第十六レポート:魔王の手口と指針について

 アズ・グリード教会本部。秩序神の敬虔な信徒が集まる白亜の城にぺたぺたという足音が響き渡る。


 どこまでも続く長い廊下をステファン・ベロニドは今にも転びそうな前のめりの姿勢で駆けていた。

 短い特注の黒のスカートがひらひらとひらめくが、それを気にする者はいない。恐らく立ち止まろうとしても上手くいかないだろう勢いのついた、しかしふらふらした走り方に、すれ違う者たちが慌てて道を開ける。


「ッ、こら、危ないだろ」


「ごめんなさ~い!」


 きゅっと音を立てて、勢いそのままに角を曲がる。息を切らし、多大なる迷惑をかけながら目指す先は教会のいち部門、総合魔術部の一室だった。

 ステファンは元々、総合魔術部の交換手という職務についていた。魔王討伐サポートの極秘任務につくために一時解任されたが、また戻されたのは半月程前だ。


 ステファンの目に巨大な扉が見えてくる。両開きの頑丈な扉だ。目標地点が見えたので、ステファンは足を止め――


「はわっ!?」


 ――ようとしたが、結局勢いを殺しきれず、そのまま扉に正面衝突した。


 鈍い音が響き渡る。扉に弾き飛ばされ、ひっくり返る。しばらくして扉が小さな音を立てて開いた。


 姿を見せたのは僧侶には似つかわしくない鋭い目つきの男だった。年齢は三十の半ば程だろうか、肩まで伸びた灰色の髪に黒に灰の混じった目。その手に握ったアズ・グリードの象徴である天秤を模した金の錫杖は教会の中でも限られた者しか持つことが許されない代物だ。


 その目がひっくり返ったステファンを捉え、呆れたようにため息をつく。


「また君か、ステイ……悪いが、私は忙しいんだ」


「うぅ……痛いですぅ……クレイオさん」


 うるうる涙目で見上げられ、泣く子も黙るアズ・グリード教会枢機卿、クレイオ・エイメンはもう一度ため息をついた。真っ赤になった額を擦っているステファンに手を差し伸べ、立ち上がらせる。


 ステファンの奇行は教会内部では半ば暗黙の了解になっていた。魔王討伐の旅を経て少しでも成長すればと思ったのだが、改善した様子はない。

 ステファンはふらふらしながら立ち上がると、反省する様子もなくクレイオに尋ねた。


「それで……その……あれすさんからの連絡は……」


「アレスからの要請は来ていない。報告だけだ」


「あれすさんひどいです……カカオちゃん……うぅ……」


 がっくり肩を落とし、ぶつぶつ呟くステファンに、クレイオは目を細めため息をついた。

 教会本部に戻されてから随分経つが、毎日似たような光景を見せられればさすがに百戦錬磨、聖穢卿でも閉口せざるを得ない。ステファンは根性だけは平均以上にあった。そうでなければこう何日も何日も定期報告のタイミングを見計らってクレイオの所に来るわけがない。要請など来ているはずもないのに。


 無視して歩き始めるクレイオに、ステファンが追いすがってくる。


「せめて! クレイオさん!? せめて、あれすさんが何やってるのかだけでも――」


「‥…水の都で任務に勤しんでいる。海底神殿に侵入するために水着型魔導具を集めているらしい」


「水着! 楽しそう! 私も! 行きたい! ですッ!」


 ステファンがぴょんぴょん跳ねて自己主張する。クレイオはそれを完全に無視して続けた。


「精霊魔術の使い手がいないせいで苦労しているようだ」


「クレイオさん! 使えます! 私使えますよ!」


「魔導具の知識を持つ者がいないか聞かれた」


「わたし! 勉強! します! くわしく! なります! 勉強! 得意!」


「残念ながらアレスから絶対に送らないように依頼されている。グレゴリオと同じ扱いだな。大人しく待機していたまえ」


「がーん…………わたし、がんばるのに……けっこんするっていったのに……」


「駄目だ。身の程を知りたまえ」


「!?」


 床の上に倒れ伏し沈黙したステファンをちらりと見て、クレイオはさっさと歩みを進めていった。


 勇者による魔王討伐計画は教会内部でも限られた者しか知らない計画であり、今後の人類の趨勢を決めると言っても過言ではない重要な物である。いくらシルヴェスタ枢機卿の娘とはいえ、一人の小娘に長時間かまっている程、クレイオは暇ではない。


 その足でクレイオが向かったのは教会の地下だった。聖騎士の守る扉を幾重も越え、辿り着いたのは教会地下深く、一枚の白銀色の扉の前だった。

 扉の材料は聖銀ミスリル。周囲には『結界術プリズム』を専門に学んだ僧侶プリーストによる高位の結界が張り巡らされており、転移魔法は当然だが、あらゆる攻撃魔法、物理攻撃を弾き返す、この世界でもっとも安全な部屋だ。


