第二十六レポート:オペレーション『古き伝説』について
「まさかあの教会が不死の騎士を
ルークス王国最大の都、王都ルークス。
その中心に存在する白亜の城の一室で今、ルークスの重鎮たる貴族達が円卓を囲んでいた。
王城の一室とは思えない無骨な部屋だ。部屋には装飾品の一つもなく、代わりに壁には各種武器がかけられている。
もちろん、もともと城の内部がここまで質素だったわけではない。
かつて、ルークス王城は絢爛豪華な城として有名だった。全てを変えたのは、魔王クラノスの発生だ。
幾つもの国が滅ぼされた。城内に飾られていた宝飾品の類は全て撤去され、代わりに攻め入られた時に使うための武具が設置された。
まだ王都ルークスまで襲撃が来ていないのは、ただの幸運に過ぎない。ルークスの有する軍は周辺諸国の中でも抜きん出ていたが、各地で続く長い戦いに軍は疲弊している。
英雄召喚には多大なる代償が必要で、召喚される対象も(ある程度条件はつけられるとはいえ)ランダムだ。
ルークスはそんな術式に縋り付くほどに、追い詰められていたのだ。
聖勇者は切り札だ。
教会曰く、召喚される勇者は求める者の信仰の写し鏡。その召喚に失敗すれば、ルークス王国は同じ人間の信頼すら失いかねない。
聖勇者の存在は今のところ、国の上層部しか知らない。
これは、聖勇者の存在が魔族を呼び寄せるからという理由ももちろんあるが、もしも万が一失敗した時、取り返しがつくように、という理由でもある。
現在、聖勇者の評価は微妙なところだ。
資質は間違いなくある。しかし、僧侶を追い出したり、女性メンバーとしか組めないなどと言った問題もある。
どういう経緯であれ、これまで影すら踏めなかったヘルヤールを倒したのは偉業である。だが、フリーディアの有する魔導具を使った修行に失敗している。
レベルだって、想定していたよりも低い。
だが、人の口に戸は立てられない。ヘルヤールの討伐は状況を加速させる。
どうせ露呈するのならば、ルークス側からコントロールした方がやりやすいし、表に出せば大々的に支援もできる。
つい先日までは期待より不安の方が大きかった。なまじ歴史を知る上級貴族が集まっている事もあり、聖勇者の実力への疑念もあった。リスクを犯してでも聖勇者が熟達するまでお披露目を延ばした方がいいという意見まで出ていたくらいだ。
だが、今会議室の中に広がっているのは熱だった。
「教会も聖勇者の成長の遅れを憂慮していたという事か」
全ての不安を、不死の騎士派遣の報がひっくり返した。
誰も予想していなかった。聖勇者が王国の切り札ならば、不死の騎士は教会の切り札だ。
これまで数多の戦場で伝説を打ち立てた死なずの聖女。己を捨て人類の救済に魂を捧げた至高の聖騎士。時に、剣で、時に魔法で、そして時に神の威光で、闇の眷属を殲滅した守護者。
その姿を見た者はほとんどいなくとも、その伝説を知らぬ者はおらず、そして、その伝説は――ただの過去の話ではない。
実際に数こそ少ないが、ルークスの軍の中でも戦場で鬼神の如き強さを見せるその姿を目にした者もいる。
ここしばらくは活躍を聞いていなかったが、グレイスを派遣したという事は教会がルークスに本気で寄り添う姿勢を見せているという事を示していた。
教会は公平で、非情な組織だ。彼らは神の僕であり、必ずしもルークスの味方ではない。
時と場合によってはルークスを切り捨てるという事も十分ありえた。今回の教会の決定はその不安を払拭するという意味でも朗報だ。
「グレイスが聖勇者と共に戦うというのならば、民も安心するだろう」
グレイスは最強の騎士だ。だが、決して前面に立たない騎士でもある。
教会の公式の声明では、グレイスは神の力そのものであり、神の力に頼る事は堕落に繋がる。故に、グレイスは人類滅亡直前までその力の行使をできない、とされている。
だが、おそらく聖勇者と並んで歩くだけでも、魔族の猛攻に不安な夜を過ごしている者たちの支えになる事だろう。
