第四報告 勇者パーティの新メンバーについて

第十九レポート:今回は久しぶりに愚痴書くわ

「ああ、そうだ。人を割いて見張らせて欲しい。万が一、良からぬ事を考えた時にはピュートルを捕縛するためだ。これは……神の意思だ。カジノは一概に悪ではないが、俺の邪魔をするならやむをえん。あぁ、そうだ。代役を立てればいい。テオ司祭? ダメだ。たかが寄付でなびくようじゃ役に立たん。金を集めるならベロニド卿くらい集めないとな」


「……まるで悪党みたいなセリフだよ……ボス」


 通信魔法での報告を切る。サーニャが眉を引きつらせてこちらを見ていた。


 カジノはガス抜きに役に立つ。いくら人類が滅亡の危機に陥っていても娯楽は必要だ。

 ピュートルは交渉の通じる有能な男だった。だから可能ならばそのまま置いておきたいところだが、魔王討伐は全てに優先される。説得の時間もない。邪魔をするのならば潰すしかない。


 俺の任務とはそういうものだった。

 無理を通せば道理は引っ込む。どうせ魔王の侵略が進めばリムスなど簡単に滅ぼされるのだ。


 悪徳の街で伝説の鎧を手に入れ、俺たちはすぐさま次の目的に――藤堂たちのいる王都に向かった。

 鎧を届けねばならないのが一つ。ルークス王国の次の手も知らねばならない。


 もともと藤堂達がルークスに帰還したのはルークスから呼ばれたためだ。


 魔王クラノスの配下の一人。海を封鎖していた海魔ヘルヤールの討伐は戦況を一変させる程のもので、聖勇者の功績として申し分のないものだった。

 藤堂が引きこもったり色々あって動きが鈍かったが、何某かのアクションが発生するはずだ。


 ルークス王国と教会は仲がいい。

 ルークス王国はかつて聖勇者が建国した国だ。寄付金もかなりの額受け取っているし、国内のほとんどの街には教会がある。故に、魔なる者の撃滅を担当する聖穢卿が動いた。


 だが、決してルークス王国は教会の下部組織というわけではない。

 王国には王国の思惑が、プライドがある。こちらから指示を出すにも限界があるし、情報の伝達速度にもラグがある。


 藤堂がもっとちゃんとしてくれたら教会の意向も強まり口出ししやすくなるはずなのだが……ともかく、何をいい出してもすぐに動けるように待機しておく必要があった。

 準備はしてしすぎる事はないのだ。



§


 ステイに着せて検証した結果、『集積金属サムメタルの鎧』は噂以上に強力な武具だった。


 自動防御は死角からの攻撃にも完全に反応し、使いこなせば自由に操り壁のように展開して仲間を守る事も可能だ。

 衝撃にも斬撃にも強く、俺がそこそこの力で殴っても吹っ飛ぶだけで済んだ。液体なので傷もつかないし、これがもしも量産できれば被害はかなり減っていただろう。伝説になるはずである。


 唯一の弱点は――鎧の上には着れない事だろうか。

 法衣くらいならば問題ないが、どうやら生体とある程度接触しなければ意志が伝わらないらしい。

 そして、上に鎧を着ることもできない。自動防御が遅れるからだ。まぁただでさえ強力な防具なのだからそれくらいは我慢するべきだろう。


 ルークスにつくと、さっそく教会に鎧を納める。伝説の鎧でさんざん遊んでいたステイが残念そうに言った。


「楽しかったのに…………私も欲しいです」


「勝手に支えを作って転んだ時に転倒自体を防いでくれたらいいのにな」


「…………!!」


 やめろ。その、天才ですねみたいな目で見るのをやめろ。ただの皮肉だよ。

 しかし、ステイは自在に鎧を操っていたが、本当に藤堂にアレができるのだろうか? ステイは変なところでスペックが高いから不安だ。


 もうお前、魔王討伐すれば?


「そうだ……パパに頼めば、もしかしたら――」


「…………」


 ステイがまた酷い事をぶつぶつ呟いている。


 だが、ステイの父親――枢機卿の一人、シルヴェスタ・ベロニドは凄腕だ。

 元大商人が教会権力まで手中に収めたのだからその影響力はかなりのものだ。

 そして、明らかに色々面倒事を起こす娘を教会に打ち込んだのだから親ばかなのだろう。

 とりあえずステイを返してやるから『集積金属の鎧』を人数分頼む。





 宿に戻ると、残って仕事を続けていたアメリアが駆け寄ってきた。

 カジノで金を溝に捨てて消沈していたのだが、どうやら少し調子を取り戻したらしい。


 金なんていい。どうでもいい。必要ならば何とかしてかき集めるだけだ。それ以上に人が足りない。

 薄給休みほとんどなしで申し訳ないが、アメリアには馬車馬のように働いてもらう。俺だって休みなんてないのだ。俺が今欲しいのは、何もしなくても勝手に魔王を討伐してくれる聖勇者ホーリー・ブレイブだ。


