第二十三レポート:もう好きにしてくれよ

「はぁ? 藤堂を、攻撃しただと!?」


「条件反射みたいです…………帰還させますか?」


 どうやら俺の想像以上にスピカはグレゴリオに染まっていたらしい。アメリアの報告に思わず頭を抱える。


 グレゴリオを殴っていいのかスピカを詰ったほうがいいのか、わからなかった。


 勇者を攻撃するなど言語道断である。だが、スピカを撤退させたところで何の意味もない。


 人もいなければ時間もない。勇者のお披露目だって迫っているのだ。この際教義的にどうなのかという点は置いておく。


 数秒悩み、判断を下す。


 スピカはまともだ。ちょっと頭のネジが緩んでいたようだが、話した限りではまだ更生の余地がある。グレゴリオだったら攻撃してしまっても報告なんてしてこないだろう。


「リカバリーできるならままだ。問題がありそうなら撤退させろ」


「けほ、けほッ、既に問題だらけだと思います、ボス」


「ラビ、お前の発情期がいつ終わるのかも問題の一つだ」


「ッ……」


 ラビが顔を真っ赤にして膝を抱えてしまう。


 問題だらけと言うが、そんな事を言ったら最初から問題だらけだ。


 そもそも魔王討伐とは過酷なモノ――口が裂けてもいい状況とは言えないが、少なくともまだ最悪ではない。


 アメリアから引き継いだ手続きを通信魔法で行っていたステイが、立ち上がりこちらに駆け出そうとして、その場でびたーんと倒れ込む。


 無言で見下しの視線を向けていると、床に張り付いたまま顔だけ持ち上げ、まるで何事もなかったかのように言った。


「アレスさん、大変です! パレード護衛で人を出してもらう件――申請が……却下されました。人が足りないから無理って」


「パパに頼め」


「え……?」


「お前の、お父上に、頼むんだ。人が足りないなんて事、とっくに知ってる」


 そもそも、教会の戦力は少なめだ。教会の持つ武力は裏の機関である異端殲滅教会を除けば、聖騎士ホーリーナイトと、個々人で人を救済して回っている僧兵モンクしかいない。しかもその数も僅かだ。


 クレイオは教会保有の戦力の最高責任者だが、全て自由にできるわけではない。教会の枢機卿は五人いるのだ。


 だが、クレイオ・エイメンとシルヴェスタ・ベロニドで枢機卿は二人。五人の内、二人も味方につければ大抵の無理は通せる。


 倒れたまま目を瞬かせるステイの近くにしゃがみ込み、その頬をつまみ引っ張る。


「ステイ、お前なら出来る。お前はやればできる子だ。期待している。ステイ、わかるな? 親父に、頼むんだ。やれるな?」


「は、はひ。やりまふ……」


「そうだ。お前は、座っていろ。立つな。いいか、一応言っておく。転んでももう俺は、反応しない」


 余計な事をするな。俺の言ったことだけ正確にこなせ。もっぱら今のステイの役割は人質だ。


 見えないけど常に近くにいるらしいカカオちゃんに指示を出す。


「カカオちゃん、この駄目シスターの監督を頼む」


「あぁ……アレスさん、私のカカオちゃんに変な事を教えないでくださ――いたッ、カカオちゃん!? 蹴らないで……痛っ! アレスさん、やめさせて、くださ」


「もっと蹴れ。しっかり働かせるんだ」


「そ、そんなぁ……」


 なかなか見所のあるやつだな。見えないのが惜しい。後五人くらいいたら書類仕事やってもらうのに……。



 そんなくだらない事を考えていると、通信魔法でスピカとやり取りをしていたアメリアの表情が変わった。


 目を見開き、顔が強ばる。俺の視線に気づき顔を背けるが、どうやら悪い報告があるようだ。


 ああ、いいよ。好きなだけ言えよ。もう全て覚悟できてる。


 ほぼ反射的に胃薬の瓶を取り出し、噛み砕く。慣れ親しんだ苦味が口いっぱいに広がる。もうとっくに効かないが、気分の問題だ。


 アメリアは一瞬表情に逡巡を浮かべるが、恐る恐る言った。


「アレスさん、藤堂さんなんですが――スピカの話によると、鎧が着れなくなったらしいです」


「何だと!? 聖鎧フリードか? どうしてだ?」


「はい。どうも……成長で身体が入らなくなったとか」


 予想外の言葉だった。だが、イメチェンより余程納得できる。

 どうやらステイは余程信用されていないようだな。


 藤堂の姿を頭に浮かべる。といっても、最近は至近距離から姿を見守る事がなかったので、それなりに前の姿だ。


 成長、か。藤堂は年齢的に、成長期だ、ありえない話ではない。

 背でも伸びたか? 入らないという事は余程大きな変化なのだろう。


「スピカが……その……削いで無理やり詰めるか聞いていますが……」


「やめさせろ」


 身体を無理やり装備に合わせるとか、歴戦の傭兵でもやらない。無理が通れば道理引っ込むとか、そういうレベルではない。


 というか、どこを削るつもりなのだろうか……足? 足を削ったら……戦闘に支障が出るだろうが!