と、そこで、それまで黙っていた王国の剣――聖勇者パーティに愛娘を送り込んだリザース卿が眉を顰め、重々しい声で言った。
「しかし、グレイスが腰を据え人を教えた事などなかったはず……聖穢卿がそれを知らぬわけでもなく――随分と無茶をする」
「問題ないでしょう。何しろ、ルークス建国前から生きる騎士だ、人の数人や数十人、導いたことくらいあるはずです。我々は聖勇者が成長した後の事を考えるべきだ」
「ぬう……」
隣の席に座っていた貴族の男の発言に、リザース卿は小さく唸った。
教会は保守的な側面がある。グレイスの派遣は確かに予想外だが、誰も予想していなかったのはその行為が相応のリスクを孕んでいたからだ。
もしも万が一教導に失敗すればその時は聖勇者だけでなく、グレイスの格にも影響するだろう。
人を成長させる事の難しさは軍を率いる数多の門下を持ち軍を率いるリザースが一番知っている。生きる伝説でもそううまくいくとは思えない。
何より、嘘か本当か、グレイスは喋らないのだ。
この策を考えたのは間違いなく聖穢卿ではない。そして、このうまくいくかどうかもわからないこの案を考えた者は手段を選ばない、よほどのギャンブラーに違いなかった。
§ § §
そして、今回の作戦――オペレーション『
これまで、俺はなるべくリスクを廃した作戦を立てていた。だが、今回の作戦の成功には多分に運が要求される。
俺はグレイスとは同僚だが、彼女がどれほどの技能を持っているのか、何が得意なのかは知らない。藤堂がどう動くのかも予想しきれてはいない。だが、所詮は最善を尽くすしかないのだ。
失敗したら伝説が死ぬ。
「定常連絡。スピカが不機嫌です。どうやらとんでもない修行を受けていたようで……グレイスに噛み付いています」
「なんとかしろ。グレイスの実力は本物だ。レベルは上げられなくても技能は上げられる。お披露目までに、急ピッチで仕上げるんだッ! 十倍だ! 十倍強くしろ! ラビ、お前も首の斬り方を教えるんだッ!」
「アレスさん、不死の騎士を使った事で教会の上の方からクレームが――」
「クレームはクレイオに言えと伝えろッ!!」
「ボス、この近くにでかくて派手でインパクトがあってしかも弱い幻獣なんていないよ!」
「あぁ? お前がサーニャマーマンになってみるか?」
「!? も、もう一回、探してきまーす」
「アレスさん、お茶いれまし――――あッ」
「ッ――サーニャ、ついでにステイを山に捨ててこい!」
お茶を盛大にぶちまけたステイの首根っこを掴み、サーニャが嫌そうな顔をする。
どうせ山に捨てても転移魔法で帰ってきてしまうステイはまるで呪いの人形のようだった。
だが、今、かまっている暇はない。ドジを治している時間もない。
俺のすべきことは、ヘルヤールの死から大人しくしている魔王軍の次の一手を予測することだ。
どのぐらいの精度があるのかは知らないが、魔王軍に聖勇者の加護を察知できるアイテムがある以上、ヘルヤールの死と合わせて藤堂の居場所はバレていると考えるべきである。
魔王軍にとって聖勇者は第一に潰すべき敵だ。ならば、次はピンポイントで襲ってくるはずだ。俺ならば、そうする。
王都の守りは厚いが、魔族の中には人間に化けるものだっている。高い外壁も絶対ではない。ネズミ一匹通さないってのは、現実的ではない。
俺は往生際の悪い事に、身体をよじってサーニャの手から逃れようとしているステイを見た。
オペレーション、『
……ダメだ、勇者の格が落ちる。
「……………………チッ。迎え撃つしかない、か。まだ不安だが、いつまでたっても保護してはいられない」
魔王クラノスの城は魔境、最終局面で加護のない俺は恐らくついていけまい。
これまで、藤堂達には守りをつけてきた。
だが、そろそろ強くなってもらわねば困るのだ。
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