第二レポート:体制改善

 帝都中の傭兵斡旋業者や仲介所を巡り、宿に戻った時には既に日が沈んでいた。

 異端殲滅官の仕事はもともと、足を使う仕事だ。歩き回る事には慣れているし、成果が出ない事にも慣れてはいるが、見えかけた希望が潰えるとやはり精神的に辛い。


 今回できた時間は態勢を立て直す千載一遇の好機だ。


 ルークス王国は大国である。そして、聖勇者の存在に国の威信をかけている。王都にいる間の藤堂の安全は国により担保されていると言っていい。

 常に護衛はつけられているはずだし、藤堂達もそこまで弱いわけではない。藤堂を倒せる程の強力な魔族が王都内に侵入し護衛を振り切って暗殺を成功させる可能性はかなり低い。というか、それが出来るような状態ならばルークスはもう敗北していると言える。


 久しぶりに藤堂達の事を忘れて動ける貴重な時間だ。一秒でも無駄にするわけにはいかない。


 だが、打とうと考えていた第一手――仲間の補充は早速暗礁に乗り上げていた。

 王都に存在する名だたる仲介所を回ったが、俺の求める人材は一人も見つからなかった。

 確かに厳しい条件は課したが、力不足の仲間を入れても意味はない。金はあるし、一人ぐらい命知らずがいると思ったのだが少しばかり見通しが甘かったようだ。


 あちこちで集めた資料を小脇に抱え、玄関の扉を開けると、強い酒気と熱気を含んだ空気が身体を包み込んだ。

 リビングには惨状が広がっていた。空になった無数の酒瓶がそこかしこに転がり、広いテーブルには汚れた料理の皿が幾つも重なっている。宿には酒場も併設されているのだが、どうやら料理を運ばせたらしい。


「…………」


 テーブルの上ではサーニャがぐったりと横たえ、部屋の隅っこではラビが膝を抱え顔を伏せてぶつぶつ呟いている。アメリアの姿は見えないが、アメリアがいたらこうはならないだろう。


 確かに休暇をやったのは俺だが、少し気を抜きすぎではないだろうか。

 言いたいこともあったが、眉を顰めるのみで我慢する。相手が弟子やステイだったら小言の一つもくれてやるところだが、仕事はちゃんとしているのだ。大目に見るべきだろう。


 俺はテーブルの上にだらし無く伏せているサーニャに近づくと、だらんと垂れていた白銀色の耳を容赦なく引っ張った。


「ふぁ!? ???? な、何? なになに!?」


「……気を抜きすぎだ。刺客が来たらどうする?」


「んもうッ! 耳、引っ張らないで!? 来るわけないよねッ!? ボス、いつもそんな事考えて生きてて辛くないの!?」


 サーニャが大きく顔を振り、手を振り払って俺を糾弾する。調子が悪いのかと思ったが、そうではないようだ。

 耳が心外そうにぴこぴこと動いていた。強い酒の匂いはするが、その目はちゃんとこちらを捉えている。


「調子が悪いのかと心配したんだ。尻尾を掴まなかっただけいいと思え」


「尻尾!? ボクの尻尾をつかもうとしたの!? 獣人に向かって、なんて――恐ろしいことを……」


「お前ら、一日中部屋にいたのか。せっかくの休暇なのに……」


 ラビも起きているようだが、顔を上げる気配はない。サーニャと同じ対応は――よしたほうがいいな。性格が違う。

 俺の言葉に、サーニャは立ち上がり背筋を伸ばすと、憤慨したように言う。


「王都で獣人は珍しいじゃん? できるだけ外に出ないようにしてるんだよ。ボクの尻尾と耳は純粋な銀狼族ほどじゃなくても目立つし、目立つとなかなか仕事し辛いからね……」


「…………」


 なるほど、納得の理由である。サーニャはただの傭兵ではないのだから、尚更顔がバレるとやりづらいのだろう。

 しかしこいつら……三日間引きこもるつもりか?


