第二報告 修業とその結果について

第六レポート:魔王軍の行動変化について

 王都の中心に存在するアズ・グリード神聖教の大教会。荘厳且つ巨大な白亜の建造物は総本山に次ぐ規模を誇っており、常時多数の僧侶プリーストが詰める神の家である。

 はられた結界や警備の数は国内でも屈指であり、恐らく王都が焦土となった際に一番最後まで残っているのが教会だろう。俺が聖勇者のパーティに入る事になった時に聖穢卿に呼ばれたのもこの教会だった。


 今、俺はその奥にある一室で、教会の情報員の男から情報を受けていた。

 一切宗教色のない窓のない部屋には大きな机と無数のファイルを納めた本棚が並んでおり、机に敷かれた広大な地図のあちこちには☓印が書き込まれている。


 俺の任務は藤堂が魔王討伐できるようにすることだが、それには俯瞰的な視点が不可欠だ。

 もちろん、他にも協力者はいるが、目の前にいる魔族を倒しているだけでは魔王討伐には至らない。


 特に今代の魔王は――特別厄介だ。


「……何を考えているんだ? 魔王軍は」


「時期的には聖勇者ホーリー・ブレイブがフェルサを討伐した時期と一致しています」


 教会秘蔵の精密な地図に記されているのは、魔王軍の侵攻状況だった。


 つい先日まで、魔王はその手勢を複数の部隊に分け、それぞれの国に向かって同時に侵攻を進めてきていた。


 本来ならば、軍を分ければそれぞれの力は落ちる。同時侵攻の根底にあったのが、魔王軍の層の厚さだ。

 魔王クラノスの軍は数で勝り、力で勝った。軍を構成する多様な魔物はそれぞれに強みがあり、それぞれ短所を補い長所を高めるよう、戦略的に組み合わせることで無類の強さを誇っていた。


 一方で、人の国は足並みすら揃わなかった。しばらく経って、なんとか協力体制を整えた後もずっと圧されていた。

 海を押さえられ、陸路を分断され、そこには明確な戦術があった。

 ルークス王国が秘蔵の召喚魔法に手を出したのも、人の国の中では余力の残っていたルークスが、このままではどうにもならないと判断したからだ。


 だがあれほどの猛攻を行っていた魔王軍がここしばらく、ピタリとその侵攻の手を止めていた。

 軍自体は各地に展開されているようだが、積極的な攻撃行動が取られていない。


 魔族とは基本的に人間に対して強い戦意を抱いているものだ。これまでの旅で戦った連中――ヴェール大森林で戦った吸血鬼ザルパンも、ゴーレム・バレーで戦ったフェルサも、そして海底神殿で戦ったヘルヤールもそうだった。一番戦意が強かったのが人間のグレゴリオだったのが解せない所だが――。


 これは……間違いなく何かあるな。


「……クソッ、次から次へとめんどくせえ」


「相変わらずですね……アレス殿は」


 これまで幾度か仕事を共にこなし、俺のことを知っている男が呆れたような安心したような顔をする。


 今回の魔族はこれまでと違って頭が良すぎだ。魔導具を使う事だけでも厄介なのに、我の強い魔物たちをここまで統率してのけるとなると、魔王クラノスはよほど強大な力を持っているのだろう。


 それに比べてこちらの手札は限られている。全ての力を藤堂の成長にかけることすら出来ていない。

 相手が何をしてきたとしても、こちらに打てる手は限られていた。逃げるわけにもいかないのだ。


「ルークスはこの情報を知っているな?」


「はい。それはもちろん。各地でも話題になっておりますから……」


 この動きは十中八九、聖勇者に対するアクションだ。

 膠着状態に陥っているのは、今後の対応を考えているためだろうか……考えれば考える程、今回の魔王軍の動きは人間じみていて気味が悪い。


 今俺に言える事実は一つだけだ。


 ヘルヤールを倒せたのは――幸運だった。魔王がヘルヤールに勇者への正しい認識を与える前にヘルヤールを倒せたのは幸運だった。

 強さはともかく、あの魔族は同格の魔族と比較しても遥かに重要度が高い。これは絶対に後々になって効いてくる。


 そして、今後戦うであろう魔王軍の幹部クラスはヘルヤールの時のようにうまくはいかないだろう。


「何か変わった動きがあったら通信手を使って連絡を頼む」


「わかりました」


 魔王軍の動きを知る手段が欲しい。スパイを送り込みたい。藤堂のレベル上げの計画を立てなくてはならない。ヘルヤールから奪った魔導具の分析結果も気になるし、仲間探しも手を抜けないところだ。

 ついでに武装についても一考の余地がある。今の藤堂達の装備は一級品だが、藤堂の盾が壊れてしまったし、それ以外の装備についてもそれが一番上というわけではないのだ。


 莫大な資産と強力な装備が手に入る太いパイプを持った強力な女スパイ集団が善意の協力を申し出てこないものか。そんな益体のない考えすら湧いてくる。


 後、俺のレベル上げもしたい。ヘルヤール戦やフェルサ戦のような戦いを毎回繰り広げていたらいくら命があっても足りない。

 ……自分のレベル上げの優先度は最後だろうな。


 部屋を出て、広い神の家を歩いていく。このご時世のせいか、教会には大勢の人が詰めていた。

 神様が魔王を倒してくれたらいいのだが、残念ながらアズ・グリード教の教えでは秩序とは信徒が作るものなのである。


 その時、一緒に隣を歩いていた情報員が思い出したように言った。


「そういえば、聞きましたか? あの『殲滅鬼マッド・イーター』が新たな弟子を取ったとか」


「…………知っている」


「さすがアレス殿。ご存知でしたか。次の『異端殲滅官クルセイダー』の試験を受けるらしいですね」


「!? ッ――げほっ、げほっ……」


 思わず咳き込む俺に、情報員が驚いたように目を見開く。


「ど、どうなされました?」


「ッ……はぁ、はぁ、いや、なんでもない……」


 次の『異端殲滅官クルセイダー』の試験を受ける? 馬鹿な。


 グレゴリオの弟子というと、スピカの事だろう。だが、あまりにも――早すぎる。

 一部教義による制限が緩和されている『異端殲滅官』の試験はかなり厳しい。以前藤堂が受けた(そして失格になった)神聖術ホーリー・プレイの試験とはわけが違うのだ。

 まだグレゴリオの弟子になってから一年経っていないスピカが受かる可能性はほぼゼロである。


 しかしあのグレゴリオが半端な実力の者に試験を受けることを許すとも思えない。


「………………ま、まぁ、長い人生そういう事もあるよな」


 スピカがグレゴリオの下についたのは本人の意思もあるが、半ば賭けであった。

 成長が楽しみなようでもあり、恐ろしくもあり――というか、なんで異端殲滅官にしてるんだよ! 目的が変わっているだろ!


「は、はぁ……」


 色々言いたいことを全て内に押し留め、日和見を決める俺に、情報員が不思議そうな表情をしている。 


 まぁ……神のご加護があればうまくいくだろう。


 耳につけていた通信の魔導具が震えた。

 通信の魔導具の主な使い道は送信だ。受信で震える事は滅多にない。


 一度断り、通話を開始する。頭の中で焦ったようなアメリアの声が響き渡った。


『アレスさん、大変です! 藤堂さんが……引き篭もりました!』


 ????????

 いきなり……何を言っているんだ、アメリアは。




====あとがき====

長らくおまたせしました。更新を再開します。

今後は一章単位であまり間を空けずに投稿できればと思っています。またお付き合いください!


また、第四章までについては書籍版も発売中です。そちらもよろしくお願いします

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