第十八レポート:鋼鉄の意思こそが世界を救うのか

 報告を聞いた聖穢卿、クレイオ・エイメンはしばらく沈黙した後、呆れたような声で言った。


『そうか……無茶をしたな、アレス。ピュートルは手強いぞ』


「だが、敵ではない。これは、俺の方が強いという意味ではなく、敵対していないという意味だ」


 俺の今の任務は藤堂のサポート。その敵は魔王クラノスとその配下だけであるべきだ。いくらレベルがあっても俺は一人、ただの悪人に構っている暇などない。


 会話を交わしたピュートルはずる賢く強かで野心もあった。だが、やつは恐らく魔王クラノスの手引はしていない。

 カジノの街。リムスの王。余りにも……あからさまだ。魔王クラノスの手下であることがバレれば死罪は確実で、むしろ洗うならば一見怪しくないものを洗うべきだろう。


 魔王とつながりがないのならば、何も問題ない。もとより内部にいるかもしれない裏切り者を探すのは俺の役割ではない。



 机の上には、中に波々と銀色の液体が入った大きな瓶が置かれていた。

 ステイが眼を輝かせ、アメリアが膝を抱えている。サーニャはそんな二人の様子に呆れているようだ。


 俺とは別口でカジノに挑んだ三人の戦果は芳しくないものだった。預けた金の大部分を失ってしまったようだが、まあやむを得ない。


「ボス、まさか……あんな方法、ある? イカサマしたの?」


「してない」


「えぇ…………」


 サーニャの顔がドン引きしたように引きつっている。

 如何なレベル90オーバーでも近くにいるプロの前でイカサマなどできるわけがない。魔導師だったらまた別かもしれないが、俺は僧侶プリーストなのだ。


 ピュートルとの勝負は俺の勝利であっさりと終わった。

 そもそも、賭け事で俺が勝てるわけがないのだ。それが胴元にやや有利なカジノならば尚更の事。

 これまでずっと運に頼らないように立ち回ってきた。俺が賭けで勝とうと思ったらイカサマが必須だ。だが、負けが勝ちとなる勝負ならば俺の独壇場である。

 まさか俺が為すすべもなく負け続けるとは思っていなかったのか、ピュートルの顔ははっきり歪んでいたが、していないイカサマが見つかるわけもなく――。


 まぁ、もしも万が一勝負に勝てなくてもあらゆる手を使って鎧は貰うつもりだったが。


「すごーい、アレスさん! 私と! 私と混ぜれば、いい感じです!」


「殺すぞ」


 入った事もないカジノで出禁になっていた役立たずのステイを黙らせる。


 そして、再び机の上の瓶に視線を向けた。


「これが…………かの有名な集積金属の鎧か。まるで水だな」


 その瓶こそが今回の戦利品。

 かつて戦場を渡り歩いた無類の英雄が装備していたという、聖鎧フリードとは異なる伝説の鎧、『集積金属サムメタルの鎧』だった。


 強力な防具には一見して役に立たなそうな装飾が施されている事が多い。魔法のかかっている装備の中には形状など余り関係ないものもあるが、ここまでかけ離れた形の鎧は初めて見る。


 一説によると集積金属サムメタルの鎧の物理的強度は聖鎧フリードを大きく上回るらしい。反面魔法耐性は聖鎧フリードの方が上らしいが、どちらにせよ今の藤堂には勿体ない鎧だ。


 フリードを着なくなった理由はイメチェンらしいのでこちらの鎧を拒否する可能性もあるだろう……死ねばいいのに。


「…………ピュートルめ……謀ったんじゃないだろうな」


 よしんばこれが鎧だとして、こんなのどうやって着るんだよ。

 散々脅しつけてやったピュートルが今更くだらない偽装をするとは思えないが……。


 俺は少しだけ考え、ステイの方を見た。


「よし、ステイ。試しに着てみろ」


「!? え? ええ!? 私ですかぁ!?」


 サーニャとラビは借り物だ。教会との事務的な作業を一手に請け負い負担を軽減してくれているアメリアも失うわけにはいかない。

 ステイは目を瞬かせていたが、恐る恐る瓶の蓋を開けると、躊躇いなくその中に手を突っ込んだ。


 …………こいつに、怖れはないのか?


