第一報告 聖勇者の動向と現状改善について

第一レポート:くだらない問題

「よくぞ無事に戻った、藤堂直継。アズ・グリードの加護を与えられし者よ」


 真紅の外套を羽織った壮年の男が朗々とした声を上げる。

 深い紺色の髪に整えられた顎髭。その肉体は藤堂よりも一回り近く大きく、外套の上からでも、その鍛え上げられた肉体がわかる。


 真紅の外套はルークス王国の軍部を司る組織――剣武院の所属メンバーの証である。


 左右にはずらっと銀の甲冑を纏った騎士たちがまるで置物のように整然と並んでいた。

 ルークス王国の守りの要――たゆまぬ鍛錬により高いレベルを誇り、列強諸国の中でも随一の練度を持つというルークス王国最強の騎士団――『光輝騎士団』のメンバー達だ。

 ルークスには騎士団が幾つもあるが、『光輝騎士団』では何よりも武勇が重視される。そこに地位は関係なく、そこに弱輩はいない。

 平均レベルは70前後。レベルだけならばゴーレム・バレーを半ばで抜けてきた藤堂を超える精鋭達である。


 そして、眼の前の男こそがその精鋭たちを含めたルークスの武力を統括する男だった。


 ノートン・リザース。召喚された直後にも顔を合わせた今代の剣王。


 そしてアリアの実の父親でもある。


 堂々とした佇まいを見せる男に、後ろに立っているアリアが僅かに瞳を伏せる。ノートンはそちらに視線を向けることなく、目を細めて藤堂を見た。


「活躍は聞いている。ヘルヤールを討伐したらしいな。かの魔族にはルークスも散々苦しめられた。これまで誰にも達成できなかった、まさしく――その名に相応しい偉業だ」 


「……報告しましたが、僕が倒したわけではありません」


 藤堂がヘルヤールとの戦闘を思い出し顔を顰める。


 海底神殿での激戦は藤堂直継にとって苦い思い出だ。

 上級魔族。話には聞いていたが、想像以上の相手だった。


 水の上級精霊すら圧倒する強力な攻撃魔法に、身震いするようなその威容。

 そして、万物を切り裂く聖剣エクスの一撃が弾かれた、あの衝撃は未だ手に残っている。


 遥か格上の相手だ。生き延びられたのは奇跡だとしか言いようがない。


 そして負傷した状態のヘルヤールですらあれほどの力を誇っていたのだ。万全の状態で、部下を連れている状態だったのならば、どれほどの相手だったのか。


 藤堂の物憂げな表情を見て、ノーマンは腕を組み、大きく頷いた。


「然り。相手は上級魔族、今の貴方には荷が重かろう。だがしかしそれでも――たとえ、貴方が直接倒したわけではなくとも、ヘルヤールの討伐がその行動の結果であることに間違いはない」


 何か言われると思っていた藤堂にとってその言葉は予想外だった。


 確かに、ラビを海底神殿に連れて行ったのは藤堂の選択だ。そういう意味では、藤堂がいなければヘルヤールを倒すことはできなかっただろう。

 だが、それでも――はいそうですかと納得できるほど藤堂は達観していない。

 

 変わらない藤堂の表情を見て、ノーマンがにやりと唇を歪め笑った。


「必要なのは結果であって過程ではない。力が足りなかったのならば、研鑽されよ。ヘルヤールは魔王クラノスの部下の一人でしかない。その剣が必要な時がいずれ必ず来るだろう」


 ノーマンが蓄えた髭に触れ、断言する。


「なに、確かに魔族は強敵だが人族とて負けてはいない。修練をつみレベルを上げた戦士は十分に上位魔族に通用し得る。実績もある」


 その言葉に、藤堂は顔をあげ、目を見開いた。


「本当ですか?」


「ああ、本当だ。極少数だが、高レベルの傭兵や、強さを求める戦士の中には上級魔族を専門に追う者もいる。うちの騎士団でも……やり方次第では倒す事はできるだろう」


 ヘルヤールは強かった。それまで戦ってきた如何なる魔物よりも高みにいた。

 数ヶ月の旅で成長を実感していた自分たちが手も足もでなかったのだ。


 周りを囲んだ銀の甲冑の騎士は身じろぎ一つしない。だが、その佇まいからは自信が感じられた。


「そして、藤堂直継。以前も言ったが――貴方には戦闘の才がある。この世界の、ルークスの誰もが羨む剣の――戦の才が。娘の婿に欲しいくらいだよ。残念ながら――そういう訳にもいかんが」


