第十二レポート:魔導具素材の収集について
ゾランから渡されたメモを元に材料の入手場所に向かう。どうやら人魚アーマーなどというだけあり、素材は水生生物から入手するものが多いようだ。
サーニャの足取りは軽快で迷いがない。耳や尻尾に向けられる視線を気にする事もなく、斥候の少女は町中をすいすい進んでいった。どうやら地図ももう頭の中に入っているようだ。本当にいい買い物をした。
大きな船が進む水路の側を歩き郊外へ向かう。サーニャが歩みを止めることなく言った。
「ボス、面白い話しようか?」
「……ほう?」
「あのゾラン・ソラってドワーフ……妻帯者だ。おまけに奥さん、超美人。バックヤードにいた」
俺は思わず立ち止まった。世も末である。あいつ、妻帯者なのにあんなくだらねえことに命賭けてんのか。
サーニャがくるりと回転する。銀の髪が一房光を反射しキラリと輝く。まるで金属のような光沢の毛は銀狼種の証でもある。
世間話のような内容だったが、その口調は真剣だ。
「しかもエルフだ。きっとゾランがベースを作り奥さんが魔法を込めてる。ゾランの説明した原理から考えると、ただの魔法じゃない。もっと強力な神秘だ。ドワーフは手先は器用だけど魔術的な資質は低い。ゾランが天才なのは間違いないけど、魔導具の作成はそう簡単に出来るものじゃない、人魚アーマーは恐らく合作だよ」
なるほど……ただの頭のおかしい変態ドワーフの奇跡ではないわけか。
頷く俺にサーニャが得意そうな笑みを浮かべた。感情を示すかのようにふさふさの尻尾が動いている。
「エルフとドワーフは仲が悪い。エルフは森の中に住んでるし、ドワーフの大部分は火の国――山奥から出てこない。だから本来、その両者で分業なんか行われない。でもゾランはやってる」
「……まさか、心当たりがあるのか」
俺の言葉に、サーニャが目を丸くした。まじまじと俺を見て、まるで臭いでもかぐかのように二の腕に顔を近づける。
黙ってそれを受けていると、ふと顔をあげた。船の中でへたっていたとは思えない鋭い目、まるで肉食獣のような目だ。
「ボス、魔導具を自在に作れる者は数少ない。ゾランって名乗っていたけど、あれは間違いなく鬼才だ。こんな辺鄙な所にいるのがおかしいくらいさ。あんなおちゃらけてなかったら貴族や傭兵が放っておかなかっただろう」
「演技には見えなかったが」
「演技かどうかは問題じゃない」
サーニャが言い切る。なるほど、ブランの仕込みは相当厳しかったらしい。
魔導具を扱える者は少ない。作れるものも、そして鑑定できるものも。
ユーティス大墳墓の『鬼面騎士の間』の隠し部屋で発見したネックレスも、フェルサの打倒後、ゴーレム・バレーを捜索して発見した金のメダルのような魔導具も、教会本部に調査のため送ったっきりで結果が返ってきていない。
うまく交渉すればゾランに鑑定を頼めるだろうか。特に、ゴーレム・バレーで手に入れたメダルはフェルサ達が所有していたと推測される代物である。早めに結果を出したい。
サーニャがじっと俺を見ている。サーニャ、お前はドジでもアホの子でもないんだな……もしかしたらステイをブランに預けたらマシになるのだろうか?
