第二十三レポート:海底調査について②
サーニャが見惚れるように見事な犬かきで下りてくる。それを追いかけようとした
おかしいな……ついてくるなと言ったはずなんだが……そして俺はモンスターじゃない。
サーニャが両足で目の前に降り立ち、笑顔で両手を上げる。本当に楽しそうだな、おい。
「何しに来た?」
「ボス、その姿超目立ってるよ。威圧感が違う、海中では感覚が妨げられてるけど一発で気づいた。でもその姿でしゃべらないで欲しいな、怖いから」
「頼んでいたアメリアの護衛は?」
「ラビがいるから大丈夫さ」
やりたい放題だな、こいつ。指示に従わないとはとんでもない部下だ。
マーマン達は俺とサーニャを見てどうしていいのかわからず戸惑っている。
見えていたのはほんのごく一部だったらしい。サーニャを追いかけていた魚人達が一気に広がり俺達を囲む。凄い数だ、何体いるのか数える気にすらならない。
まるで海底それ自体が蠢いているかのようだった。唯一その目玉だけがぎらぎら光っていて気色が悪い。
だが、襲ってくる気配はない。
先程まで追いかけられたにも拘らずサーニャの態度はいつもと変わりなかった。人魚アーマーを装備したサーニャと魚人達の間にはハンデがない。確かに彼女の能力ならば余裕を持って逃げ切れるだろう。
「何をやった?」
「……泳いでいたらついてきたんだよ。人気者だ」
確かに、魚人達の目的はサーニャのようだ。感情の見えない目をその肢体に向けている。
「……まぁ、
ゴブリンやオークなどでも似たような性質が見られる。異種の血を半分入れると強い命が生まれるらしい。
ましてやサーニャは性格はともかく、見た目は優れているし能力も優れている。獲物としてはかなり上等だろう。連中の強さで勝てるとは思えないが……。
「……うげぇ。勘弁して欲しいよ……」
サーニャが眉を顰め、胸を隠すかのように腕を前で組んで、こちらを取り囲む魚人達を眺める。
誰だって勘弁して欲しいと思う。
だが、そこで俺はいいアイディアを思いついた。
「待てよ……これだけの数だ、近くに集落があるだろう。サーニャが捕まればそこに連れて行かれるのでは?」
相手は所詮マーマンだ、俺ならば何体いても駆除できる。その上位種や亜種がいても問題ないだろう。
俺の言葉に、今度こそサーニャがぞくりと剥き出しの肩を震わせた。
「…………ボスさ、言っていいことと悪いことがあるよ?」
「……」
魚人達は俺達二人を取り囲むようにしたまま、完全に硬直していた。
奴らからすれば俺は狙っていた獲物を奪い取った正体不明の魚人だろう。数の利にまかせて飛びかかってこないのは俺との体格差が気になっているからなのか。
さすがにこれだけの数いるとなると、全員逃さずに潰すのは難しいかもしれない。いや……威圧して動きを止めることができればいけるか?
しかしこの数――集落が存在するのはほぼ確定として、複数の集落が点在している可能性がある。何度も海の中に入るのは面倒だ、今回で一網打尽にしたい。どうしたものか……。
黙り込む俺に、サーニャが慌てたように身体を揺すってくる。口からしか外が見えないせいで姿が見えないが、本気で焦っているようだ。
「ちょ、冗談だよね? ね? ボス、いくら傭兵といっても、命令していいことと悪いことがあるんだよ!? わかってるの?」
「……冗談だよ。クレームをつけられたらまずいからな。サーニャにはまだ使い道がある」
「言い方が……」
そこで、魚人の群れの中から一回り大きな魚人が前に出てきた。
他の魚人よりも太い腕に、鈍い金色に光る
ゴブリンもそうだが、こいつら知性の低い亜人系の魔物の特性はその社会性だ。
その他の魔獣などでもよくある話だが、大体ボスがいてそれが群れを高度に統率している。
よく見れば見分けがつく。身体の大きさ、装備、顔立ちが違うこともある。恐らく、こいつがこの中で一番偉いのだろう。
魚人が俺の前に立つ。金色の目がぬらぬらと光っている。見知らぬマーマンへの怒りか、それとも戦意か。
一回り大きな魚人と言っても、身長はきぐるみを着ている俺の方が高い。
魚人リーダーが鳴く。どうやって出しているのか不明な、引きつるような声。
