第十八レポート:到着と合流について②
手渡された大きな箱を抱えながら、藤堂が仲間たちを振り返る。
「ずっと思ってたんだけどさ……教会って信じられないくらい先回りしてるよね」
「……大きな組織ですからね。国境を超えてますし」
「報告はしてるけど、仕事早すぎない? 僕の知ってる教会はただのセーブポイントだったんだけど」
「セーブポイント……?」
ヴェール大森林ではともかく、ピュリフでは地図とアイテムをもらった。ゴーレム・バレーではそれに追加して訓練もつけてもらったし現れる魔物について教えて貰ったりもした。
元々藤堂は教会に召喚された
「どうして僕達が来る前に全ての調査が終わってるんだ……」
この世界は藤堂のいた世界と比較して情報伝達の手段が遅れている。それなのに考えうる最短ルートでレーンまでやってきた藤堂に先回りして、全て終わらせているのは納得がいかない。
「教会も色々技術を握っていますからね……
「まぁ……グレゴリオさんとか僧侶なわけで、あってもおかしくないよね」
声を潜めたアリアの言葉に、藤堂がグレゴリオを思い出し、苦い表情で答えた。
宿に戻り、箱の中身を確かめる。中に入っていたのは水精霊を得るための手順や地図、魔物の情報などこの町での指針となるものだ。
水の精霊がいるのは海の底に沈んだ神殿らしい。
この世界にきて随分色々なところを回ったし、色々な体験もしたが、海に潜ったことはないし手段も知らない。
事前に聞かされていた話ではあったが、藤堂は感慨深げにため息をつく。
「海底神殿、か。ファンタジーここに極まれり、か……」
「予想はしてたけど、ガーネットじゃ厳しいかもしれないわね」
リミスが興奮したように目をぎょろぎょろさせているガーネットを見る。まるで何かを威嚇しているようだ。
精霊魔導師は場の影響を受けやすい。ガーネットほどの高位精霊になると相反する精霊で満ちる地でも特に問題なく魔法を行使できるが、威力はどうしても落ちてしまう。
紙に書かれた言葉をなぞりながら藤堂が続きを読み上げる。
「入るには……魔導具が必要、と。『人魚アーマー』?」
「……聞いたことないわね。アリアは?」
「……アーマーと言うと鎧、か? 私も全く想像がつかん。リミスが聞いたことがないという事は余り有名な魔導具ではないんだろうが……」
リミスとアリアが顔を見合わせている。続いてグレシャを見るが、話を聞いているのか聞いていないのか相変わらず無愛想なままだ。ぼうっと沈んだ瞳で宙に視線を彷徨わせている。
少し嫌な予感がしたが、考えても仕方ない。藤堂が一度大きく頷き、顔をあげた。
「とりあえず、行ってみようか。採寸確認して作るのに時間がかかるみたいだし、先に済ませたほうがいい。……支払いは済んでるって書いてある、至れり尽くせりだね」
§
「は……はぁ? それが『人魚アーマー』!? ど、どこがアーマーなのよ!」
リミスの上ずった声が狭い店内に響きわたる。目を限界まで大きく見開くリミスの眼の前で、魔導具店の主、ゾランを名乗ったドワーフは慣れた様子で白色の小さな布地をぶんぶん回した。
それが件の魔導具らしいが、リミスの眼にはどう見ても布地の少ないビキニにしか見えない。
「うしゃしゃしゃしゃ……安心するがよい。儂の生み出した画期的なこのアーマーがあれば、お主の体型でも立派な人魚になれるぞい!」
「ど、どういう意味よッ!」
「ま、まぁまぁ、待て待てリミス。落ち着け」
顔を真っ赤にして、身を乗り出し叫ぶリミスをアリアが腕を掴み制止する。リミスの視線が止めてきたアリアの胸元に一瞬吸い寄せられ、真顔になる。が、すぐに大きく腕を振り、訴えかけた。
「大体、こんなの、戦う格好じゃないじゃないッ! どこの世界に水着で戦う魔導師や剣士がいるのよッ!」
ゾランがカウンターの下から大きな虫眼鏡のようなものを取り出し、覗きながら言う。大きく拡大された眼が藤堂、アリア、リミス、グレシャに移っていく。
