第二十八レポート:フィマスの超三行について

 不滅の騎士。完全なる神の下僕。人類の救世主。神の力を受け不死となると同時に永遠に戦い続ける事を運命づけられた伝説の騎士。


 異世界から召喚された藤堂にはぴんとこなかったが、それはこの世界で生きる者にとってその存在は誰もが知る、半ば常識のような存在らしい。恐らく元の世界で言うのならば有名な神話の中の人物と同格の存在なのだろう。この世界は前の世界と異なり、明確な加護を与えてくれる神がいるから、こういう事があっても不思議ではない。


 どうして今更、アズ・グリード神聖教会が切り札を送り出してくれたのかわからない。だが、鍛え上げてくれるというのならば望む所である。

 異世界出身の藤堂で伝説の聖勇者の血が目覚めるかどうかは甚だ疑問だが、神力をしっかり鍛え上げることができればきっと、聖剣もかつての輝きを取り戻すはずだ。少なくとも、グレゴリオの下で修行した結果変わってしまったスピカに教わるよりはちゃんとしたメンバーに教えて教えて貰った方がいい。


 満を持して提示されたグレイスのお付きの騎士。イヴ・ルクラオの言葉に、藤堂は目を見開いた。


「フィマスの……超三行…………?」


「………………そう、で、あります……」


 余程の内容なのか、イヴは苦虫を噛み潰したような表情をしていた。この世界に来た時に一般常識については学んだが、フィマスの名には覚えがない。だが、一緒に聞いていたアリアとリミスには思い当たる節があったようだ。

 腕を組み、リミスがどこか訝しげな表情で呟く。


「フィマス……聞いた事があるわ。余り詳しくはないけど、確か、聖人の一人で――恐ろしい修行を考案した人、だと」


「そ…………そうで、ありますか。教徒でも知らない人もいるような名なのに、博識で何より……」


 何故か引きつった表情でイヴが言う。その言葉に、アリアが顎に手を添えて眉を顰めた。


「私やリミスは貴族階級だからな……ある程度の知識は身につけている。だが……確か……聖人フィマスの修行は三つなどではなかったような――」


「そもそも、確か、フィマスの修行は最低でも数年はかかる過酷なものだったような……その過酷さに耐えきれずに自ら命を断つ神官も出ていたと、どこかの本で読んだ記憶があるわ」


 数年の修行…………とても、間に合わない。藤堂には時間がないのだ。こうして王国で待機を強いられている僅かな時間すら惜しい程に。

 これまでだって、基本的には効率優先で旅を進めてきた。魔王クラノスの軍勢はすぐそこまで迫ってきている。


 何故か、同じ僧侶プリーストであるはずのスピカは何も言わなかった。眼差しは何か言いたげだが、手を後ろに組み、唇をぎゅっと結んでいる。


 今日もグレイスは何も言わずにじっと立っている。その様子は古くから大地に根ざす大木を想起させた。

 イヴはしばらく沈黙していたが、やがて大きく深呼吸をすると、押し殺すような声で言う。


「知らないのも、無理はない。フィ…………フィマスの超三行は…………昨今考案された、新時代の、修行法なので、あります…………ッ!」


「え!? 新たな…………修行法?」


「聖人が考えたものを勝手に変えるのは問題では?」


「……………………こ、骨子の部分は……変わっていない。問題は、ないので、あります」


 ……本当に大丈夫なのだろうか? 明らかにばつが悪そうなイヴの態度に不安を覚えかけたその時、それまで黙っていたラビが口を開いた。

 イヴとは正反対な、静かな、だがどこか自信に満ち溢れた口調。


「問題ありません。何も問題ありません。これは、フィマスの考案した修行を元に、最強の鬼畜僧侶プリーストがその根幹を抽出し、より短時間でこなせるように再構築したものなのです! 枢機卿の承認も通っていますし、何人もの僧侶が効果を実感しています。修行の数は減っていますが過酷さはより増しています」


「なる……ほど…………より過酷なのか」


「ラビの、言葉の通りで、あります」


 ラビの言葉に、イヴがぷるぷる震えながら同意する。

 過酷さに耐えきれずに命を断つ者すら存在する修行をより過酷にするとは、一体どんな内容なのだろうか?


 だが、もとより、受けないという道は存在しない。

 たとえその修業がどれほど過酷なものだとしても、それで魔王を倒すだけの力が手に入るのならば――躊躇いはなかった。


 大きく頷き、どこか居心地の悪そうなイヴとラビ、そして、長い年月英雄として存在してきた《女皇騎士》を見る。



「…………わかった、もちろん、やるよ。それで……具体的に何をやるの?」



 息を呑み、恐る恐る尋ねる藤堂に、ラビは真剣な表情で言い切った。

 


「はい。まず手始めに――お腹がはち切れる程食事を取った状態で火山口で滝に打たれながら祈りを捧げつつ、真なる闇と戦っていただきます」


「………………え? な、なに????」


 一瞬聴き間違えかと思ったが、隣で一緒に聞いていたアリアとリミスも呆然としている。 

 お腹がはち切れる程、食事を取った状態で………………え?


