第五報告 TODO(報告書作成中につき)

第二十四レポート:新たなる作戦について

 リザースの邸宅。藤堂に貸し出された一室で、藤堂達は自分よりも年下の少女に正座させられていた。


 きっかけは、藤堂の神聖術を披露した事だった。どうやら藤堂が鍛え上げた術は本職の僧侶になったスピカの想定を下回っていたらしい。

 並んで座る藤堂達に、スピカが叱責する。その手には天秤十字を象ったというシンプルな短剣が握られていた。


「藤堂さん、しっかりしてくださいッ! 貴女の神聖術に大きな向上が見られないのは、毎朝の祈りをサボってるからですッ! そんなんじゃ、魔王なんて倒せませんよ!」


「す、スピカ…………何があったの?」


 藤堂を刺した直後に存在していた動揺は既にその顔にはない。

 傷は既に治療してもらったし、悪気はなかったようなのでこれ以上蒸し返すつもりもないが、その余りにもたくましくなりすぎてしまった様子を見ていると、多少思うところくらいある。


 グレシャは相変わらず何を考えているかわからないが、隣に座らされたリミスとアリアも同じ気持ちなのだろう。苦虫を噛み潰したような顔で、リミスが言う。


「……グレゴリオの影響ね」


「信仰、です。リミスさん、私は――信仰を、深めたのです!」


「………………しかし、神聖術を使うのはナオ殿だけだぞ、スピカ」


 膝に手を置き、背筋を真っ直ぐ伸ばしていたアリアが深刻そうな表情であっさり藤堂を裏切る。

 初めに出会った時は真面目な騎士だと思ったものだが、どうやら藤堂はアリアと随分打ち解けたらしかった。


 だが、スピカの矛先は変わらない。


「そういう、ところです、アリアさんッ! いいですか、たとえ神聖術を使えない者でも、秩序神アズ・グリードは見ていらっしゃいますッ! ましてや貴女達は魔王討伐の神命を受けている、神をないがしろにしては駄目ですッ!」


「私のところは魔術師の家系だし、表向き秩序神の信徒なだけで、実質精霊信仰なんだけど――」


「大丈夫です。アズ・グリードは懐が深いのでそんな些細な事は気にしません」


 少女特有の高い声で叱られていると、なんだかいたたまれない気分になってくる。

 だが、藤堂のためにグレゴリオの元で学び、実際に力をつけて帰ってきたスピカに、聖剣の光すら失いつつある不甲斐ない藤堂が何を言えるのだろうか?


 いや、これはいい機会だ。信仰を新たにすれば、改めて神の加護が下る可能性もある。


 心機一転、気を引き締める藤堂に、スピカが言った。




「藤堂さん、聖鎧が入らなかった原因である胸の成長。その大きくなった胸は、心の贅肉ですッ!」


「!? はい!?」


「神に祈り慎ましやかに生きないから、心の贅肉が胸にいって鎧が入らなくなったのですッ! 恥じないと駄目ですッ! 全ては、神の警告です」


「????」


 一転、意味のわからない理屈を出し始めるスピカに、藤堂は頬がひきつるのを感じた。


「敬虔な信徒は皆、大体、スマートです。リミスさんを見習わないと駄目ですッ!」


「!? はぁ!? どういう意味よ!」


「見なさい、アリアさんを! 心の贅肉どころか全ての魔力が胸の成長にいって――魔力ゼロです」


「…………」


 流れ弾に当たったリミスとアリアが、完全に凍りついている。特に魔力ゼロはアリアのトラウマである。スピカにはまだ言っていなかったように思えるが、いつ知ったのだろうか?

