第三報告 カジノに眠る武器の入手について

第十二レポート:俺はどうすればいいんだ

 もう日が沈んだにも拘らず、周囲はカラフルな光で輝いていた。魔法の光だ。

 炎を使わずカラフルな光で周囲を照らす魔法は普段は滅多に見ないが、祭りの場などでたまに使われるものである。光を専門に操る魔導師もいるくらいだが、長時間光を踊らせようとするとそれなりの労力がかかり、自ずと料金がかかるので滅多に見られるものではない。


 だが、この街ではそれが毎夜欠かさず使われているらしい。それ用の魔導師を何十人も雇い交代制で光を放っているようだ。

 夜とは思えない賑わいっぷりに、いつも冷静なアメリアがぽかんとしている。その手から伸びたロープの先――首輪に繋がれたステイが、目を輝かせていた。

 気温は低いはずだが、夜にも拘らず大量に出入りしている客たちの熱気で、汗ばむ程暑い。


 王都ルークスから馬車で三日。その街は様々な異名を持っていた。

 眠らない街。夜と光の街。悪徳の街。そして……カジノの街。


 夜と光の街『リムス』はルークス王国でたった一つ存在するカジノで知られる街だ。


 冒険者や傭兵は皆ギャンブルが好きだ。そしてもちろん、僧侶もギャンブル好きな者は多いから、僧衣を着ていても目立たない。

 王国の住人に取られたアンケートでは一度は行ってみたい街ベスト3の常連らしい。


「魔王の侵攻が止まっているとはいえ、凄い賑わいですね」


「侵攻は関係ない。たとえ止まっていなくても、攻め込まれる寸前までこの街はこのままだろう」


 そして、欲望が集うこの街の警備は王国内の街の中でもトップクラスだ。

 秩序神に仕える身としては思うことがないわけでもないが、この街がこうして成り立っているという事は、教会からも認められたという事である。事実、このリムスには他の街では見られない豪華な教会がカジノの寄付で建てられている。


 本来ならば間違っても俺が立ち入るような場所ではない。特に、魔王討伐のサポート中ならば尚更だ。


 だが、本当に忸怩たる思いでここにやってきたのは――。


 俺は目を輝かせているサーニャと、熱気に当てられたのかふらふらしているマスクをつけたラビ、アメリアとステイを見回して言った。


「もう一度、目的を言うぞ。このカジノの景品には強力な防具――『集積金属サムメタルの鎧』が存在している。数々の戦場で使われた、一種の『伝説の鎧』だ。本物との鑑定も出ている、藤堂がイメチェンした以上は、絶対に手に入れねばならない」


 胃がキリキリと痛んでいる。

 本当に馬鹿らしい話だ。どうしてカジノに伝説の鎧が景品として置かれているのかもよくわからないし、藤堂のイメチェンは本当に意味不明で度し難い話である。

 おまけに藤堂は、代わりにフリーディアで所蔵されていた常闇のマントを装備するとかのたまっていたらしい。どこの世界にそんな格好の勇者がいるというのだ、死ねッ!


 聖鎧フリードは勇者にのみ装備することのできる伝説の鎧である。

 もっと正確に言うのならば、勇者というより秩序神アズ・グリードの加護持ちというのが条件らしいが、まぁその辺りはどうでもいい。秩序神の加護持ちは藤堂を入れても数える程度しか存在しないし、俺も持っていない。


 ともかく、聖鎧フリードに代わる防具などこの世にほとんど存在しない。その数少ない防具の一つがこのルークスに眠っていたのは神のお導きなのだろうか、死ねッ!


 おまけにカジノは民営らしく、権力を使ってもその鎧を吐き出させることはできなかったらしい。


 目が輝かせ、巨大なカジノの建物とそれを彩る魔法の光を見ていたサーニャが震える声で言う。


「ボク、ボスのそういう所、好きだな」


「抜かせ。お前はカジノで遊びたいだけだろ。いいか、これは遊びじゃない。遊びじゃないんだ」


 鎧を買い取るのは不可能だ。カジノで賭けに使われるのはコインだが、このカジノには大きく分けて二種類のコインがある。

 換金で手に入るコインと賭けで勝った時に手に入るコインだ。そして、賞品は後者のコインでしか交換できない。


 このカジノには『集積金属サムメタルの鎧』以外にも数々の有用で希少な武器防具が並べられているが、それらを手に入れるには賭けに勝つしかないのだ。そして、毎晩沢山の人々がやってくるカジノの中でそれらの景品は長い間並べられている。


 希少な武器防具を眠らせておくなど、まさしく諸悪の根源、人類の損失である。


「ちなみに、俺は凄く運が悪い。イカサマを使わずに賭けに勝った試しはないし、ここのイカサマ対策は万全だ」


「……ボク達を手に入れた賭けもイカサマだったしね」


「けほ、けほッ、ボス、私にお任せください。私に、お任せください」


 熱気に当てられたのか、ラビの顔は真っ赤だった。厚着にマスクをしているが無数の視線に晒され、今にも倒れそうだ。

 客は大体酔っ払っている。万が一、セクハラを受けてうっかり首を飛ばしたらさすがに庇いきれない。休ませるしかないな。


「資金はあるが余裕はない。名だたる大富豪も傭兵も誰も手に入れられなかった装備だ。いいか、絶対に手に入れるんだ」


 俺の言葉に、首輪に繋がれたステイが情けない敬礼をした。


「お任せください、アレスさん。私は三つのカジノで出禁になっていますっ!」


「…………今日程、お前を頼りに思った事はないぞ、ステイ。このカジノで出禁になってもいいから、なんとしてでも鎧を手に入れるんだ」


 これは遊びではない。俺たちの行動に藤堂のイメチェンの可否が掛かっているのだ。

 クレームを入れたクレイオからもサポートしろという命令が下っている。死ねッ!


 俺は湧き上がる力を声に込め、命令した。


「アメリア、ステイ、サーニャ、金はいくら使っても構わん、なんとしてでも鎧を手に入れるんだッ! ただし、騒ぎは起こすなよ。…………ラビはホテルで待機だ」


「うわあああああああああッ!」


「…………わかりました。ありがとうございます、ボス。けほっ、けほっ」


 サーニャがよくわからない楽しそうな雄叫びをあげ、ラビがふらふらしながら咳き込む。

 アメリアが目を瞬かせ、尋ねてきた。


「アレスさんは、何をするんですか?」


「支配人を異端認定してくる」


 こっちは暇じゃないのだ、サクッと終わらせてやろう。異端殲滅官を舐めるなよ。


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