「父上ッ!?」


 目を見張り声を上げるアリアに視線を向けることなく、ノートンが続ける。アリアと同じ、深い青の眼。


「ともあれ、長旅ご苦労だった。国王陛下が直接話を聞きたい、と言っておられる。待たせて悪いが、しばし休息を取られよ。何か必要なものがあれば、可能な限り用意しよう。遠慮は不要だ、ヘルヤール討伐はそれに見合う功績だった」


「……はい。ありがとうございます」


 藤堂がいつもより若干低い声で礼を言う。


 功績。自分の物ではない。休息。取っている時間等あるわけがない。

 今すぐにでもレベルを上げにいきたかった。それが不可能だったとしても、何もせずにはいられない。


 全ては――勇者であり続けるために。


 これが物語だったのならば、勇者は様々な苦難にあいながらも最後に魔王を滅ぼすだろう。

 だが、これは現実だ。幸運は二度も続かない。


 致命的な敗北を喫する前に、なんとかしなくてはならない。



§



 考えなくては行けないものが、足りないものがありすぎた。

 新しい装備。レベル上げに、技術訓練のための教官。今後の指針に魔王軍の情報。


 その中でも早急に必要な物は――鎧だ。


 リザース家が王都に所有する広大な邸宅。その一室で、アリアが額の汗を拭いた。


「やはり、無理ですか……」


「ぐるじ……うっ……」


 藤堂が青ざめた表情で呻くように声をあげる。


 その原因となっているのは、細長い晒でぎゅうぎゅうに締め付けられた胸元だ。

 レベルの上昇に比例するように成長した胸部は、水の都での激戦を経てとうとう無理をしても聖鎧を着られないレベルに達していた。


 聖鎧フリードはかつての聖勇者が装備していた伝説の鎧だが、男性用の鎧であり、魔法の掛けられた鎧の多くに付随しているサイズ調整機能がついていなかった。


 いや、付いていたとしても、ここまで成長してしまうと着るわけにはいかなかっただろう。


 アリアが全力で締め付けていた晒を離すと、藤堂は勢い余って床に尻もちをつく。

 床に座り込んだまま眼に涙をためる聖勇者に、アリアが宣告した。


「無理ですね。入ったとしても、その調子では戦えない」


「ズバッと切り落とすしかないわね」


 後ろで醜態を見ていたリミスが白い目で断言する。


「怖っ!?」


「……無理でしょうね。聖鎧フリードにはそこまで強いものではありませんが、傷を癒やす機能があったはずです。無理やり着て脱げなくなったら面倒なことになる」


「怖っ!?」


 聖鎧フリードの強度はあらゆる鎧を凌駕する。数ヶ月の激戦を経て藤堂の肉体に大きな傷がないのはその防御力あってのものだ。

 鎧の中で胸が回復し脱げなくなった自分の姿を想像し、藤堂は大きく身震いした。


 圧死してしまうかもしれない。


「まさかこんな事になるとは思ってませんでしたが……聖鎧は諦めるしかないでしょう。今装備できても……時間の問題かと」


「胸よりももっと成長すべきところがあるでしょ、ナオッ!?」


「そんな事言われても……はぁ……」


 リミスの険の籠もった言葉に、藤堂は深々とため息をついた。

 レベルに比例して膨らんでいった藤堂の胸と違い、リミスのそれは旅を始めた当初と変わらず慎ましやかなものだ。

 もちろん、交換して欲しいなどとは言わない。火に油を注ぐことがわかっている。


「聖鎧は勇者の証だ」


「…………まぁ、聖剣は使えているんですから、誤魔化す事は可能でしょう。今はフリードに変わる装備が必要です。……なるべく性別を隠せてできるだけ良い装備で……」


 聖勇者のシンボルは鎧と剣だ。だが、その二つに優先度をつけるとするのならばやはり人目につき易い聖剣に軍配が上がる。


「なんか良い鎧あるかな……」

 

「武器庫にも幾つかサイズ調整ができる候補があったはずですが……まずは鎧よりも体型を隠せる外套の方が必要かもしれませんね。可能ならば体型を隠せる魔法がかかっていると良いんですが……」


 アリアがムスッとしているリミスに視線を投げかける。

 武器防具の類はともかく、魔法のかかった外套などはフリーディアの領分だ。


 アリアと捨てられた子犬のような眼をする藤堂からの視線を受け、リミスは深々とため息をついた。


「……探せば、あると思うわ。常時発動する認識阻害となると……どちらかと言うと犯罪者が使うような魔導具だけど」


「……背に腹は変えられないな」


 なんとしてもごまかさなくてはならない。

 いずれ、藤堂の姿は一般市民に公開され希望の星となるのだ。


 誰かに助けを求めるわけにもいかない。特に聖鎧を着られなくなったなど教会に知られてしまえば、非常に面倒なことになるだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る