第二報告 精霊契約の調査について

第九レポート:海底神殿への道筋について

「くそっ、ブランめ、逆に教えやがった……どういうつもりだ」


「なんかごめん……師匠、そういうところあるから」


 サーニャが少しだけ申し訳なさそうに言う。

 俺は元々、サーニャが戦闘に、ラビが斥候技能に長けていると聞いていた。そもそも、誰が想像しようか、高い戦闘能力で著名な銀狼族よりも平和主義で有名な兎人の方が強いなどと。

 完全にミスリードを狙われていた。本当に食わせものだ


 サーニャは慣れているのか、背筋を大きくぐんと伸ばして言う。


「まー、いいじゃん? うまくいったんだから。そもそも、ラビは自分の情報を隠してなんぼみたいなところあるしね」


「依頼主にも隠すのか」


「裏切られるかもしれないじゃん? もちろん、ボスが裏切るとは思ってないけどさ」


 サーニャの眼は冗談を言っているようには見えなかった。経験があるのだろう。俺だってある。傭兵というのは命がけの仕事なのだ。

 俺はそれ以上文句を言うのをやめた。メンバーが強くて困る事はないし、今の時点でわかったのだから次の割り振りではそれを考慮できる。


 サーニャの案内で町を歩く。港を通り、迷いのない足取りで案内されたのは町の外れだった。

 砂礫の混じった褐色の海岸。その先に小さな祠のようなものが見える。

 異常の調査と同時に下調べまで済ませたらしいサーニャが説明してくれる。


「レーンにある神殿は最近出来たものじゃない。太古の精霊魔導師エレメンタラーが生み出したものだ」


「随分小さいな」


「あれはただの入り口だ。本命は海底にある。ここらへんは海辺だから水の精霊は多いらしいけど、強力な精霊はそこにいるらしい。でも……ハードルもそれだけ高い」


 入り口の近くには何人もの魔導師の姿があった。恐らく入り口はレーンで管理しているのだろう、帯剣した警備兵の姿も数人いる。


「もともと上位の精霊と契約するのはハードルが高いものだろ」


 そもそも、上位精霊自体が希少だ。契約できれば一流と言っても過言ではない、そんな存在である。

 俺の言葉に、サーニャは小さく首を振った。尻尾がぴこぴこ動いている。


「いや、違う。そこに辿り着くまでハードルが高いんだ。一応確認しておくけど、ボスって……精霊魔術エレメンタル・マジックは使える?」


「……使えない」


 その一言で、言わんとする事がわかった。選択を誤ったかも知れない。


 俺は魔術は一切使えない。使えるのは神聖術ホーリー・プレイだけだ。

 サーニャが肩を竦める。剥き出しの腕、靭やかな筋肉は明らかに魔導師のものではない。


「だよね。ボクも使えない。もちろん、ラビもね」


 顔が歪むのを感じる。それを見て、サーニャが苦笑いを浮かべた。押し殺すような声で尋ねる。


「つまり……神殿まで行くのに精霊魔術エレメンタル・マジックが必要なのか」


「ただの精霊魔術じゃない。海の中を長時間潜るからかなり強力な精霊が必要らしいよ。酷い話だよね、上位の水の精霊と契約するための場所に向かうのに、そもそも強力な水の精霊が必要だなんて」


 どうするんだよ、じゃあ。俺達は当然として、そんなのリミス達でも無理だ。

 頭の中に浮かんだあっぱーなドジっ子を頭を振って振り払った。あまりにも救いがなさすぎる。


 ともかく、簡素な祠の中に入る。警備兵はちらりと俺を見たが、すぐに興味を失ったように眼をそらした。どうやら厳重な警備などはされていないらしい。

 大理石で出来た祠の中には一面、静かな水面があった。

 四方十メートル程の巨大な浴槽。水は透明で、地下に続く階段が見える。当然空気などないだろう。


 ……マジかよ。


 サーニャが感心したように銀の瞳でそれを見下ろしている。俺はその水の中の道をじっと見ながら、乾いた声で尋ねた。


「……サーニャ、お前はどれだけ息を止められる?」


「ボク、その全て力づくで済ませようっていうボスの考え、良くないと思うなぁ」


 確かにその通りである。だが既にレーンまで来てしまったのだ。何か対策を考えねばならない。

 アメリアは一応魔導師だが精霊魔術は使えない。今から習得するのも難しいだろう。


「水を全て抜くか? いや、無理だ……」


「その思考にびっくりだよ。ボスは今までボクが雇われた中でも一際イカれてる」


「くそっ、俺が魔導を修めていれば……」


 年老いた男の魔導師が俺に一瞬、胡散臭げな視線を向けすぐに水面を見下ろす。そのまま真剣な表情で呪文を唱えながら階段を降りていった。

 身にまとった丈の長いローブ。その周辺が空気で囲まれているのが見える。水の精霊の力で海水を弾いているのだ。それが海底神殿への侵入方法なのだろう。


「誰か魔導師を雇うというのはどうだろう?」


 何も自分が使える必要はないのだ。しかし、俺の言葉に、サーニャはあっさりと首を横に振った。


「無理だ。ボス、それは無理だよ。ボクも少し調べたけど、そんなのについていく人はいない」


「何故だ?」


「消耗が激しいんだ。自分一人でも大きな負担があるのに、大勢に魔法を掛け続けられる人なんてそうはいない。海底で魔力が切れたら死ぬし、それができるレベルの魔導師はお金に困ってない」


 確かに魔道士は富より神秘の探求を優先する者が多い。サーニャの言葉には説得力があった。

 やはりあのドジっ子を呼び戻すしかないのか……だがそもそもここまで来れるのか? ……無理だ。


 なかば諦めに入っていると、サーニャが肩を叩き、心なしか明るい声で言った。


「で、色々調べて見たらもう一つだけ可能性が見つかった。それはそれで問題はあるんだけど……どうする?」


「……」


 サーニャの輝くような眼をじっと見る。

 問題……問題、か。問題だらけの現状で今更追加の問題の一つや二つなんだろうか。

 サーニャが右足のつま先を水につけ、尻尾を振る。


「魔導具だよ、ボス。魔導師でない素人でも海底へ潜れるようにするマジック・アイテムがある」


 魔導具は作成に高度な技術が必要とされる。水に潜れるなんて限定的な機能の魔導具、聞いたことがないが、さすが水の都といったところか。


「……便利だな。問題とは?」


「……」


 サーニャの視線が今まさに水の中に足を踏み入れようとしていた若い女の魔導師に向く。


 先程の老齢の魔導師と異なり、魔導師が着るような厚いローブなどは羽織っておらず、水着に上から薄手の外套を羽織ったような格好をした魔導師だ。女魔導師は俺の視線に気づき、まるで睨みつけるような視線を向けてきたが、すぐに顔を背け、そのまま静かに水の中に入っていった。

 魔法を唱えたような気配はなく、先程とは異なり空気の膜なども纏っていないが、暴れる様子もなく平然と水の中を下りていく。

 あれが魔導具の力か。薄着だったのは衣類が身体に張り付いて行動の邪魔になるからなのだろう。


 なるほど、実例を見ると俄然希望が湧いてくる。値段もそれなりにするはずだが、必要経費だと言えばクレイオも許してくれるだろう。


 サーニャが視線を戻し、小さくため息をついて言った。


「ちょっとばかり、製造者が偏屈らしい。聞いた感じだと、説得に苦労するかも」


「任せろ、説得は得意だ」


 俺の言葉に、サーニャは一瞬きょとんとしたが、すぐにまるで冗談でも聞いたかのように乾いた笑い声をあげた。

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