言葉なのかもしれないが、見た目は魚人でも中身が人間の俺には理解出来ない。俺は迷うことなく、メイスで目の前の魚人リーダーを叩き潰した。
その立派なトライデントを構える暇すらなく、魚人がはじけ飛び赤い霧と肉の欠片に変わる。存在力が入ってくる。
「うわっ、ボス、最低……」
「討伐適性レベル50から55。魚人にしては強い……」
俺は勤勉なので特に理由がないならば、殺せる敵は殺せる内に殺すようにしている。
相手は魚人、海中での戦闘は俺よりも得意だろう。だが動く前に殺せば問題ない。ボスを殺せば向こうも混乱するだろう。
一番立派な仲間を殺された魚人達が一斉に叫びを上げる。騒々しい声に波が揺れ、周囲の魚が逃げていく。
サーニャが俺を盾にするように後ろに回る。囲まれているから無駄だから。
「モンスターに憐れみを抱くのは初めてだ」
「お前も戦えよ」
「肌に傷がついたらどうするのさ」
「俺は
軽口を叩きながら、目の前の魚人達を睥睨する。サーニャも俺の背に背を合わせ、後ろを警戒しているようだ。
鳴き声が収束する。普段の魚人達ならば怒りに任せてかかってきただろう。だが、魚人アーマーの中にいるせいかかかってくる気配はない。メイスをこれみよがしと構えて見せるが、逃げる気配もない。
一体何を考えているのか……無数の無機質な目が俺を見ている。そこにはボスを殺された怒りも絶望も見えない。
魔物の気持ちなんて知りたくもないが……何か策でもあるのだろうか? 存在力の差は野生の勘で感じ取れているはずだ。
せめて集落を潰しきれないならばここにいる魚人共だけでも殺し尽くしておきたい。どこから切り崩すべきか……暑苦しいアーマーの中で眉を顰めたその時、魚人共が一斉にその手の武器を離した。
粗末な槍がゆっくりと水の中、地面に落ちる。それを待つことなく、魚人共は跪きわたわたと平伏を始めた。
その姿勢は、鮮やかではないし、揃ってもいなかったが、どこからどう見ても土下座だった。無防備に頭をこちらに向け、両手を揃え地面に這いつくばっている。
魚人も土下座するのか……。
「……ボス、凄いね。知性のないモンスターに土下座させるなんて……」
昨晩潜った時も偉くフレンドリーに接され、尊敬しているような雰囲気は伝わってきたが土下座まではされなかった。
魚人アーマー……ふざけた見た目だが効果が高すぎる。ゾランめ……あの男、天才か。もっと才能の使い道をこう、どうにかできないのか。
まー別に土下座されても許さないんだが。一匹たりとも逃さず殺すんだが。
「ねーねー、いいこと思いついた。ボスさ、
「…………その手があったか」
「へ!? ひゃ!」
くるりと回転し、背中を合わせていたサーニャを左腕で抱え上げる。サーニャが小さく悲鳴をあげるが、それを気にせず、俺はサーニャを見せつけるように持ち上げ、同時に右手のメイスを大きく上に掲げた。
「うおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
全力で叫ぶ。さすがに魚人みたいな声は出せないので雰囲気だけだ。
だが、ちゃんと俺の意志は伝わったのか、魚人達が頭を上げ、俺を見て大きく喝采の声を上げ始める。
歪な歓声が水中を伝わり、大きな波となり海中を広がる。俺はその瞬間、確かに魚人の王になった。
獲物として小脇に抱えられたサーニャが顔を引きつらせて言う。
「あ、あのさ……ボス、考え直さない? いや、ボスがどうしてもって言うなら、ボクは従うだけなんだけど……人の方がいいと思うな。魚ばかりじゃ飽きるよ」
こいつ、俺のこと馬鹿にしすぎだよな。アメリアといいサーニャといい、本気で言ってるのか冗談で言っているのかわからねえ。
凄まじい数の魚人が蠢き道をあける。まるで海底が真っ二つになったかのようだ。俺はサーニャを抱えたまま、そこに一步踏み出した。
「…………お前は贄にする。くくく……ははは……銀狼族……優秀な母体として、魚人族の繁栄のために役に立ってもらうぞッ!」
「怖っ! ねぇ、ボス!? ボス!? ボスさ、外から見たら完全に魚人なの忘れてるよね!? ちょ、鱗が擦れてざらざらしてて痛いんだけどッ!? ねぇ!?」
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