第二十レポート:味方が好き放題で困る

 ロープで椅子にぐるぐる巻きにしてスピカを拘束する。

 アメリアが呆れたようにやりすぎと言うが、こいつは俺をいきなり殺しにかかってきたのだ。いくら警戒してもし足りない。


 まだレベルはそこまで高くないようだが、その行為からはグレゴリオの血が感じられる。

 スピカを預けた時にはスピカがグレゴリオの訓練に耐えられるか心配していたものだが、まさか染まってしまうとは……本当にままならないものだ。


 こいつを…………藤堂のパーティに入れる?

 いかん、何がどうなるのか全く予想がつかない。


 サーニャが、スピカの背負っていた巨大な十字架をくんくん嗅いで眉を顰めた。


「ボス、見て、この十字架――鉄の塊だ。ついでに血の匂いが染み付いてる」


「…………」


 重いものを持ち歩く事で筋力のトレーニングができておまけに武器になる。一石二鳥だな……罰当たりだが。


 僧侶は本来、刃物を持てない。信仰がそれを邪魔するのだ。例外は特例により許可された異端殲滅官クルセイダーと、十字架を模した十字剣という特殊な武器で信仰の矛盾を回避している聖騎士ホーリー・ナイトだけであり――スピカが短剣を握っていた事実が彼女の今の立ち位置を示している。


 刃物と神聖術ホーリー・プレイを両立できる僧侶プリーストは強い。だが、普通は僧侶に攻撃能力など必要ない。


 俺が求めていたのも完全な補助であった。


 強力な加護で身を守る魔王や高位魔族にダメージを与えるためには神の加護が必要だ。加護持ちの藤堂のレベルを上げねばならない以上、存在力の分散はできるだけ避けた方がいいのだ。


 気絶していたスピカが目を覚ます。回復魔法ヒールを掛けたし、手加減はしたので傷は問題ないだろう。

 スピカはしばらく目を瞬かせ周囲を確認すると、俺に笑顔を向けて言った。


「ご無沙汰しています、アレスさん」


「無駄だ。生物由来の素材には補助バフが乗る。その拘束はお前では解けない」


 もじもじと後ろに縛られた腕を動かしていたスピカが目を丸くする。これは……かなり鍛えられているな。

 油断させての一撃必殺は強力な闇の眷属を倒す最も手っ取り早い方法である。そして、いくら言葉で教えられても普通は顔見知り相手に突撃したりはできない。


「あの……解いて、ください。私は、神の御意志でここにやってきました。師匠からは……修行してくるように、言われています」


 …………うーむ。

 こいつは劇物だな。前のスピカの事を知っている分、藤堂に与える影響も大きいだろう。


 ポジティブに考えよう。使いようによっては藤堂の意識改革になる……か?


「解いてやる前に一つ教えておく」


 大きくため息をつくと、変わってしまったスピカを見下ろし、睨みつけて断言した。


「お前の真偽判断には問題がある。覚えておけ、死んだら偽物じゃない。死んだら――本物だ。大体魔族の方が強いからな」


 スピカの灰色の双眸が大きく見開かれた。





§





 警戒しつつもスピカの話を聞く。その態度はおとなしく以前のスピカの面影もありグレゴリオの弟子には見えなかったが、グレゴリオもあれはあれで一部分を切り取れば礼儀正しく外面がいいので油断ならない。


 どうやら別れた後のスピカは地獄のような実践訓練をグレゴリオに課されていたようだ。最初からグレゴリオと共に異端殲滅とか、ハードルが高いなんてものではない。

 高名な師の元で学んだはずのサーニャとラビも目を丸くしている。


「えぇ……異端殲滅教会アウト・クルセイドってそんな組織だったの!? 怖っ」


「けほっ、けほっ……傭兵も、似たような事はしますが、程度が違いますね。死んだら悪評はすぐに広まるので……けほっ」


 グレゴリオのせいで教会の風評に傷がついてしまう。おまけにここにはアメリアもステイもいるのに、双方とも正すつもりはないようだ。

 まぁ、傭兵よりは新人を使い潰しているかも知れない。人を集める手段はいくらでもあるからな……。


 グレゴリオもこれまで何人も弟子を潰している。スピカは数少ない成功例だという事だ。

 そして、それだって今回のように途中で外に出されずに修行させられていたらどうなっていたのかわからない。


 闇の眷属の勢力は日夜拡大している。闇の眷属には寿命もないので、時間は俺の味方ではない。


 スピカが身を縮めるようにして恐る恐る俺を見ている。その仕草は初めて会った時の事を彷彿とさせるが、視線の運び方が違っていた。

 どうやら無意識に隙を探す癖がついているようだ。


「師匠――グレゴリオさんからは、アレスさんの所ならば強力な闇の眷属が大勢襲ってきて経験をつめると言われています」


「アレスさん……この子、もう駄目なのでは?」


 辛辣なことをいうアメリア。だが、スピカの運命を変えたのお前だから、それを忘れるなよ?