「水着じゃない。人魚アーマーじゃ」
「ッ……同じよッ!」
「うしゃしゃしゃしゃ……じゃが、人魚アーマーなしじゃあどうにもならんじゃろ」
「……」
確かに、海底に沈んだ神殿に行く方法などリミスは知らないし聞いたこともない。水の精霊魔術ならどうにかできるかもしれないが、水の精霊がいないから困っているのだ。
精霊と契約するためにわざわざ効率のいい戦場を後にしている。カウンターの上に置かれた布切れを眺め、リミスが情けない表情をした。今更装備の一つや二つで文句を言ってもいられない。
そんなリミスの肩に手を置き、アリアが前に出た。
「効果は、確かなのか?」
「今までも何人も実績があるわい」
「……水着以外のタイプは……」
「ない」
断言するゾラン。その自信に満ちた表情に、店の片隅で話し合う。
リミスが疲れたような表情でため息をつく。
「ああ……あり得ないわ……どうかしてる」
「だが教会からの情報だ、正しい可能性は高い。他に方法があればそちらを提示してくるだろう」
戦闘において防具は武器と同じくらいに重要だ。回復魔法の使い手をいれていたとしても、普通ダメージを受ければ動きが鈍り殲滅力も落ちるものだ。相手の魔物によって防具を変える事さえある。
魔導師のローブなどは魔法で強化されている。必ずしも布の装備が金属の鎧よりも弱いわけではないが、ゾランが振り回していたものはさすがに防具としての性能が高いようには見えなかった。
「そもそも、アリアは魔力ないじゃん? 効果あるのかな……」
「……魔導具は魔力を消耗するものです。恐らく効果はないでしょうね」
完全な魔力ゼロのハンデを抱えているアリアではどれほど魔力消費が微量な魔導具でも効果を発揮できない。藤堂の疑問にアリアがため息をついた。
ゾランがにやにやしながらこちらの答えを待っている。
「まぁせっかく用意してもらえるのです。用意してもらっている間に他の方法を調査するというのはどうでしょう。まだ魔導具の使い勝手もわからない」
「……僕は……どうしたらいいんだろう。バレるわけにはいかないんだけど」
深刻そうな表情の藤堂。いくら男の振りをしていたとしても、服を脱げばすぐにバレる。
「ま、まぁ、そうですね……採寸は――男物を作ってもらって、上から鎧を着ればいいのでは?」
「……勇者ってなんなんだろう。魔王を討伐するために呼ばれたんだけどな……僕」
苦労はあるとは思っていたが、こんなくだらないことで悩むとは思わなかった。
人魚アーマーを着た自分の格好を想像し、どこか遠い目をする藤堂に、アリアは何も言えなかった。
§ § §
海の魔物は海中でしか全力を発揮できない。海が魔王の手に落ちた現状でも港町がぎりぎり成り立っている理由がそこにある。奴らの多くは陸に上がってくる事ができないのだ。
レーンにも港がある。当然海に接しているが、防備はほぼ完璧だ。
テンタクルやシー・サーペントなど巨大な海獣を追い返すために設置されたバリスタに、数少ない
町中を奔る水路には一定距離ごとに金属の格子が張られ、中型以上の魔物が入り込まないようになっている。
魔王軍が船で襲いかかってきたら町も落ちるだろうが、そこに力を入れられる程、連中にも余裕がないのだろう。今のところ魔王軍が船を使ったという話は聞いていない。
藤堂の今回の目的は精霊との契約にある。サーニャとラビは確かに強いが、魔術的な素養はかなり低い。サポートするにあたり、回復魔法が使える要員という意味でも魔導師という意味でもアメリアを海底に沈めるのは必須だった。
アメリアが泳げないのは想定の範囲だ。というか、泳げなくてもいいと思っていた。
多少泳げたところで、人間は海底で長く生存することはできない。今回のサポートは完全に人魚アーマーだよりで、そして、人魚アーマーが有効に作用すれば泳ぐ必要などない。