 だが、少しだけ気が楽になった。そういう事情が在ったのならば苦労して集積金属の鎧を手に入れたかいがあったというものだ。

 幸いなことにあの鎧にはサイズなど関係ない。運が向いてきたな。


 そこで、アメリアが眉を顰めて聞いてきた。


「しかし……その……ありうるんでしょうか? 聖なる鎧が、入らなくなるなんて」


「ん……サイズが合わなければそりゃ入らないだろ。あの鎧にサイズ調整の機能はなかったはずだ」


「しかし……フリードは聖勇者の証では?」


 アメリアの疑問は僧侶として真っ当なものだ。

 かつて伝説の中で勇者は聖鎧フリードと聖剣エクスを手に闇を払った。


 だが、実際の順序は逆だ。


「大層な名前はついているが、聖鎧はただの強力な鎧だ。昔、勇者の使った鎧――」


 聖鎧は、かつて勇者が使ったからこそ聖鎧の称号を得たのだ。

 あの鎧はアズ・グリードの加護を持つ者しか使えないという特性があるので、装備可能な者は極僅かだが、逆に言えば、加護を持つ者ならば誰だって使える。

 

 フリードを身に纏えば誰もが勇者だと認めるだろう。そういう意味で、あの鎧は特別だが、着れないからといって聖勇者という事実が否定されるわけではない。


 そもそも聖勇者というのは、英雄召喚サーモニング・ヒーローの儀式で選定し、強化した、人だ。

 英雄召喚は厳密に言えば英雄を呼び出す奇跡ではなく、資質を持つ人間を選び英雄を生み出す奇跡なのである。そうでなければこんな苦労はしていない。


 もちろん、公にはなっていないが――。


 アメリアが眼を丸くする。ラビの方を見ると、ラビは膝に顔を押し付けたまま、両手で耳を塞いでいた。聖勇者不信のような言葉を出しかけたサーニャに見習わせたい。


「スピカには気にしないように伝えてくれ。集積金属の鎧はサイズ関係なしだから、却って良かったくらいだ。そしてできれば、不意打ちを受けた間抜けに常在戦場の心得を叩き込め」


「わかりました。……ということは、あの聖剣エクスも聖勇者の証ではないんですか?」


「…………剣はサイズとか関係ないだろ。使えなかったら、どうかしてる」


 聖剣エクスのサイズは極一般的な長剣だ。

 どれだけ体格が変わればあの剣が合わなくなるのか――もしや筋肉か? 筋肉がついて一気に身長が一・五倍にでもなったのか? 急成長だな。

 

 却って良かったなどとは言ってみたが、聖鎧フリードは初代聖勇者が魔王討伐に使った程、強力な鎧だ。装備できるに越したことはない。

 そして、これまで現れた勇者で鎧を装備できなかった者は俺の記憶に残っている限り、存在しない。


 まったく、今回は魔王クラノスの動向といい、イレギュラーが多すぎる。クレイオには報告が必要だろう。


 だが、聖剣エクスの持つ輝きは聖勇者ホーリー・ブレイブの威光を示すにふさわしいものだ。

 あの剣の輝きがある限り何も問題はない。フリードがなかろうと、聖勇者のレベルがまだ低かろうと、何も問題はない。


 逆に、もしもあの剣から輝きが失われてしまったら、本当に面倒なことになるだろう。


 聖勇者は聖剣を使えるとは限らない。だが、同時に――聖勇者は聖剣エクスを使えなければならない。





 教会が、そうした。あの剣は聖勇者の力の源――『聖勇者信仰』の象徴なのだ。





 と、そこで耳につけていた通信用の魔導具が震える。

 俺の持つ魔導具は基本的に発信用だ。この魔導具が受信するのは緊急時のみである。そして、連絡してくる相手は限られる。


 通信に出る。耳元で聞こえたのはいつも通り荘厳で落ち着いた声だった。



『アレス。面倒な事になった。聖勇者が試練に失敗したという情報が漏れた。このままでは不信が蔓延る。此度の聖勇者は少々、謙虚過ぎた。私の言うことがわかるな? ドラマが足りない。わかるな? 聖勇者が聖勇者たるドラマだ』


 言葉を咀嚼する。意味を理解する。


「……脚本は?」


 胃薬のおかげか、胃は痛くならない。その代わりとでも言うかのように、頭が痛くなってきた。

 クレイオの声は平静だった。だが、俺にはその内に秘められた強い感情が伝わってきた。


 囁くように、迷える子羊に神託を下すかのように、聖穢卿が言う。


『君が、用意するんだ。必要なものは言ってくれ』


「時間だ」


『時間はない。「超越者エクスデウス」、我々は一蓮托生だ』


 端的な単語と共に、通信が切れる。俺は無言で室内を見回した。

 書類に取り組んでいたステイがさっと視線を下に逸らす。アメリアが顔を背ける。ラビは耳を抑えたままだ。サーニャは外に行ったっきり帰ってこない。



 磨かれた窓には悪鬼のごとく引きつった自分の顔が映っていた。

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