第五部
Prologue:足りないもの
王都ルークス。ルークス王国で最盛を誇る都市である。
街全体をぐるっと囲んだ堅固な城壁に、精強で有名な騎士団、都市全体を囲む高度な結界により、建国以来一度も破られたことのない都市として有名だ。
中心に位置するルークス王城は質実剛健にして美しく、その白を基調とした外観から無垢の城とも呼ばれる。ルークス王国は人類圏では最大規模の大国であり、肥沃の大地と四方を囲む山々により長らく繁栄を
謳歌してきた。
その王族には過去召喚された聖勇者の血が混じっており、アズ・グリード神聖教会にとっては得意先の一つだ。
魔王の軍勢が人類圏への侵攻を開始して十年。王都は前線からはまだ距離があり、道行く人々の表情は前線を知っている人間からすると信じられないくらいに明るい。
これは、魔王軍の侵攻が過去のように燃え盛る炎のような激しさではなく、じわじわと蝕むような速度で進んでいる、という事もあるのだろう。
恐らくこの都まで魔王軍の手が伸びたその時、ルークスは終わりを迎える。
それを知っているからこそ、時のルークス国王は教会に
レーンにてなんとか藤堂達に精霊契約させることに成功した俺達は一転、王都ルークスを訪れていた。
面倒な入都手続きを、アズ・グリード神聖教会の威光で省き、馬車を操り町中に出る。
これまではどちらかというと寂れた都市を行くことが多かった。
ゴーレム・バレーにピュリフはともかくとして、水の都として名高かったレーンも王都の賑やかさには大きく劣る。
大きく整備された通りに、行き交う無数の馬車。治安は磨かれた軽鎧とヘルムを装備した兵士が見回り、所狭しと露天が並んでいる。そのほとんどは人間だが、中には他種族の特徴を持っている者もいる。
まさしく大都市の名に相応しい賑わいがそこにはあった。
人数が増えたため、新たに借りた馬車の幌から御者台に顔を出したアメリアが、大通りを所狭しと歩く人々を見て、目を僅かに見開く。
「……こんな大都市は、初めてです。ずっと、教会の本部にいたので」
「あそこはまた雰囲気が違うからな」
アズ・グリード神聖教の総本山も規模は大きいが、あそこは巨大な教会であって大都市ではない。
アメリアの後ろには分厚いローブを着込んだサーニャとラビが膝を抱えて身を寄せ合うように座っていた。この国では顔が売れているので大手を振って歩くのはまずいらしい
幸い、ルークスのお膝元で藤堂達に何かが起こったりはしないだろう。
「よし、教会に顔を出したら、宿で現状の問題点を洗い出して今後の作戦を立てるぞ」
「なんかいつもやってること一緒ですよね……」
「…………」
アメリアが眉を顰め、小さく吐息を漏らす。
そんなこと言われても困る……そういう仕事だし世界の命運もかかってる。
「アレスさん、他にやること無いんですか?」
「ボス……たまには休憩も必要、かと。大物も倒したわけで……」
分厚いフードの下から目元だけこちらに向けたラビがもごもご進言する。
どうやら長旅で少し参っているようだ。レーンから王都までの道中は特に何事もなかったので緊張感が失われてしまったのかもしれない。
俺は御者台に座り、前方に視線を向けたまま言った。
「一度止まったら二度とエンジンが入らないかもしれないからな……」
「…………」
「心の傷も神聖術で治ればいいんだが……」
「ボス……ボク達の心の傷を広げるのやめてもらえるかなぁ?」
サーニャが凄く嫌そうな声を出す。どうやらサーニャも、他の二人と同意見らしい。
「お前らの師匠には休みはいらないと言われている」
「!? 横暴だ。ストライキ起こすよ!?」
ストライキ起こされて魔王討伐失敗したら多分俺の首だけじゃ済まないだろうな。
深々とため息をつき、俺はさも心外そうな雰囲気を装い言った。
「わかったよ。宿に馬車を預けたら三日間休みにしよう」
「え? いいんですか?」
アメリアが俺の顔をじろじろ見る。まるでおかしなものでも見つけたかのような目つきだ。
部下のモチベーションの維持も俺の仕事である。もともと、この安全なルークスで何人か完全な休日を取らせるつもりだった。
向こうからいい出してきたのはラッキーだ。貸しになる。
ラビが顔をあげ、真っ赤なルビーのような目がこちらを見ている。
俺は冗談めかして言ってやった。
「ただ、絶対に逃げるなよ。逃げたら地の底まで連れ戻しに行くからな」
§
海魔ヘルヤールは魔王軍に与する数多の魔族の中でも有名な魔族の一体だった。
人類の敵として国際的に指名手配された魔族であり、特に海と接した領土を持つ国からすると宿敵である。藤堂達がルークス王国から呼び出されたのは、その討伐(実際に手を下したのはラビだが)が人類の希望となりうる快挙だったためだ。
傭兵としてはそこそこ優秀でも、魔王討伐を目指す勇者としては未熟である。まだその名が市民に知らされることはしばらくないだろうが、裏で藤堂達の旅の進捗にヤキモキしていたであろう王国の上層部はこの大金星に、一安心している事だろう。
海が解放されたため活動範囲も大きく広がった。ルークスには港がある。
風はこちらに吹いていた。
魔王軍はもうヘルヤールの死を知っているだろうか?
