第十九レポート:挑戦と勇気について

 海底神殿の地図は精度に乏しい。内部に侵入できる者が長らくマッピングスキルに乏しい傾向のある精霊魔導師エレメンタラーのみだったためだろう。今ある地図はこの地を訪れた魔導師達が作ったものである程度の信憑性はあるが、プロのサーニャ曰くそれでもまだ足りないらしい。

 宿屋での最終確認。サーニャが爛々と瞳を光らせながら言う。


「海底神殿はダンジョンに近い。ただまっすぐ道を進むだけでなく、そこらじゅうに道がある。多分海から入り込んでくる魔物を分散するためだ」


「……精霊ってそういうの好きですからね。力が溜まりやすいように設計されているんでしょう」


「かなり広いし、地図を作るのも一苦労だ。でも、一番の問題は目的地が見えない事だよ。最奥の可能性が高いけど、絶対じゃあない。さすがのボクでも精霊は見えないし、察知もできない」


「精霊知覚は魔術とも異なる資質ですからね。海中はそもそも水の精霊で溢れていますし、その中から上位精霊を見分けるのはかなり難しいかと」


 アメリアは精霊魔導師ではない。俺達の中に精霊に詳しい者はいない。ステイがいれば違ったかもしれないが、もしもいたらいたで別の意味で頭を悩ませる事になっていただろう。

 サーニャとアメリア。そして黙り込んでいるラビを交互に見る。戦力は充実しているが残念ながら、今回は発揮できそうもないな。


「精霊契約についてはリミスに任せよう。俺達は裏方……場を整えることに徹する。さっさと終わらせて別の町に向かうぞ」


 レベルアップ効率の低い地に用などない。優秀な技術者であるゾランと知り合えたのだけは儲けものだったが、もしかしたらそれも勇者としての幸運故なのかもしれない。


「裏方、好き。頑張るよ」


 俺の言葉に、サーニャが拳を握りしめて言う。その長い尻尾が緩やかに振られている。船の中では気持ちが沈んでいたが、どうやらやる気十分のようだ。

 斥候としての腕前は既に信頼に値するものだと判っている。頼りにできるだろう。


 と、その時、今まで黙って話を聞いていたラビが小さく手を上げた。


「ボス。私は――」


 口数こそサーニャよりもずっと少ないが、ラビの力も既に保証されているようなものである。サーニャ曰く、奇襲が本分らしいが、鋼虎族の首を取れる程の力があるのならば通常戦闘で不安はない。

