第三報告 海底探索の準備について
第十七レポート:到着と合流について
アメリア達が水の都に辿り着いたのは藤堂達の到着に遅れること一時間。太陽が丁度真上に登った時分だった。
荷物を詰めた大きなリュックサックを片手に、慣れた動作で
降りたアメリアからリュックサックを受け取りねぎらいの言葉をかけた。
「ご苦労だった。何事もなかったな?」
「……ご報告した通りです。色々ありましたがまぁなんとか」
ここまで長く分かれて行動したのは初めてだが上等な結果だ。傭兵を雇ったかいがあった。
アメリアが降りたのを確認し、相変わらずフードを深く被った小柄な影がぴょんと飛び降りる。
ラビ・シャトル。サーニャが満面の笑顔でそれに飛びつく。尻尾がぶんぶん振られていた。
「ラビ! 無事についてよかったよ」
「……はぁ」
それに対してラビは釣れないため息をつき、少し離れた場所から俺を見上げた。唯一外気に晒されたルビーのような目。感情を殺した静かな、しかし可愛らしい声を上げる。
「ボス。無事、任務完了しました」
「ああ、助かった。ひとまずゆっくり休め」
腕が分厚い外套の中でもぞもぞ動いている。多分腰の刃に触れているのだろう。
ラビとアメリアを組ませたその時、俺は彼女の力を知らなかった。腰にぶら下がっている大ぶりの鉈も護身用だと聞いていた。だが、今は知っている。
山間の村での出来事はアメリアから聞いた。サーニャからも聞いた。これから長く行動を共にするのだ、暗殺者として鍛えられたというその力、適切に割り振らねばならない。
だがそれは後でいい。今はこうしてメンバーが揃ったことを喜ぶべきだ。
できることは概ねやってある。
レーンはルークス王国ではない。国が頼れない状態で藤堂達が頼るのは教会を置いて他にない。
既にレーンの教会に話は通してあった。指針や調査で手に入れた海底神殿のマップは藤堂達に伝わるはずだ。
「ああ、そうだった。サーニャ、休む前にアメリア達を連れてゾランの店に行け。人魚アーマーの採寸が必要だ」
「了解、ボス」
「ああ。あの連絡にあったへんた――癖の強い魔導具技師ですか」
アメリアが少しだけ目尻を上げる。そう言う気持ちもわからんでもない。
この世界には癖が強い人間が多すぎる。有能であればあるほど癖が強いのでもしかしたらその両者には因果関係があるのかもしれない。
「一応言っておくが、ゾランの機嫌を損ねるなよ。奴にはまだ役に立ってもらわなくてはならない」
「……最終的には始末する気ですか」
……そんなこと言ってないだろ。俺を何だと思ってるんだ。
俺は久しぶりのアメリアの戯言を無視して、言葉を続けた。こういうのはスルーするに限る。
「材料と支払いは既に終えてある。性能もサーニャが確認済みだ」
既に海底神殿に一度潜ってもらっている。
半信半疑だったが性能は想像以上だった。イカれてる。
「そういえば、アレスさんの分はどうなったんですか?」
アメリアがふと思い出したように聞いてきた。言っていなかったか。
海底神殿は古代、腕のいい精霊魔導師が水の精霊を奉じるために生み出したらしい。
資質のある者のみに立ち入る事を許すという意味で、その立地は理にかなっていたのだろう。どうやって建てたのかは知らないが、人間宗教が絡めばなんだってやるものだ。
結局、男用の人魚アーマーを手に入れることはできなかった。本当に作れないのか作りたくないだけなのかは知らない。
だが、どうにもならない。神聖術でのゴリ押しは最後の手段だ。
「俺は今回留守番だ。恐らく藤堂もな。リミスが上位精霊と契約できればなんとかなるかもしれないが、余り期待しない方がいいだろう」
リミスが水の精霊と契約できれば戦術が格段に広がる。一歩一歩前に進んでいく他ない。
今回はきっと、それだけで我慢しておくべきなのだろう。
§
海底神殿は入り口こそ祠にあるが、全体は海の遥か底にある。
サーニャには魔導具の確認兼、危険度を確かめてもらうために潜ってもらったが、成果は上々だった。
水の中で近接戦闘は抵抗が大きい。基本戦術として、水生の魔物と戦うには陸上からの遠距離攻撃が望ましいとされている。
が、人魚アーマーはそれらの制約を無にしてくれる。人魚アーマーを装備することで海中でも陸上と変わらない動きが可能となるのだ。
限定的な状況でしか使えないが強力な魔導具だ。これでもう少し物が違ったら完璧だった。
「とっても綺麗だったよ……濡れるけど水着だしね」
「それは……楽しみですね」
宿屋。大きなテーブルを囲み、作戦会議をする。
サーニャの何の役にも立たない感想に、アメリアが何とも言えない表情を浮かべた。
