第十レポート:結果と原因調査について

 状況を確認する。教会に連絡し、藤堂の傷を間違いなく完治させるために一流の僧侶プリーストを派遣する。

 クレイオからの連絡に言い訳混じりの報告をあげる。さすがの俺も、今度ばかりは強気でいく気にはなれなかった。


 藤堂の敗北はあらゆる意味で衝撃的だった。


 サポートを頼まれてから、俺は誰よりも近くで聖勇者ホーリー・ブレイブ、藤堂直継の力量を測ってきた。ルークス王国や教会のメンバーの中では藤堂の実力を過剰に評価している者もいるが、俺は違う。


 だが、同時にその才能は確かに勇者に相応しい、目を見張る物だったはずだ。

 十分安全な、負けるわけがない勝負だった。聖剣と聖鎧を持つ藤堂が負ける訳がない試練だった。どうして負けたのか、結果が出た今でもにわかに信じがたい。


 ずっとシビアな目で見てきたつもりだったが、いつの間にか色眼鏡がかかっていたのか。それもまた、聖勇者の名前の重みなのだろうか?


 考えがまとまらないままに、情報の隠蔽を指示する。

 幸い、負傷した藤堂が戻ってきたのはフリーディアの邸宅だ。見ず知らずの者に見られる心配はなかったが、まだ名が広まる前だというのに、たかが魔道具による修練で黒星をつけるわけにはいかなかった。


 諸々の指示を終えた時には日が沈んでいた。

 俺と同様にあちこち駆け回ってきたアメリアに確認する。


「ステイは戻ってきたか?」


「いえ……まだです。反応もありません」


「クソッ、何が起こっている……」


 何もかもが予想外だ。フリーディアが魔族に乗っ取られ、藤堂に対して攻撃を仕掛けてきたのだろうか? そんな妄想まで浮かんでしまう。

 もちろん、ありえない話だ。フリーディアが魔族に乗っ取られているのならば、そんな面倒なプロセスを経由しなくても藤堂の一人や二人簡単に消せる。だが、そのくらい、藤堂の敗北は衝撃的だったのだ。


「ま、まぁ、落ち着いてよ、ボス。そういう事もたまにはあるさ」


「あってたまるかッ! ここまでうまくやってきてたんだぞ?」


 確かに、若干うまく行き過ぎてはいた。だが、それは決して苦労なくしてうまくいったわけではない。

 いろいろなトラブルは起こったが、全てを乗り越えてきた。それなのに、ちょっと目を離しただけでこうなるとなると、先行きが不安過ぎる。


 藤堂が負けたのもまずいが、ステイが戻ってこないのもまずい。

 ステイは枢機卿の娘なのだ。まぁ負けないだろうと思ったので送ったのだが、死んだら死んだで面倒な事になる。

 ……うまくごまかせるだろうか。生きていても死んでいても厄介とは、本当にどうにもならない。


 歯を食いしばり、ウロウロしながら今後の対応について頭を回転させていると、ラビが言った。

 体調不良で顔を真っ赤にしながらも、冷静な声を出している。


「ボス、僭越ながら……藤堂さんが生きて帰れたことをまずは喜ぶべきです。落ち着いてください…………必要であれば、特別に私の、耳を、触っても、いいです」


 フードをおろし、ぺたんと垂れた耳を出してみせる。俺はそれを見て、やや冷静さを取り戻した。


 足を止める。確かに、ラビの言う通り藤堂が死ななかった事をまずは喜ぶべきだ。最悪の事態は避けられた。奴が生きているのならば他の事はいくらでも取り返しがつく。


 リーダーが焦っていたらまとまるものもまとまらない。俺は一度小さく咳払いをし、目を細めた。


「確かに、その通りだ。藤堂は療養中だ。回復次第、詳しい原因究明と対策を行う。アメリア、藤堂から状況を引き出すための準備を頼む」


「承知しました。手はずを整えます」


「ボス、ボクは何をする?」


「……邪魔にならないようにじっとしていろ。お前は戦闘要員だ。今は必要ない」


 サーニャは教会の人間ではない。ブランの弟子なので信用はしているが、できることは限られている。

 不満げに唇を尖らせるサーニャから、耳を出したままじっとしているラビに視線を向ける。


「ラビ、下らない冗談を言わせて悪かったな。少し冷静さを欠いていたようだ」


「……冗談じゃなかったんですが……けほっ、けほっ……ボスのお力になれたようなら、なによりです」


 ラビが眉を顰め、フードを被り治す。冗談じゃないって、兎人の耳には鎮静効果でもあるのだろうか。


 しかし、本当にどうして負けたのだろうか? 藤堂は対精霊戦に慣れていないかもしれないが、側にはリミスがいたはずだ。

 足りないのはなんだ? レベルか? 知識か? 経験か? それによって、こちらの対応も変わってくる。


 フリーディアの修練はそこまで困難な物だと言うことだろうか……?


 その時、不意に俺の胃がずきりと痛んだ。気配が近づいてくる。部屋の扉が勢いよく開く。

 俺は新調したばかりの胃薬の瓶を取った。


「アレスさんッ! ステファン・ベロニドッ! ただいま戻りました!」


「……げ、元気がいいな……」


 アメリアもサーニャもラビも、シラけた目で元気いっぱいのステイを見ている。

 その姿は出ていった時と何ら変わっていない。ただ、目だけがきらきらと輝いていた。俺の方に数歩踏み出し、足をひっかけて受け身も取れず床に転がる。ベロニド卿に精神的苦痛で損害賠償を請求したい。


 無言の視線の中、ステイは何事もなかったかのように立ち上がると、無駄に大きな胸を張って笑顔で言った。


「アレスさん、褒めてくださいッ! 私、ばっちり修練場をクリアしてきましたッ!! 一番上にいた神霊に褒められましたッ! 私、凄いッ!」


「…………」


「ふふふ……新たな、力も手に入れましたッ! これで、もっとお役に立てますッ!」


 趣旨が……趣旨が迷子になってる……。

 違うだろ。お前を派遣したのは、藤堂の様子を見守るためであって、一人だけ修練場をクリアすることでも新たな力を得ることでもない。


 ばりばり胃薬を噛み砕き、俺は目を細めると、沈黙を保っている頼りになる仲間たちを見て命令した。


「おい、誰かこいつを黙らせろ。俺は藤堂復活まで時間があるから、ちょっと街の外に行って適当な魔物をぶち殺してくる」


「え!? アレスさん、私も! 私も、お供しますッ!」


 こいつは、俺の忍耐の限界を試してるんだろうか。

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