第三レポート:体制改善②
魔王討伐のサポートの旅には数々の想定外が発生したが、その中でも一番の想定外を挙げるとするのならばそれは――
何しろ、あれはこれまで幾多の魔族を撃ち下し様々な奇怪な魔法を見てきた俺にとっても、常識の範疇の外にあった。
タイミングも最悪で、藤堂の性格もあり一時は本当に頭が痛かったものだ。今、グレシャと名付けられたその亜竜がまだ藤堂達のパーティの一員としておとなしくしているのは(俺が説得を試みたのももちろんあるだろうが)本当に幸運だとしか言いようがない。
最初はタダ飯ぐらいで有限なリソースを食いつぶしていただけのグレシャも、【ゴーレム・バレー】での交渉を契機に、最近はそこそこ活躍するようになってきた。元亜竜の上位個体だけあって、その能力は今の藤堂達と比較しても遜色のないもので、ヘルヤール戦でも逃げることなく立ち向かっている。
そして俺はその姿勢に深い感動を覚えると同時に、可能性を見出していた。今日の交渉次第では今後の戦力増強計画を変える必要があるだろう。
王都に存在する傭兵向けの酒場の一つ。質より量な食事を出すことで有名な店の奥で待っていると、場違いに小さな影が恐る恐るといった様子で入ってきた。
グレシャだ。ウェーブのかかった深緑の髪に、同色の目は人族ではなかなか見ないもの。見た目だけならば十歳前後ということもあり、その姿は昼間から酒を飲みに来た傭兵の中では酷く目立つ。
傭兵は人種も年齢も性別も様々な人間がいるが、グレシャくらいの年齢の子供が傭兵になることはまずない。荒くれに慣れている店員もその姿に、客なのか迷子なのか迷っているようだ。
グレシャは身一つで、武器のウォー・ハンマーを持っている様子はない。時計を確認するが、待ち合わせの時間まではまだ三十分ほどあるようだ。
賢しい……学んでいるな。
グレシャは入り口付近に立ち、時間が来るまで待つつもりのようだったが、俺の姿を見つけると二度見し、泣きそうな表情になった。
こうしてグレシャを目視するのは久しぶりだが、最初と出会った時と比べるとずいぶん力を向上させているようだ。
一般的にレベルアップは人族の特権と言われているが、決してそれ以外の種にレベルアップが存在しないわけではない。人族と比較して大きく効率が落ちるが、存在力は吸収できるし、能力も成長する。
グレシャと藤堂の差は縮まっているが、以前として健在のようだ。
グレシャは俺を無視していると機嫌を損ねるとでも思ったのか、カタカタ震えながら近づいてくる。
どうやら――前回、恐怖を植え付け過ぎたらしい。その表情からはとても竜の血が混じっているようには思えなかった。
グレシャは俺の座る卓の前まで来ると、身体を縮めるようにして頭を下げた。
「お、遅れて……ごめん、なさい」
「何故武器を持ってこなかった?」
「…………え?」
傭兵ともなれば、武器を持ち歩くのは当然だ。武器を持ち歩かない傭兵は嘲りの対象になるし、備えがなっていないと認識される。俺は傭兵ではないが、『
「遅刻は……していない。グレシャ、お前は今――俺を恐れているな?」
賢しい。賢しいぞ、グレシャ。確かに俺は、グレシャのミスを期待していた。
武器を持ってきたら難癖をつけて少し脅しをかけようと思っていたし、遅刻しても同様にお灸をすえるつもりだった。
強力な亜竜であるグレシャを縛っているのは恐怖だけだ。そして恐怖というのは――時間の経過で薄れるものなのである。グレシャの精神構造がわかっていない以上、万全を期するのは神のご意思と言える。
手を組みながら、グレシャの目を覗き込むように見る。
「時間前だ。グレシャ、まだ三十分も前だ。こんなに早く来やがって――迷惑がかかるとは思わなかったのか?」
「!? ????」
だが、こいつはそれを回避した。極力注意した。その行動にはこちらへの深い配慮と恐怖が感じられる。
必要以上に恐怖を与えるべきではない。過度の理不尽な罰は俺の求める効率からはかけ離れているし、今のグレシャの状態は俺にとって都合がいいのだ。それを壊す訳にはいかない。
俺は肩を竦め、薄く笑いかけた。
「冗談だ。座れ。今日は『串』は用意していない。もちろん、頼めば手に入るだろうが――」
「ッ……は、はい……」
グレシャが何故かびくびくしながら前の席に座る。
恐怖が浸透しているのは確認した。これならばもうしばらく藤堂を、そして俺を裏切る心配はないだろう。
初めて知ったが、竜というのは予想よりも扱いやすいものだったらしい。弥が上にも期待が高まる。
あからさまに怯えている元亜竜の少女にメニューを渡す。
「臨時収入があったからな。最近は俺の言いつけを守って頑張っているようだし、今日は腹いっぱい食わせてやろう。好きなものを頼め。話はその後にしよう」
「…………」
邪推しないように言うが、グレシャの表情が変わる気配はなかった。おどおどしたように俺の顔色を窺っている。
流石に度が過ぎている。俺の目的は命令ではなく交渉である。腹いっぱいの方が交渉事は通りやすいだろうし、グレシャには価値を見出したばかりだ。
「俺はこれでも聖職者だ。相手が害獣だとしても、理由なく殴ったりはしない。頼んだ方が得だぞ、食ったって食わなくたって俺の反応は変わらないからな」
俺の言葉を聞き、ようやくグレシャがたどたどしい手付きで注文を始めた。
§
一体その小さな身体のどこにそんなに大量の料理が入るのだろうか。
意地になったかのように一心不乱に食事を続けるグレシャに、周りの他の客たちも目を丸くしていた。
グレシャは正真正銘、人外である。だが、周りの客にグレシャの正体に気づいている者はいない。傭兵も少なからず混じっているにも拘らず、だ。
その食欲も、耐久や膂力も、そして特殊能力の一部すら使える状態で、この擬態。おまけに恐怖も通じるし、ある程度の成長も可能だという事がわかっている。
まさしく、今の俺達の現状を変えうる逸材になりうる。あの時、処分しなくて本当によかった。
結局、グレシャの手が止まったのは十人前以上の料理を食べ終わった後だった。分厚いステーキがものの数秒で消え去る様は冗談のようだった。料理を運んできた店員の表情も、最後の方になると感心したような色が浮かんでいた。
グレシャはなかなか整った面に変化したので、うまく使えば商売をできるかも知れない。だがそれも世界が平和になり且つ、グレシャが生き残ったら、の話だ。
食事代は嵩んだが、それに相応しい成果が得られる事を祈ろう。
大きなジョッキに入った水を飲み干し、一息つくグレシャに言った。
「食い終わったか。話に移るぞ。単刀直入に言う。よくやった。お前の仲間が欲しい」
「…………え?」
グレシャが大きく目を見開き、愕然として俺を見上げる。
ソースが口についたままでぽかんとしたその姿は年相応の少女にしか見えない。
「多ければ多い方がいいが――取り敢えず一人連れてこい。ちゃんとお前のように、人の姿になれる奴だ。性別は問わないが、できれば雌がいいな。ああ、躾は俺がやるからそこは気にしなくていい」
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