第二十二レポート:海底調査について

 宿に戻ると、教会本部に納めるための資料を作っていたアメリアが顔を上げ、聞いてきた。


「どうでしたか?」


「仕様らしい……」


 魚人アーマーは世界を騙す魔導具。魚人共が勘違いしてもおかしくないとのことだった。

 なんか自慢げに言われてしまった。こんな世の中おかしいと思う。


 どんな物だったとしても、水中で活動できるようになるというのはメリットだ。だが、それが魔物をおびき寄せてしまうとなれば話は別だろう。

 藤堂達の活動に影響が出てしまえば本末転倒である。人魚アーマーが完成して藤堂達が神殿に挑戦する前に方針を決めねばならない。


「ボス。護衛なら私達だけで十分だと思うのです」


 相変わらず室内でもフードを被りっぱなしのラビが言ってきた。腰に下げた鉈のような曲刀も外す気配がない。


「レーンで得た情報とサーニャちゃんが実際に潜って確認した感じだと、大した魔物は出ないです。討伐適性レベルはせいぜい――30前後でしょうか。神殿は入り組んでいて、海中での最も大きな脅威である、超大型の魔物は入れません。……建物を壊したりしない限りは」


「鎧の装備が不可能のようだが?」


「……私はいつでも布一枚です。サーニャちゃんも似たようなものです」


 もごもごとラビが言った。


 一理ある。サーニャも強いし、実際に動いているところは見ていないが、それよりも強いラビがいるとなれば戦力としては十分だ。回復魔法を使えるアメリアもいる。

 もともと留守番するつもりだったのだ。現場にいかなくても出来ることはある。


「よし、ラビ。念のため能力を確認する。模擬戦をするぞ」


「いやです」


 俺の要求に、ラビは全く考える素振りもなく答えた。


 能力の見極めは必要である。雇った場所が場所なのである程度の質は担保出来ているが、俺の求めるものと違うものである可能性もある。


「……は? 何故だ?」


 サーニャはほいほい乗ってきたのに。

 ラビは小さくため息をついて、軽くフードを上げ、ジト目で俺を見た。


「私は一切手加減ができないのです。似たようなシチュで何人か殺してしまったので、それからなるべくそういう要求には答えないようにしています。ボスがサーニャちゃんを調教したのはわかっています。ただの僧侶プリーストではないのは分かっていますが、ご理解をお願いします」


 見境ないのか。わかっていたが、傭兵って本当にイカれている。

 なるべくとか言っている以上、無理に押し通せば確かめることは出来るだろう。だが、恐らくラビの言葉は冗談でもなんでもない。


「別に動かない物に攻撃してみせるだけでもいいが?」


「…………生き物じゃないと、本気が出せないです。恐らく見ても参考にはならないでしょう」


 譲歩してみるが、ラビは頷かない。どこの殺人鬼だよ。いや……殺人鬼、か。


 詳しい実績は聞いていないが、恐らく相当後ろ暗い任務もこなしていることだろう。

 言葉からすると、相当尖った能力らしい。特化型の傭兵は珍しいがいないわけではない。


「…………ならいい」


「…………ありがとうございます」


 ラビが小さく頭を下げる。嫌な雰囲気だ。もしや即死系の魔法でも使うのだろうか……いや、アメリアから聞いた話だと、道中現れた魔物を急所を狙って全て一撃で仕留めたらしい。

 本人が嫌がっているのならば触れない方がいいだろう。俺も無敵ではない。訓練で殺されてしまったらたまったものではない。


 変な空気になっていたところで、アメリアが話を変えてくれた。


「しかし……アレスさん、魚人に囲まれたって言ってましたけど――どこから来たんでしょうね」


「海は広いからな」


 魚人は海中の全域に棲息するとされている。海沿いならばどこにでも魚人の話はあるし、短期間だが陸上でも活動出来る奴らは嫌われ者だ。集落を作る性質があるので一体確認すると何人も現れたりもする。

 全域といっても、あまりにも深さのある海だったり、水の温度が高すぎたり低すぎたりするとさすがに活動できなくなるらしいが、魚人の研究をしている者なんてほとんどいないので詳しいことはわかっていない。


「広いからこそ、ちょっと確認のために潜っただけで囲まれるなんて……滅多にないと思うんですが。アレスさん、本当に運悪いですね……」


 憐れみの視線を向けてくるアメリア。もっともな言葉である。

 俺の運がいい悪いは置いておいて、いくら魚人に誤認される装備をしていたとしても、いくら全域に棲息しているとしても、少し潜っただけで囲まれたりするだろうか? 海は広い。本当に広い。どうして俺がピンポイントで見つかるだろうか?


