第十一レポート:魔導具の価値について

 魔導具の製造は職人芸だ、という話を聞いたことがある。


 知識と経験、そして才能。その三つが高レベルで必要とされる魔導具技師の数はただの魔導師や鍛冶師と比べて極めて少ない。

 魔導具の中には技術の進歩によって量産可能になった物も存在するが、既に製造技法が確立された量産出来る魔導具ならばともかく、オリジナルの魔導具を作れる技師は更に珍しいだろう。

 町に一人いればいい方。それほどまでに魔導具製造は特異な才能なのだ。


 魔導具技師。ゾラン・ソラを名乗るその男は性格はともかく、貴重な人員だった。


 興奮したように顔を真っ赤にして片足をカウンターに上げ、ビキニの上下を振り回しながら身を乗り出しているドワーフはどこからどう見ても酔っ払っているようにしか見えない。


「あぁ? 何で下がヒレじゃないかって!? ヒレじゃセクシーなケツや脚よく見れんじゃろおおおおおおおおおおおおおお!!」


「聞いてねえよ!?」


 イカれてやがる。どうして優秀な人物はこうも癖の強い者が多いのか。

 そして、魔導具などという希少なアイテムを売っている店なのに店内に俺達しかいない理由が分かった気がした。魔王討伐でもなければ入りたい店じゃない。


 だが待て。俺の行動には世界の命運がかかっているのだ。多少頭おかしいくらいで退いていたら世界が滅んでしまう。

 大きく深呼吸をしてゾランを見る。自分に言い聞かせる。大丈夫、俺は客。俺は客だ。


 俺と藤堂のパーティは幸いかな、ほとんど女性である。まさか藤堂の女好きが功を奏するとは思わなかったが、問題は俺と藤堂だけだ。


 最悪、俺は海底に行かなくてもいい。尾行はアメリア達に任せればいいのだから。

 だが、藤堂が海底神殿に行けないのはよろしくない。リミスの精霊契約が主目的とはいえ、藤堂の戦力強化だって視野に入れているのだ。強力な精霊との契約のチャンスを逃してなるものか。


 俺は呼吸を落ち着け、カウンターに手をついた。片足をカウンターに上げたまま、ゾランが眉を歪める。


「で、その人魚アーマーとやらは――男が装備しても効果あるのか?」


「ッ!!?」


「え!? ボスッ!?」


 ゾランの顔が凍りついたように固まる。その手からどこからどう見てもただの水着にしか見えない人魚アーマーが落ちる。

 サーニャが悲鳴のような声を出した。


「ああ、誤解しないでくれ。俺は装備するつもりはない。参考だ。ただ、参考までに聞いているだけだ」


「あ……ははは、そ、そうだよね」


「お、お主……本気か。本気なのか……」


 ゾランが足を下ろし、分厚い唇を戦慄かせる。本気も何も、俺は遊びで魔王討伐をしているわけではないのだ。

 だが、さすがに俺にもプライドと言うものはある。俺は着るつもりはない。見た目的にどう考えてもサイズ合わないし……。


 ……てか、そもそもおかしいだろ、人魚アーマーって。


「お主……名は?」


「アレスだ。アレス・クラウン」


 ゾランが目をつぶり、俺の名を復唱する。再び眼を開いた時にはそこには哀れみの光があった。


「アレス……お主の気持ちは十分わかった。だが……人魚アーマーは女性専用なんじゃ、わかってくれ」


 何で俺が諭されてるみたいになってるんだよ。

 サーニャがドン引きした目で俺から一歩離れる。違う、違うんだ。本当に俺が着るつもりはないんだ。着るのは藤堂だ、大丈夫、あいつは勇者だから。


 ゾランが目に涙を溜め、とつとつと続ける。先程までのテンションと差がありすぎだ。


「いいか、アレス。男の人魚はいないんじゃ。男は所詮、なれて魚人なんじゃ。それは似て非なるものなんじゃ」


「……」


 なんかセンチメンタルな気分になって黙っていると、ゾランが俺の襟を掴んでがくがくと揺さぶってくる。目が血走っていた。こいつ、必死だ。


「いいか、アレス。聞いておるのか!? 人魚アーマーは海を騙しておるんじゃ! 人魚は海からの加護故に海底で溺れない。人魚アーマーはおねーちゃんを一時的に人魚に誤認させる仕組みで成り立っておる。いいか、もう一度言うぞ!? 男は、人魚アーマーを着ても、人魚になれんのじゃああああああ!!」