「あ! ああ! ひんやり、してます? ひゃあ!?」



 そして、瓶の中の集積金属の鎧が蠢いた。


 ステイが高い悲鳴をあげる。サーニャが一歩後ろに引き、何故か死んだ眼で俺を見ていたアメリアの眼も見開かれる。


 それは魔法のような光景だった。

 集積金属の鎧はどんな体型の戦士でも装備できるという。その理由が明らかになった。


 液体が触れた手の平を飲み込むように這っていた。そのまま腕、首、肩、背、胸と包み込み、下半身に向かう。ステイが眼を白黒させている。

 どうやら集積金属の鎧は法衣の上からでも装備できるようだ。


「なな? なに? なんか、へんな感じです! 締め付けられ――ッ」


 からんと、小さな音がした。瓶の中に残っていたのは一枚の月のような模様が描かれたメダルだ。

 それをつまみあげ、しげしげと見つめる。恐らく、鎧を外すのに使うのだろう。


「凄い! 軽い! ちょっと締め付けられるけど、まるで服みたいです!」


 ステイがぴょんぴょんと跳ね、足を滑らせて激しく転倒する。頭を打つその瞬間、鎧の一部が一瞬で伸び頭部を覆った。激しい金属音が鳴り響く。

 床に倒れたステイが眼を丸くして、歓声を上げる。


「凄い! 全然! 全然、痛くないです! 欲しい!」


 やらねえよ?


 聖鎧フリードは装備者に対して結界を自動展開してある程度のダメージを軽減する力がついていた。

 集積金属の鎧の方は物理的に守ってくれるらしい。単純だがこれは……強い。聖鎧フリードの上から装備すれば最強だ。


 サーニャが小さく嘆息し、呆れたような声で言う。


「なんていうか……凄い装備だね、ボス……お」


 そうだな……伝説に相応しいかなり有用な装備である。


 問題は見た目だけだ。


 ステイは懲りずにぴょんぴょん飛び跳ね、くっきりと形が浮き出した大きな胸を張ってみせた。


「凄い! アレスさん、見てください! 胸を支えてくれるので、これ、多分、ブラがいりませんッ! 欲しい!」


 集積金属の鎧はまるでボディスーツのようだった。胸も腕もウエストも尻も、身体の線がはっきり出ている。

 ステイは先程締め付けられるようだと言ったが、どうやらそういうものらしい。法衣の上から着てもくっきり線が出るのだ。

 これはなんというか……凄い。


 新鮮なのか、ステイが頭あっぱーな表情で自分の胸をぺたぺた掴んで見せる。


「見てください! アレスさん、胸が――堅いですッ!」




 こんなシスター、普通いねえよ!?


 アメリアがボソリと言う。


「ッ……私だって、装備すれば、あります」


「……後の問題は藤堂が気にいるかだな」


 身体の線がくっきり出る装備なのだ。性別や性格によっては忌避する可能性もあるだろう。


 アリア辺り、拒否しそうである。恥など世界平和の前には置いておくべきだと思うが……。


「見てください、アレスさん。堅いだけではなく柔軟性もあります。スカートの中も――銀色ですッ! もう恥ずかしくない!」


 お前は少しは恥じろ!


 金属に覆われ銀色になった法衣の裾をめくって見せてつけてくるシスター。彼女を育てたベロニド卿をとっちめてやりたい。


 俺はつっこみを全て諦め、頭を切り替えると、傍らのメイスを持ち上げた。



「念の為、強度の確認をする。その後、教会経由で藤堂に送るぞ」



 アリアならばこの鎧の真価は知っているはずだ。文句は言わせん。常闇のマントなんて使わせん。

 聖勇者はただ力があればいいというわけではない。聖勇者には聖勇者足り得る姿を示す責務があるのだ。


「身体の線………………無理かも、しれないですね」


 アメリアがボソリと不吉な事を言う。

 恥ずかしい? 恥ずかしいのか? そんな勇者が、いるかーッ!

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