幕間その1

穢を払う者

 さて、どうしたものか……。


 これまで様々な任務をこなしてきたが、ドラマ演出は初めてである。


 しかも、クレイオは言わなかったが、今回の任務を間違いなくルークス王国は知らない。

 勇者の存在を知っているのは一部例外を除けば、王国と教会の上層部だけだ。自ずと聖勇者不信がはびこったのは貴族達の間という事になる。


 不信を吹き飛ばすには噂だけでは足りない。その目の前ではっきりと勇者の力を示してやる必要がある。

 相手が海千山千の貴族ならばなおさらの事、自ら目で見たものしか信じないだろう。


 考えを整理する。大体お守りに終始していた今までとは違う。


「問題は…………今の藤堂に倒せる者は、解決できるトラブルは、この国の最上級の騎士ならばなんとかなるといういう事だ。藤堂達はレベルが低すぎる」


 伝承によると、聖勇者が困難な事態に陥った時、天は常に聖勇者に味方してきた。彼らは強い運命を背負っている。

 だが、それは俺たちの手ではコントロールできない。


 頭を抱える俺に、アメリアが呆れたように言った。


「やるんですね」


「ボクさ、教会ってもっとこう、ちゃんとした真面目な組織だと思っていたよ」


 戻ってきたサーニャが話を聞き、なんとも言えない微妙な表情で言う。真面目だよ……大抵の信徒は真面目だ。だが、この世には真面目なだけではどうにもならない事がある。


 俺にトラブルが舞い込むのは異端殲滅官はトラブルの解決屋みたいな側面があるからなのであった。救われねえ。


 クレイオには秘密が多い。そして、味方は多いが、敵も多い。清廉潔白な人間の多い教会で戦力を蓄えるにはそれなりに無茶を通さなければならない。

 一蓮托生という言葉は間違えていない。


 だがこれは…………恐らく、犠牲者が必要だな。


 できれば外部の人間であるサーニャやラビは……そしてもちろんステイも、作戦に関わらせたくはないが、そうも言っていられない。出し惜しみしている余裕などないのだ。


 その時、サーニャがパチンと指を鳴らした。


「そうだ、良いこと考えた。魚人アーマー装備して町中で大暴れしたら?」


「ナイスアイディアだ」


「え!?」


 サーニャが目を見開く。何だその表情は――俺はいいアイディアならいくらでも取り入れるぞ。


 手段はどうでもいいのだ。目的さえ達せればいいのだ。


「サーニャ、お前にその大任を任せよう」


「!? ええ!? や、いやだよ」


 サーニャが即答し、腕でバツを作る。


 自分が嫌な事を人にやらせるんじゃない!


 咳払いをして、話を続ける。遊んでいる場合ではない。


「まぁ、冗談はともかく、魚人アーマーは駄目だ。陸に魚人はいないからな」


「あ……そこなんだ……」


 というか、魚人では聖勇者の敵としては地味過ぎる。いくら大暴れしたとしても、魚人を倒したくらいで勇者の株は上がらないだろう。

 演出は何度も使える手ではない。まあそもそも、藤堂の方をどうにかしないと根本解決にもならないのだが。


「アレスさん、演出は私に任せてください!」


「…………」


 手を挙げるステイを黙殺する。お前にできる仕事なんて何もない。


 必要なのは、強大な敵だ。強大な敵と、悲劇と、そして当然だが――目撃者。


 だが、秩序神の信徒として死者を出すわけにもいかない。

 出てしまったら出てしまったで仕方がないが、出るような計画を立てるのは許されない。


 難題だな。犠牲者なしで悲劇を作る方法、か。よもやこんなくだらない事で悩むことになろうとは……。

 ルークスが協力してくれるのならばまだしも、協力なしでなんとかするとなると難易度は跳ね上がる。


「ラビ、サーニャ。付近の強力な魔物の情報を集めろ」


「まさか、引き入れるんですか? ボス」


 ラビが深紅の瞳をこちらに向ける。


「後から考える。状況が変わり脚本が不要になる可能性も……あるからな」


 勇者だけに解決できる事件など限られている。勇者の強みは邪神の加護による強力な防御を打ち破れることだが、邪神の加護持ちは秩序神の加護持ちと同じくらい珍しいし、そういった者を引き入れるのはリスクも難易度も高すぎる。