 サーニャは部屋に引き篭もっていた鬱憤を晴らすかのようにスマートな尻尾を振り、声を張り上げる。


「ラビなんてひどいよ。バレたら最悪、さらわれるからね。もちろん対応はできるけど、加減はできないから……」


「…………それは悪かったな。何か暇つぶしの手段を見つけておくべきだった」


「まったくだよ。こんな所じゃ身体を動かすこともできやしない!」


 今止まっている宿はややグレードが高めの宿である。主な客は商人であり、傭兵が泊まる宿と異なり訓練できるようなスペースもない。

 身を休めるためにいいところを用意したつもりだったが、対応を誤ったらしい。


「それで、ラビもふさぎ込んでるわけか」


「いや、ラビはインドア派だからいつもあんな感じだよ……」


 ラビの方を確認する。俺が部屋に入ってきてからも、ラビの様子は全く変わった気配がなかった。

 サーニャと違ってラビの服装は分厚いローブ姿であり、顔を伏しているため表情も見えない。くぐもった小さなつぶやきが聞こえてくるので寝ているわけでもないのだろうが、少し気味が悪かった。


 インドア派ってレベルじゃねえぞ。あれで凄腕の暗殺者などというのだから、世の中、本当に不思議だ。

 どうやら、相当暇だったらしく、サーニャの目はきらきらと輝いていた。そのままぺらぺらといらない事まで話し始める。


「後は、多分あれだよ。あれあれ。発情期! 兎人ワーラビットは凄く重いんだ。ボクはまだ来たことがないけど、兎人は若い内にくるから――」


「…………」


 ラビのつぶやきが止まった。そっと確認すると、膝を抱えている腕が震えている。

 だが、サーニャの言葉は止まらない。


「いつもは人を斬って発散してるんだけど、どうしても気を紛らわせる方法がなくなると、ああやって身体を動かさないようにして自制するんだ。ものぐさに見えるかもしれないけど、誤解しないでね、ボス! ラビは今、己と戦っているんだ。兎人が発情期を耐えるのは凄い事なんだよ!? ああなったラビは、ボクでも触れられないんだ。オスでもメスでも見境なしだからね」


 それはそれは……センシティブな注意事項をどうも。

 しかし、このままだと非常に困る。俺がラビにくれてやったのは三日だけだ。も発情期とやらが終わるまで仕事に入れないのではないだろうか? 


 これからもクビキリ様の加護とやらで魔王軍幹部をばっさばっさと斬ってもらわないといけないのに……。


「……で、その発情期とやらは、いつ終わるんだ?」


 声を潜めて尋ねる俺に、サーニャはくすりと笑った。


「終わらないよ。ボス、兎人の性欲は多分ボスが考えているよりもずっと強い。彼らの発情期は、一年中だ。ラビはハーフだからまだ軽いけど、いつ終わるのかなんてラビ自身にもわかってないんじゃないかな?」


 マジかよ……。


 ラビは屈辱に耐え忍ぶように震えていた。サーニャの言葉が真実ならば、話を止める元気もないのだろう。

 今の様子からはとても戦えるようには見えない。新たな要員の補充の目処も立っていないのに、また頭の痛い問題が発覚してしまった。


「【レーン】では……運がよかったのか……」


「?? いや、【レーン】でもラビはずっと発情――――ヒッ!?」


 サーニャが悲鳴を上げて飛び退き、床にひっくり返る。いつ投擲されたのか、巨大なナタがその首筋を掠め、軽い音を立てて壁に突き刺さった。

 ラビがふらふらと立ち上がり、真紅の目でこちらを睨みつけてくる。二の腕をぎゅっと握りしめ、その様子は鬼気迫っていた。


「…………すいま、せん。サーニャちゃんが……変な事、言って……忘れてください」


「あ、ああ……」


「仕事は……問題ありません。はい、問題ない、です。こんなの、ずーっとなので……もう、慣れました。お構いなく」


「あ、ああ……」


「…………ボスならば問題ないと思いますが……他言無用でお願いします。場合によっては、殺さなくちゃならなくなりますので」


「……ああ」


 本当に大丈夫か? 次にラビを藤堂の所に送ったら何かの拍子に藤堂を斬り殺してしまうのではないだろうか?

