第七レポート:藤堂達の行動の変化について

 急いで宿に戻る。部屋には全員が揃っていた。

 昨日とは違い、部屋の中は整頓されていて、食事の跡なども残っていない。ただ、慌てて片付けたような跡がある。


 サーニャがどこか居心地の悪そうに笑い、ラビは相変わらず調子が悪そうに目元だけ出している。アメリアの表情だけがいつも変わらなかった。


 三者三様の様子を確認して、大きく深呼吸をする。感情が抑えきれなくなった時は一度深呼吸をする。それが円滑に事を薦めるコツだ。

 アメリアからの報告を聞いた時には驚いたが、大丈夫、引き篭もった。引き篭もっただけだ。引き篭もっただけ……。


「何があった?」


「グレシャさんを使って、少し発破をかけたら引き篭もりました。部屋から出てこないらしいです」


 一体何を言わせたのだろうか……その表情からは悪気が一切見られない。

 ここ半年余り、絶え間なく幾つもの計画を立てた。要員を探し特訓を課し、レベルを上げ、しかしその全ては前提として藤堂が魔王を倒すことを置いている。


 心が折れて貰っては困るのだ。だが、藤堂の気質から考えてそれだけは心配していなかった。

 そもそも折れるならとっくに折れてるだろう。


 発破をかけたら引き篭もったって……。


「あはははは……だ、大丈夫だよ、ボス。少しからかっただけで……うん、自省も必要だと思うよ? ……大人しくなったし、ちょうど良かったんじゃないかなあ。そ……そうだこの程度で折れるなら使い物にならないよ」


「ごめんなさい、ボス……意識がずっと散漫で…………止めきれませんでした」


 サーニャがぺたんと耳を伏せ、頬を引きつらせながら正論を吐き、ラビがふらふらと頭を揺らす。

 俺はぐるりと仕事のできる仲間たちを見回した。


「お前ら、俺に教会上層部に勇者の心を折ってしまいましたと、そう報告しろと言っているんだな?」


 勝手に死ぬのならばともかく、俺たちの失敗で藤堂の心に深刻なダメージを与えたとなれば何を言われるかわかったものではない。


 これでも俺は――気を使っていたのだ。それを僅か数時間で――本当に、こいつらグレシャに何を言わせたんだ……。

 欠点を伝えても問題ないようにするのは最終目標だと言っただろうが。


「大丈夫だ。グレシャに通信して励まさせろ。なんとしてでも立ち直させろ。奴らが王城に呼ばれる前に、だ」


 ルークス王国はアズ・グリード神聖教会にとって大事な顧客である。建前上、召喚された聖勇者はルークスの信仰の証という事になっているが、勇者が強ければ強い程、ルークスに対する教会の影響力が高まる。

 権力に興味があるわけではないが、教会の力が強くなれば口出しできる範囲も広まる。自ずとサポートで取れる手札も多くなる。


 上位魔族を倒せるだけの力を持つ立派な勇者になるまでは、立派な神輿になってもらわねばならない。

 こんなくだらない理由で躓いていられるか!


「え…………あそこから挽回させるんですか? どうやって?」


「ボス、申し訳ないけどそれは無理ってもんだ。けっこうノリノリで言わせちゃったし、相手もそれでショックを受けたってことは自覚があったってことだよ」


 …………本当に本当に本当に、こいつらは何を言わせたんだよ。

 そして藤堂達も、途中で参加した亜竜の言葉をそんな深刻に受け止めるんじゃない!

 

「褒め殺せ! なんでもいい、嘘でもいいから奴を元気づけるんだ!」


 半ばヤケになって命じる俺に、アメリアとサーニャが顔を見合わせた。




§ § §




 一体、私は何をやっているのだろうか……。


 脳内で響き渡る声に、グレシャはぐーぐーなるお腹を抑えながら顔を上げた。


 広々としたリミスの私室には誰もいない。ここ半年間グレシャと寝食を共にした仲間は、寝室に引き篭もったまま出てくる気配がなかった。


 グレシャは竜だ。亜種とは言え、強力な力を持つ種族である。

 寿命も一族と比べて圧倒的に長いし、人間の感性もわからない。人間の言葉は理解できるが、そもそも存在の根幹が違うのだ。


 だから、グレシャはどうして藤堂達がショックを受け、そして部屋の中に引き篭もっているのかわかっていなかった。興味もあまりない。


 今のグレシャにあるのは、あの恐ろしい人間を如何に怒らせないか、それだけだ。

 それはつまり、恐ろしい人間の指示でグレシャの頭に呼びかけてくる女の指示に如何に忠実に従うかという事であり、その指示がどれだけ無意味な内容に見えてもグレシャは言われるままに従うだけだった。


『なんかこう……うまいこと励ましてください。さっきのは嘘だったとか藤堂さん格好いいとか、まあまあよくやっているとか、なんでもいいので』


 最初と比較してだいぶ具体性のない指示を受け、立ち上がり、藤堂達がいるはずの寝室の扉の方を向く。


 部屋から出てこなくなって一日あまり。もしも指示がこなかったとしても、そろそろ声をかけなくてはならないとは思っていた。お腹も空いたし、これまでずっと構われていたせいかなんとなく違和感がある。


 なんと励ますべきか、適当に考えながら寝室の扉を開ける。

 鍵はかかっていなかった。


 ゆっくりと中を見回す。大きなベッドが一つに、本棚にドレッサー。


 そして――部屋の中央に設置された、以前見た時にはなかったはずの『扉』。


 さっと血の気が引く音がした。励ますように指示された藤堂達の姿は影も形もない。

 慌てて室内を駆け回り藤堂達を探す。屈み込みベッドの下を覗き、クローゼットを開け放ち中を確認する。


 ない。いない。確かに、外には出ていない。防犯の観点からか寝室には窓もない。隠れる場所もない。だが、いない。


 グレシャの役割の一つは見張りである。これまでもそこだけは気をつけてやってきた。

 失態だ。この事を知られたらあの恐ろしい人間に何をされるかわかったものではない。


 逃げるか? 一瞬脳裏にそんな考えが浮かぶが、そんな事をすればあの恐ろしい人間は草の根を分けてでもグレシャを探し出しそして、想像もできないような恐ろしい拷問をかけてくるだろう。そう、自らの言葉の信憑性を――損なわないために。あの男はグレシャがこれまで忠実だったかどうかなんて考慮しないだろう。


 絶対に敵に回してはいけない。ヴェール大森林ではほぼ並ぶものがいなかったからこそ、その恐怖には抗いがたかった。


 あまりの衝撃に全身から力が抜け、ベッドに座り込む。喉の中がカラカラだった。脳内では小うるさい女の声が響いていたが、今はそれどころではない。

 どう挽回するか。報告は早ければ早い方がいいが、ただいなくなったでは、ともすればグレシャが藤堂達を殺したと思われるかもしれない。それだけは避けなくてはならない。いくら必死に訴えかけても、あの血も涙もない人間はグレシャの言葉など聞かないに違いない。


 と、その時、グレシャはベッドの上に残された一枚のメモ書きに気づいた。

 震える手でそれを取り上げる。


『秘密の修行に行ってきます。心配しないでください。ご飯はメイドに言ってください。』



『どうしました? グレシャ? 何があったんですか?』



 グレシャは無言でふかふかのベッドに小さな拳を叩きつけた。

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