるだろうがね」


「どうして、その話を私に?」

 

 レーヴが気になったのはそこだ。


「君が相手する我が社のAAFにAIが補助として乗っていることをあらかじめ知らないまま戦って、人が判断したとは思えない急な動きに焦っていきなりやられては困るからね。なるべく長い時間戦って欲しいのだよ。機体については秘密だが、それくらいは知らせておくべきだろうという判断だ」

 

 それがどこまで本当かどうかはわからないが、レーヴの機体データをとりたいというのもあるだろうから一回の攻防程度で負けてもらっては困るということだろう。


「それはありがとうございます」


「ああ! ただし模擬戦が終わるまで秘密にしてくれたまえよ。AIは後で発表する予定のしろものだからね」


「わかりました」


(機体については少しとはいえ知っているんだがな……)

 

 内心ではそう思いつつも表の表情には一切ださない。

 

 だが、おかげで思っていたより模擬戦の情報が集まった。これならば無様に負けることだけはないと言い切れるだろう。

 

 レーヴがそう考えたとき、


 

 ズズン!! という鈍い音と同時にパーティー会場ごと建物が揺れた。



(これは……爆発音か?)

 

 聞こえてきた音からレーヴはそう判断し、何が起きてもいいようにさりげなくミーリの近くへ一歩よる。

 

 パーティー会場には不安と緊張が溢れていた。今はまだ状況が理解できずに表面上は落ち着いているが一部では従者に避難を促されている人の姿もある。パニック状態になるのは時間の問題だろう。


「な、何事だ!!」

 

 当たり前ではあるが、この振動と音は予定外の事態らしく、社長も狼狽えていた。社長をかばうようにスヴェンもあたりを警戒している。

 

 その後も同じような音と揺れが何度も襲いかかってくる。

 レーヴとしてはミーリを連れてすぐにでもこの場から逃げたいところなのだが、外の状況すらわかっていないため、その選択肢が正しいかどうかすら判断できない。

 

 音が止んだ後、スヴェンの端末にコール音が入る。

 次の揺れが来ないことに警戒しつつスヴェンが端末に耳を傾けるとその表情が焦ったように変わる。


「何があっ――何!? 社長!」


「状況はわかったのか!?」


「失礼します」

 

 ゴニョゴニョとスヴェンが社長の耳元で何かを話していく。その声は小さく近くにいるレーヴ達にさえ聞き取れないが、何があったのかはレーヴにはなんとなくだが予想出来ていた。


(……少なくともいい知らせではないだろうな。爆発音らしき音に、断続的な振動、さらに冷静な秘書の動揺に報告を聞いている社長の顔色……どれをとっても安心できる要素が一つも無い)

 

 スヴェンの報告を聞く社長の顔色はレーヴのいうとおり、まるで病人のように青ざめてしまっている。

 

 そんなときだ。


「社長!」

 

 男が一人別の場所から、社長達の元へと駆け寄っていった。


(あれは……副社長か。随分と慌てた様子だな。印象が違いすぎて一瞬わからなかったぞ……)

 

 レーヴは駆け寄っていった男が開催宣言の時、壇上で紹介された副社長であることに気づく。

 だが、今の彼からは壇上で見たような真面目な、堅物のような機械的印象はいっさい受けず、ただただ焦って混乱しているようにしか見えなかった。現に表情も崩れており、泣き出す――まではいかないもののかなり切羽詰まっているように見える。


「なんだ! 今、報告を聞いている最中――」


「AIと新型機が盗まれました!」

 

 あまり、大きい声ではなかったが、近くにいたレーヴにはハッキリ聞こえていた。


「な、何!? それは本当か!?」


「報告が今回の警備計画担当である私の方にきました」

 

 社長の顔色はさらに悪くなり、血液が通っているのか心配になるほど白くなっていた。


「社長、どうやら本当のようです」

 

 レーヴにはスヴェンの声は聞こえなかったが、頷いたところをみると本当なのだろうという予想はついた。

 

 そして、始めのスヴェンの報告と振動は賊――強奪犯が入り込み、〝シェプファー社〟警備部隊を破壊したのだろうと想像がつく。

 

 レーヴの予想を肯定するように、


「ここは南門を管理する〝フェスティマ共和国〟駐在軍に応援を頼んだ方がよろしいのでは?」

 

 副社長が意見を社長へと述べる。

 

 南門とは〝グランヴェルン〟の外――といってもかなり離れており、隣接はしていない――に作られた出入りを管理する門の一つで東西南北それぞれ〝四大国〟の駐在軍が管理している。


「馬鹿者! そんなことをすれば我が社の面目は丸つぶれだ!」


「ですが、現在我が社の警備部隊は壊滅状態です。後、追撃できそうなのはこの国の警察ぐらいですよ?」


「この国の警察になど任せられるわけがないだろう! 大体、呼んでないぞ!」


「これだけ騒ぎになれば我々が連絡しなくても、近くの市民が通報しています。おそらく、ここにくるのも時間の問題です。彼らの介入を避けるには、やはりここは駐在軍を……」


「ならんと言っているだろう! ああ……どうすれば」

 

 その声には明確に絶望の色が濃く出ていた。

 

 〝シェプファー社〟は〝フェスティマ共和国〟と繋がりがある。それもかなり太めのものが。

 