 だが、二人から正気を疑うような眼で見られても、スピカは引かなかった。


「グレゴリオさんは言いました、悪魔は堕落の形をしている。だが、それに打ち勝つのも人間である、と! とかいいつつ、師は信仰を持たない者は死んでも構わないと考えていますが――私は違います。だから、私はこうして教会から派遣してきたのですッ! 安心してください、私の命に賭けて貴女を立派な聖勇者にしてみせますッ! 藤堂さんがナイフを避けられなかった時は驚きましたが、私が師匠だったら、油断していた藤堂さんは、死んでいました」


「相手がグレゴリオさんだったら、油断なんてしないよ」


 藤堂は、スピカだから油断をしたのだ。相手がグレゴリオだったらそう簡単に刺されたりはしなかった。リミス達もきっと同じだろう。


 そこで、スピカの表情が曇った。声を潜めるようにして言う。


「藤堂さん、私は会ったこと、ありませんが、高位の魔族は――人間に化けます。大体の魔族は力自慢で正面突破が大好きですが、一部の卑怯な魔族は時に知り合いに化けて隙を狙ってくる、と」


 もしや、このスピカは魔族が化けた姿ではないだろうか?


 だが、深刻そうな表情をするスピカにそんなつっこみはできない。

 胸中に過る様々な感情を押し殺し、藤堂は話を戻した。


「それで…………スピカはどうするのが、いいと? 一応、特訓はしてるんだけど……」


 藤堂とて、遊んでいるわけではない。だが、今の藤堂は外出し魔物と戦う事を禁止されている。

 技術は模擬戦でもつくが、やはり実戦経験に勝るものはないし、身体能力を大きく上げるにはレベルを上げる、レベルを上げるには魔物を倒さねばならない。


 その言葉に、スピカは腰に手を当て、覗き込むように藤堂を見た。


「私が思うに、藤堂さんに足りないのは――冷静さです」


「冷静、さ……?」


 スピカの言葉を、脳内で反芻する。


「そうです。信仰を得れば如何なる時でも精神は乱れない。強力な神力は強靭な精神力なくして、成り立ちません」


 スピカの進言は多少強引なところがあったが、藤堂にとって非常に耳の痛い話だった。

 これまでの冒険で、藤堂は常に振り回されてきた。まるで神が試練でも与えているかのように度重なるトラブルに見舞われた。

 スピカと共に行動したユーティス大墳墓は特に情けないところを見せてしまったのだが、他の地でも、常に冷静でいられたかと言われたら頭を振るしかない。


 そして今だって――迷っている。

 果たして自分が聖剣に相応しい存在なのか。そして、その迷いを暴くかのようにエクスの光は弱くなった。


 リミスがきっと睨みつけ、すかさず声高らかに反論する。


「でも貴女だって、ナオを刺した時にすっごく動揺してたじゃない」


「…………私はまだ……未熟です」


 …………そういえば昔、グレゴリオさんも似たような事言っていたな。

 どうやら、スピカがあの苛烈な司祭に多分に影響を受けたのは間違いないらしい。


 そして、気を取り直したように一度小さく咳払いをすると、スピカが言った。



「そこで、藤堂さん達には瞑想し、神への祈りに集中して頂きます」


「瞑想……?」


「瞑想です。基礎にして、神聖術の真理です。盤石な礎なくして応用は成り立ちません」


 肩透かしを食らった気分で、藤堂はスピカを見た。

 相手はグレゴリオの弟子。正座されあれほど色々言われたのだから、よほど大変な修行をさせられると思ったのだが――。


 瞑想くらい、藤堂だって毎日している。質はともかくとして、祈りだってしている。

 この世界の神々は実質的な力を持っているのは周知であり、召喚された直後にしっかり言い含められているのだ。


 無意識の内に力を緩める藤堂に、スピカが真剣な表情で言った。


「とりあえず、半日からいきましょう。しっかり集中してください」


「!? 半、日!?」


 瞠目する藤堂に、スピカが物分りの悪い言葉に道理を解くような口調で続ける。


「これは、由緒ある修行です。食事を取らずにただ神に一心に祈り続ける事により、信仰はより高みに行き着きましょう。もちろん、アリアさんとリミスさんにもやってもらいます」