歩けばいいのだ。カナヅチでも関係ない。
以前、サーニャと一緒に素材集めをした海岸には今日も誰もいなかった。昔は海水浴なども行われていたらしいが、魔物が活発になってからそんな余裕はなくなったのだろう。ただ静かで美しい海と砂浜が広がっている。
後ろからついてきたアメリアが目を細め、初めての海を眺めている。
「海水浴、したかったです」
「魔王を倒したらな」
魔物だっているし、さすがに今は遊んでいる余裕はない。
後ろから大きなリュックを背負ってついてきたサーニャが声をあげる。
褐色の肌に銀の髪。アーマーを着ているわけでもないのに露出の多い格好はその後ろに続く全身すっぽりローブを着込んだラビとは対照的だ。
「ボス、いいこと考えた」
「何だ?」
「人魚アーマーがなくても海に入る方法、さ」
できれば一度、アメリアに海中を体験させたかったが、あいにくアメリアの人魚アーマーはまだ出来上がっていなかった。
サーニャのを着せようとしたら案の定胸がきつくて着られなかったらしく、今日は初めてだという海だけ見せるつもりだったが、自信ありげにサーニャが続ける。
「アメリアさん、窒息しかけたら自分に回復魔法をかけて回復させればいいんだ。かなり苦しいだろうけど、神力が切れるまでは潜れるはずさ。試しにやってみよう」
「……アレスさん、この人発想が狂気的です。死ねって言ってるようなもんです。人選間違ってませんか?」
「……」
アメリアが肩をつっついてくる。サーニャが面白そうにこちらを見ている。悪かったな。
海岸を軽く歩き海の様子を確かめいると、沖の方で何かが頭を出した。波の隙間にちらりと見えた影はあっという間に速度を上げ、こちらに近づいてくる。
ぬらぬらと濡れた魚に似た頭。深い青の鱗がみっしり生えた四肢は人に似ているが、人の作った区分上は亜人ではなく魔物の一種とさせれる。水棲の魔物の中ではかなり珍しい、陸上で活動出来る魔物だ。
サーニャが緊張した様子もなく自然な動作で腰のナイフを抜く。
「
「悪かったな」
腕をついて砂浜に上がると、マーマンが知性の感じられない眼をこちらに向けた。ふらふら倒れそうな動きで立ち上がると、こちらに向かって走ってくる。
彼らは陸上でも生存出来るが、生存出来るだけだ。戦闘能力はかなり落ちる。腕力は強いが水かきのついた足は陸上を走るのに向かない。にも関わらず、マーマンの動きには躊躇いや恐怖がない。
魚人が魔物に区分される理由の一つが知能の低さである。こいつらは亜人と区分される種と比べて知能がかなり低い。言語能力もほとんど持たず本能に従い動く。繁殖力が高く食欲旺盛で誰にでも襲い掛かってくるが、陸上でなら多少戦闘に心得があれば敵にはなりえない魔物だ。
武器も持たず人数もこちらの方が上。存在力を隠しているわけでもなく、その辺の獣でももう少し警戒するだろう。
ぺたぺたと非常に走りづらそうに走ってきたそれに、サーニャがナイフを投擲する。
回避行動すら取らず、マーマンはあっさりとその頭にナイフを受けると、倒れ伏し動かなくなった。
「何がしたいんだろう」
「知らん。海の中ならもう少し強いんだろ。海中で大量に出てきたら手強いらしいから気をつけろよ。船が沈められた例もあるらしい」
「さすがに何体でてきても負けないよ」
「海底神殿は大型の魔物は入れないんだろ? こいつらくらいの大きさがマックスなんじゃないか?」
目視したわけではないが、サーニャから聞いた限りでは海底神殿の通路はそれほど広くないらしい。水棲の魔物は大きさと強さが比例しているものが多いから、大した魔物は現れないはずだ。
ナイフを抜く。その傷口から緑の血がどくどくと流れる。血に濡れたナイフを見下ろし、サーニャが言った。
「確かにそうかも。もう少し頭が良かったら脅威だったかもね」
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