第二十一レポート:魔導具の性能確認について②

「ププッ、ボス、サイコーだよそれ! 意味わかんない!」


「俺だって意味わかんねーよッ!」


 藤堂が去るのを待って砂浜にあがると、サーニャが駆け寄り、けらけら笑いながらばんばん俺の背中を叩いてきた。もううんざりだった。


 リアリティのある黒いザラザラした鱗は一枚一枚が特殊な金属でコーティングされており、並の鎧よりも余程頑丈だ。

 口の中に生えそろった牙はまるで一本一本がナイフのように鋭く、まるで飾りだとは思えないくらいに威圧感がある。背に生えそろった金の尾びれはシー・サーペントの物を加工して作ったらしく、海中の魔物を怯えさせる効果があるらしい。

 目は側面に二つ。血のように輝く目だ。残念ながら人間とは違う位置についているので飾り物である。代わりに口の中から外を見ることができる。


 唯一の弱点は人魚アーマーのように簡易な代物ではなく、フルプレートアーマーのように全身に着装しなくてはいけないため、一人での着脱が困難なことだ。一度装備すると外からアタッチメント部分を外してもらわないと脱げない。


 魚人アーマー。それが異様な威容を誇る装備の名前だった。


「アレスさん、そんな貴方が大好きです」


 上半身、魚の頭部分を脱いだ俺にアメリアが目を細めて言う。


「ボス。その姿なら私、見られても恥ずかしくないです。ただ、間違えて攻撃してしまう可能性が――」


 ラビが本気なのか煽っていないのかわからないことを言う。

 サーニャはまだ笑っている。


 苦労して魚人アーマー(下)から足を抜く。法衣の上から着ているので酷く脱ぎづらい。かと言って、人魚アーマーのように裸じゃないと効果がなかったらそれはそれで面倒くさいだろう。


 もううんざりだった。


 ポタポタ海水の滴る魚人アーマーは生臭い。完全密閉で中は濡れないのが救いか。

 砂浜に置かれた魚人アーマー(上)がポッカリと空虚な目をこちらに向けている。


「少しゾランと話してくる。……サーニャ、片付けておけ」


「ちょ、ボス!? こんなの鞄にはいらないよ! 抱えていけっていうの?」


 確かに海底で活動出来る魔導具を求めたし条件に一致したものではあるが、俺の想像していたものとだいぶ違う。




§




 ――儂はな、お主の情熱に打たれたんじゃ。

 

 自分用の人魚アーマーを求める俺に、ゾランは目を細め、まるで同胞に語りかけるかのように言った。


 ――儂は今までおねーちゃんに着てもらうために人魚アーマーを作っておった。着てもらえればいい、ただそれだけを考えて作っておった。じゃが、それは間違いだったのかもしれん。


 感情の篭った声。完全に頭がおかしい爺さんの戯言だったが、俺はただ黙って頷いてやった。目的が達成できるならば愚痴くらい聞いてやる。


 ――お主は正しい、アレス・クラウン。ずっとわかっていた、ただ誰もがお主程の覚悟を持てなかっただけで――誤りじゃった。ごまかしていた。お主の言うとおり、儂も見たかったんじゃ……儂のスペシャルな人魚アーマーを着た、可愛いおねーちゃん達を!


 あ、ダメだこれ。なんか色々間違えてるし、俺の意図が全く伝わっていない。

 完全に諦めにはいった俺の前でゾランが興奮したように叫んだ。


「だからぁ、儂は改心した。改心して、生み出したッ! アレス、自らの尊厳を捨てることも厭わず、人魚を追い求めんとするお主にこそこれは相応しい。さぁ、受け取るがよいッ! これこそが世界にたった一つしかない儂の最高傑作――全ての男子の期待の星……魚人アーマーじゃああああああああああッ!」


 そして俺は魚人モンスターになった。




§


 

 手段を選ぶつもりはなかったが、どこの世界に魚人の姿で勇者をサポートする僧侶がいるんだよッ!


