第二十五レポート:今回の筋書きについて
海魔ヘルヤール戦で実力不足を痛感し、魔王討伐の大任が務まるのか、葛藤を抱いた聖勇者、藤堂直継。
未だ発展途上の彼に、魔王クラノスの脅威を前についに心を一つにした人類とアズ・グリード神聖教会はアズ・グリードの神託の元、新たなる武具と強力な味方を送る。
一つは――歴戦の戦士達と共に数多の戦場を経て伝説となった攻防一体の魔鎧――カジノで眠っていたが、そのオーナーであるカジノ王が藤堂直継の正義の心に打たれ寄付を申し出た、『サムメタルの鎧』。
そしてもう一つは――アズ・グリード神聖教会の象徴の一つ。
遥か昔、まだ人間が力を持たなかった頃、人類滅亡を前に彗星の如く現れ、自ら剣を振るい人類を救ったシスター。強力な神の加護を受け、戦い続ける宿命と共に不老不死の身となった偉大なる騎士、《
この世界の誰よりも長き時を戦い続けた彼女に蓄積された膨大な経験値と祈りが、未だ神から賜った力を発揮しきれていない
人類のために魂を捧げた聖騎士の力を受け継ぎこれまで戦い続けた戦士たちの念の篭もった最強の鎧を得た聖勇者に敵などいない。
いけ! 戦え! 殺せ! 人類の守護者、聖勇者! 君の双肩に世界の命運は掛かっているのだ!
細かい事はどうでもいい! 手段を選ぶ必要もない! 戦え、藤堂直継! 人類の夜明けは近い!
「こんな感じの流れでいく」
俺が必死に頭を捻って立てた筋書きを黙って聞いていた面々が、それぞれ好き勝手に声をあげた。
「……ボスって本当に懲りないよね」
「……アレスさん、頭沸いてるんですか?」
呆れたようなサーニャの声。感情の篭もっていないアメリアの声。
酷い言い草だ。特に……アメリアが酷え、俺は一応――上司なのだが。
しかし一番現実がわかっていないのは目を瞬かせているステイである。
「あれえ? アレスさん、あの……私の役割は――」
お前は……換金アイテムだよ……また打診が来たら売るつもりだ。早く来い、打診。
グレイスはもう限界だ。今の段階でも一流程度の力は発揮できるだろうが、前線で戦わせる事はできない。
彼女を使ってドラマを仕立てあげるのは簡単だ。戦場でグレイスが敗北した相手を藤堂が殺せばそれだけで藤堂の強さのアピールになる。
だが、そこにはリスクも相応に存在していた。最近は表立った活躍はないが、彼女は間違いなく人類の希望の一つなのだ。
藤堂で使い潰すのは余りにも勿体ないし、義にも反している。
魔王クラノスは倒せるかもしれないが、その後に彼女の不在は絶対に問題になる。聖勇者は不老不死ではないのだ。
何より、この手だったらグレゴリオの野郎のせいでおかしな成長をしてしまったスピカも修正できる。
額を押さえ、そこでサーニャが言った。
「よくもまあラビも付き合うよ。賢者やれって……ラビがねえ……………………何かした?」
「問題を解決した」
「……そう。まぁ、ラビは何も言っていなかったし、いいけどね」
サーニャが腑に落ちなさそうに、頷く。
あの発情兎め。最初から無理やり解決すればよかったのだ。
偶然だが、ラビは案内人として最適だ。ヘルヤールの首を落とした事で藤堂達もその実力はよく知っているだろうし、元来英雄譚には謎めいたキャラが往々にして登場するものだ。
俺が面を被って出ても良かったが、正体がバレる可能性を考えると、女性のラビの方が相応しいだろう。
もしかしたら英雄譚に出ている謎めいた賢者キャラはこういう経緯で登場していたりするのだろうか?
……そんなわけない。
問題は、ラビが出張り過ぎると藤堂の本気度が下がる可能性がある事だが――発情さえなければ冷静沈着な彼女ならばなんとかうまくやってくれるに違いない。
「ねー! ねー! アレスさん、私の、役割はぁ?」
誰か、煮ても焼いても絶妙に食えないそいつの口を塞いでおけ。
「アメリア、各地に俺の言った内容を大々的に広める手配をするよう、教会に要請しておいてくれ」
「えぇ…………藤堂さんが成長しなかったらどうするんですか?」
「この際、成長するかどうかはどうでもいいんだよ。いいか、必要なのは――団結だ」
今回の手は民衆というよりは、藤堂の能力に疑問を抱きかけているルークス王国の上層部に向けたものである。
奴らもまさか教会がグレース程の大物を出してくるとは思っていないだろう。教会の本気を知らしめると同時に、ある程度疑念を払拭する事が出来るはずだ。
王国の最深部まで攻め入れられてから焦っても遅いのに、全く連中は危機感がなくて困る。さっさと心を一つにしろ!