 ……まぁ、あの場には藤堂もいたので藤堂の運が悪いという可能性もあるが……。


「…………そうだな。よし、今夜もう一度潜ってみよう」


「……え!? なんで……またアレ、着るんですか?」


 俺だって着たくはないが、まだ時間はある。

 海中の魔物を全て排除することは難しいが、もしも魚人の集落が近くにあるのならば潰しておいたほうがいい。

 あくまで今回の目的は精霊との契約であってレベル上げではないのだから。



§


 外に出て調査の続きをしていたサーニャは、帰って来て俺の話を聞くや否や、笑顔で言った。


「え!? なにそれ、楽しそう! ボクも行くよ!」


「……多分、楽しくないと思う」


 暗闇の中、水の臭いと潮の香りのみが漂っていた。


 夜中に外に出るものはいないのだろう、砂浜には人影一つない。遠く離れた海底神殿の入り口の祠付近にのみうっすら明かりがついている。

 もしも人影があったら俺は言い訳に困っただろう。夜中に魚人のきぐるみ(と言うよりは装甲に近い、が)を着て海辺をふらついている男だなんて変態以外の何者でもない。いきなり攻撃されても文句は言えない。

 アメリアがとても重い魚人アーマーを装備した俺にいつもと違う目を向ける。サーニャがどこかワクワクしたように俺を見ている。


「……アレスさん、本当に行くつもりですか?」


「ちょっと潜ってくるだけだ」


「…………ちゃんと、ここに戻ってきてくださいね! それ一人じゃ脱げないんですから、戻ってこないとアレスさんは永遠に魚人ですよ?」


 嫌なこと言うなよ。

 万が一の時はぶっ壊せばいいんだろ、壊すのは得意だよ。もしかしたら治すのより得意だよ!


 持っていたメイス――『神の怒りラース・オブ・ゴッド』をぶんぶん振る。もう何の神が怒っているのかもわからない。誰に怒りをぶつけていいのかもわからない。


「ではアレスさん、定期的に通信するので」


「ああ、任せた」


 ラビは一言も言わず、微かに震えながら顔を背けていた。笑ってるんじゃないだろうな。


§


 海の中は静かだった。今日は空が曇っているため、海底には月灯りすら届かない。


 それでも、海底には生き物がいた。海底に揺らめく海藻や小さな魚の間を、ゆっくりと沖に向かって歩いて行く。


 魔物もいる。陸生の魔物と比べ、海の魔物の研究はあまり進んでいないので種類はわからないが、海の生き物を巨大化したような形のものが多い。


 感じる存在力はそれほど高くないので雑魚だろう。夜行性なのか、海中には少なくなく数の魔物が泳いでいたが、余程今の格好は威圧感があるのか、ほとんどがこちらに顔を向けることなく逃げていった。


 海流もあり、海底には目印もあまりない。迷ったら二度と戻れないかもしれない。

 ステイを売り払って本当によかった。さすがに海中で迷子になられたら無理だ。


 岩を蹴り、ゆっくり泳ぎながら辺りを確認する。特におかしなものは見えない。

 しばらく海底や海中をあてもなく彷徨っていたが、魚人の姿は見えない。

 というか、広すぎる。水中のせいか、気配を感じづらい。やはりただの偶然だったのだろうか?


 ついでだから神殿の方もこの目で確認しておくか……。


 ちょうどそんなことを考え始めたその時、ふと頭上から声が降ってきた。


「あ、いたいた。そこのモンスターの人!」 


 大きく首をあげて視線を向ける。サーニャが笑顔で手を振っていた。

 目を擦ろうとするが、真横についている目は飾りだし本当の目は口の中なので擦れない。


 頭の上の耳がペタンと閉じている。スラっと伸びた手足が水を掻き、なかなかの速度でこちらに泳いでくる。尻尾がまるで舵を切るかのように左右に揺れていた。どうでもいいけど、どこからどう見ても人魚でもなんでもない。


 それを追いかけ、海底を魚人の群れが槍を片手に走っていた。凄い数だ。


 おいおい、楽しそうだな。何やってんの、こいつ。

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