第五レポート:失敗と代替案

 どうにもならない現状に、憤懣というよりはやるせなさを感じていた。


 もともと、何事もなくうまくいくとは思っていなかった。

 グレシャの人化はわからない事が多い。グレシャ自身、原因がわかっていない事は既に初対面時に確認していたし、要因がグレシャ本人というよりは藤堂の持つ特異性――慈愛神シオン・グシオンの加護が関係しているのではないかという当たりもつけていた。

 だから、グレシャが人化できる竜の友人を知らないというのは想定の範囲内だった。


 冷静に考えると、魔物の人化とは可能性の固まりである。

 何しろ、魔物の基礎能力は人よりもずっと高い。成長性は人族を大きく下回るが、成長させる時間すら惜しい現状ではこれほど効率的なものはないだろう。


 何より素晴らしいのは――魔物には後ろ盾がない点である。サーニャやラビやアメリアとは違い、魔物が死んだ所で文句を言ってくる者はいない。いざという時に壁としても使えるし、何より魔物は殺しても殺しても殺しきれないくらいに沢山いるので、補充も簡単だ。


 不幸中の幸いというやつだろう。グレシャの存在は俺に新たな可能性を示した貴重なサンプルケースと言えた。


 唯一の問題はどうして人化したのかわからない所だが、それはおいおい調べて行けばいい。

 慈愛神シオン・グシオンは他の二柱――軍神プルフラス・ラスや秩序神アズ・グリードと同格とされているが、その加護持ちは他の二神の加護持ちと比べて重用されていない。得られる力が不明なためだ。

 藤堂を使って人化の検証をするのは現実的ではないが、他の、シオンの加護を持つ者を探してきて協力を得るのは難しくないだろう。


 グレシャが友人の竜を連れてきたら、後はそれを使って試行錯誤するつもりだったのだ。少なくとも、手間や人を使ってそれを試す程度には、俺はグレシャに可能性を感じていた。

 だが、グレシャとの交渉の結果は、仲間を連れてくる以前の問題だった。


 宿に戻ってきた俺の表情を見て、相変わらずラフな格好をしたアメリアが眉を顰める。


「…………うまくいかなかったんですね」


「グレシャの奴…………知り合いも友達もいないらしい」


 友達も知り合いもいないのでは、俺がいくら脅しても意味がない。


 そりゃヴェール大森林にそんなに沢山の氷樹小竜が生息していないのは知っていたが、完全に予想外であった。

 俺も知らなかったのだが、どうやら氷樹小竜は群れを作る亜竜ではなく、一匹で広範囲を縄張りにする生き物らしい。半分植物なだけあり、繁殖方法も他の竜と異なっており、一生を孤独……孤高に過ごすそうだ。


 百年以上生きているのに知り合いがいないというのだから筋金入りである。

 もしかしたら、人化したグレシャがやたら無口だったのは不貞腐れていたからではなく、もともと社会性が低い生き物であるが故なのかもしれなかった。


 その事でグレシャを責めるつもりはない。叩いてもどうにもならない物を叩くつもりはない。

 だが、仲間探しがまたリセットされてしまった。時間は有限だというのに。


「クソッ、ああ……死んでも構わない仲間が欲しい」


「……それ、仲間って呼べるんですか?」


 思わず本音を漏らす俺に、アメリアが呆れたような表情をした。

 契約の関係で使い潰すことが許されないサーニャが、こちらをからかっているのか、大きく尻尾を振る。

 この時ばかりは、自分が多数の枷ある聖職者である事が悔やまれた。手段を選ばなければ幾つか策はあるのだが、僧侶は教会の名を汚すような事――倫理に反したことをやってはいけないのだ。