 全身装甲なので正体は隠せるが、海底で藤堂がこちらを見た時の目は魔物を相手にした時の目だった。ラビじゃないが、知らなかったら俺も間違えると思う。


 駆け込んだ俺を、ゾランは満面の笑みで歓迎してきた。

 今の俺の形相を見てもまだそんな表情をできるとは……どうやらこいつの中で俺は人魚アーマーを着てでも水着姿のアメリア達を追いたい変態になっているらしい。

 どっか会話の中でそんな素振り出しただろうか?


 カウンターの奥で、いつも通りかんかん金槌を振り下ろしていたゾランが手を止め、近寄ってくる。派手なシャツさえなんとかすれば熟練のドワーフにしか見えない。


「どうしたアレス。儂の魚人アーマーに問題が?」


「見た目」


「ふ……格好いいじゃろう?」 


「……」


 ニヤリと唇を歪め笑みを浮かべるゾラン。お前の趣味かよ。もう少し人間っぽい見た目にして欲しかった。

 だが、今日の本題はそこではない。見た目の改善と着脱方法の改善は要求するとして――。


 海底で藤堂の様子を観察した時の事を思い出しながら言う。

 遠目だったが、苦しそうな素振りはなかった。人魚アーマーを着たのだろう。


 一応確認はしておかなければならない。


「藤堂の様子を確認してきた。人魚アーマーの上から鎧を装備出来ていたようなんだが……」


 ゾランが嘘を言った様子はなかった。そもそも、上から鎧を着ると効果がないなんてすぐにバレる嘘だ。そんな無意味なことしないだろう。


 ゾランの表情が険しくなる。眉を寄せ、腕を組むと数分間考え事でもするかのように目を閉じた。

 再び開いた時にはその目から先程までほとばしっていたエネルギーが消えていた。


「……これは仮定じゃが、恐らくはその藤堂の鎧が特別製なんじゃろう。人魚アーマーの性質は儂が一番よく知っておる。今までその上から服を着て効果が発揮できた例はない」


 暗い声。ゾランが深々とため息をつく。


 藤堂の鎧は聖剣と同様に、かつて聖勇者が手に入れた物である。

 聖鎧フリード。勇者のみが身につけることができるこの世で最も強固な鎧。神が与えたとされる鎧だ。何か未確認の加護があってもおかしくはない、か。


 想定外だが、僥倖である。女物のビキニを着た藤堂を見たくないというのもその通りだが、鎧を着ることができれば藤堂の安全性が上がる。

 もしかしたら鎧を着るつもりだったから藤堂は人魚アーマーの着用を決意したのかもしれないな。


 一人納得する俺に、ゾランが頷き暗い声のまま続ける。


「お主の怒りはもっともじゃアレス」


「いや、理由がわかったならいい」


「すまなんだ。人魚を見るために魔物の格好までしたのに鎧姿だったなんて、死んでも死にきれんじゃろう」


「?????」


 ボケたかこの爺さん。人魚見るために魔物の格好したわけじゃねーよ。

 後、女物のビキニ着てる藤堂が可哀想だ。藤堂にも魚人アーマーを作ってや――勇者が魚人姿ってありだろうか?


「儂に……任せておけッ! このゾラン、魔導具の製造者としての命に賭けて、その鎧を無効化してみせるッ! 前例を作るわけにはいかなんだ」


 ばんと強くカウンターを叩き、ゾランが激しく吠える。

 情熱注ぐ場所おかしいだろ。いいよ。鎧着られるならそっちの方が便利だよ。


 俺はゾランの戯言をスルーすることにした。かまっていたら日が暮れてしまう。

 もう一つ聞きたいことがあるのだ。


「後、魚人アーマーを着たら、なんか半魚人マーマン共がどこからともなく集まってきて……崇めてきたんだが……」

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