 そういう意味で最初の冒険――ヴェール大森林で戦ったザルパンは最悪それを許容できる稀有な例だった。まああれを逃がすなんて選択はなかったが……。


「ボス、そういうのはテロっていうんだよ」


「破壊工作とか得意だろ?」


「…………ボク達をなんだと思っているのさ……」


 作るか、連れてくるか。悲劇をどうやって用意するか。どういう演出をすれば最低限の犠牲で聖勇者の特別性を表現できるか。タイミングはどうするのか。

 いくらレベルが高くても、こちらはたったの五人(ステイがマイナス換算なら三人)、大掛かりな事をやるには手が足りていない。


 サーニャが深々とため息をつく。


「しかし、ボスも働き者だね。教会からのサポートもないのに――ボクだったら間違いなく音を上げるよ」


「ビジネスだからな。それに、教会からのサポートがないわけじゃない」


 邪魔が入らないのが、教会からのサポートなのだ。本来、位の高い僧侶というのは柵なしでは動けない。

 クレイオはそれらを取っ払う事に全力を尽くしそして――俺は聖穢卿の打った『一手』なのである。


「考えをまとめる。情報収集を進めてくれ。良案を思いついたら提案してくれ。ボーナスを出すぞ」


「……次は人参では済ませませんよ、ボス」


 ラビがじろりとこちらを見て拗ねたような声をあげ、立ち上がる。

 結構だ。ボーナスで世界が救えるならいくらでも出す。俺ではなく、クレイオが。一蓮托生とはそういう事だ。


 


 その時、ふと冷たい声が聞こえた。




「相変わらずうまく使ってくれているようだな、アレス」




 どこか荘厳さを感じさせる声。冷たさと穏やかさが同居した、幾千幾万の信者の心を掴んだ声だ。

 アメリアとステイが瞠目する。サーニャとラビが立ち上がり険しい目を扉に向ける。俺は思わず舌打ちをした。




「勝手に報酬を上乗せするのはやめろと、何度も言っているだろう。誰が帳尻を合わせていると思っている」


 そして、扉が開いた。


 先にずらりと白銀のフルプレートアーマーを騎士達が並び、それに先導されるように男が入ってくる。

 聖なる光を示す白の法衣。長身でがっしりした身体つきに、どこか超然とした眼差し。


 だが、何よりも、その身に纏う気配が違った。常人でもわかるはっきりした差異がそこにはあった。


 その男はきっと――聖なる場所に在り過ぎた。


 サーニャとラビの顔色が変わる。正体を察したのだろう。



 何故ここにいるのかとは聞かない。ルークス王国は教会と関係が深い。

 通信を送ってきた時にはきっと、既に近くにいたのだろう。



 アズ・グリード神聖教会。五人の枢機卿カーディナルの一人。

 聖穢卿、クレイオ・エイメン。穢を祓う神の代行者。



 嫌な予感がした。常に総本山から通信の魔導具で指示を出すこの男が直接顔を出すなど滅多にあることではない。


 諸々の疑問を置いておき、立ち上がる。


「これはこれは、まさかこのような場所においでになるとは……迷える子羊に差し入れでも持ってきたのか? 俺は金か人がいい」


「!? アレスさん!?」


 アメリアが珍しく焦ったような声をあげる。が、クレイオは不敬など気にしない。

 先に入ってきた騎士達は聖騎士ホーリー・ナイトだ。神聖術を使える特別な騎士――聖騎士団。教会の有する守りの要であり、クレイオ達、高僧を警護しその威光を示すのも役割の一つである。


 俺の無礼な物言いを聞いても、聖騎士はピクリとも身体を動かさない。そこにあるのは感情よりも命令を優先する絶対の忠誠心だ。


 しかし、何の用だ? 本当に差し入れを持ってきたわけでもなかろうに。


 何か緊急事態でも起こったのだろうか?