「とても面白い話だった」
「それは良かった。ボーナス、よろしくね」
サーニャが腕を組んで不敵な笑みを浮かべた。
§
「お前、泳げるのか?」
「犬かき出来るって言ったでしょ」
果たしてその言葉、冗談なのかそうじゃないのか。レーンを出て海岸沿いに一時間程。辿り着いたのは小さな入り江だった。穴場なのか周辺に人の影はない。
きらきらと光る水面は美しく透き通っており、目を凝らせば海中を泳ぐ水生の魔物の姿がよく見える。水生の魔物が陸上の魔物よりも突出して強いということはないが、普通は好んで戦おうなどとは思わない。
銀狼族は強力な種族だが、陸上の生き物だ。人間も陸上の生き物だが、ふさふさの尻尾がある分、人よりも海中では不利だろう。ちなみに言うまでもなく、どちらも肺呼吸である。
サーニャが手足を伸ばし、水に入る前の準備運動を行っている。黒い薄いシャツに短いパンツ。そのベルトには無数のナイフがぶら下がっている。どうやら矢は使わないらしい。
上に大きく伸ばされた褐色の腕がしなやかに空を掻き、ふとサーニャが俺を振り返った。
「そう言えばボスは泳げるの?」
「最初レーンまで泳ごうか迷ったくらいには」
「……」
サーニャが黙って顔を背けた。レベル93とはそういうものだ。だが、やらなくてよかったと思っている。
メイスを軽く振り、調子を確かめる。法衣は脱がない。盗まれたら事である。メイスも同様だ。
やったことがないが、海中戦の訓練も兼ねることにする。俺くらいレベルが高ければ訓練すれば陸上と同様に動けるようになるはずだ。さすがに呼吸の枷は取れないだろうが……。
サーニャが地面に座り込み、大きく開脚するとぺたっと身体の前面を地面につける。胸が潰れ頬が砂につく。銀狼族の血の入った身体能力は海中でも十分に発揮されることだろう。
感心する俺に、そのままの姿勢でサーニャが顔を向けた。
「ボス、勝負しよう。より多くの素材を集めた方が勝ちだ」
「何故だ?」
「ボスは理由がないと何もできないの? 楽しいからだよ」
その目にはとても遊びの一言では納得できない真剣さがあった。
そういえば銀狼族は狼同様、群れを作る種族である。認められたボスが群れを率い、敵対する群れや魔物に集団で襲いかかるのだ。
ボスの選定方法は一対一の勝負だという。最も優れた個体が群れを率いるのは理にかなっている。
サーニャは半獣人だが、血が混じっている以上そういう本能もまた混じっているのかもしれない。
仕方ない、久し振りに遊んでやるか。
俺はため息をついて、じっと言葉を待つサーニャに言った。
「だが俺は
「ボクが学んだのは魚釣りの技術じゃないんだけど……じゃあボスはどうしたいと?」
そんなの決まってる。
「お前が負けたら一方的にペナルティを受けてもらう。俺が負けても何もなしだ」
「ペナル……ティ……? ……ボクに何をするつもりさ?」
サーニャの目つきが険しくなる。身体を起こし、立ち上がると、胸や腹に付着した砂をぱんぱんと払った。
磨き上げられた身体に鍛え上げられた才能。その手足には人とは異なる野生の力が秘められている。
俺はそれを見下ろすように睨みつけて答えた。
「キャッシュバックだ」
「……ボスって本当に貧乏性だよね」
こっちは限られた予算でやっているのだ。元々、異端殲滅官の使える予算は多くない。場合によっては、傭兵と同様に魔物を倒して手に入れた素材を売って備品に当てることもある。
俺の挑発に、サーニャは一瞬情けない表情をしたが直ぐに答えた。
「いいよ。ボクが負けたらボクの分のお金はいらない。でも本気でやってよ」
「いいだろう。その言葉、忘れるなよ」
別に負けても問題ないのならば断る理由はない。
細かくルールを定める。ゾランから渡された集めなくてはならない素材は何種類もあり、それぞれ簡単に手に入るものと難易度の高いものがあった。
難易度に応じてそれぞれの素材に応じて点数を設定する。より多くの点を集めた方が勝ちだ。
俺はどこか嬉しそうに話を続けるサーニャをじっと見ていた。余程自信があるのだろう、その表情からは不安は見えない。
一通り話した後、サーニャが尋ねてくる。
「ちなみにボス、自信は?」
「ないな」
相手がステイのようなアホならばともかく、サーニャの優秀さは既に判っている。情報収集能力もその身体能力も。
集める素材についても俺は全然詳しくないし、サーニャはそのあたりも既に知っているのだろう。いくら俺の方がレベルが高いとはいえ、普通に競争すれば万に一つも勝ち目はない。
俺はそれを加味した上で肩を竦めて言った。
「だが負けるつもりはない」
「……それでこそ、だ」
サーニャが唇を舐め、コインを取り出す。ブランも使っていた狼の彫刻がされた金のコインだ。それを親指の上に乗せる。
「これを弾いて地面に落ちたらスタートね」
「ああ、わかった」
サーニャが慣れた動作でコインを空高くに弾く。磨き上げられたコインが陽光を反射しきらきら輝きながら落ちてくる。
目を細める。集中により時間がゆっくりと流れる。そのすらっとした手足の筋肉が力を溜めるかのように強張る。
ルールは守る。くるくる回転したコインが砂浜に突き刺さった瞬間をしっかり待って、俺はサーニャに向かってメイスを大きく振りかぶった。
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