障害は、邪魔者は、消す。生死問わず。これは――ビジネスだ。
「無理やりストーリーを作るとか、ボク、教会のイメージが変わりそう……ってか、もうだいぶ変わってるけど」
「バラしたら殺すぞ」
「ッ!? や、やだなあ、そんなスタンダードな脅し…………は、はは…………そ、そんな、本気の眼、しないでよ」
そういうところが、ラビに劣るというのだ。
サーニャもある程度分別はついているが、ついうっかりで重要な事を漏らしてしまいそうな危うさがある。
だが、魔王討伐に巻き込んだのだ。情報を与えるのは避けられない。
と、そこでアメリアがふと思いついたように言った。
「しかし、そこまでするならいっそ――別のアズ・グリードの加護持ちを勇者に仕立て上げた方が早いのでは?」
「…………その仕立て上げる加護持ちが、どこにいるんだよ」
そもそも教会が
魔王を倒せる程優れた戦士はこの世界では希少で、プラスで秩序神の加護持ちとなったらほぼ存在していないと言っていい。
仮に存在していたとしても――囲い込まれていて、好き勝手戦わせる事はできない。
実は、身寄りがなく適性がある勇者を呼び出すというのは恐ろしく便利で、そして恐ろしく非人道的な術式なのである。
秩序神は本当に加護を出し惜しみするからな……おまけに、相手を余り選んでいない節がある。
教会内部からほとんど加護持ちが出ていないのがその証拠だ、どうやらアズ・グリードは敬虔な信者が余り好みではないらしい。あるいは、釣った魚に餌を上げないタイプなのだろうか? ……滅べ。
そこで、ステイが不思議そうに眼を瞬かせた。
その相好が崩れ、ドジの癖に手を上げぴょんぴょんと跳ねて叫ぶ。
「アレスさん、アレスさん! 実は私――むぐッ!?」
無言でその顔面を掴み口を塞ぐ。アメリアとサーニャが呆気に取られている。
こいつ…………今何を言おうとした?
俺は顔がひきつるのを必死に堪えつつ、指示を出した。平静を装うのに全力を尽くすが、声が低くなるのを止められない。
「余計な事を言わせるな。買取打診が来るまで、猿ぐつわを噛ませて縛って転がしておけ」
「…………アイ、サー」
サーニャがキビキビした動作でステイに猿ぐつわを噛ませ、手足を縛る。ステイが涙目でむーむー言っているが、むーむー言いたいのはこっちの方だ。
俺は小さく咳払いをすると、仕切り直した。
さぁ、聖勇者よ。ここまでお膳立てしてやったのだ。否応なしに強くなってもらう。
グレイス・ガディセント・トリニティ。貴様の年の功を見せてやれ!
§ § §
その佇まいをひと目見た瞬間、藤堂の全身に雷に撃たれたのかのような衝撃が奔った。
ただの漆黒の全身鎧を纏った騎士だ。大仰な見た目だが、全身鎧を纏った者はこの世界に来て何度も見たことがあった。ゴーレム・バレーで出会った巨人の血が流れるウルツはさらなる威容を誇っていた。
だが、目の前の騎士はそれらと比べても一線を画していた。
形容し難いが、強いて言葉で表現するのならば――その身は神の威光を背負っている。
隣には腕利きの女騎士を伴っているが、明らかに一流の腕を持つであろうその騎士が、黒騎士と比べると余りにも小さすぎる。
アリアの表情が凍りついている。リミスも呆然としていた。いつも通りなのはグレシャだけだ。
まるで夢でも見ているかのような表情で、アリアが呟く。
「グレイス、だって……!? ありえない。あの、教会が最強の聖騎士を出したのか!?」
その言葉に、騎士を連れてきたラビは小さく咳払いをする。
そして、つい先日まで見せていた最小限の動きとはかけ離れた、大仰な動作で手の平を藤堂に向けた。
「こほん……教会は――藤堂さん、貴女が、彼女の教えを受けるに足る能力を得たと、そう判断しました。そして、彼女の力と祈りを受け継いだ時、貴女の中に眠る真なる聖勇者の血が目覚めるのですッッ!」
「なん……だって!? 聖勇者の――血!?」
声が、藤堂の脳を揺さぶる。心臓が強く撃ち、得体の知れない万能感が身体を満たし――そして、萎んだ。
「…………………………僕は、一応日本人なんだけど」
「…………細かい事はいいからなんとかしろ、と、私の上司は無茶振りしました! 修行です! 修行するのです! それが――神の定め! 正義の血は肉体に流れるにあらず! 貴女はそういう星の下に生まれているのです!」
「え!? あ……………はい」
数々の疑問が頭を埋め尽くすが、旅する魔物研究家でヘルヤールの首を撥ね飛ばした少女から言われてしまえばもはや納得する他ない。
そもそも、力が足りないのは間違いないのだ。最強の騎士とやらから教えを授かれるのならば、それに越したことはない。
アリアもリミスも、反論はなさそうだ。
受け入れようとしたその時、それまで黙っていたスピカが一歩前に出る。
「ま、待って、くださいッ! 藤堂さんは、私と共に神の教えを受け継ぐのです! 手解きを受けて強くなるなど言語道断! 痛みを伴わぬ学びに意味はない、と、そう我が師はいいました。これは――ラビさん、貴女の上司が言ったことでもありますッ!」
「!? ………………その上司は、とんでもない鬼畜なので従う必要はありません」
ラビはしばらく黙っていたが、小さく身を震わせると、有無を言わさぬ冷ややかな声で言った。
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