 今の所、俺のために死んでくれそうな奴は、グレゴリオ以外に思い浮かばない。死ななくてもいい時に死にそうな奴は浮かぶんだが……。

 この件についてはまた別の方法を考えなくてはならない。


 そこで気を取り直し、背筋を伸ばしアメリアの方を見る。

 あまりふさぎ込んだところを見せるのは良くないだろう。


「とりあえず、グレシャにもっと藤堂達とコミュニケーションを取るよう交渉してきた。あいつは受け身すぎる。アメリア、サポートを頼めるか?」


 俺がグレシャを呼び出した二つ目の目的である。


 もともとグレシャに課していた役割はメッセンジャーだ。

 情報を収集し正確に伝えるのはもちろん、こちらからの意思をそれとなく藤堂達に伝える仕事もしてもらわねばならない。

 最近では戦闘に参加することで役に立つようにはなっていたが、そちらの方が疎かになっていた。これではスパイとして三流だ。


 最初から全てうまくいく必要はない。だが、努力はしてもらわねばならない。

 アメリアが大きな藍の目を瞬かせ、不思議そうに首を傾げた。


「…………サポートって、何をするんですか?」


「あいつは藤堂達と話す時、何を話せばいいのかわからないらしい。円滑にコミュニケーションを取れるように指示を――アメリア……お前、友達は多い方か?」


「私を馬鹿にしているんですか?」


 忘れていた。全く考えていなかった。アメリアは割と癖の強い性格をしている。胆力はかなりのものだが、あまりコミュニケーション能力に長けているようには見えない。

 真剣な表情で問いかける俺に、アメリアは無意味に自信満々に親指を立てた。


「シミュレーションは完璧です。私の手管を使えば女も男もメロメロです。ぼっちドラゴンもたった一月でモテモテドラゴンです。本を何冊も読んで勉強しました」


 深い藍色の眼に、軽く結ばれた唇。このシスターのポーカーフェイスが筋金入りなのはわかっていた。不安しかない。

 やばいぞ、これ。グレシャに通信を繋げるのはアメリアにしか出来ないのだ。


 藁にもすがる思いで確認してみる。


「…………仕事のできる女、アメリアちゃん?」


 アメリアがぴくりとも笑わずに、胸の前で拳を握った。


「はい。仕事のできる女、アメリアちゃんです」


 真面目腐った表情に、何故か胃がキリキリ痛んでくる。

 ステイに頼むのと同じくらい不安だ。だが、そんな失礼な事、とてもじゃないが本人には言えない。

 仕事ができるかどうかはともかく、最初からついてきてくれた仲間なのだ。


 沈黙していると、後ろからちょんちょんと肩をつつかれた。


「ボス、社会性がある事で有名な銀狼族のサーニャちゃんがここにいるんだけど……?」


 ……甲乙つけがてえ。俺はどうしたらいいのだ。仲間を信じて本当にいいのか?

 部下に任せるのも上司の重要な仕事であるという事は知っているが、俺は果たしてその責任を取れるのか?


 前をアメリアに、後ろをサーニャに押さえられフリーズしていると、見るに見かねたのか、掠れた声がかけられた。


「こほっこほっ…………ボス…………もしよろしければ、私が見ましょうか?」


「……いいのか?」


 どこか熱っぽい声。椅子の上で膝を抱え、全身を厚い生地のローブで包まれたラビだ。

 深く被ったフード。分厚いマスクに薄い白の手袋。足先から頭の先まで、露出しているのは真紅の眼だけという徹底ぶりはどこか病人のようだった。


 この三人の仲間の中で、一番マトモな者を選ぶとするのならば彼女になるだろう。


 だが、ラビは凄まじく体調が悪そうだ。

 思わず期待を込めて聞き返してしまったが、今倒れられるのも困る。究極の選択だ。

 残念ながら、神のご加護も種族特性の発情期には無力だった。


 ラビは咳き込みながらも、落ち着いた声で答える。


「こほっこほっ…………仕事をしていた方が……気が、紛れますので」


「……わかった。助かる。アメリアとサーニャのサポートを頼む。問題は――ないと思うが」


 アメリアがこれみよがしと頬を膨らませ、サーニャは含み笑いを浮かべている。


 こいつらはこれが重要な任務であることを理解しているのだろうか?