 だから、副社長の言うとおり、〝シェプファー社〟が素直に〝フェスティマ共和国〟駐在軍に応援を要請すれば、すぐにでも出撃して強奪犯を追ってくれることだろう。

 そして、あっさりと解決してくれるはずだ。正式な軍隊が強奪犯程度に苦戦するとも思えない。

 

 問題はその後だ。

 現状でも問題となるだろうが、この程度の問題すら解決できないということになれば〝シェプファー社〟の評判は落ちるところまで落ちる。そうなれば間接的に〝フェスティマ共和国〟の評判をも落とすことになるのだ。

 

 そんなことになれば、




『そんな企業を支援していて恥ずかしくないの? プフッ(意訳)』




 と他の〝四大国〟からなめられること間違いない。

 

 そうなれば、そのまま、〝シェプファー社〟も終わってしまうだろう。社長に至っては秘密裏に処理される可能性すらある。

 世界五指に入る大企業でも〝四大国〟に比べれば遥かに下なのだ。懇意にしている企業も〝四大国〟のことだ、予備など用意していることだろう。ようは替えが幾らでもきくということだ。

 

 そして、それは〝グランヴェルン〟警察によって解決された場合も同様であるといえた。

 

 〝グランヴェルン〟の警察はこの危険をはらんだ国で活動している以上、優秀ではあるのだが。〝四大国〟の駐在軍に比べ、武装が貧弱(一~二世代前のカスタム)で、〝四大国〟などから、正直侮られているような存在だ。


 


 もし、そんな存在である〝グランヴェルン〟警察が解決してしまったら?




 〝シェプファー社〟と社長がどうなるのかは想像に難くないだろう。

 であるからして、社長は副社長の提案を拒んで悩んでいるというわけだ。

 副社長の意見もこの状況では致し方ないとして理解できる提案なのだが、社長が拒むのもまた当然といえた。


(どう考えても、模擬戦は中止だな……ミーリを連れてさっさとここから出るか。侵入した賊は撤退したようだしな)

 

 レーヴがそう考え、ミーリの手を引こうとした瞬間、頭を抱える社長と目が合った。

 

 それはもうピッタリと。

 

 社長は目を見開くと一つ大きく頷いて、レーヴの元へと歩いて行く。その後ろを追いかけるようにスヴェンと副社長もやって来ていた。


(……この後の展開が読めたぞ)

 

 レーヴは反射的にため息がでそうになった。明らかに自分目指してやってきている社長を無視して帰るわけにもいかない。


「レーヴさん!」

 

 弾むような声色でレーヴの名前が呼ばれた。焦っているのかこうも感情を顕わにした社長も珍しい。


「なんでしょうか?」

 

 平然を装い社長へと言葉を返す。本心はすぐにでも帰りたがっていた。


「貴方にお願いがあります。新型機とAIを取り戻していただけませんか! 依頼の変更です! 此方の都合による一方的なものですから、報酬は上乗せします是非お願いしたい!」


「社長、この方は?」

 

 熱心にレーヴへ話しかける社長と違い、副社長はレーヴが誰だかわかっていないのか、首を傾げていた。


「馬鹿者! 彼が今日依頼しておいた模擬戦相手だ」


「こ、この方がですか? 失礼しました、こんなにお若い方だとは知らなかったもので……」

 

 本心かどうかわからない謝罪を受け取ったが副社長をゆっくり観察している暇はない。社長がレーヴの袖をすがりつくように握っているからだ。


「ええと、私の機体は無事なのでしょうか? それがわからないとなんとも返事ができないのですが」


「おお、それもそうだな! 副社長! 彼のAAF無事なのか?」


「すいません社長。私の端末には連絡は来ておりません。警備部隊が予備機も含めほぼ壊滅している状態ですと、おそらくだめではないかと……」

 

 副社長が自信なさげに言葉を濁した。彼の端末にも未だ正確な連絡がすべて来たわけではないのだろう。


「社長、彼の機体ならば模擬戦とのことでしたので、アリーナに近い区域、B―一七ハンガーに届けてあります。そこに被害があったのとは連絡がきていないのでおそらく無事かと。私の方に被害を連絡するように伝えておいたのですが、今の所追加の情報はありません」


「おお! そうか!」

 

 スヴェンの報告に社長が喜ぶ。

 完全に行く流れになっていた。

 

 機体が無事だったことを喜べばいいのか、断れない不運を嘆けばいいのか。

 

 半ば諦観ともいえる感情でいると、とある人物の顔が一瞬変化した様に思えた。


(気のせいか?)

 

 レーヴは気にはなったもののそれを確かめる暇はない。


 ミーリに行った方が良い? と確かめる意味を込めてアイコンタクトをとると、ミーリも今の話は聞いていたらしく、力強く頷いてきた。

 

 さらに、


「レーヴさん、頑張ってくださいね!」

 

 当初の予定よりもらえるお金が多くなったせいかミーリはテンション高く応援してきた。


「わかったよ……じゃあ行ってきます――っと、そうだミーリ通信端末を渡しておくからなにかあったら連絡して」

 

 レーヴはミーリに〝クラウン〟と繋がる端末を手渡すとB―一七ハンガーへと駆け出すのだった。

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