第十六レポート:交渉とは如何にしてするのか
傭兵達に案内されたのはリムスの郊外にある豪邸だった。
派手な街の中心部とは違い、落ち着いた雰囲気で、魔法の灯りで視界は確保しているが人通りは多くない。
高級住宅街なのか、周辺には似たような大きさの邸宅が幾つも並び、それぞれに統一された装備の警備兵がついている。
カジノ王。恨みも買っているはずだ。きっと、一見してどの屋敷がピュートルの屋敷なのかわからないようにしているのだろう。衝動的な犯行を阻止するのにはある程度効果がありそうである。
それなりにレベルの高そうな門番の守る門を通され、傭兵達の代わりに黒服の執事が案内についた。
どこか慇懃無礼な雰囲気を纏った壮年の男だ。その一挙手一投足は洗練されているが、それ以上に隙がない。恐らく、戦闘の経験もあるのだろう。レベルもかなり高いはずだ。
屋敷の中を歩いていく。敷地の中には他にも高レベルの気配が無数に存在していた。中には俺の手を握手で握り物そうとしてきた罰当たりな男に見劣りしない力の持ち主もいる。
人類全体の中で50レベル以上の高レベルの数は極僅かのはずだが、いる所にはいるものだ。
無礼を承知できょろきょろと周りを確認する。掛けられた絵画、おかれた鎧飾り。敷かれた絨毯。
この屋敷の構造は襲撃を念頭に入れている。配置された人員も、ピリピリしたような空気もそれを示している。
警備用の犬の臭いもした。レベルを上げ特別な訓練をつけた傭兵が使うような犬だ。動物は存在力による強化はしづらいが人間よりも基礎性能が高くレベルが低くてもそれなりに強いので、手っ取り早く戦力を強化するのに使われる事が多い。
普段は罠も張られているはずだが、どうやら今は解除されているようだった。
「罠は切ったのか……」
「……ああ、それは――司祭様をお招きするのです。当然でしょう」
執事が心外そうな声で言う。この狸め……思ってもいないことを。
やはり殴っておいてよかった。普通の警備で使うような罠がレベル90オーバーに通じるわけがないが、障害は少ない方がいい。
「俺は殺し合いをしにきたんだがな」
「……御冗談を。ピュートルにそのような意志はありません」
「失礼。穏便な説得と言う殺し合いだ。交渉というのは殺し合いのようなもんだろ? 特に――そちらにとっては」
「…………」
執事が黙る。俺は失策を悟った。
…………駄目だな、脅しすぎた。相手はどうやら殴れば殴る程殴りかかってくるような者ではなかったようだ。
目的を達成するために手段を選ぶつもりはないが、それにも限度というものがある。
応接室に案内される。カジノ王などと大層な名前で呼ばれる割にはシンプルな調度だ。本当に良いものというのは見た目だけではないという事だろう。
運ばれてきた
厄介な相手だな。対策を取られた。
これは、ピュートル側から茶に毒物を入れたりはしていないという宣言だ。
そしてそれはつまり、毒を入れただろうという俺の言いがかりを避けるための策でもある。殴りかかる理由を一つ失ってしまった。
殴るには大義が必要だ。でっちあげてもいいが、ピュートルの持つ力は馬鹿にできない。殴りかかって全て有耶無耶にするのは最後の手段である。
待たされる事数分、ピュートルが入って来た。
リムスの支配者は細身の男だった。周りの護衛と似たようなグレーのスーツに温和そうな容貌。だが、その目の奥に輝く光だけは剣呑で、油断ならない印象を受ける。
商人よりも少しだけ暴力に近い場所にいる。そんな印象。
間違いなく本物だ。この修羅場を幾つも潜っているような空気は影武者には出せない。
ピュートルは中に入ると、続きかける護衛達に指示を出した。
「護衛はいらない。お客様に失礼だ、外で待っていなさい」
「しかし…………わかりました」
護衛達は射殺すような視線を一瞬だけこちらに向け、部屋の外に出る。
小賢しい真似を……そこまでして殴る理由を与えたくないか?
