第十五レポート:魔導具の製造と神殿調査について

 鬱蒼と茂った草原地帯を進んでいく。

 幅の大きな川の周辺は肥沃の大地だ。動植物も多ければ棲息する魔物の数や種類も多い。

 どんな悪路も速度を落とすこと無く駆け抜けられる魔法の馬車の中で、リミスは眉を顰めてガーネットを見下ろしていた。


 忙しげにキョロキョロとあちこちを見回しているガーネットの頭を落ち着かせるように撫でる。レーンが近づくにつれて、水の精霊の力が強くなっているのだ。

 火の精霊は水の精霊と真逆の存在である。土の精霊の多いゴーレム・バレーに辿り着いた直後もガーネットは落ち着かない様子だったが、この分だとレーンに辿り着いた時の反応はそれ以上だろう。


 その影響は契約者であるリミス本人にも現れるだろう。気合をいれて、精神を集中する。山を越えてからリミスはずっと馬車の中で休ませてもらっていた。ゴーレム・バレーと同じように倒れてしまえば目も当てられない。


「手間の掛かる精霊ね」


「……」


 リミスの言葉に答えるように、ガーネットがちろりと舌を出した。

 グレシャがぼんやりと幌から乗り出すように外を眺めている。退屈そうだが、もう間もなくレーンに辿り着くだろう。


 レーンについてリミスは余り詳しくない。そもそも国が異なるし、知っているのは水の都だという事、精霊の存在する神殿に向かうのには多数の魔物を討伐する必要があり、腕のいい魔導師でなければ契約を試みることすら難しいという事くらいだ 


「……大丈夫かしら」


 魔物の強さはゴーレム・バレーの方が高いはずだが、水の魔物はそもそも火の攻撃魔法に強い耐性を持っている。杖に触れるリミスの表情には不安が見え隠れしていた。


§


「まずは精霊を見つける必要があるわ」


 人差し指を立てて説明を始めるリミスに、藤堂が小さく頷く。レーンを間近にして、藤堂達は神殿に向かった後の事を話し合っていた。


 目的はただ一つ。水の上級精霊との契約だ。レーンは余りレベル上げに適した地ではない。長居をするわけにはいかない。


「下級精霊や中級精霊は目に見えないけど、上級精霊程の力があれば目視出来るはずだから……ガーネットみたいにね」


「下級精霊や中級精霊の場合は魔法陣を描いて呼び寄せるんだったか?」


「そうね。下級精霊は自意識を持たない事が多いから……はっきりとした意識と知性を持つ上級精霊には通じないけど」


 下級精霊は力に惹かれる性質がある。最低限の魔導師の資質があれば誰でも契約出来るが、中級精霊との契約にはある程度の魔導の才能が、上級精霊ともなるとまた異なる資質が必要とされていた。


 リミスの目が藤堂に向けられる。


「ナオには八霊の加護――精霊王の加護がある。上級精霊との契約も可能なはずよ」


「……出来ない可能性もあるのか」


「精霊王の加護は好かれやすくなるだけだから……加護があっても魔導師になれない人もいるし……まぁ、ないよりはマシよ」


 神々はともかく、精霊の意志は人間には理解できないものである事が多い。リミスの表情に、藤堂は真剣な表情で頷いた。

 水の精霊の力は火の精霊よりも汎用性が高い。飲水の生成から水の壁による防御など使えるようになればいざという時に必ず役に立つ。気合の入った藤堂の表情にリミスが薄く微笑んだ。


「もしも……私が契約できなくても、ナオが契約できればいいわ。できれば二人とも契約できるのが一番なんだけど……」


「まぁ僕は上級が無理だったら中級精霊と契約できればいいから」


「……私は今回は役に立ちそうにないな」


 楽しそうに話し合う二人に、アリアが寂しそうに呟く。リミスがそれを慰めるように言った。


「レーンについたらまずは精霊が棲息する場所に行く方法を調べましょう。話はそこからよ」



§ § §



「ボス、正気?」


「俺はいつだって本気だ」


 水の神殿の入り口がある祠の中、完全に水没している階段を見下ろす。他に周辺に人影はない。

 神殿に向かう魔導師の数はそれほど多くないらしい。水中を進まなければならないという高いハードルがあるためだろう。この間訪れた時に何人かいたのはただの偶然だったようだ。


「海中での戦闘はかなり難しいよ。抵抗も強いし、『人魚アーマー』があれば身体の動きは阻害されないみたいだけど、武器はその限りじゃない」


「魔物はいるのか?」


「海底神殿の死者はかなり多い。中には水中で真価を発揮する魔物がうじゃうじゃしてる。溺死がほとんどらしいけどね。ある意味ゾランはこの都市の救いだよ。ゾランがここに来て魔導具を売り始める前は死者の数は今の比じゃなかったみたいだし」


 藤堂達に攻略出来るのか? 今更抱きかけた疑問に、サーニャが付け足す。


「逆に呼吸さえなんとかできれば難易度はかなり低下するらしい。水中で呼吸出来る魚系の獣人にとっては簡単みたいだね。まぁ獣人で精霊魔導師なんてほとんどいないけど」


「……よし、問題ないな」


 藤堂のプライドがちょっとばかり傷つくだけだ。

 頷く俺に、サーニャが呆れたように眉を顰めた。初めからビジネスライクな関係だが、最近サーニャからの視線が冷たい。


「だから、事前に神殿の様子を確かめておきたいとか無理だと思うよ。まぁ呼吸が続く浅い部分を軽くなら見られるかもしれないけど、さすがのボスも海中では呼吸出来ないでしょ」