 しばらくスピカの事を見ていたが、考えても仕方ない。すぱっと決断しよう。



「とりあえず藤堂のパーティに突っ込んでみるか」


「え!? いいんですか?」


 アメリアがこちらを正気を疑うような目付きで見てくるが…………うちのパーティには不要だからなあ。


 今うちのパーティに欲しいのは捨て駒にしてもいいそこそこ使える戦士か書類仕事を請け負ってくれる事務員だ。あるいは魔導具に造詣の深い魔導師でもいい。脳筋僧侶はいらん。グレゴリオなら使い潰してもいいが、スピカには無茶な任務を振るわけにもいかない。


 そもそも、戦闘要員はサーニャとラビで足りている。

 いくら激しくても所詮は訓練期間が一年に満たないスピカと高名な傭兵の下で学んだサーニャとラビでは比較にならない。スピカとステイはいらん。人数が増えるとなにかと金がかかって仕方がない。


 藤堂達のパーティも……まあいないよりはいるほうがいいだろう。強いだろうし。

 こういうのは試行錯誤なのだ。駄目だったら抜こう。


 と、そこで話を聞いていたスピカがふと思い出したように言った。


「お待ち下さい、アレスさん。私は……秩序神の敬虔な信徒として、アレスさんに従うつもりですが、一つ、お忘れではないでしょうか?」


「ほう。言ってみろ」


 申し訳なさそうな表情でスピカが周囲を見渡した。

 サーニャとまだ調子の悪そうなラビを、アメリアを、ステイを確認して、はにかむように言う。


「パーティ内の……序列決め、です」


「遠慮している感じを出せば何を言ってもいいってわけじゃないからな?」


 昔のスピカだったら絶対に出てこない言葉である。

 そもそも序列ってどうやって決めるんだよ……。


「戦いです。秩序神の裁定は絶対です。神の意志があれば負ける事はありません」


 グレゴリオにクレームを入れたい。だが、同時に関わり合いになりたくない。

 見たところ、スピカは目一杯の戦闘経験をつんでいるようだ。レベルに差はありそうだが、アメリア辺りは普通に負けそうだな。


 恐らく狼の本能だろう、昔序列勝負を仕掛けてきたサーニャが眼をギラギラさせている。


「サーニャ、遊んでやれ。後でスピカの能力を報告しろ。殺すなよ」


 スピカに負けたらお前の序列はスピカの下だ。




§ § §




 神が祝福しているかのようないい天気だった。

 あてがわれた寝室で、スピカは日課の朝の礼拝を行う。


 様々な事を学んだ。異端殲滅教会第三位。師匠はスピカに言った。

 邪神の加護を持つ闇の眷属と戦うにはあらゆる手段を用いる必要がある。かつてアレスから事情を聞いた時、スピカはその手段の正当性を判断する基準を持たなかった。今ならばわかる。


 闇の眷属との戦いを勝ち抜くためには神の加護が必要だ。だが、秩序神の加護が下される者はほとんどいない。

 その代わりに、神は人に信仰に比例した力を与える。神聖術は信仰心の強さが顕著に出るものであり、実際に故郷の町の滅亡を機に強い信仰心を持った師は一人で闇の眷属を殺し続け異端殲滅教会に見出された。


 終わりなき闇の眷属との戦いの中でこそ信仰心は磨かれる。神はその下僕に突破できる試練しか与えない。

 魔王クラノスの討伐は危険な事だが、それを下されるのは非常に名誉な事で、苦難は単純に大きければ大きい程いい。


 そしてつまりそれは――誰よりも大きな苦難を下され誰よりも強い神聖術を行使するアレスが一番の神の僕という事を示唆していた。


 最初は余りの過酷さに泣き言を言うこともあったが、今は全て受け入れている。

 今後待ち受けるであろう苦難に、スピカ・ロイルは怖れを感じると同時に小さな昂りを押さえられなかった。


 旅支度を終え、見送られる。

 背負った十字架がずっしりとスピカの身体に負担をかける。骨が、肉がきしみ鈍い痛みが奔るがそれすらも心地よい。

 


「本当に大丈夫なんだな?」


「はい。立派に務めを果たして見せます」


「大丈夫だよ、ボス。その子ちょっと、イかれてる」


 素晴らしい戦いを繰り広げたサーニャがうんざりしたように言う。


 異端殲滅官は素晴らしい。信仰を積むと同時に人々を救えるのだ。


 スピカはあの頃とは比ぶべくもない程強くなった。聖勇者はどれほど強くなっただろうか?


 大きく深呼吸をすると、スピカはかつて夢見た一歩を踏み出した。

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