ピョートル・デルホルム。カジノ王。存在力から感じられるレベルは50を越えているが、その佇まいには戦闘に慣れた者、特有の癖がない。
恐らく、金を使ってレベル上げをしたのだろう。レベルを上げれば毒も効かなくなるし負傷も負いにくくなる。
面倒な相手だな。一般人を殴るのは心が痛む。
立ち上がり、手を差し出す。
「初めまして。私はアレス・クラウン。テオ司祭から話は受けているかと思うが、今回はお願いがあってきた。人類の存亡がかかっている。ご協力いただけると――嬉しいのだが」
「これは……ご丁寧に。まずは僕の部下達が申し訳ない。少々粗暴な連中でね……クラウン殿。僕はピュートル・デルホルム。このリムスで幾つかのカジノを経営している。教会とは懇意にしている、貴方とも仲良くできれば……いいのだが」
ピュートルが笑みを浮かべると、俺が傭兵の手を握りつぶした事は知っているだろうに、躊躇いなくこちらの手を握った。
§
シンプルに考えるのが、仕事を円滑に進めるコツだ。
相手の持つ権力だとか、下手に刺激するとこの先面倒な事になるだとか、そんな事を考える必要はない。クビになるならその時はその時だ。
まず眼の前にある目標を全力で達成する。異端殲滅官は実行部隊、責任を取るのは――仕事じゃない。時間をかけていたら人が死ぬ。
俺が責任を取るのはせいぜいサーニャやラビ、アメリア達、俺の部下のしでかした事だけだ(ステイは父親がお偉いさんなのでそっちが責任を取ってくれるだろう。多分)。
理由を伏せてここまでやってきた目的を話す。ピュートルの立場ならば俺の異端殲滅官という身分にも気づいているだろう。
話を聞くと、ピュートルはもっともらしく頷き、余計な事を言わずにさっさと本題に入った。
「もちろん、こちらも協力する気はある。だが、実際問題として――『
「ああ、思うな」
「僕のカジノのコインがプレイ用と払い戻し用、二種類存在しているのは――そういった買取を防ぐためだ。手間がかかっているが、それだけの価値がある。公平性、だ。カジノは公平でなければならない。そうは思わないか?」
「ああ、全くその通りだ」
「…………わかってもらえて、とても嬉しい。クラウン殿」
公平性、か。どの口が聞いているのだろうか。
カジノが開設してからずっと目玉として並んでいる『
数多もの伝説を持つ鎧はこの魔王との戦いが激化の一途を辿る現在、千金よりも価値がある。傭兵や貴族だけでなく、商人も狙っているだろう。
公平ならばとうの昔に誰かの手に渡っていてもおかしくはない。他に商品として並んでいた高価な武具は何度か入れ替わりが発生している。目玉だけ残り続けているということは、何らかの妨害があるという事だ。
俺は一口、茶を含むと、目を細めピュートルを睨みつけた。
「だから、道理を曲げてくれ、と俺は言っているんだ。ピュートル殿。あの鎧は貴方のものだ、ならば、理屈などどうにでもなる。違うか?」
「……僕にもポリシーがある」
「ああ、そうだろうな」
「…………」
流暢に話し続けていたピュートルが黙り込む。
測りかねているな。異端殲滅官は何かと悪名高い。そのほとんどは
いくらこの街で権勢を誇っていたとしても、教会は規模が違う。
ピュートルはしばらく黙っていたが、お手上げと言わんばかりに両手を上げた。
「金には代えられない代物だ。だが……そうだな。商人や貴族ならばともかく、教会がそこまで必要というのならば……条件次第では手を打ってもいい」
『集積金属の鎧』は確かに客寄せとして最適だ。だが、逆に言うのならば
ピュートルは大きく息を吸うと、俺の目をまっすぐ見て言った。
「クラウン殿。あらゆる人類の敵対者を屠る、
「駄目だ」
「……すまない。聞き間違えかな? 今、駄目だと言ったように聞こえたんだが」
「駄目だ。俺は忙しい。力は貸せない」
手っ取り早く鎧を取りに来たのに時間を掛けてちゃ本末転倒だ。いつ聖勇者、藤堂が予想外の動きをするかわかったものじゃないし、いつ魔王クラノスの手勢が再び動き出すのかもわからない。
聖銀製のティーカップをテーブルに置き、愕然としているピュートルに言った。
「寄付だ。ピュートル、寄付しろ。俺は、寄付を求めている」
「なん……だって!?」
「金で売ったら問題かもしれんが、教会に寄付したとなれば客からの風当たりも弱くなるだろう。カジノの評判も上がる。ピュートル、寄付だ。いいか? 寄付、するんだ。闇の勢力と戦うために、あの鎧が必要だ。感謝状くらいは手配してやる」
====作者からの連絡====
5/23、漫画版『誰にでもできる影から助ける魔王討伐』の3巻が発売されます。
原作的には二部開始、グレゴリオやスピカと言った愉快な仲間たちが現れコメディが強くなっています。
特に可愛らしいスピカは原作版だとほとんど挿絵がなかったので必見です!
テンポも漫画になりかなり改善しておりますので、ぜひぜひそちらも宜しくおねがいします!
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