 小さな事の積み重ねが大事に繋がるのだ。ビジネスとはそういうものなのだ。


 だが、今は信じるしかない。これは失敗しても致命的な任務ではない。

 グレシャをもう少しだけ藤堂達の輪に入れるだけだ。この程度の仕事も任せられず、どうして仲間などと呼べようか。俺には他にやることが腐る程ある。


「最終目標は、グレシャの口から藤堂達の欠点を伝えても不自然にならない程度に仲良くなることだ」


「理解しました。このアレスさんの懐刀、容姿端麗頭脳明晰、神算鬼謀のアメリアちゃんにお任せください」


 こいつ、わざとやってるんじゃないだろうな……。


 少し話しただけなのに、グレシャとの面談の百倍疲れた。

 アメリアとサーニャが机を囲み相談を始め、ラビが億劫そうにそれに加わる。

 俺はまた別の仕事だ。教会への報告書に要望書の作成。情勢の確認に次の計画の立案。藤堂達の資材の調達と、頭が痛くなるくらいにやることがある。ああ、そうだ。本部に送った魔導具作成師のゾランにも連絡を取らねばならない。

 もう一度外に出ようとしたその時、俺は外でいいものを手に入れてきた事を思い出した。


 獣人用の発情抑制ポーションだ。ルークスに獣人は殆どいないので、手に入れるのには苦労した。

 効き目には個人差があるらしいが、ないよりはマシだろう。

 

 ラビの前に、ガラス瓶に入った透き通るような薄水色をしたそれを置く。ラビの眼が僅かに揺れた。


「これは――」


「獣人用の鎮静ポーションだ。個人差はあるらしいが、半獣人ならば一口で数日は落ち着くらしい。気休めかも知れないが一応、買ってきた」


「へー、やるじゃんボス。結構するでしょ、それ?」


 サーニャがからかうかのように口笛を吹く。

 確かに一般のポーションと比べれば割高だったが、背に腹は代えられない。経費だ、経費。


 ラビはそれをつまみ上げ、熱っぽい眼で眺めながら、小さく身体を震わせた。


「…………ボス…………わざわざ……私のために……探してきて、くれたんですか? ……ありがとう、ございます」


「気にするな。これも契約の内だ」


 ヘルヤールを殺してくれた事を考えれば足りないくらいだ。これで更に力を入れて首を狩ってくれればいい。

 飲むタイミングでも考えているのか、ぼーっとポーションを見ているラビに、サーニャが椅子の上で胡座をかきながら言った。


「よかったね、ラビ。まーこの間、全然効かないって言ってたけど――」


「…………は?」


「あはは、ボスって変な所抜けてるよね。ずっと辛い思いをしていたラビが、ポーションの一つや二つ試してないはずないじゃん?」


「…………」


 確かに、そう言われてみるとその通りだ。今の状態では暗殺者としても支障がでるだろう。ラビが金銭に困窮しているとも思えない。

 先に軽く確認しておくべきであった。


「……悪かったな」


「…………いえ」


 ラビはその場でキャップを外すと、マスクをずらし、ポーションに口をつけた。

 一気に全部飲み干し、袖で口元を拭い、こちらを見上げる。マスクをずらした事で露わになった肌は赤く火照っていた。


「…………確かに、鎮静ポーションです。治りました。ありがとうございます、ボス。こほっこほっ!」


「……ああ、それは良かった。あまり無理をする必要はない、辛くなったら休め」


「……んッ……はい……」


 ラビの心遣いが心に痛い。店主は一口で完全に落ち着くと言っていたのだが、どうやら本当にどうにもならないようだ。

 今まで大体、神聖術のゴリ押しでなんとかしてきたので、それが効かないとどうしていいかわからない。


 とりあえず様子見だろうか。

 俺は頭の中の課題表にこの事を書き留め、教会への報告を考える事にした。



§ § §



「とうどうさんは、もっと本気でレベルを上げるべきだと思います。そんなうでではこの先、いきのこれないでーす! まほうもけんも中途半端、過去の勇者たちがないています。ぐれしゃにまもられてくやしくないんですか? へいへーい!」


「…………」


「りみすさんはだめだめです。まず精霊の契約が足りていません。そんなんでえれめんたらーを名乗るなんて、ぐれしゃはいつもわらいをこらえてました。しっしょうです、しっしょー! やる気ないなら、他のゆうしゅうなまどうしにチェンジしてほしいでーす!」


「…………」


「ッ!? 何があったんだ……? リミス!? ナオ殿!?」


 外の用事を終え戻ってきたアリアの眼に入ってきたのは、膝を抱え死んだ眼をしている藤堂とリミスだった。

 慌てて駆け寄るアリアに、膝を抱える二人の前で踊っていたグレシャが振り返る。


「きましたね、えせけんし!」

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