第二十レポート:魔導具の性能確認について

 受け取った水着……人魚アーマーをを自分の身体に合わせ、藤堂は引きつった表情で呟いた。


「ぴったりだ……なにこれ怖い。どういう理屈なんだ」


 藤堂直継は女である。名前だけだと男性のものだし、この世界にきてからはルークス王国の意向で性別を隠しているが、召喚される前は女性として過ごしていた。だから、女物の水着を着ることに躊躇いはないが、サイズを測っているわけでもないのに、男の振りをしているのに、渡された水着がぴったり身体に合うというのはなんとも言えない不気味さがある。


 着替えを終えた藤堂の全身を確かめ、アリアが眉を顰めた。


「しかし、こうしてみると男には見えませんね……」


「……うーん……」


「髪も延びてきていますし」


 目元にかかった前髪を寄せて、喜んで良い物か悲しんでいいものか、藤堂が微妙な表情をする。


 鏡の中を見るが、淡い水色をした人魚アーマーは水着以外の何物にも見えない。いつもは限界まで晒で締め付けている胸は解放されていて、それを見たリミスが憮然とした様子でそっぽをむいた。


 恐らくこのままの格好で海辺を歩けば目を引くことだろう。滑らかな肌触りの人魚アーマーは魔導具のようにも見えないし、防具としての能力があるようにも見えない。

 もちろん、このまま出歩くつもりはない。いつどこで見られているかわからないのだ。

 肩にかかった紐の位置を調整しながら藤堂がため息をつく。


「……まー上から鎧を着ればいいか」


「……入りますかね?」


「……布一枚増えただけだから、なんとかなると思う。魔導具の効果も確かめたいし、一回海に入ってみよう」


 まだ他のメンバーのアーマーは出来ていないが、軽く確かめるくらいならできるだろう。

 藤堂の言葉にアリアとリミスが心配そうに頷いた。



§



「……鎧……くるしッ……」


「なんで私の胸は全然おっきくならないのにナオのばっかり成長してるのよ……」


 ぼそぼそ独り言を言うリミスを引っ張るようにして、全員で海底神殿の近くの砂浜までやってくる。

 視界にはコバルトブルーの海が広がっていた。その美しい光景に藤堂は一時、苦しさを忘れ、目を見開いた。


 海中には強力な魔物が棲息すると聞いていたが、外から見る限りでは信じられない。これまで見た中で最も美しい海がそこにはあった。


「ナオ殿、気をつけてください」


「ああ、わかっているよ」


 着慣れた鎧の心地を確かめながら、藤堂は大きく準備体操でもするかのように手足を伸ばした。


 上から見ただけではわからないが、今の藤堂は下着の代わりに人魚アーマーを装備している。聖鎧フリードに重量はほとんどないので、もしも万が一人魚アーマーとやらが効果を表さなかったとしても溺れる心配はないだろう。


 浜には他に誰もいない。足元の砂の感触を確かめながら、藤堂がアリア達を振り返った。


「今日はテストだから、すぐに戻ってくるよ」


「魔物が現れるかもしれません。何かあったらすぐに合図を。泳ぎには自信があります」


「ああ」


 藤堂も泳ぎは得意だ。腰にしっかりと結びつけた聖剣エクスを確かめ、小さく頷く。

 海中での戦闘経験はないが、なんとかなるだろう。 


 そして、仲間達が見守る中、藤堂は海の中に一步足を踏み入れた。


§



 不思議な感覚だった。目をしっかり見開き、陽光がうっすら差し込み海中を一歩一歩確かめながら歩く。

 ひんやりとした感触が全身を包み込み、しかし目も開けられるし息も苦しくない。数度瞬きし、自分の身体を見下ろす。


 これが……人魚アーマーか。


 手を開き、身体の動きを確認する。まるで水の中にいるとは思えないくらいに抵抗感がない。

 これが人魚の能力を借りた結果だというのならば、海底において人間側にかかっているハンデは相当なものだと言えるだろう。


 一瞬眉を顰めたが、気を取り直して海底を歩いて行く。

 薄暗い海の中には多種多様な生物がいた。まだそこまで砂浜から離れていないが、既に藤堂と同じくらい大きな魚や蟹が海底をうろついている。


 幸いなことに、海底を歩く藤堂に興味はないようだった。

 とぼけた顔をした全長三メートル近い巨大な魚を見送り、ため息をつく。


 ため息をついても口から空気は出なかった。


「海の魔物……なのか? この世界は本当にスケールが大きいなぁ」


 声が水の中で響くのは不思議な感じだ。だが、ヴェール大森林では亜竜に出会ったし、墳墓では骸骨が動いた。ここまで地球上には存在しなかった様々な魔物と戦ってきた藤堂にとって今更大きな魚なんて驚くものでもない。


