第十四レポート:どうして皆が邪魔をしてくるのか
アメリア・ノーマンは騒がしかったりきらびやかな場所が得意ではない。
そもそも教会は質素堅実を是としているため、教会に育てられたシスターでそういったものに慣れている者は極少数なのだが、ちかちかと魔法の光で装飾された建物を見ると変な夢でも見ているかのような気分になる。
アレスから鎧奪還の命令を受けた時、いつもならばできそうかどうかは置いておいて頼りになるところを見せようとするのに、今回は何も言えなかったくらいだ。
「わぁ……カジノなんて、本当に久しぶりです! この空気! この光景!」
「シスターもカジノに行くんだね……まぁ、ボクも久しぶりだけど」
それでもまだアメリアの気が引けていないのは間違いなくこの二人のおかげだろう。
アメリアが及び腰になるようなぎらぎらとした町並みを見ても、ステファンとサーニャの態度は一切変わっていなかった。
いや、それどころか――ステファンの目はまるでおもちゃを与えられたかのようにキラキラ輝いているし、サーニャは表向き平静を装っているが瞳の奥に興奮が見え隠れしている。
魔王討伐の旅の途中であること、忘れてないでしょうね……。
サーニャはまだ納得できる。傭兵だからだ。傭兵というのは古今東西、戦いと酒と賭け事を好むと相場が決まっている。
だが、同じ神職であるはずのステファンが――しかもアメリアよりもずっと家に恵まれ、蝶よ花よと育てられたはずのステファンが、どうしてここまでカジノに目を輝かせられるのか、それがわからない。
アメリアにわかるのはピンチなことだけだ。
ステファンには美味しいところを何度も持っていかれている。アメリアも影から役に立っている自覚はあるが、この後輩の少女はやることなすこととにかく派手だ。
散々場を引っ掻き回し迷惑をかけたが、結果的にお金になるというファインプレーまで見せた。アメリアにはとても真似できない。
その上でこのカジノでまで活躍されてしまえば、アメリアは立つ瀬がない。
ここが正念場だ。気が引けている場合ではなかった。なんとしてでも、この全身でワクワクを表現しているステファンとぴくぴくとにやけかける表情を抑えるサーニャを統率し、『
そして、可能ならば他にも賞品として並んでいる金には代えられないアイテムを手に入れるのだ。その時こそアメリアのアレスの片腕としての地位は不動のものになるだろう。
「ところでカジノってどんなものがあるんですか?」
「えー、先輩、もしやカジノ初心者ですかぁ? えーっと――」
ステファンがイラッとするような口調で説明してくれる。
最初は仏頂面で聞いていたアメリアも話の内容が進むにつれ、目を見開く。
どうやらアメリアが書物などから手に入れたカジノの情報はだいぶ古いものだったらしい。
現代のカジノで遊べるゲームは予想外に多いようだ。カードを使った各種ゲームやルーレットは基本として、細心の魔導工学を駆使して生み出されたスロットマシンから、捕らえた魔物同士を戦わせ誰が勝つかを賭けるといった常軌を逸したものまで、この暗い時代によくもまあそんなに沢山考えつくものだと感心してしまう。
この街――リムスの別名は悪徳の街である。よく観察するときらびやかなネオンの影には青ざめた人々が何人も座り込んでいる。賭けに全財産を叩いてしまった者たちだろう。
気合を入れ直す。教会はケチだ。
と、そこでアメリアは今すぐにでもカジノに入りたそうにしている後輩に尋ねた。
「そう言えば、ステイ。貴女は何のゲームが得意なんですか?」
「……へ?」
仲間の力を確認するのは当然の事だ。
ステファンが目を丸くし、唇に指を当てていたが、不思議そうな顔で首をかしげる。
そして、予想外の事を言った。
「苦手なものなんて、ありませんけど」
「……は?」
いやいや、流石にありえない。軽く聞いた限りでは、カジノで参加できる賭け事には実力が関わるものと完全に運なものが混在している。
得意苦手は絶対にあるはずだ。あるいは自覚がないだけだろうか?