「ああ、わかった。わかった。だが中性的な顔立ちの男ならどうだ?」


「何も……何もわかっておらんッ! 正気に戻るんじゃ、アレスッ! お主じゃ人魚にはなれんッ!」


 俺は着ないって言ってんだろ。

 ゾランの視線が俺から後ろのサーニャに移る。先程まであった嫌らしい目つきはない。


「そ、そうじゃ、アレスッ! そこの、そこのお嬢ちゃんならちゃんと人魚になれるはずじゃッ! それを見ればきっとお主も正気に戻るはずじゃッ!!」


「え? ボクが? うーん……」


 サーニャの目が床に落ちているビキニを見る。迷っているようだが、サーニャには藤堂を追う仕事があるので他の方法が見つからない限り着てもらうことになるだろう。


 だが、こいつ尻尾あるんだが大丈夫なんだろうか?



§



「胸が……ぶかぶか」


「そ、そうか……」


「後、尻尾が……きつい」


 どうやら無理なようだ。

 元の姿のままバックヤードから出てきたサーニャが、手に握ったビキニをカウンターに叩きつける。

 その勢いと睨みつけるような眼光にゾランが目を細めた。


「そ、それは困った……儂の店じゃそれ以下のサイズは置いておらんし」


「くっ……ボクがラビだったら、絶対に首飛んでたよ」


 そんな馬鹿な。


 サーニャがむすっとしたように俺の背中に隠れる。サーニャも別に貧相な体型をしているわけではないのだが、きっとこのエロジジイの要求値が高いのだろう。

 ゾランに確認する。


「ちなみに、サイズが合わないものを着ても効果はあるのか?」


「……ボス、一応言っておくけど、ボク絶対着ないからね!」


「ああ、分かってる。だが詰めれば着られるのでは?」 


「……ボクがラビだったら今ボスの首、絶対に飛んでたよ」


 そんな馬鹿な。


 ゾランがいそいそと人魚アーマーをカウンターの裏にしまう。


 しかし馬鹿らしい話だが、人魚アーマーが魔導具ならサイズ変更にもかなりの労力がかかるだろう。そもそも、アメリア、サーニャ、ラビに、アリア、リミス、グレシャ……藤堂で最大七着必要なのだ。

 まぁ、全員海底には行かないとしても、数着は必要である。目測だが、一番下のサイズがサーニャで合わないのならばリミス、ラビ、グレシャは合わないだろう。何で俺はこんな事を真剣に考えているのだろうか。


「在庫は何着ある?」


「……三着じゃ。オーダーメイドで作るなら、最低でも一着作るのに十日はかかるかのお」


 一着十日……何でこんな水着作るのにそんなにかかるんだよッ!

 いや……魔導具、か。


 俺の表情を見てゾランがニヤニヤ笑う。


「うっしゃっしゃ、一着一着丹精込めて作っておるからなぁ……」


「……」


「材料を入手するのがまた大変なんじゃ。それがなければもうちと早く出来るが、危険を犯して海に潜らにゃならん」


 材料、材料ときたか。藤堂が辿り着くまで十日弱。できればそれまでに装備を揃えておきたい。

 材料が何なのかは知らないが、危険を犯すのは得意である。ゾランがニヤケ面で俺を見上げている。


「最近は物騒で客も減ったせいか作ってなくてのう。どうじゃ? 素材の提供込みならその分安くしておくが?」


「そういえば、元の値段は一着いくらなのさ?」


 その言葉に値段を知らない事に気づく。あまりにもくだらなすぎて忘れていた。ある程度の金銭なら持っているが節約するにこしたことはない。

 サーニャの言葉にゾランが大仰に腕組みし、歯をむき出しにして言った。


「うっしゃっしゃ、なーに、大した額じゃない。洗練されたデザインに便利な機能がついて、お値段たったの――一千万ルークスじゃ」


「よし、サーニャ。素材を取りに行くぞ」


「へ? あ、うん」


 局所的にしか使わない魔導具一つに0.1ステイとかやってられん。


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