 とかく彼女の不意打ちは手慣れている。予備動作がない。油断しまくっている藤堂の首を飛ばすのなんて簡単だろう。


 俺は一瞬脳裏をよぎったその想像を振り払い、対策の考案は後に回すことにした。

 そんな長い発情期があったら生きづらいだろう、抑制する薬かなにかが存在するはずである。今度、どこかで貰ってくるとしよう。


「…………そういえば、アメリアはどうした?」


「……せっかくの休暇にボスに置いていかれたせいで、寝室でふて寝してるよ」


 サーニャが床の上で薄っすら血の滲んだ首筋をこすりながら、小さく肩を竦めてみせた。

 どうやら俺が王都で最初に仲間探しを始めたのは正しかったようだ。


§


 皿や酒瓶など片付けた部屋で、俺は改めて頼りになる仲間達を見回していた。


 寝巻き姿で頬を膨らませるアメリアに、危うく切断されかけた首を仕切りに気にするサーニャ。フードをかぶり、血のように赤い目で俺の首を見ているラビと、滅多にお目にかかれない面子だ。

 俺達を見て魔王討伐のサポートという大任を任されたパーティだと想像する者はいないだろう。完璧な隠蔽である。


 室内は形容しづらい空気に包まれていた。

 もしかしたら、休暇を与え、かかっているエンジンを止めるべきではなかったのかもしれない。


「アレスさん……今日はオフです。私は日課のお祈りもお休みしました」


 僧侶失格な事を言い始めるアメリアを放置し、努めて平静を保ちながら口を開く。休暇中だが、こういう時は仕事の話をするに限る。


「ようやく休暇が取れたので、増員するために傭兵の仲介所を回ってきた。まぁ俺の要求を満たすような傭兵は一人も見つからなかったんだが――」


「???」


「ボス、今日はお休みの約束だよ? 朝からいないと思ったら、何してるのさ。ボク、知ってるよ。ボスが休まないせいで部下も休めないんだ!」


 十分休んでただろ、お前ら。


 仲介所を回った結果、誰一人としてお目当ての人材は見つからなかった。となると後は――個々人のコネに頼るしかない。

 あいにく俺のコネは使えそうもなかったが、サーニャとラビは伝説の傭兵の弟子である。知り合いも多いだろう。

 そのコネで超優秀な人材を超格安で手に入れられないだろうか。


 俺の話を聞き終え、ラビが目だけをこちらに向けて言った。


「ボス、いないです。無理です」


「なに? ボス、もしかしてボクたちだけじゃ不安なの!?」


「違う。サーニャ達に不満が…………あるわけじゃない。単純に人が不足しているんだ。万全の体制を整えたい」


 不満がゼロなわけではないが、今いうべきではないだろう。

 サーニャが身を乗り出し、ラビが淡々と言う。


「私が仲間を売るとでも? 優秀な傭兵というのは、最低限の危機管理ができているものです。ボスの要求はあまりにも高すぎます。命知らずの傭兵でももうちょっといい仕事があります」


「俺は、自殺志願者を探しているんだ」


「うへえ、ひどい言い方だ」


「大体、同じ手法でラビとサーニャが手に入ったんだ。不可能ではないはずだ」


 こちらには世界の平和がかかっている。

 力説する俺に、ラビが瞳を伏せ、これまで聞いたことのない悲しそうな声で言った。


「それは…………うまくいったのは、対象が師匠本人ではなく、私達だったから、です。多分、要求が自分の身だったら断っていたと思います。師匠は優秀な方ですが、非常に……癖のある性格をしているので」


 一理ある。俺が本当に仲間にしたかったのはブランだが、さすがの奴も首を縦に振らなかった。

 俺は大きく頷き、アプローチを変えた。


「なるほど…………ならば、似たような立ち位置の奴はいないのか?」


 できるだけコストは落とさなくてはならない。後からならば『やりがい』という便利な言葉でがんじがらめにすることができるが、とにもかくにも仲間に引き入れないことにはどうにもならない。

 俺の言葉に、ラビが目を見開き怯えたように身を震わせた。


「!? ほ、本気で、言ってる、ですか?」


「…………もしも契約で縛られていなかったら、今すぐにでも逃げ出したいところだよ。とんでもないグループに加入してしまった。といっても、そんな事、【水の都】でとっくにわかってたけどね」


 恐れられる事を恐れていては異端殲滅官は成り立たない。

 空っぽの酒瓶をつまみ上げ、しげしげと眺めながらサーニャが真剣な口調で言う。


「答えはNOだ。そんな人、いない」


 その口調や表情にはいつものような冗談めいた色はなかった。そこにはプロの傭兵の姿があった。


「ボスは師匠との交渉を成功させてラビとボクを引き入れたことで――一部から注目を集めている。この一部ってのは、酒場バールで屯している普通の仕事は受けない超一流の傭兵の事だ」