 恥ずかしくて戦えないとか言っていたが、そんなくだらない事を言い出した理由も既にサーニャに聞いている。納得に値するものだった。


「海底神殿に向かうのは同性だけだ。藤堂の前に姿を見せる必要はない。人魚アーマーもなるべく露出の少ないものを頼んだ。恥ずかしいか?」


「…………」


 黙り込むラビを言葉を選んで説得する。最悪アメリアとサーニャの二人でもなんとかなるだろうが、ベストを尽くすのは当然のことだ。


「別にずっと裸でいろと言ってるわけじゃない、種族の特性なのは理解している。今回、一時だけだ」


 俺の言葉に、フードがぴくりと動く。そのルビーのような色の瞳孔が大きくなる。

 一分程そのまま固まっていたが、おずおずと聞いてきた。掠れた声。


「…………ど、どこから仕入れた情報ですか?」


「こいつだ」


「ちょ……ボス! 秘密だって、言ったのに!」


 サーニャが焦った声をあげる。ラビの目が兄弟弟子の方を向く。その目はぞっとするくらいに鋭い。

 確認したのは俺だが、情報をペラペラ漏らしたサーニャが悪い。ラビの手が逃げ出そうと動きかけたサーニャの尾を容易く捕まえる。

 手慣れた動作。どうやら初めてではないようだ。


「待って、ラビ! ボスに必要な情報を開示するのは、当然のことだ! それにボスは情報を悪用したりしない」


 必死に説得しているが、ラビの視線は既にサーニャに向いていなかった。


「ボス、サーニャちゃんをお借りしてもいいですか?」


「殺すなよ。まだサーニャには使いみちがある」


「!? ボク、何もやってないよね!?」


「……善処します」


 冷たい一言を残し、ラビがサーニャの尻尾を掴んだまま退室する。

 集団活動において一番問題になるのは人間関係である。適度に調整しなくては爆発してしまうかもしれない。


 二人が消えたのを確認し、黙ってそれを見送っていたアメリアが尋ねてくる。


「……何かあったんですか?」


「模擬戦で叩きのめしてやったら忠実になった。本能だな」


 恐らく群れの中で序列を決める性質があるのだろう。サーニャは頭がいいが、それとこれとは話が別だ。

 ただの斥候とは思えないくらいに戦闘能力が高かったが、俺とは相性が悪かった。

 アメリアが呆れたようなため息をつく。


「アレスさんっていつもそういう事やってるんですか?」


「必要ならばやる。必要ないならやらない。今回はサーニャの要望に答えただけだ」


 そして、答えて正解だった。部下に侮られたままで組織はうまく回らない。

 本題に入る前に体制を整える事ができた。クレイオにもいい報告ができるだろう。


「ちなみに、ラビさんの種族の特性ってなんですか……?」


 アメリアが聞いてくる。十日以上二人でいたのだ、気にもなるだろう。

 教えてやってもいいが、俺とラビはまだあまり互いのことを知らない。サーニャとラビなら仲がいいので問題ないだろうが、ここで秘密をバラすような人間だと思われると今後に影響するだろう。なにせ長期間借りているのだから。


 俺は少しだけ迷った振りをして、アメリアを見上げて答えた。


「秘密だ」


 アメリアとラビ。俺は少しだけ二人でいるところを想像しようとしたが、全く想像がつかなかった。


§


 ベルのなる音が客のいない店内に響きわたる。

 今日もゾランの店には客がいなかった。カウンターの内側で金槌を叩いていたゾランが顔をあげ、俺を見てにやりと笑みを浮かべる。


 店内には相変わらずほとんど売り物がない。どうやって生活しているのか不明だが、オリジナルの魔導具を生み出せる魔導具技師が生活に困るようなことはないのだろう。


「どうだ?」


「うしゃっしゃ、良い身体しておる」


 親指を立てるゾラン。


 そんなこと聞いていないが、どうやら魔導具製造は順調なようだ。

 ゾランは額に浮かんだ汗を拭うと、金槌を置く。台の上には俺が取ってきた魚の魔物の鱗が見えた。それ叩く意味ある?


