第二十五レポート:海底の都について②

「オウも、おヨロコびになる」


「お、おうって、誰さ!?」


 サーニャが震える声を上げるが、海竜人はそれに答えずに俺の方を向いた。

 目を細め、鋭い視線がじろじろと頭の上から下まで何度も行き来する。


「ギョジンのセンシにしては……オオきいな」


 俺の鱗の表面は金属でコーティングされているし、背びれはシー・サーペントのものを流用している。確かに似せてあるし暗い海の中で判別するのは難しいが、よく見れば作り物であることは明白だ。

 こんな魚人いねーって。そもそも、魚人や海竜人を騙すために作ってもらったわけじゃないし。


 さすがに魚は騙せても竜は騙せないか……口封じするか? 海中で魚人アーマーを壊されたらいくら俺でも面倒なことになる。神聖術によるゴリ押し海中散歩を試さなければいけなくなるだろう。

 しかし、竜人はもう一体いる。そしてそれが最後とも限らない。


 いや、間違いなくそれを越える者が一体はいるはずだ。オウ……王、か。

 海竜人の王。それを確かめるまで、俺が敵だとバレる訳にはいかない。


 誤魔化す術はあるだろうか? それとも怪しまれ報告される前に二体をぶっ殺して王とやらを探しに行った方がいいだろうか。

 見たところ、こいつらは門番だろう、ということは王とやらはその先にいる可能性が高い。


 近づいてきた竜人は数歩の距離にいる。この距離ならば確実に先制を取れる。

 だが、今の俺には神聖術による補助がかかっていない。補助魔法は燐光を伴う。暗い海の底では目立つと思ったからだ。隙をついても、今の状態で一撃で殺せるかはかなり怪しい。


 そして問題は数メートル離れているもう一体だ。近い方を攻撃した時点でほぼ確実に反応してくるだろう。こちらに攻撃を仕掛けてくるのならばまだいいが、即座に撤退を選ばれると面倒なことになる。


 近い方をサーニャに任せる? だがそれを伝える術はないし、彼女には武器もない。そもそも、弓矢があった所で、鎧とヘルムで急所を守っているこいつを一撃で殺せるかは不明である。

 こちらに引きつける? 怪しまれた状態でメイスのリーチ範囲内に入ってくるだろうか?


 ジリジリと時だけが過ぎていく。竜人はしばらく首を傾げながら俺を睨みつけていたが、もう一人の方に呼ばれて振り返った。


 プレッシャーが霧散する。どうやら向こうの話が終わったようだ。

 案内役を担った魚人が隣でこちらを見ていた。説得していたのだろう。この群れが一体どういう理屈で成り立っているのかわからないが、疑惑は解けたようだ。


「まぁ、ヨかろう。そこのニンギョはロウにトじこめておけ。このオオきなシンイリをオクにアンナイしろ」


「ちょ、はぁ!? ボクをどうするつもりだッ!」


 腕に抱えたサーニャが急に大きな声をあげ、ジタバタと身をくねらせて暴れる。それを力を込めて無理やり押さえつける。


 ここでサーニャを預けるべきか、難しいところだ。

 暴れているサーニャが演技なのか本気なのかわからないが、相手が竜人でも逃げるだけならどうにか出来るだろう。

 だが、預けた結果死んだなどとなれば俺の責任である。しかも牢と言ったか?


 ここが何なのかもわからない状況で無防備な状態のサーニャを預けるのは少しリスクが高いかもしれない。今後に差し支える。


 俺は声色を変え、低い声で言った。


「これは、オレのニエだ。ダレにもワタすつもりはない」


「!?」


 竜人が目を見開く。呆気にとられているのか、魚人が急に話しだしたらそうもなるだろう。

 目が鋭く細められる。ただでさえ成されていた警戒がより強さを増す。


「キサマ、ハナせるのか?」


「……もうイチド、イうぞ。ワレワレ、ギョジンゾクの、ハンエイのため、これをワタすつもりはない」


「まさかキサマラ……ハムかうつもりか!?」


 二人の竜人が最小限の動作で槍の先をこちらに向ける。言葉を理解出来ない案内役の魚人があたふたと俺達を見ている。

 俺はメイスを持ち上げ、その先を竜人に向けて戦意を研ぎすませた。


 教会所属のものならばともかく、レンタル品のサーニャをそう簡単に危険にさらすわけにはいかないのだ。信用が失われればすぐに噂は広まるだろう。俺は金が手に入り次第もっと沢山傭兵をレンタルするつもりなのだ。


 刃のように研ぎすませた殺気を竜人二人にぶつける。竜人の体勢が更に警戒を強くする。


「ナンだ、こいつ。これが、ギョジンのケハイか!?」


「ヒョウジョウにキンチョウがない……まさかキサマ、ジャシンのカゴモちか!?」


「え!? そうなの!?」


 ぶっ殺すぞ。


 じりじりと竜人が後ろに下がる。俺を止めようというのか、前に立ちふさがった案内役の魚人を横に蹴り飛ばし排除する。

 壁に突き刺さった魚人に、竜人二体が戦慄したように呻く。


「こいつ、ナカマをナンだと……!?」


「なんとキョウボウな……これが、ジャシン、ルシフ・アレプトのシントのチカラか!?」


「え!? そうなの!?」


 俺はもう面倒になったので全て邪神のせいにすることにした。

 ルシフ・アレプトは秩序神に相反する神。ヴェール大森林で戦っていた吸血鬼、ザルパンにも加護を与えていた秩序神の敵だ。その信徒は何体も倒した事があるし、やりかたはよく知ってる。