 自分を納得させると、腰からスラリと聖剣を抜く。

 白銀の剣身が薄暗闇を照らす。光に群がるように魚や巨大蟹が近づいてくる。


 聖剣エクスは海底においても羽のように軽い。

 その場で軽く素振りをしてみる。魔を滅する聖剣の光を恐れたわけでもないだろうが、近寄ってきた魚や蟹が追い散らされるように逃げていった。


 何度か型を確かめる。身体の切れは地上とほとんど変わらなさそうだ。

 これならば地上とほとんど変わりなく戦うことができるだろう。

 一通り剣の切れを確認して、剣を戻す。


 皆心配しているだろうし、動作の確認もできた。一度戻るか。


 踵を返そうとしたその時、ふと藤堂は奇妙な物を見つけた。


 レベルが上がったことで視力も強化されている。薄暗闇の向こうで無数の影が蠢いていた。


 目を凝らすと輪郭が見えてくる。魔物だ。

 二本の短い足に青く不気味に光る鱗の生えた身体。魚類そのものの頭に、生えた腕には長柄の武器が握られている。

 事前に教会から連携された資料にあった半魚人マーマンと呼ばれる魔物だ。魔物の格としてはそれほど上ではないと聞いているが、数がおかしかった。遠目で見ただけでも十体以上いる。


 何だあれ? なんであんなにいっぱいいるんだ?


 身を隠す場所はないが、まだ藤堂と半魚人達の間には百メートル以上距離がある。まだ魔物の集団はこちらに気づいていない。

 群れを作る魔物なのか?

 よく見ようと一步前に踏み出したその時、藤堂は半魚人達の集団の注意が一点に集中していることに気づいた。


「!?」


 集団の視線の先にいたのは一体の半魚人だ。ただし、普通の半魚人とは違う。


 まず大きさが違う。武器が違う。色が違う。そして、目が違う。


 一般の半魚人の身長が高くても一メートル半であるのと比較し、その半魚人は頭ひとつ分高かった。他の半魚人は深い青の鱗をしていたが、その半魚人は黒鉄のような鱗をしている。

 巨大なその頭がふと後ろを振り向き、百メートル以上距離があるもも関わらず藤堂を捕らえる。その目はうすくらい海底の中でも、ぎらぎらと深紅に輝いていた。背には金色の尾びれが生えている。


 その威容に、思わず一步後退る。距離を空けていても感じる気迫。

 これまでの戦いの経験から、藤堂は確信した。


 雑魚じゃ……ない。あれは強い。ともすれば、これまで戦ったどの魔物よりも強い。


「半魚人の……王?」


 藤堂の呟きを聞き取ったわけでもないだろうに、ふいに黒の魚人がその手に握った武器を振るった。


 まるで藤堂の所まで衝撃が伝わってくるかのような一撃。周囲に畏まっていた半魚人達がまるで紙切れのように吹き飛ぶ。

 半魚人達が今更逃げようとするが、すかさず真上から叩き潰される。

 声は聞こえないが、黒の半魚人の激情が伝わってくるかのようだった。


 ――逃げなくては。


 今更その事を思い出し、藤堂はほぼ反射的に陸に向かって駆け出した。


 今回は魔導具の性能を試してみただけだ。仲間もいない。戦闘はなるべく回避すべきだ。

 海底を全力で蹴り、無我夢中で走る。剣を抜くことすら考えられなかった。今できるのは回避することだけだ。


 幸いなことに追手はなかった。すぐに視界が明るくなり、海の外に出る。

 出た後もその足は止まることなく、仲間の姿を確認したところで砂浜に倒れ込むかのように座り込んだ。


 その剣幕に、リミスとアリアが駆け寄ってくる。


「ど、どうしたの、ナオ!? 人魚アーマーは――」


「はぁ、はぁ……な、なんか、いた……」


「……なんか……と言うと?」


 アリアが険しい表情で、手を差し伸ばしてくる。それをありがたく取ると、立ち上がって海の方を見る。

 海の様子は来た時と同様、美しく静かで何一つ変わった様子はない。

 口元を袖で拭い、声を出す。心臓がまだ早鐘のようになっている。なんとか平静を保とうとするが、藤堂は声が震えるのを止められなかった。


「ボスだ……半魚人マーマンのボスがいた」


「ボス?」


「ああ、あれはやばい。今まで見た魔物の中で間違いなく一番やばい。凶悪だ」


 藤堂は勇敢だ。今までどんな魔物が現れたとしても、果敢に立ち向かってきた。

 その勇者の出した予想外の言葉。


「……どんな……魔物よ?」


「沖に行かなければそこまで強力な魔物は出ないはずですが――」


 不安を押し殺すようなリミスの表情。険しいアリアの表情。

 藤堂は深く深呼吸をすると、一度ぶるりと肩を震わせて顔をあげた。


「仲間を……躊躇いなく殺してた。後は……そう。武器が他の半魚人と違って――メイスだった」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る