「ここまで大口の購入は久し振りじゃ。腕がなるぞい」


「そりゃよかったな」


「うしゃしゃしゃしゃ、心配いらぬ。お主のお眼鏡にかなう最高にエロい水着を作ってみせようぞ」


 趣旨が変わっている。誰もエロい水着なんて求めていない。念のために確認する。


「人魚アーマーだよな?」


「ああ、それじゃそれじゃ」


「……」


 こいつ本当に大丈夫なのか? ……まぁ、着るの俺じゃないし、いいか。

 性格はどうあれ、魔導具の性能の確認は済んでいる。ある程度の妥協は必要だ。


「藤堂達の採寸は済んだか?」


「もちろんじゃ。儂には『透過眼鏡スケルトン・グラス』があるからのう。素材も十分にある。立派な人魚アーマーを作ってみせようぞ」


 自信満々のゾランの言葉。くだらないことに技術を使いやがって。

 今聞き捨てならない単語があったぞ。サイズが分かる魔導具とは言っていたが……。


「『透過眼鏡スケルトン・グラス』……まさか服が透けるのか?」


「透けるわけなかろう。サイズが分かるだけじゃ。お主の気持ちもわかるが、すけすけはマイハニーが許してくれなんだ……」


 本気で悲しそうなゾランの表情。一応ストッパーがいるようだ。後三人くらいハニーがいればゾランもまともになるのではないだろうか。


 なんかもう帰ろうかな。脱力する俺に、ふと思い出したようにゾランが言葉を続ける。


「おお、そうじゃ。一つだけ問題があるんじゃが」


「……」


 藤堂のことか。一か八か、藤堂が男である事は伏せていたのだがやはり気づくか。

 中性的な顔立ちだし、もしかしたら騙しきれるのではないかと思っていたのだが……。


 説得できるだろうか。一応素材は集めて金も払うのだから作ってみるだけみてはくれないだろうか。口を開きかけた俺に、ゾランが唇の端を持ち上げ、予想外の事を言った。


「一人、どうやら魔力がゼロの剣士がいたようじゃな。おっぱいの大きな青髪の子じゃ」


「……あー……忘れてたな」


 アリアは魔導具を使えない。くだらないとはいえ人魚アーマーも魔導具である、魔力なしでは動作しないだろう。すっかり頭から抜けていた。

 しかし、アリアと藤堂を抜くとなるとリミスとグレシャだけで海底神殿に挑むことになる。かなり厳しい戦いだ。

 グレシャはそこそこ強いが、奴には技術がない。一人でリミスを守り抜けるとは思えない。


 しまったな。頭においておくべきだった。

 新たな問題に眉を顰める俺に、しかしゾランがにやにやして胸を叩いた。


「うしゃしゃしゃしゃ。そんな顔するでない。お主の考えていることはわかる。儂にまかせておけ」


「……」


「新型の魔力蓄積型人魚アーマーじゃ! 事前に魔力を込めておけば使用者が魔力ゼロでも問題ないっ! おっぱい大きい子に着てもらえないとなると意味ないからのおおおおおおおおお! うしゃしゃしゃしゃ――」


「……」


 ……天才かよ。いや、いいんだが。別にいいんだが。助かるんだが、もっとなんかこう……なんで即座にそんなもの作れるんだよ!

 しかもこいつ、俺になんか仲間意識持ってそうなんだけど何なの? 俺なんかした?


 やたらテンションの高いゾランに、出すべき言葉が見つからなかった。代わりに確認する。


「他に何か問題は?」


「皆、上玉じゃ。うしゃしゃしゃしゃ……合計三着、間違いなく届けようぞ」


 どうやら藤堂はセーフだったらしい。メチャクチャである。

 まぁ藤堂もきっと女物の水着を渡されるとは思っていないだろう。着るかどうかはかなり怪しいところだが、とりあえずはよしとしよう。


「そうか……頼んだぞ。……三着?」


「ああ、一着は既に在庫があったからのう。もう渡した」


「……そうか。まぁ残りは任せた」


「任されよ」


 再び金槌を叩き始めたゾランを確認し、魔導具店を後にした。

 在庫か。素材が無駄になってしまったが、事前にサイズを知るすべなんてない。仕方ないだろう。


§



 グレシャ経由で衝撃的な事実が判明したのはその日の夜の定常報告だった。

 思わず聞き返す。


「藤堂が人魚アーマーを着る、だと?」


「は、はい……藤堂さんのが……」


 アメリアが震える声で言う。平静を保とうとしているが動揺を隠しきれていない。

 サーニャとラビも息を殺すようにして言葉を聞いている。


 ゾランが在庫あったって言ってたの、藤堂のだったのか。

 藤堂は男である。そりゃサイズなんて関係ないだろう。


 しかしそれでも……確かに俺が仕向けたことだが、本気ではなかった。藤堂一人ならばともかく、奴には仲間がいるのだ。しかも同世代の女の仲間が。どうしてその前で水着姿を披露すると思うだろうか。もしかしなくても変態である。


 まいったな。完全に予想外だった。藤堂の魔王討伐への意気込みを甘く見ていた。

 なりふりかまっていない。あの男、本当に勇者だったらしい。


 それは覚悟である。俺は初めて藤堂に深い敬意を感じていた。そして自分を恥じた。


 目をつぶり、考える。アメリアは何も言わなかった。サーニャもラビも、まるで俺の考えが落ち着くのを待っているかのように誰一人口を開こうとしない。

 じっくり三十分程考え、目を開く。


 化物と戦うのは簡単だ。命を掛けるのにも慣れている。だが、覚悟を決めるのには時間がかかった。それが多分勇者と常人の違いなのだろう。勇者すげえ。


「ゾランと……交渉する。アメリア……俺は……着るぞ」


「!?」


 アメリアの表情が凍りつく。だがもう俺の心は変わらない。

 これは意地だ。恥も外聞もあるものか。

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