 クレイオは決して暇ではない。戦場には赴かないが、聖穢卿の仕事は教会本部にあるし、そこにいるだけでも他の信徒達の士気が上がる。

 そもそも、聖騎士をつけていたとしても、アズ・グリード神聖教会の枢機卿ともあろうお方がみだりに外を出歩くものではない。


 ラビが恐る恐る声をかけてくる。


「……ボス、席を外しますか?」


「いや、ここにいろ」


 今更である。彼女たちがかの伝説の傭兵、シャトルの弟子だという事は言ってある。

 藤堂が聖勇者だということまで知っているのだから、今更隠し事などあるわけがない。


 クレイオはしばらく人の心を見透かすような瞳で俺を見下ろしていたが、やがて静かに口を開いた。


「険しい顔をするな、《超越者エクスデウス》。私は――ちょっと顔を見に来ただけだ。近くを通りがかったからな」


「悪いが、説法はまた次にしてくれ。こっちはまだやることがあるんだ」


 さっさと本題に入れよ。


 俺とクレイオは上司と部下だが、それでも枢機卿がわざわざ会いに来るなど相当な事がなければありえない。

 それも、他のメンバーの目の前で会うなど、聖穢卿の格が下がるというものだ。


 まどろっこしいのは嫌いだ。


 クレイオは小さく頷くと、一歩ずれ、場所を空けた。

 視線が扉の向こうに集中する。聖穢卿はまるで説法するような声で言う。


「よかろう、アレス。今日は――増援を連れてきた」


「は?」


「君の言葉で言うならば、差し入れというべきか――まぁ、こちらも人が足りているわけではないが――たっての願いだ。必要だろう」



 さすがに予想外の言葉だった。


 魔王討伐のサポートで大切なのは量よりも質だ。最低でもそれなりの力を持ち、口が固くなければならない。

 そしてそもそも、増援を送るだけならばクレイオが来る必要などない。ただ命じればいいだけだ。


 というか、最近はクレイオに増援を求めたりしない。もう諦めていたのだ。だから傭兵を探していたわけで――。


 重い金属の音がした。


 入ってきたのは一人の騎士だった。

 

 他の聖騎士が着ている物とは異なる、金の天秤十字の模樣の入った漆黒の全身鎧。

 背に負った盾に、腰に帯びた十字剣。ヘルムに覆われており、顔はわからない。


 だが、真っ先に目につくのはその背の高さだ。

 全身鎧という装備は基本的に重い。だから、大体の場合は大柄な者が着るようにできている。

 だが、その騎士の身長はヘルムの大きさを入れても俺と同程度しかなかった。


 アメリアが呆然としている。サーニャとラビは目を限界まで見開いたまま、固まっていた。

 明らかにクレイオの正体を察した時よりも激しい表情の変化だ。



 アズ・グリード神聖教会は幾つかの象徴を持っている。

 秘跡により召喚される聖勇者ホーリー・ブレイブ然り、世界にたった三人しか存在しない最強の神聖術の使い手――聖女然り。

 

 そして、その騎士は紛れもなく、教会の誇る象徴の一つだった。


 アズ・グリード神聖教会の聖騎士団の永世団長。


 神の加護により悠久の年月を生きる不滅の騎士。生ける伝説。

 数々の神話に語られ、聖女を知らなくても、聖勇者を知らなくても、その騎士を知らぬ者はいない。



 そして、異端殲滅教会アウト・クルセイドに所属する第二位の異端殲滅官クルセイダーでもある。



 クレイオの描いた青写真がようやく俺にも見えてきた。だが、気分は全く良くならない。


 目眩がした。確かに増援が欲しいとはずっと思っていたが、これはあまりにも重すぎる。


 教会の最高幹部の一人であるクレイオが直接連れてきた理由も理解できる。


 これは――敬意だ。長きを教会に捧げた者への敬意。



 間違いなく、口に出すべきではなかった。だが、俺は反射的に声をあげていた。



「死に場所を求めているのか――《女皇騎士シスター・ジェネラル》」



 漆黒の騎士は何も言わず、俺を見ていた。

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