第九レポート:修練場と勇者について

 教会に連絡し、情報を取り寄せる。

 信仰の根はどこにでも存在する。世界で最大規模の信徒を誇るアズ・グリード神聖教会には多くの情報が集まる。

 幸いなことに、フリーディアの修練場についてはその界隈では有名な話らしく、すぐにある程度の情報を入手できた。


「アレスさん……私がいない間に、ステイを呼んだって本当ですか?」


「フリーディアと懇意にしている魔導師――必要な対処だった。苦情は受け入れるがその件について論じるつもりはない」


 いかにも不機嫌そうな表情をするアメリアを切って捨てる。

 時にはいかにも馬鹿げた手を取らなくてはならない時もある。そして、アメリアは俺の部下であって、全ての決定権と責任は俺にある。


 アメリアは俺の言葉に、眉を顰めて言った。


「わかりました。……アレスさんはいつも私に何も相談せずに進めるんですね。このアレスさんの人でなし!」


「……それは苦情じゃない」


 肩の力が抜ける。ステイはあれでアメリアの後輩なんだが、それを呼び出しただけで人でなしとは――確かに人でなしかも知れないな。

 サーニャが椅子の上で足をぶらぶらさせながら言葉を待っている。俺は力を込めて断言した。


「これは…………幸運だ」


「アレスさんがそう言って幸運だった事は一度もありません」


「そーだ、そーだ!」


「苦情の受付はもう締め切ってる。聞け!」


 これは幸運だ。幸運なのだ!

 困難な任務を熟す上で悲観的になりすぎるのはよくない傾向である。

 そしてサーニャやラビ、アメリア達は俺の事をよく見ている。特に金銭による繋がりしかない(今ではそれもあるかどうか微妙な)サーニャやラビに対して、俺は前を向いている事を示さねばならない。


 そして、今回の引き篭もりは本当に唐突でできれば事前に言ってから決行して欲しかったが、必ずしも悪い話ではない。


「修練場を生み出したのはフリーディアの始まりとなった初代当主だ。修練場は精霊魔導師エレメンタラーに実戦経験を与え鍛える事を目的としている。そもそも、藤堂にとってはそこまで高い難易度の試練ではない」


「ん? どういうこと?」


 俺の言葉に、サーニャが大きな眼を瞬かせる。

 獣人という種族は卓越した身体能力を持つ反面、魔法系の攻撃への耐性が低い。銀狼族という獣人の中でも特別な血を引くサーニャはまだマシなはずだが、得意という事はないだろう。


 そこで、脆弱な種族出身のはずなのに何故か首狩りマシーンをやっているラビがけほけほ咳き込みながら言った。


「精霊魔導師が実戦経験を積むための試練――相手は、精霊、という事ですね、ボス」


「…………そうだ」


 精霊魔導師にとってその実力を決める技術。それは、必要な魔法の取捨選択だ。

 多数の精霊を使役し攻撃、補助、回復まで熟す精霊魔導師にとって、戦闘の最中に取れる選択は膨大だ。そして、相対する魔物や状況に対してどれだけ適切な選択を取れるかは精霊魔導師の強さそのものに直結する。


 たとえ強力な上級精霊と契約できたとしても戦況に応じた魔法を選択できなければ使い物にならないし、逆に下級精霊としか契約できなくても卓越した魔法の選択技術で大魔導師と呼ばれる者も存在する。


 精霊の契約は運が絡むが、技術は修練で向上させることができる。


 フリーディアは精霊に愛された家柄だ。上級精霊と契約が結べるのであれば、その結んだ精霊の力を十全に発揮できるよう己を鍛え上げようとするのは理にかなっていると言えた。


「精霊は苦手な属性と得意な属性がはっきりしている種ですから…………修練場を生み出したのがフリーディアの家だというのならば……自ずと予想できることです。ですよね、ボス」


「ああ、その通りだ」


 フリーディアの開祖は己の契約した精霊を使って修練場を生み出した。

 教会に残された情報によると、修練場には多種多様な精霊が生息しており、実戦を学べるらしい。


 具体的にどんな精霊がいるのかまではわからなかったが、流石に上級精霊はいないだろう。そして相手が精霊ならば藤堂にとっては格好の相手だ。


 もっとも――修練場の趣旨からは外れているが。


「? 相手が精霊なのはわかったけど、どうして精霊なら藤堂さんなら問題ないのさ?」


「!! それはきっと――」


 サーニャの言葉に、アメリアが口を開きかける。

 その声に被せるようにラビが言った。静かな声。ルビーのような真紅の目がじっとこちらを見上げている。


「聖剣と聖鎧ですね、ボス。この目で、確認しました。あれには強力な神秘な力が込められてる。聖鎧フリードはあらゆる魔法を大幅に軽減し、聖剣エクスならば実体のない精霊を切り裂ける。中身は、未熟でしたが、あの装備なら……確かに、大抵の精霊は、相手にならない」


 耳でも動かしているのか、フードがもぞもぞと動いている。

 僅かな情報しか与えていないのだが、素晴らしい考察だった。暗殺者というのは多岐に亘る知識が必要なのかもしれない。

 アメリアがお株を奪われ憮然としたようにラビを見ている。張り合うなよ。


「百点だ、後でご褒美に人参をくれてやろう」


「……ありがとうございます、ボス」


 冗談めかして言うと、褒められて嬉しかったのか唯一出ているラビの目が少しだけ柔らかくなる。


「盾が壊れているのが少し不安だが、まぁ問題ないだろう。聖鎧があれば大きな傷を負う可能性は低い」


 聖鎧フリードは圧倒的な物理耐性と魔法耐性を併せ持った聖なる鎧だ。教会に収められていた情報によると、あの鎧は四肢体幹は当然の事、直接鎧に覆われていない部分についてもダメージ軽減の効果があるらしい。