ステファンがどこか恥ずかしそうに笑う。
「えへへ…………負けたことなんてありませんけど? 賭け事だけは私、得意なんです」
「そんな、またまたぁ……」
「えへへへへ……」
「あはははは……」
サーニャとステファンが笑い合っている。多分サーニャはステファンの言葉を冗談だと思っているのだろう。
だが、付き合いの長いアメリアにはわかった。
この子――ガチだ。活躍せねばと決意したばかりのアメリアにとっては困った話だが、ステファンには既に覇者の貫禄があった。
今思えばアレスは一目でこのステファンの才覚を見抜いていたのだろう。人として大事な物を失っている分だけ、違う部分が強化されているのだろう。
「どーんと泥舟に乗ったつもりで私に任せてくださいッ!」
泥舟に乗ったら困るんですが……。
そんなアメリアの内心もどこ吹く風、ステファンが自信満々にカジノに向かって進む。サーニャが慌ててそれに続き、アメリアも仕方なく敗北者な気分でついていく。
仕方ない。仕方ないのだ。勝率が一番高い手を取らねばならない。大切なのはアメリアが活躍することではなく、アレスの指示をちゃんと達成することなのだ。
そして、ステファンがカジノの入り口を潜ろうとしたその時――何かに躓いたわけでもないのに足がもつれ、盛大に倒れた。
視線が集中する。アレスの鍛錬でドジは多少マシになったと聞いていたのだが、どうやらそれは誤差の範囲らしい。
「ちょ……大丈夫!? ステイさん」
まだこういった光景にあまり慣れていないサーニャが慌てて駆け寄る。涙目で鼻を抑えるステイの手を取り、立ち上がらせる。
と、そこで、その華奢な肩に手がかかった。
手を伸ばし肩を掴んだのはぱりっとした仕立てのいい黒服に身を包んだ強面の男だった。それも、一人ではない。後ろに何人もの黒服が付き従っている。
サーニャの目つきが一瞬険しくなり、すぐに訝しげなものに変わる。
黒男たちはならず者ではなかった。カジノの運営側だ。
カジノの警備を担当し、何かトラブルがあった時に駆けつけるリムスの衛兵である。
明らかに異様な光景に、空気が変わる。ステファンは一人、ぽかんとしている。
そして、黒服が慇懃無礼な声で言った。
「ステファン・ベロニド様。入る前からこのようなことを言うのは恐縮ですが――当カジノへの立ち入りはご遠慮ください」
「!?」
思わず目を見開く。ステファンも状況がわかっていないようだ。
だが、黒服の表情はひどく真剣で、深刻そうだった。ステファンが慌てて甲高い声で叫ぶ。
「へ!? な、なんでですか!? 私、このカジノに入ったことないですッ! どうして私の名前を知ってるんですか!?」
必死の訴えに、黒服は目を細め、懐から紙束を出し、その一枚を突きつけてくる。
紙にかかれていたのはステファンの――今より数歳幼く、しかし如実に面影を残しているステファンの絵だった。
黒服が静かに宣告する。
「ステファン様。勝ちすぎたのではありません。貴女は――負けなさすぎたのです」
怒りではなく、哀れみの篭められた言葉に、ステファンが崩れ落ちた。
どうやらステファンに頼るという手は使えないらしい。まだ賭けに参加する前にバレたのだから、完全にマークされている。
カジノにも評判というものがあるはずだ。それが人目を気にせずに拒否するとは、一体どれほど荒らし回ればこんな対応されるのだろうか。
どうやら本当に泥船だったらしい。
アメリアはうるうるした目で黒服を見上げ、無意味な抵抗をしているステファンの肩を叩き、言った。
自分で考えていた以上に優しい声が出る。
「ステイ、安心して。貴女の敵は――私とサーニャが絶対に取ります」
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