「ルシフ・アレプトにエイコウあれ」


「マ、マてッ!」


 交戦を開始する。これならばたとえ一匹逃したしても全部邪神のせいにできる。仲間割れも見込める。

 竜人の言葉を無視し、メイスを大きく持ち上げ、踏み込もうとする。


 が、その前にその後ろの扉が開いた。


「控えろ、魚人の戦士よ」


 竜人のものとは異なる、滑らかで、涼やかな声が響き渡る。

 二体の竜人の意識が一瞬でこちらから離れ、はっとしたように扉の左右に避ける。後ろに下がり警戒を強める。


 黒の扉の先から現れたのは一人の長身の亜人だった。

 闇をそのまま紡いだような漆黒の外套。薄い水色の髪に、側頭部から飛び出した二本の角が特徴の男の亜人。

 顔立ちは人に酷似しているが、二つの目は血のような深紅に輝き、何の血を引いているのかはわからないが、外套の隙間から窺える首元には鱗の跡が残っていた。


 一方で、首から下はほとんど人の原型を残していない。鎧の下から出た手は爬虫類の鱗を残しており、鉤爪の生えた手が背丈ほどもある巨大な黒の杖を握っている。

 竜人か? 混血系の亜人は個体によって特徴の出方が違う。頭部とその全体骨格のみが人の形を保っているなど、滅多にあることではない。


「オ、オウよ……」


「キケンです」


「構わない」


 その身から感じる強い存在力、邪悪を焼き付けるべく目を見開く。

 踏み出した脚。裾から見える鉤爪が床に擦れ、小さな異音を立てる。三白眼が俺を睨みつける。俺は思わず一步後ろに下がった。

 サーニャも現れたその男に、絶句している。


 男が血を塗りたくったかのような赤い唇を動かし、笑みを浮かべる。酷薄な印象を抱かせる笑みだ。

 伸びかける腕をぎりぎりで押さえる。男の背後、扉の向こうには完全武装した海竜人が何人も見えた。


「海に生きるあまねく生命は我が友であり、我が下僕である。魚人の戦士よ、分をわきまえよ。我をなんと心得る」


 傲岸不遜の態度。自信に満ちた笑み。そしてその態度に相応しい異常なまでに強力な能力。

 俺はその名を知っていた。いや、名立たる傭兵の中でその名を知らぬものはいないだろう。


「海魔――――ヘルヤールッ!? 何故……ナゼ、マオウのカタウデがここにいる?」


 各国から合計250ステイの賞金を掛けられている魔族。


 殺せる。ちょっと腕を伸ばしてメイスを叩きつければ頭を潰せるくらいの距離にどうしてこれがいる!?


 意味のわからない状況にただただた戦慄する俺に、隣に避けていた門番が飛びかかってきた。

 その槍がぐるりと旋回し、穂先が俺を向く。叫び声もなく鳴き声もなく、その殺意のみがやりに乗っている。

 俺は左右から襲ってきた刺突をメイスで払いのけた。


 疾い。強いが、ゴーレム・バレーで戦った獣人――フェルサ程ではない。


 焦りも恐怖もなかった。

 人族が求めて止まなかった賞金首に、脳内にぞくぞくするような快感が奔っているのを感じる。


 これは……神が――殺せと言っているのか!? いや、間違いなく言っている。

 殺せと、チリひとつ残すなとッ!


 海を解放できる。出来るぞッ! ステイをそそのかして資金を稼ぐ必要もなくなるッ!


 視線から伝わってくる邪悪も俺を高揚させる材料にしかならない。

 凄まじい存在力だ。だが、こいつのしでかした惨事と比べれば大したことはない。


 左右から襲い掛かってくる旋風のような槍捌きを数歩後退して回避する。幅広の刃の穂先が壁をバターのように切り裂き、そのまま俺を狙う。

 魚人アーマーは死角が多すぎるが、伝わってくる怒りの感情は二体の竜人の居場所を明確に示してくれた。

 何が癇に障ったのか知らないが、僥倖だ。力や技で来る相手は俺にとってカモである。それも、相手の方が劣っているのならば尚更だ。


「にゅあ……」


 ごんとサーニャの頭が壁にぶつかり、呻き声があがる。だがそんな事も気にならない。


 殺せる。殺せるぞ。この程度なら殺せる。交戦している二体を除けば残りは後ろだ。ヘルヤールもよもや自分が攻撃されるとは思っていまい。

 ヘルヤールの戦闘能力はそこまで高くなかったはず……こいつらに反撃する振りをして一撃で潰す。

 後で神に感謝の祈りを捧げよう。


 槍がすぐ眼前を掠るように通り抜ける。好機だ。

 反撃に入ろうと一步踏み込んだその時、それまで黙ってこちらを見ていたヘルヤールが不意に声をあげた。


「そこまで、だ。双方とも、手を止めよ」


 竜人達が揃って手を止める。静止した鋭い穂先は俺を向いていた。

 俺もそれに釣られて手を止める。後数秒、止めるのが遅かったらそのまま攻撃できていたのに。


 ヘルヤールがぱちぱちと軽く拍手する。

 その唇が開き、どこか色気を感じさせる声で言った。


「魚人族の戦士よ、私を海魔などと呼んだことを許そう。我々は同胞である」

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