第十三レポート:なんでカジノに武器があるんだ

 異端殲滅官クルセイダーは世界を闇の手から守るために大きな権限を与えられているが、異端認定にも手順はある。

 相手が魔族だったら簡単だが、この世界の大抵の国では理由なく人を殺したら殺人罪になるのだ。


 アズ・グリード神聖教会の権力は大抵の国に根を張っている。

 グレゴリオがまだ平然と外を歩いている事からも分かる通り大抵の事はもみ消せるが、穏便な手段を使うに越したことはない。


 もう慣れてはいるものの、やるせない思いはある。面倒くせえ。どうして魔族を殴るだけでなく人間を殴らねばならないのか。


 今回の対象には金がある。そして、金というのは大体の場合権力と結びついているものだ。

 ましてやその金の一部が寄付金としてリムスの教会に流れているとなれば、障害も大きくなる。


 まぁ、どちらにせよ物を出すまで殴るだけなのだが。


 リムスの教会はカジノから少し離れた所にあった。


 数百メートル先からもはっきりわかる巨大な建物に思わず目を見開く。

 リムスの教会はまるで白亜の御殿だった。大きさ荘厳さともに、教会の威信をかけて建てられた王都ルークスの教会に勝るとも劣らない。立派な尖塔に、鐘まで下がっている。


 これは…………叩きがいがありそうだな。


 戦地の教会でもなければ大抵の教会は夜は休んでいるものだが、リムスの教会には明るい光が灯っていた。

 大きく開かれた扉の中には明らかに直前まで賭け事に耽っていた者たちが集まっている。もしかしたら神頼みに来たのかも知れない。


 秩序神アズ・グリードはそこまで暇ではないし祈っても運がよくならないのは俺が実証済みなのだが、まぁ客に当たる事もないだろう。人混みをかき分け、左耳のイヤリングを見せて中に通してもらう。

 異端殲滅官の存在は教会でもそこまで大っぴらにされてはいないが、下っ端でも司教位の証くらいは知っていたようだ。


 案内された教会の最奥で待っていたのは、大柄の司祭だった。

 大柄などという表現をしたものの、その体型は縦よりも横に広く、カジノからの寄付で肥え太ったのか、顎が二段になっている。だがその佇まいからはそこはかとない威圧感があり、これはこれでリムスの教会のまとめ役としては相応しいのかも知れない。


 白地に金糸で装飾が入ったローブも高級品だ。司祭は俺の左耳のイヤリングを油断ない目つきで確認し、これ見よがしと眉を顰めた。メイスは宿においてきたが、それを持っていればまた反応は違っただろうか。

 だが、その反応には慣れている。教会も一枚岩ではない。


 部屋を見渡す。司祭の部屋は豪華な教会の建物とは反比例して、一見質素に見えた。


 だが、注意して見ると細かい所で贅を尽くしているのがわかる。木のデスク一つとっても高級木材で作られた立派な物で、ガラス棚に何気なく飾られた酒についても、恐らく目が飛び出るような値段がすることだろう。


 俺は案内してくれたシスターに礼を言うと、前に出て胸に手を当て礼をした。


「夜分に失礼する。アレス・クラウンだ」


「……アレス司教殿。ようこそ、リムスにお越しくださいました。このリムスで司祭を務める、テオ・ロンバルディです。まさか司教位の方がこのような夜にやってくるとは……この街の教会の司祭になって初めてですよ」


「ああ、よろしく頼む、テオ司祭。初めて来たが、この街には驚いた。まさかもう夜も更けているのに、こんなに賑わっているとは」


「確かに、リムスはそういう街ですからなあ。ですが、他の街でも探せば賑わっている所はあるでしょう。して、用件は?」


 どうやらテオ司祭は余り俺に長居をしてもらいたくないようだ。あからさまに表情には出していないが、その口ぶりと仕草からはその心情が伝わってくる。

 いや、恐らくそれはあえて伝えているのだろう。それはそうだ。リムスの教会で王をやっている男からすれば、外からやってきた高位の僧侶など敵でしかないだろう。そして、実際に俺は敵なのだ。


 俺は気を引き締めた。肩を竦めて見せる。


「長居をするつもりはない。単刀直入に聞く。この街のカジノの支配人を知っているか?」


「それは……もちろん。ピョートル・デルホルム。この街一番の資産家です、カジノ王と呼ばれる事もある。この街に住む者で知らぬ者はいないでしょう」


「多額の寄付を受けているな?」


「ええ、ありがたいことに、ね。しかしそれは正当な物です。こんな夜に詰問される謂れはない」


 テオの眉が一瞬顰められるが、すぐに返答してくる。恐らく、追求を受けても回避できる自信があるのだろう。あるいはこの街で敵がいないので増長しているのか。

 テオはピュートルと面識があるはずだ。金と権威と教会は切って切れない関係がある。そちらから突っつけば暴力を振るわずに済む可能性がある。


 左手を上げ、薬指に嵌められた黒の指輪――異端殲滅官の証を指した。テオが訝しげな表情になる。



「俺は異端殲滅官クルセイダーだ。ピュートル・デルホルムには異端の疑いがある。テオ司祭にも協力を願いたい」


「異端……殲滅官? 馬鹿な……ピュートルは潔白です、異端だなどと、何の証拠があって――」


 テオの表情にはここに至って、まだ焦りが見えなかった。異端殲滅官は教会の暗部だ、公にならないのはやむを得ないが、内部のメンバーにまで周知が甘いのはいかがなものか。


 平和ボケした司祭と距離を詰め、頭一個分小さな司祭を見下ろす。微笑みを浮かべ、同時に僅かな戦意を混ぜる。


 そこでようやく今の状況を理解したのか、表情が変わる。


「いいか、テオ・ロンバルディ。潔白かどうかは……俺が決める。潔白を証明したいのならば、協力してもらうぞ。テオ司祭には協力の義務がある、抵抗はしない方がいい。これまで抵抗した者たちは、皆後悔していたからな」


 資産家ならば異端殲滅官の事も知っているはず。

 相手が賢い男ならば、すぐに決着がつくだろう。





§




 どうしてカジノの景品に名だたる武器防具が置かれているのか、さっぱりわからない。

 武器防具は優れた使い手の元にあってこそ輝くのだ。今が平和ならばまだ理解できなくもないが、魔王軍に攻められている状態で飾っておくなど平和ボケしているのも程がある。

 実用品を置くな! 貴金属や美術品を置け!