「そこなんだが、素材集めをしている間にいい案を思いついた。俺だけに出来る裏技的な方法だが……」


「いい案……? ボスだけが出来る?」


 思いついた瞬間、天啓だと思った。自信を持って言う。


「呼吸できずに窒息しかけたら神聖術でダメージを回復するんだ。俺は頑丈だしレベルも高い、死にかける度に掛けなおして全回復させれば水の中に長時間いても死なない……と思う」


「……バカじゃないの? 人魚アーマーが出来上がったらボクが一人で行ってくるよ。この話はここまでだ」


「…………」


 バカって……ボスにバカって……。

 だが、後ろ姿だけで怒りを示すサーニャの様子を見ると文句を言う気にもならなかった。確かに少しリスクが高かったかもしれない。作戦の再考が必要なようだ。


§


 ゾランの魔導具店。世間話の代わりにサーニャとのやり取りを話すと、ゾランは感嘆したように息を漏らした。


「お主……なかなかの傑物じゃのう」


 町の周辺の調査を再度頼んだため、サーニャはいない。店内にはゾランが金槌を叩く音だけが響き渡っている。

 藤堂達が辿り着くまで時間はあと僅かだ。水着は揃いそうになかったが、材料は言われた通りに集めた。目的達成までの時間短縮にはなるだろう。魚の頭なんて何に使うのかわからないが……深くは尋ねまい。


「そうだろ? 感覚的にはいけるはずなんだ」


「今のは皮肉じゃ。ほれ、出来たぞ……どうせなら嬢ちゃんにこの場で着て欲しかったんじゃがなぁ」


 ゾランが残念そうな声を上げて、小さな水色の布切れを放ってくる。布切れをキャッチし、広げてため息をついた。

 金槌叩いてどうして水着ができるんだよ……という疑問もあるが、その前に――


「布地が小さすぎないか?」


「材料の節約じゃ」


 本当なのか冗談なのか。ビキニタイプの水着だ。肌触りは布に似ている。ただし、水着にしては強靭で、伸縮性も高いようだ。パンツの方に小さな穴が空いているのを見つけて呆然と呟く。


「おまけに尻に穴が開いてる」


「うしゃしゃしゃしゃ……それは尻尾を通す穴じゃ。本来の人魚アーマーにはないんじゃがな……」


「……そもそも、人魚に尻尾はないだろ。本当にこれで誤魔化せるのか?」


 ここまで来ておいてあれだが人魚に誤認させるというのならば、問題になるのではないだろうか。

 素朴な疑問に、ゾランは迷う様子もなく平然と答えた。


「大丈夫じゃ。だって可愛いもん。どう考えても人魚そのものじゃ」


「……」


 おい冗談だろ!? そんな適当なことで本当にいいのか!?

 目を見開き、ゾランを凝視する。が、冗談を言っているようには見えない。


「……男物も欲しい」


「無理じゃ。だって人魚になれないもん」


 取り付く島もなしにゾランが肩を竦めてみせる。俺は思わずそれを睨みつけた。

 こいつ、ふざけているのか? ……いや、駄目だ、アレス・クラウン。こいつは貴重な人材なのだ、殴っちゃいけない。これからも世話になるかもしれないのだ。魔導具作成は希少な技術、懐を深く持て。そもそもゾランの言葉の正誤など、俺には判断がつかない。


 丹田に力を込め大きく深呼吸して怒りを収める。ふーふー言う俺を、ゾランが髭に手をあて興味深そうに見ていた。


 たっぷり数分掛けてあらゆる感情を治める。目をつぶり最後に大きく息を吐き出すと、目を開けた。ピカピカに磨かれたカウンターに俺の平静とした表情が映っている。


「……助かった。早速サーニャに確かめて見ることにしよう」


「うしゃしゃしゃしゃ。できれば、この場につれてきてくれ。割引するぞい」


「わかった」


「お主の事がなんとなく分かってきたぞ」


 ゾランが不敵に笑みを浮かべて言う。少しでもコストを下げるのだ。

 戯言を無視し、俺は店内をぐるっと見た。がらんとしており、棚にも壁にも品物の一つもない。店というよりは工房のようだ。


「ところで、この店では人魚アーマー以外の魔導具の販売はやっているのか?」


 その瞬間、ゾランのニヤケ面が一瞬ピクリと動いた。目がぎょろりと動き、すぐに元に戻る。

 再び口を開いた時にはその表情は元通りになっていた。


「今はやっとらん」


 今は、か。何か事情でもあるのか。俺の知ったことではない、が……踏み込んでいいものか?

 嫌われるのは避けたい。しばらく迷い、深くは踏み込まないことにする。


「魔導具については詳しいか?」


「……お主、誰に物を言っておるんじゃ。大抵のものはわかると思うぞい」


 ゾランの目には自信が見えた。性格や格好はともかく熟達したドワーフである、聞いてみる価値はあるだろう。

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