サーニャの口ぶりは軽いが、海底神殿には水生の魔物が無数に生息しているらしい。
それは、水の精霊を探すには無数の魔物との戦闘を潜り抜けなくてはならないという事を意味している。
ゾランがいなければ、リミスではどうにもならなかっただろう。
採寸で疲れたらしく、アメリアはしんどそうな表情をしていた。ラビも黙り込んだまま口を開かない。
採寸と言っても、寸法自体は魔導具の力ですぐに分かるから、実際は顔を見せただけのはずである。それだけでアメリアを疲労させるとはあの爺さん、只者ではない。そして貴重な魔導具生成スキルの無駄遣いであった。
唯一ゾランを相手にしても平気そうだったサーニャが更に説明を続ける。
「魔物の強さ自体はそんなに高くない。水中を泳いでるから上下左右どこから来るのかわからないけどそれだけだ。魔導師ならば苦労するかもしれないけど、僕やラビ、ボスみたいな近接戦闘職からした見切るのは簡単さ」
俺は近接戦闘職ではない。
そして……元々魔導師でなければ海底神殿には行けなかったのだ。ゾランが全てを変えたと言うのはどうやら本当らしい。
サーニャ一人でも調査して無傷で帰って来れたのだ。戦力的に不安はない。
「俺を除いた三人でリミスのサポートに入って貰うつもりだ。他に何かあるか?」
「人魚アーマーは服の内側に着ても効果がない。僕やラビは全部避けられるけど、アメリアさんが狙われたら危ないかもしれないよ」
サーニャが一つ思い出したように言った。
初めて聞いた情報だ。眉を顰め、聞き返す。そんな制約の魔導具、聞いたことがない。
「内側に着ても無駄なのか……なんでだ?」
「人魚は服を着ないから、だってさ。まさかボスさ、ボクが何も考えずに人魚アーマーだけで探索に行ったと思ってた?」
「お前、いつも薄着だろ」
しかし、なんか話を聞く度に思うが、ゾランの奴こっちが知識ないからって適当に言ってるんじゃないだろうな。
「となると、俺が人魚アーマーを着たらまずいことになるな」
「……」
「……」
「……」
「黙るんじゃない!」
仲間たちが目を逸らす。だが、見た目は別としても防御は重要だ。アメリアの法衣とて、それなりに頑丈である。鎧を着れなくなるのは大きなデメリットかも知れない。
そして、隠せるならまだしも、藤堂もさすがに女物の水着だけ着て海底神殿に向かったりはしないだろう。それはもはや勇者の域を超えてる。逆にそこまでいけるならば俺は今までの全てを許す。
アメリアが空気を変えるかのように言う。その感情の見えない眼がじっと俺を見る。
「ということは、なんですか? 水着一枚だけで戦わないといけないんですか?」
「ステイがいなくてよかったな。文句はないな?」
「うぐっ…………それ、ずるいです」
アメリアがぐったりとテーブルに上半身を横たえた。
まぁ彼女は戦闘職ではないし、サーニャやラビは斥候だ。元々回避メインの職である。藤堂パーティも似たようなものだ、不幸中の幸いだろう。余り心配する必要はあるまい。
「ところで、アレスさんが海底神殿に行けないとなると、アレスさんはその間どうするんですか?」
「休暇だ」
「……」
「……冗談だよ。やるべきことはいくらでもある」
藤堂達に集中していて疎かになっていたが、各国の情勢も確認せねばならない。もう藤堂がこの世界に来てから半年近くが経過している、さすがに魔王側が英雄召喚に気づいていないというケースはないだろう。
教会上層部も気にはしているようだが。今回魔王に一番近いのは俺だ。たった二回とはいえ、魔王の手先とも戦っている。確認すれば見えてくるものもあるかもしれない。
「以上、各自準備を進めろ。何か質問は?」
アメリアが小さく手を上げる。
「はい。私、海見たことないです。カナヅチです。正直、少し怖いです」
ラビがすっと手を上げる。
「はい。ボス、一つ問題が。実物を確認前に文句を言うのも筋違いだし、上から何か着るつもりだったので黙っていましたが、私、恥ずかしくて下着のような格好では戦えません」
サーニャが目を輝かせて言った。
「ボクが一番優秀ってことでいいかな? ボクがナンバーツーだ。アメリア、パン買ってこいよ」
クソッ、カカオちゃんじゃなくて水精霊の方、貰えばよかった。予想すべきだった。
俺は壁にかかった時計に一度視線をやり、混乱を極める頼りになるメンバーたちを見た。
「よしよしよし……一つ一つ解決して行こうか」
****あとがき*****
書籍版魔王討伐3巻、無事発売開始しました。
書き下ろしつきなので、よろしくお願いします。
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