「横暴だッ! そんな行為が許されるわけがないッ!」


 俺の要求を聞き、テオが唾を吐き散らかして怒鳴る。顔は真っ赤で、脂汗がだらだらと流れていた。


「ああ、よく言われる。だが、こうして許されている。いいか、俺には、テオ司祭を、さしたる証拠もなく、処断できる、権利がある。相手が内部の人間ならば後処理の手間もない」


 それは、人間に化けた魔族をすぐさま処刑するために与えられた権利だ。

 もちろん、国の法律上許された事ではないのだが、そんなもの関係ない。闇の眷属を片付けるのに法律を守っていられるか。


 誰の許しがあるかって? 神だよ。


 木のデスクに腰をかけ、テオを見下ろす。

 手を抜いているとはいえ、レベル90オーバーの『威圧プレッシャー』を受けてまだ威勢を保てるとは、さすが司祭位だ。


「最初から協力を得られるとは思っていない。だが、なるべく殺したくはない。欲しいのは『集積金属サムメタルの鎧』だけだ」


「あ、あ、あれは、カジノの目玉ですッ! 不可能だッ! これまで何人も著名な傭兵たちが買取交渉をしたが、ピュートルは頷かなかったッ!」


 その情報は既に知っている。楽に手に入るのならば教会になんか来ていない。

 絞れるだけ絞る。頷かせる。まだ手を下していないだけ俺はグレゴリオよりも優しい。


「いいか、テオ司祭。俺は、何とかしろと、そう言っているんだ。それとも、なんだ? お前は異端に与しているのか?」


「か、彼には、無数の護衛が、ついている。脅しは不可能ですッ!」


「不可能かどうかは俺が決める――」


 確かに、テオの言うことは一理ある。ピュートルがつけている護衛は最前線で戦うレベルの傭兵だ。

 数は数人だが、軽く調べた限りでは、リーダーのレベルは何と80を越えるという。こんな所にいるのがおかしいレベルだ。場合によっては――厳しい戦いになるだろう。

 だが、ここは戦場ではない。高レベルの人間を殺すのは勿体無いが、即死さえ回避できれば後で回復させることもできる。不意打ちで仕留めるべきだろう。


 そこで、俺は表情を緩め、威圧を止めた。デスクから下り、ぱんぱんと服を払い、声のトーンを落として言う。



「――だが、そうだな……協力頂き、感謝する」



「…………はぁ?」


 テオが目を見開く。俺は至って真面目だ。


「テオ司祭の証言で確信に至った、奴は――異端だ。間違いなく、魔王クラノスの手先だろう」


「!? は? そんな、事――」


「優れた武具を集めカジノに封印する事で人族側の戦力を低下させる恐るべき作戦だ。貴殿の証言がなければ絶対に気づけなかった。本来ならば、穏便に『集積金属サムメタルの鎧』を買い取るだけのはずだったが……秩序神の名の下に財産は全て徴収し、ピュートルから情報を搾り取る事にしよう。貴殿は…………リムスの英雄だな」


 それは、最悪の手だ。

 人を消すことに躊躇いはないが、ピュートルは証拠もなく処断するには余りにも影響が大きすぎる。財産を全て没収するというのも難しいだろう。ルークスには英雄召喚の奇跡を使ったという貸しがあるが、それを考慮に入れても大きな借りになる。


 だが、決して不可能な事ではない。


 テオの顔色が真っ青に変わる。俺が何を言っているのか理解したのだろう。

 ピュートルが教会の手に落ちた。異端に認定され財産まで没収されたとなれば、矢面に立たされるのはこの街の司祭であるテオである。


 カジノはリムスの生命線だ。なくなればこの街は荒廃することになるし、ピュートルには大勢の仲間がいる。高レベルの傭兵を護衛につけられるのだ、その中には荒事を得意とする者もいるだろう。

 報復も十分ありえる。話を聞く限りでは、テオはピュートルよりも立場が下のようだ。そんなテオが自分の身を守れるとは思えない。





「わ、わかったッ! わかった、協力するッ! 多分無理だが、話をしてみよう、それで……どうか、許してくれ」


 テオが頭を掻きむしり、震える声で言う。やれるなら最初からやれよ。

 

 至近距離からテオを見下ろし、言い聞かせるように言う。


「いいか、テオ司祭、俺は貴殿に……一切、興味がない。ぶっちゃけ、ピュートルにも興味はない。だから、目的を達するためならばあらゆる方法を使う。闇の眷属を殺すためならば、何人でも殺す、尊い犠牲だ、ああ、とても心が痛む」



 だが、安心しておけ。藤堂のイメチェンが行動の発端だという事は黙っておく。慈悲という奴だ。





異端殲滅官クルセイダーの手から逃れられると思うなよ」




====作者からの連絡====

コミカライズ二巻、発売しました。

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