 これは……予想外だ。藤堂達には時間がないと言っているのに、よもや瞑想を半日とは。しかも、スピカの口ぶりでは更に先があると見える。


 口を開きつつも何も言えない藤堂。そこで、リミスが尋ねた。


「…………その間、貴女は何をするのよ?」




「もちろん、私は――藤堂さん達を攻撃します」



「はぁ!?」


 リミスの素っ頓狂な声にも、スピカの表情は変わらなかった。

 白魚のような細い指先でナイフをなぞり、藤堂達に品定めするような眼を向けている。


「痛みなくして真の信仰はない。死の寸前にこそその精神はさらけ出されると、師はいいました。これはとある方が考え、グレゴリオさんが改良した極めて効率的な修行です。大丈夫、傷は私が癒やすので」


「な、なな……」


 誰だ、そんなおかしな修行を考えたのは! そいつこそ魔族じゃないだろうか?


「それじゃ、何? スピカは、僕たちに攻撃を受けながら、抵抗もせず、祈りを捧げろって言うの?」


 予想以上の地獄のような修行である。肉体面はもちろん、精神的にきつそうだ。これまで藤堂が行ってきた修行とは質が違う。

 まさかその光景を見て瞑想をやっていると思う者はいまい。


 そこで、スピカが沈痛な表情で叫んだ。


「安心してください……無抵抗の人を攻撃する方も、辛いんです! 藤堂さんは身体が傷つきますが、私は心が傷ついてるんですよ!」



 どうやら薄々気づいていたが、この世界の教会と言うのは藤堂達の世界よりもアグレッシブなようだ。

 シスター・スピカが懐から短剣を次から次へと取り出す。僧侶は刃物の携帯がタブーだと聞いたが、鞘から慎重に抜いたばかりの刃は鋭利で、ただの祭具のようには見えない。


「急所を外す事で人体に対する知識が、治すことで私の神力も高まり、ます。そして、死を前にすることで藤堂さん達も高みにいけることでしょう。ああ、アズ・グリード。藤堂さん達が死なないように、加護をお与えください」


 死ぬ可能性、あるのだろうか?

 いやいや、さすがに無理だ。こんな所で血まみれになったら、今度こそ何を言われるかわからない。


 反論したところで、勢いよく部屋の扉が開いた。


 スピカが弾かれたように後ろに向く。視線がそちらに集中する。

 リザースの人間は藤堂の正体を知っている。藤堂の私室にノックもせずに入ってくる者などいない。

 


 一瞬で警戒に入るが、その顔を見てすぐに目を見開く。


 露出を極力押さえた旅装。抜けるように白い肌に、真っ赤な眼。だが、分厚いフードは今回は被っておらず、頭部から生えたぺったりと寝た耳がはっきりわかる。

 その手には、以前まで持っていなかった長い杖が握られていた。


「ラビ……さん?」


 いきなり部屋の中に入ってきたのは、ヘルヤールと共闘した旅する魔物研究家、ラビだった。

 水の都レーンでは藤堂達に助言をしてくれた、アレス・マーマンとやらを追っていると言っていた謎の美少女。ヘルヤールの首を刎ねた張本人でもある。


 水の都で別れたはずだが、一体どうしてこんな所にいるのだろうか?


 いや、そもそも、ここはリザースの敷地内である。どんな事情があろうと無許可で入ってくる事など、できるわけもない。


 呆然とする藤堂達を他所に、ラビがスピカを見る。


 スピカの反応は驚く程静かだった。勇者の私室に、(スピカにとっては)見ず知らずの者がいきなりやってきたのに、攻撃を仕掛ける様子もない。



 そして、旅する魔物研究家は無数の視線の中、驚くべきことを言った。


「そこまでです、スピカさん! 貴女は、やりすぎました。貴女は――クビです。ここから先は――この旅する魔物研究家にして、枢機卿直属部隊、一つ度々助言をあげる賢者ムーブを頼むと無茶振りされたラビが引き継ぎます」

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