あの戦いは激戦だった。ヘルヤールの部下全員を残さず殺せたかと言われると怪しい。
向かってくるものは全滅させたが、逃げ出した者がいる可能性もある。
藤堂が十分に育っていたらこの勝ちに乗じて攻め込むのも悪くなかったかもしれないが、時期尚早だろう。
今回の魔王軍はこれまでとは一味違う。ヘルヤールが口走っていた人族の裏切り者も気になる。慎重になってなりすぎるという事はない。
魔王軍の動向調査はともかく、裏切り者の調査はかなり困難な作業になるだろう。
情報がまるでないのだ。こちらの内部に潜入でもしているのか、それとも本格的に魔王軍の一員としてその下で動いているのか、それすらもわからない。
藤堂の名前がバレていなかった事からルークス王国の上層部にはいないと予想されるが、疑心暗鬼になりすぎるのもまずい。繊細な立ち回りが要求される。
今後の戦いは更に激しさを増していく事だろう。
レーンでの戦いは薄氷を踏むようなぎりぎりの戦いだった。そして、それを通してわかったことがある。
今俺達に必要なのは――人だ。
サーニャとラビなくしてあの勝利はなかった。
そして、もっと増やしていれば俺が槍で突かれ血塗れになりながら殴り合う必要もなかった。
アメリア達と宿で別れ、俺は改めてサーニャ達を雇う契機となった傭兵派遣所――『
薄汚れた扉を空けると、仄かな臭気に包まれる。前回のように視線が集まるが、二度目なので気にならない。
相変わらず客は俺しかいないようだ。カウンターに立っていた見覚えのあるバーテンが、俺を見てぎょっとしたように目を見開いた。
テーブルから早速不気味な符丁と囁く声が聞こえる。
――おい、また来たぞ、あの男。
――ブランの秘蔵っ子がひどい目にあったらしい。
――海魔と戦わせた上に褒賞を黄金人参一本で済ませた……。
――アレスマーマン……。
おい誰だ今、俺の事をアレスマーマンって呼んだやつ。
情報が筒抜けのようだ。どんな情報網を持っていたとしても、そもそもそれを知っている者は数少ない。
「……どうやらサーニャ達には口封じする必要があったようだな」
――……。
軽薄そうなサーニャと、何をしでかすかわからないラビ、どっちが犯人だろうか。
……アメリアというパターンもありうる、が……まぁ、傭兵斡旋所の常連の中に魔王軍の手の者が紛れている可能性は少ないだろう。
俺は気を取り直し、持ってきたトランクケースをカウンターに置いた。
中身は二億ルクス。二億ルクスである。
ステイにして二人分。海魔ヘルヤールを倒した功績を理由にクレイオから引っ張ってきた活動資金――虎の子だ。
もう貧乏人なんて言わせない。
このまま人数を増やしつつ魔王軍の幹部を倒し続ければどんどん使える資金も増えていくだろう。
そうすれば更に体制を整える事ができる。ビジネスはこうじゃなくてはいけない。
俺は振り返り、テーブルにつく傭兵たちに視線を投げかけ、要望を出した。
「マーマンの変装をして海底に潜る事を厭わず、槍で全身串刺しにしても退かない強靭な肉体と精神を持ち、汚れ仕事への耐性があり、上級魔族を正面から圧倒できるだけの力を誇り、精霊魔法関係にも詳しい屈強で――できれば可愛い女の
「……」
その場にいる全員――バーテンまでもが圧倒されたように黙り込む。その反応は想定内だ。
こちらとて無茶は承知である。だが、前回だって無茶を承知で人を求めたのだ。
俺は真顔で続けた。
「後、休みは不定期だ。ない可能性もある……が、善処しよう。仕事は魔王討伐だ」
さぁ、共にビジネスを始めよう。
*****
お久しぶりです。本日より第五部を更新していきます。
またよろしくお願いいたします。
また、書籍版四巻、漫画版一巻、6月発売です。
もしよろしければそちらもご確認いただけると幸いです。
※詳細は近況ノートをご覧ください。
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