「…………」


「彼らは単純な大金では動かないし、弟子を使い捨てたりもしない。一番悪ふざけが過ぎるのは、うちの師匠さ。だから師匠は伝説になったし、ボクやラビのような半獣人を弟子に取ったりしたんだけど――もしも、極めて危険な任務に挑んでいるボスがそういう連中に協力を得たいのならば――協力するに足る成果を出す必要がある」


 サーニャの言葉も、ラビの言葉と同様、もっともだった。

 だが――俺はそんな事はどうでもいいのだ。最悪、使い捨てでもいいから手っ取り早く人員を補充したいのだ。


 言いたいことは言い終えたのか、サーニャが空っぽの酒瓶をくわえ、目を細めて俺を見る。その口元には銀狼族特有の鋭い犬歯が見えた。


 海魔ヘルヤールの討伐の事を、その傭兵連中は知っているはずだ。だが、それでも人員が手に入らなかったという事はつまり、それが彼らの求める成果ではないという事を意味している。

 あまりにも危険で――手柄は公には勇者のものになる。そんな依頼、誰も受けたくないと、そういう事だ。


 俺は状況を正しく理解し、舌打ちしてサーニャとラビを見回し、命令した。


「よし、サーニャ、ラビ。ブランや傭兵仲間に言え。自分が俺の下でどれだけの経験をし、どれだけ凄まじい成長をしたのか。俺がどれだけ素晴らしいリーダーでアメリアがどれだけ素晴らしい同僚で、これから――どんな大金にも命にも代えられない稀有な経験が待っているのかを言いふらせ」


「!? …………ボク、ボスのその最短を求める姿勢、嫌いじゃないけど間違ってると思うな……。ボクに嘘をつけっていうの?」


「いいか、サーニャ。俺達の旅は過酷だ――だが、人を入れれば入れるほど生存確率が上がる。俺には最善を尽くす義務があり、全員を生きて返す責任を負っている」


 あえて嘘を言えなどとは言わずに話をすり替える。

 人数というのは大切な要素である。時に、質では数をカバーできない事もある。


 断言する俺に、サーニャがぶるりと身体を震わせた。尻尾がぺしんと椅子の下を叩き、上目遣いで言う。


「……無理だ。ボクはこう見えて……強いボスを気に入っているけど、それは無理な相談だよ。力にはなれない。稀有な体験をできるっていうのは報告したんだけどね……しばらくはボクで我慢して欲しいな」


 ずいぶんとしおらしいことを言う。というか、まさかこいつが報告した稀有な経験ってアレスマーマンの事じゃ――。


 これ以上サーニャを絞っても何も出てこないだろう。ラビも無理だ。その眼差しからは強い覚悟が見える。

 さすがブランの弟子、よく教育されている。最も手っ取り早い手法を使えなくなったのは面倒だが、これは決して俺にとって不都合な事ではない。

 彼女たちは強い。強く、信頼できる。どう使うかは俺次第だ。


 アメリアの方を見るが、アメリアは不機嫌そうに首を横に振った。ラビが恐る恐る確認してくる。


「……ボスの知り合いの傭兵などはいないんですか? ボスは一時期傭兵と共に活動していたと聞きましたが……」


「……残念ながら、俺の知り合いの傭兵はみんな、最前線か墓の下だ。手紙はとっくに送ったが見込みは薄いだろうな」


 どこで手に入れた情報なんだ? また、ブランか?

 俺の知り合いの傭兵は十分な実力を持っているがブランとは違って現役であり、全員魔王軍との戦線に参加している。前線は限界ギリギリで拮抗を保っており、いくら勇者のためとは言え共に戦っている仲間を捨てて来てくれるとは思えない。


「教会からの、増員などは?」


「これ以上、僧侶プリーストはいらない」


 異端殲滅官は強力だが全員が僧侶プリーストだ。戦闘能力は同レベルの普通の戦士と比べたら劣る。

 俺は、今の俺達が足りていない者が欲しいのだ。前線を支えられる耐久型の戦士か、ドジじゃない魔法使い。そのどちらかが欲しい。


 仕方ない、本当は避けたいところだが、もう一つの手段を確認するか。もともと、王都にいる間に一度、話し合わなくてはならないと思っていたところだ。


 シスターとは思えない無防備な格好をしたアメリアの方をなるべく見ないようにして依頼する。


「アメリア。休暇中に悪いが、連絡を頼む」


「…………どなたにですか?」


「グレシャ、だ。話がある、呼び出してくれ」

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