 アメリアが真面目な表情で報告してくる。


「アレスさん、ルークス側の動向の速報です。聖勇者召喚の存在を貴族間での共有を始めるとの事です」


「ふん…………とうとう来たか」


 いつかはそういう日がくると予想していた。


 聖勇者の存在はずっと極秘だった。

 教会でも上層部のごく一部しか知られていなかったし、ルークス王国でもそれは同じだった。全ては情報の漏洩を防ぐためだ。


 聖勇者は莫大な潜在能力を秘めているが、召喚したてのレベルの低い状態ならば倒す手段は幾つもある。魔族もそれを知っていて、勇者の存在に気づけば死にものぐるいで襲ってくる。

 事実、藤堂の魔王討伐をサポートしてから魔王の尖兵とは幾度も遭遇してきた。その誰もが藤堂一人では恐らく負けていたであろう相手だ。


 だが、とうとう限界になったという事だろう。

 人類には希望が必要だ。ルークスは同盟国を幾つも滅ぼされ、そして王国自体も魔王軍との戦いに苦戦を強いられている。


 希望なくして戦える程人間は強くない。だが、逆に言うのならば希望があればまだ戦えるという事――。


 聖勇者の存在は明かしても明かさなくても大きなメリットがあるのだ。


 苦戦を強いられ絶望しかけている貴族も聖勇者召喚の事実を知れば気力を取り戻す事だろう。

 ヘルヤールを討伐したという華やかな戦功がある今は絶好のタイミングだ。


「敵が増えるな」


「……王国内部に敵がいると?」


「魔王クラノスはこれまでの魔王とは違う」


 いる。間違いなくいる。貴族に裏切り者がいるとまでは言わないが、少なくとも近いところまで手は伸びているはずだ。


 既に魔王クラノスは勇者の存在を確信している。アズ・グリードの加護を検知するという恐ろしい魔導具を幹部にもたせている。


 いずれ、藤堂は人類の前に立つ。前に立ち、人を導く。人類軍の旗頭に、精神的な支柱になる。それが聖勇者の責務の一つでもある。


 だが、まだ顔を晒すのは尚早のようにも思えた。


 顔を隠し名を隠し存在を隠した状態でも、ここまで苦労してきたのだ。少なくとも降りかかる火の粉を払えるくらいの力は必要だ。

 彼の才能は間違いなく突出しているが、レベルが想定よりも低すぎる。リミスやアリアもまだまだ弱い。奇襲にも弱いし真正面からでも多分負ける。いざという時にグレシャを壁にしても焼け石に水だろう。


 サーニャ、ラビ、アメリア。もういいから、お前ら文句言わず誰か向こうのパーティに行けよ。



 だが、何より問題なのは――。



 と、そこで、入り口の方からサーニャの声が聞こえた。



「ボス、お客さんだ」


「ん? 誰だ?」


「シスター。通すよ」


 シスター……教会からの連絡だろうか?

 教会とのやり取りはアメリアの通信魔法で定期的に行っている。余程の非常事態でもなければ人をよこすなどないはずだ。


 また厄介事だろうか? 次から次へと……。


 一旦考えを置いておき、声の元に行く。


 扉の前に立っていたのは――灰色の髪をしたシスターだった。


 幸薄そうな、だが整った顔立ちに同じ色の髪。長く伸ばされた髪を後ろで縛っている。

 服装は――黒だ。目を引くような黒の外套に隠され、体型はわからない。

 そして、背中には大きな十字架が背負われていた。


 シスターは俺を見ると、破顔する。

 記憶に残っているよりも少しだけ落ち着いた声があがる。


「アレスさん……お久しぶりです……!」


「!? お前…………まさか……スピカか?」


 変わった。

 ユーティス大墳墓での弱点克服作戦。『ピュリフ』の街で別れてからまだそれほど経っていない。

 だが、変化は一目瞭然だ。もともと栄養不足で痩せていたというのもあるが、顔立ちからは子供らしさが少し抜け、年齢的には二つか三つ大人になったようにすら見えた。


 グレゴリオの元で異端殲滅官になるべく修行しているという話は聞いていたが――。


 思わず絶句する俺に、スピカは笑いかけると、両腕を開き体当たりするように飛び込んできた。


「はい。またお会いできて、光栄です」


「ッ!!」


 それは、傍目から見れば再会の抱擁。


 だが、俺は見た。肉付きのよくなった、しかしまだまだ華奢な右手。そこに握られた黒塗りの短剣を。


 一歩後ろに下がり右手を捕まえる。残った左手が自然な動作で懐に入り、短剣を抜く。


 ちらりと翻った外套。その裏にはずらりと短剣が収められている。


 スピカが……悪い子になってしまった。


 かつて顔だけでアメリアに選ばれたシスター、スピカが叫ぶ。


「死んだら、偽物ッ!」


 何でグレゴリオが出会い頭に攻撃してくるのかわかったぞ。



 だが、まだ子どものスピカと俺では腕のリーチが違う。

 俺は腕を伸ばし無理やりスピカの頭を掴むと、そのまま壁に叩きつけた。

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