 懐から金の鍵を取り出し、鍵穴に入れる。大きな音とともに錠が解除され、扉が開く。


「おお、これはこれは……閣下。よくぞお越しくださいました」


 クレイオを出迎えたのは床までつくような長い白ひげ、法衣とはまた異なる黒いローブを着た老人だった。目を細め、人を食ったような笑みをクレイオに向ける。

 魔族と戦う上で魔導の研究は必須だ。教会組織において、魔導を学んだ者は白魔導士ホーリー・キャスターと称され総合魔術部に配属、交換手オペレーターを初めとした各部署に配置されるが、その中でも特別な才能を持つ者は各所から発掘された魔導具の研究開発に回されていた。

 異端殲滅官や特定の町の教会に配られている通信の魔導具もここで生み出されたものだ。


 部屋の中はとても教会とは思えないくらいに整然としていた。

 並んだ本棚に無数のガラスケース。どちらかと言うと教会――信仰の場と言うよりは研究所のように見える。

 古今東西の魔導具を解析し知識として認め時に教会の力として組み替える魔導具研究の粋がそこにはあった。


 クレイオは忙しなく手を動かす面々にちらりと視線を向け、すぐに老人――魔導具研究の責任者、バルトロメイ・ラミレスに視線を戻した。


「何かわかったか?」


 研究所の目下の目標はゴーレム・バレーで魔族が保有していた魔導具。その解析だった。


 魔導具と言うのは強大で希少で、そして魔術と異なり魔族よりも人族の方が技術が上だとされている。

 生来の力を放つだけで自在に魔術を行使出来る魔族と異なり、人族は弱い。その少ない力をなんとか有効に活用する必要があった。それが理由だ。

 アレス・クラウンがゴーレム・バレーで敵から回収した二枚の金のメダル。それはある意味でその常識を覆すものだった。


 バルトロメイがその手に握った杖の頭を撫でながら答える。


「ふーむ。込められた術式は探知透過で間違いありますまい」


「……二枚ともか」


「同じ物ですな」


 その言葉に、クレイオが眉を顰める。

 対探知用の魔導具は珍しいが決して初めて出てきたものではない。だが、同じものが二つとなると話は別になる。

 魔導具の中で量産化が成されているのは生活に密着した一部のものだけだ。需要がなければ供給もない。戦闘に使われる魔導具ならばともかく、特定場面でのみ使われる魔導具は基本的に一品物だ。


「作られてまだ間もないようです。魔族が持っていたというのならば、流している者がいるやもしれませぬ」


「どこで作られたものか分かるか?」


 唇を噛む。もともと、嫌な予感がしていたが、此度に現れた魔王の手口は非常に狡猾だ。道具とは弱者がそのハンデを補うために使うもの。奴らは人族の作った魔導具を使ったりしない。今までは。

 バルトロメイが眉を顰め、首を横に振った。


「大抵の魔導具には製造者の刻印があるものですが、あれにはなにもなかった。なんとも言えませんな」


「……仕方ないとはいえ、相手を捕らえられなかったのが痛いな」


 強敵だと聞いていた。何しろ武勇で広く知られる鋼虎族である。アレスが負けるよりは余程いい結果だが、捕らえて情報を吐かせる事ができていれば、と思わずにはいられない。

 魔導具を魔王に流している者がいるとなれば面倒なことになる。それが身内にいるのならば早急に叩く必要がある。

 バルトロメイが小さなガラスケースに入った魔導具を持ってきてテーブルに置く。金のメダルだ。表面に小さな刻印がされている。首から下げられるように鎖がついているが、ただのアクセサリーのようにも見える。


「といっても、物が物です。人族でも……製造出来る者は限られましょう」


「全て当たれば見つかる、か」


 バルトロメイが目を大きく見開き、頬を引きつらせていった。


「見つからないとなればいよいよ……面倒なことになるでしょうな」


「……分かった。調査させよう。引き続き何か分かったら知らせてくれ」


 魔王クラノス。人族を滅ぼし世界を支配せんと欲する神の敵。今だその全貌は見えない。




§ § §




 敵影なし。海から来る魔物についてはもはや考えるだけ無駄だ。

 町には壁と門があるが、海側には対策は立てられない。幸い、海の魔物の大部分は陸では本領を発揮できないので襲撃をかけられてもなんとかなるだろう。


 サーニャから受けた報告を元に今後の指針を立てる。精霊との契約サポートに全力を出せる。


「ご苦労だった。少し休んだら海底神殿の調査を行おう」


 ねぎらいの言葉をかけると、サーニャが意を決した表情で言った。

 冷たい輝きの目がこちらを見ている。それだけで全てを察する。


「ボス……その前に、ちょっと付き合ってよ。時間あるでしょ?」


「…………いいだろう」


 獣人の性質は理解している。海の生き物とばかり戦って腕が鈍っていないか心配していたところだ。

 了承されるとは思っていなかったのか、サーニャが驚いたかのようにピクリと瞼を動かす。


「ボス、やっぱり僧侶プリーストじゃないよね。ボスが強いことは理解しているけど、ボクにも自負がある」


「俺が勝ったらキャッシュバックだ」


 一撃避けただけで勝利したと思われては困る。

 サーニャが俺の要求に、腑に落ちなさそうな声を漏らした。


「何でこの人、ボクたちを雇ったんだろう……」





=====あとがき=====

書籍版3巻、9/30に発売予定です。

ディレクターズ・カット版になってますので、何卒よろしくお願いします。

表紙の大きなステファンが目印です。

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