 聞き返す藤堂に、ラビは眉一つ動かさずに同じ言葉を繰り返した。


「フィマスの超三行の第一行は、腹がはち切れる程食事を取った状態で火山口で滝に打たれながら祈りを捧げつつ、真なる闇と戦う事です。ご安心ください、準備はしています」







§ § §







 フィマスの十三行の圧縮に、イヴ・ルクラオは難色を示した。


 フィマスの十三行とはすなわち――。

 

 ・上級神官による教導

 ・聖遺物の入手

 ・穢れを失くしての祈り

 ・原初の火の中での祈り

 ・終わりの水の中での祈り

 ・光の頂への到達

 ・十万の人民の救済

 ・聖獣との契約。

 ・高僧十人の指導

 ・内面世界での精神修養

 ・真なる闇との対峙

 ・神との邂逅


 の十二行と、それを全て終えてから明かされる最後の行、合わせて十三の修行を指す。本来ならば最低一年、下手をしたら十数年かかっても終わらない内容だ。とても有事にやっていられない。


 アメリアやステイは不良だし、グレイスも酸いも甘いも噛み分けた歴戦の聖騎士なのでいいのだが、イヴは敬虔な信徒だ。

 できれば全てぶん投げたいのだが、アドバイスくらいは必要だろう。失敗は許されないし……そもそも俺の想像が正しければ――クレイオがグレイス達をこちらに派遣したのはイヴの教育も兼ねているはずだ。グレイスは会話するわけにもいかないからな……。


 純粋培養の聖騎士のようだし、培われた信仰というのはそう簡単に変わらない。噛み付いてくるイヴに居丈高に命令する。


「祈り系は全部まとめろ。一回で済ますんだ。柔軟な思考も必要だぞ」


「そんな…………貴方は本当に僧侶プリーストかッ!? 祈りはアズ・グリード神聖教会で最も重要なもので――フィマスの十三行でもあらゆる状態で祈りを捧げる事を求められるであります。始まりを意味する火、その相克たる水、他にも一月の間、食を絶ち穢れを限りなく排除した状態での祈りを経て光の頂きへ到達する。これをどうまとめろと!?」


 これだから堅物は……高い神力を保持するのに必要とは言え、それで魔王に負けていたら世話はない。


 フィマスの十三行とは自らを追い込むことで神の道へと至る、ある意味非常にポピュラーな修行法である。それぞれの内容が過酷すぎて達成できる者がほとんどいなかったが、要は追い込めばいいのだ。

 こちらは時間がない、藤堂のお披露目までになんとか終わらせる。神も許して下さるだろう。俺だって好きでやってるわけではないのだ。


「飢餓状態は駄目だ。今筋肉が落ちるのはまずい。むしろ……そうだな。死ぬほど、食わせろ。タンパク質中心に、だ!」


「…………???」


 極限状態ならば似たようなものだろう。空腹より満腹状態で過酷な修行をやらされる方がつらいだろうし、穢れを排除するというのはつまり――そう。

 そのような手段で穢れを排除しても意味はない。穢れを詰め込んだ状態でそれに打ち勝ってこそ、信仰は磨かれるのだ! 自分を追い込むのに環境を変えるんじゃねえ、意志でなんとかしろ!


「原初の火とはつまり…………火山だ。水とはつまり、滝……火山口で滝行だな。満腹状態で祈りを捧げながら火山口で滝行。これで三行が一つになった」


「ふ、ふざけているので、ありますか!?」


「イヴさん。アレスさんは本気です。本気でふざけています」


 お前はどっちの味方なんだ、アメリア……。


 ふざけてなどいない。これは極めて効率的で、伝統にも則った修行法だ。そもそも、フィマスなんてマイナーな名前誰も知らないだろうから十分ごまかしきれる。ラビもいるしな。


 真剣な目で威圧をかける俺に、イヴが苦しげな表情で言う。


「し、しかし…………そもそも、滝のある火山口なんて……ないのでは? フィマスは、世界各地を巡って祈りを捧げ続けたので、あります」


「確かに…………いや、待て――フィマスの十三行には闇との戦いに関する項目があるな」


「はい、それは…………フィマスは僧侶であると同時に僧兵だと聞き及んでいます。真なる闇の中、祈りのみを武器に魔に連なる者と戦い続けた、と……」


 今更ながら、フィマスは本当に無茶をする男だったようだ。真似をして死者が続出したのも無理はない。

 だが、藤堂を殺すわけにはいかない。目的は、成功体験だ。藤堂に成功体験を与え、一般的にフィマスの荒行を乗り越えたという事にするのが――第一。


 俺はイヴの肩を掴み、至近距離からイヴの瞳を覗き込んで命令した。


「修行中、目隠しさせろ。一片の光も入らない分厚いものだ。それで真の闇との対峙だ。ほら、火口と滝が実際になくてもごまかせる。一石二鳥だ。これで四行が一行になる」


「!? つまり、私も嘘を付けと、言うのでありますか!?」


「嘘は付いていないだろう、火口と滝を作れ。イヴ・ルクラオ。これは――命令だ。貴様は聖穢卿の命令で俺の下についた、これは聖穢卿の命令と同義だ。やれ」


 秩序神の信徒として嘘をつくのはご法度だ。神力の低下にも繋がるが故に――この世界では嘘をつく神官はほとんどいない。

 故に、馬鹿げた作戦でも目はある。四の五の言っていられるか。こちらは本気で藤堂を高めようとしているのだ。


「いいな? グレイス」


「…………」


 グレイスが返したのは沈黙だった。だが、彼女にとって沈黙とは同意の事――イヴが諦めたようにがっくり肩を落とす。これならば、ラビのサポートがあればなんとかなるだろう。スピカは連絡を入れて黙らせる。もとより、ある意味俺以上の破戒僧なグレゴリオから色々吹き込まれている彼女には柔軟性がある。


 と、そこで目を輝かせながら、頭あっぱーなステイがつついてきた。


「アレスさん、アレスさん。私にできることはありませんか?」


 お前は柔軟過ぎる。遊びでやってるんじゃねーんだぞ!

 次は藤堂が邂逅する神や救済する人民を用意せねばならない。








===あとがき===


実は・・・だいぶ前にツイッターでは告知したのですが、魔王討伐、原作五巻が出せる事になりました。

なんかもう・・・色々お待たせしてしまい、本当にごめんなさい!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る