 藤堂がこれまでの冒険で大きな負傷を追わなかった理由でもある。


 サーニャが感心したように唸っている。

 本来、装備の質は本人達の力量に比例するものだが、装備がいいのは藤堂パーティの大きな長所だ。

 これまで格上とぶつかり続けてきたので忘れそうになるが、奴は勇者の装備を持っているのだ。


 まぁ、フリーディアの修練場の目的は精霊魔術の技術向上であって、剣の使用は趣旨から外れている。

 何のために修練場に入ったのかという話になるが、そもそも全属性の精霊と契約を交わしていないリミスや藤堂は前提条件すら満たしていないだろうし、何かの足しにはなるだろう。


 ステイも送ったわけで、このまま放っておいてもすぐに帰ってくるはず。ついでに修練場をクリアすることで藤堂の自信が回復すれば一石二鳥だ。


 念の為に確認する。


「アメリア、リミスの私室にゲートがあるらしい。ここからその内部にいる藤堂達の様子を測れるか?」


 十中八九無理だろう。アメリアの探査魔法はソナーに似た原理で対象の居場所を探っている。

 物理的な距離で測れない修練場にいる藤堂達の様子が探れる訳がない。


 俺の言葉にアメリアは一瞬思案げな表情になった。


「普通の探査魔法なら不可能です。ですが……もしかしたら頑張れば――」


「頑張れ」


 頑張れ。


「私の特別な探査魔法を使うには、対象の髪の毛とやる気が必要です。残念ながら今はどちらも欠けています」


 アメリアが真面目な顔でハキハキと言う。


 冗談なんだろうか、本気なのだろうか。髪の毛を使う魔法って、もしかして呪いでも掛けるつもりなのだろうか?

 アメリアには謎が多い。


 頭を切り替える。


「アメリア、サーニャと相談しながら藤堂達が帰還した後、グレシャにどう慰めさせるか草案を作っておけ。確認するからな」


「えぇ……本気ですか?」


「えー、なんでボクとアメリアさんだけ? ラビは?」


 自分たちで好き放題罵ったくせに、血も涙もないのかこいつらは……もしかしたら人でなしはステイではなく、悪気が一切ないアメリア達なのかもしれない。


 そして、未だ調子が戻らずふらふら頭を左右に揺らしているラビを巻き込もうとするとは……一度しっかり叱ったほうがいいだろうか。

 ……アメリア達の草案が駄目だった時のために、俺の方でも何か考えておかなくては。


 仏頂面を向けると、しぶしぶといった様子でアメリアとサーニャが顔を突き合わせ草案を練り始める。


 戻ってきた藤堂が自信を取り戻していればいいんだが……。


 藤堂は聖勇者だ。秩序神が英雄の資質ありと判断した男だ。

 これまでも何度も問題は起こったが、その都度うまいこと乗り越えてきた。俺の中の藤堂の評価は、決して低いわけではない。

 俺にはわかる。奴はやればできる男なんだ。ただ余計な事までやってしまうだけで……なんだかんだ今回もうまいことやってくれるだろう。


 その時、ふと袖を引かれた。そちらを見ると、先程までベッドの上で座り込んでいた、ラビがこちらを見上げている。

 目元だけ出した格好は異様だったが、その双眸の端には涙が溜まっており、調子が戻っていない事がわかる。


「ん? なんだ? 体調は大丈夫なのか? しばらくラビは休んでいていい、今は調子を取り戻す事だけ考えてくれ」


 ラビは切り札だ。一度ヘルヤールの首を狩って見せた、正真正銘の切り札で、同時にそう何度も使えそうにない脆い札でもある。

 後一回か二回か。もしかしたらもう使えないかもしれないが、ヘルヤールの首を狩った時点で大金星なのだから甘んじてブランに返すべきなのだろう。

 頭も切れるようだが、さすがに今の様子が続くようならば使い物にならない。ステイが性能だけだったらトップクラスだったり、本当に世の中ままならないものだ。


「いえ……ボス、お気遣いありがとうございます。それで……その……」


 ラビは珍しく視線を落としもじもじと指先をいじると、覚悟を決めたように言った。


「ご褒美の人参は……その……いつ頂けるのでしょう?」


「……あれはただの冗談だ」


「…………そうですか」


 ラビがあからさまに肩を落とし瞳を伏せる。

 信頼されたと取るべきなのだろうか。最初のラビはもう少し警戒していた――ビジネスライクな態度だったように思えたが……。


 ……人参、欲しいのか?

 それでやる気が出るなら人参くらいいくらでも買ってやるが、異文化交流って本当に難しい。


 俺は勿体をつけて言った。


「…………だが、報酬は必要だな。そうだな…………何か功績を立てたら報酬とは別に買ってやろう」


「わかりました」


 ラビが素直に頷き、拳を握る。

 たまに訓練をつけてやれば無料になるサーニャといい、本当に安上がりな娘達だ。

 次の追加要員のメンバーには半獣人も視野に入れておこう。



§ § §



 そわそわしながら藤堂の帰りを待っていた俺の元に、藤堂が重傷を負い命からがら修練場から帰還したという情報が入ってきたのはその晩の事だった。

 もはや……意味がわからない。

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