英雄の唄⑧

 何で僕が召喚されたんだろう。


 この世界に来た当初、藤堂が何度も反芻していたその言葉が改めて藤堂の頭の中に渦巻いていた。


 藤堂直継という少女は一般的な意味で優秀だ。


 昔から学校の成績はよかった。書物から、経験から、何かを学ぶのが好きだったし、運動だって得意だった。

 友達も何人もいたし、日々充実した日々を送っていた。恐らく平均的な同年代と比べれば頭ひとつ分優秀だっただろう。


 唯一の不満は――世界が平等ではないという点だけだ。悪が栄え弱者が虐げられる。それだけが気に食わなかった。

 故に、そのために行動をした。行動してしまうような人間だった。

 この世界に召喚され、その理由を聞かされた瞬間、藤堂は運命を感じたが、恐らく、求められなかったとしても藤堂は魔王の討伐を志しただろう。


 レーンの宿。藤堂はテーブルの上に置かれた大きく亀裂の入った盾を見ていた。


 『輝きの盾』。藤堂が勇者に選ばれた際に与えられた武具の一つで、これまで藤堂の身を守ってくれた盾だ。勇者の装備ではないが、名のある逸品だった。

 グレゴリオの攻撃で罅がはいり、ゴーレム・バレーでの戦いはなんとか乗り越えたものの、今回のヘルヤールの水槍で罅は亀裂と呼べるほどに広がってしまった。一部分については向こう側が見える程大きな穴が空いており、もう使い物にならないだろう。

 むしろ、あんな状態で魔王軍の幹部からの魔法を一撃でも防げたことが奇跡なのだろう。


 亀裂以外の部分についても――青く輝いていた表面は傷だらけだ。それを撫でながら、どこか藤堂はセンチメンタルな気持ちでため息をついた。

 傍らに立てかけられた聖剣と、聖鎧を見る。たかが武具だなどといっても、間違いなくこの世界に於いてそれらは藤堂の大切な仲間である。


「ままならないな……」


 ヘルヤールの鎧を貫けなかった聖剣を見る。

 聖剣エクス。万物を切り裂く勇者の剣。あの瞬間、藤堂は確かにヘルヤールへの攻撃の成功を確信していた。

 いや、大墳墓――ピュリフでグレゴリオのトランクに防がれた時にだって――。


 切れ味が悪いのではない。聖剣エクスは万物を切り裂くという。加護だってある。藤堂は恵まれている。

 故に、答えは一つだけだ。


「僕は……弱い……」


 乾いた声が室内に虚しく響く。リミス達は水の精霊との契約を試みにいったため、藤堂を除いて部屋には誰もいない。護衛がアリア一人だったら心配だったが、ラビもきてくれた問題ないだろう。

 ラビ。ラビの一撃だってそうだ。藤堂が手も足も出なかったヘルヤールをただの一撃で屠って見せた。しかも、その相手に気付かれることすらなく、だ。


 拳を強く握る。レベルは確かに上がっているはずだが、自分はどれくらい変わっているのか。


 力量が違いすぎる。

 守るべきものだと思っていた少女の隠された実力。魔王軍幹部の想像以上の力。海底であった恐ろしい魚人。

 空虚な気分だった。今の藤堂では手も足も出ない力に対して、悔しさすら沸いてこない。


 あるのは強い無力感だ。それを乗り越えなければならないことはわかっていた。

 障害の数、そしてその大きさは今も昔も変わらない。世界にはどうにもならないことが多すぎる。


 目を瞑り、その言葉を、現実を噛みしめる。涙は出てこない。もはや枯れ果てた。

 故に、呟く。自身にその言葉を刻みつけるかのように。今までも何度も何度もやった行動だった。


「強く、なる。世界を、救う。僕は――勇者だ」


 何で自分が召喚されたのか。そんな事はどうでもいい。


 死は怖くない。いや、怖いが――それは藤堂直継にとって大きなハードルにならない。

 何故ならば、藤堂直継は――既に一度死んでいるからだ。絶望の内に死んで、しかし二度目のチャンスを得た。


 この世界は藤堂の生まれた世界ではないが、何としてでも救わねばならない。正義を貫かねばならない。たとえそれに意味がなかったとしても。それが自身に何の見返りも齎さなかったとしても。


 諦めない。執念。藤堂に残るのはそれだけだ。たとえ勇者の武具が使えなくなったとしても、如何なる手を使おうと正義を貫く。


 もう一度強い口調で呟く。誰に言い聞かせるでもなく、自分自身に宣言する。


「絶望が、僕を強くするんだ。次は、負けない」


 拳を握り、唇を強く噛む。強い意志の宿る漆黒の瞳を、深い傷が刻まれた盾の表面が映していた。




§



「……ただいま戻りました」


「おかえり。早かったね。うまくいったの?」


 戻ってきたアリアとリミスの表情に、藤堂は眉を顰めた。

 疲れ切っているような、憔悴しているような、今にも倒れてしまいそうな酷い表情。

 特に大きな傷などはなさそうだが、明らかに普通ではない。


「ええ、ま、まあ。色々なことがありすぎて、信じられなくて……どこからなんていったらいいのかわからないけど――」


 リミスが深々とため息をつき、杖を立てかけると、椅子に身を投げ捨てるかのように乱暴に腰を下ろす。目が死んでいた。

 アリアはそこまでではないが、明らかに身体が重そうだ。一番後ろから入ってきたグレシャの仏頂面だけが唯一の癒やしである。


「あ、ああ。ちょっと休んでからでもいいけど……」


「そうね……そうさせてもらうわ。ところで、ナオの方はどうなのよ? 気分は良くなった?」


 リミスがまるで責めるような、憐れむような目で藤堂を見る。

 次にため息をつくのは藤堂の方だった。無理やり苦笑いを浮かべ、大きく首を横に降った。


「……ダメだ。もう『聖鎧フリード』……着られないよ…………胸がきつすぎて、入らない。ずっとだましだましやってたけど、もう無理だ。聖剣だけでやっていくしかない」





【NAME】藤堂直継

【LV】43 (↑UP)

【職業】聖勇者

【性別】女

【能力】

 筋力;ちょっと高い (↑UP)

 耐久:ちょっと高い (↑UP)

 敏捷:高い (↑UP)

 魔力:かなり高い

 神力:ふつう (↑UP)

 意志:かなり高い

 運:ゼロ

【装備】

 武器:聖剣エクス(様になってる)

 身体:聖鎧フリード(もう無理)

 盾:輝きの盾(亀裂)

【次のレベルまで後】5887993

【特記】

 不屈の意志

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